第334話、弟子の怒りに怯える錬金術師

法主さんが去って行った後、リュナドさんは手紙を書き直し始めた。

今度は間違えることなく書き終わり、インクが渇くのを少し待つ。

動かしても大丈夫そうだと判断した所で、その紙を私に手渡して来た。


「これで良いか?」


手紙はこちらの状況報告と、アスバちゃんの状況を早く知りたいという内容だ。

後は領主や関係者の警備も厳に、という指示も入っている。

もし本当にアスバちゃんが捕らえらえているなら、兵士の警戒を上げさせる必要が有ると。

特に精霊兵隊への指示が多いけど、これって私が見ても良いのかなぁ?


「・・・リュナドさんが良いなら、私は良いと思う」


ただ正直な所、私に聞かれても困る。だって私の判断だと失敗しかねないし。

なので彼がこれで良いと思うなら、別に私はそれで構わない。

そもそも反対する必要が有りそうな事は何も書いてないし。


「そう、か・・・殿下は如何ですか?」

「拝見します」


リュナドさんに手紙を返すと、そのままパックへと手渡した。

パックはすぐに全文を読み切って、リュナドさんへ手紙を返す。


「宜しいのではないかと。現状これ以上出来る事は無いでしょう」

「解りました。では精霊達に頼んで・・・今は無理そうかな」

「あはは、幸せそうに食べてますからね」


リュナドさんは手紙を綺麗に折り畳み、精霊に差し出そうとして手を止めた。

精霊達はお菓子を大切にちまちま食べていて、アレを邪魔するのはちょっと無理だと思う。

仕方ないので精霊達が食べ終わるまで待つ事にして、私達ものんびりとお茶を飲む。


『『『『『『キャ~♪』』』』』』

「満足そうで何よりだよ。んで、誰が行ってくれるんだ?」


精霊達がお菓子を食べ終わり、それぞれ満足そうに鳴き声を上げる。

とはいえ今はまったり待ってあげる訳にもいかず、早速リュナドさんが精霊達に訊ねた。

すると精霊達はキャーキャーと相談を始め、少しして三体の精霊がリュナドさんの前に出る。


『『『キャー!』』』


どうやらこの子達が行くらしい。三体なのは何故だろうか。

まあこの子達にはこの子達なりの理由がきっと有るんだろう。

私達は兎に角手紙が届けば良い訳だし、そこは別に訊ねなくても良いか。


「本当なら絨毯で行かせてやりたいが、それだとこっちの動きが悟られるかもしれない。出来るだけ俺達は状況を理解出来てない、と思わせたいんだ。見つからない様に、よろしく頼むぞ」

『『『キャー!!』』』


あ、そうなんだ。もし良かったら絨毯貸そうか、と今思ってた所だった。

危ない危ない。やっぱり私の判断は失敗に繋がる事が多い。

精霊達はリュナドさんの指示を聞くと、手紙を受け取って元気いっぱいに声を上げる。

そして服の中に手紙を仕舞うと、コソコソと部屋を出て行った。


「これで取り敢えず返事待ちだが・・・何時返事が来るかな」


え、精霊達は明日の朝には帰って来れる、って返事したから頼んだんじゃないの?


「アスバ殿の無事がすぐ確認出来なければ、いくら精霊達でも翌朝は厳しいかもしれませんね」

「ええ。アイツの事だからただ出かけているだけの可能性も有る。そうなると何時帰って来るのかという話になるし、帰って来なければ何時まで待つかという話にもなりますから」


そっか。彼女の無事を確認したい訳だから、無事を確認出来なかったら返事が出来ないか。

捕まっているにしても、ただ出かけているにしても、彼女を探す時間が必要になる。


「ですが確か、アスバ殿にも良く懐いている精霊が居ませんでしたか? それなら精霊達は何時もの調子で見つけそうな気がするのですが」

「居るには居ますが、何時も一緒という訳じゃないらしいんですよね、あいつら」

「成程、そうなるとアスバ殿が見つかるまで下手な返答は出来ませんね」


アスバちゃんと一番仲の良い精霊は、確かに良く彼女と一緒に居る。

ただ一緒に居る時は基本的に頭の上で、そこに居なければ別行動の様だ。

遠出の時は一緒に行く事が多いらしいけど、近場の移動は行かない事も多いと言っていた。

なのでアスバちゃんが少し出かけた先で捕らわれたなら、精霊は一緒じゃないかもしれない。


「まあ、今は待ちましょう。下手に動く訳にもいきませんし」

「そうですね。アスバ殿が捕らわれるとは考えにくいですが、万が一も在りますしね・・・」


パックもアスバちゃんが負ける、なんて事は考え難いらしい。

弟子と同じ気持ちな事がちょっと嬉しく、けれど万が一が有るという考えも同じで不安になる。

いや、大丈夫。だってアスバちゃんだもん。心配ない。うん。


「・・・私そろそろ、部屋に戻るね。メイラが少し、心配だから」

「あ、すまん。あの子の事こそ考えてやるべきだったな。あれ、そういえば何で一緒に連れてこなかったんだ?」

「・・・お昼寝してて、起こすのも可愛そうだったから、精霊に任せてる」

「そうか、引き留めて悪かった。起きる前に戻ってやってくれ」

「・・・ん、ありがとう」


リュナドさんの優しい気遣いに礼を言い、部屋を出てから一度深呼吸をする。

出る前に不安になってしまったせいで、怒りが少しぶり返していた。

怒ったままだとメイラを怖がらせかねないし、もう少し落ち着かないと。

そう自分に言い聞かせながら部屋に戻ると、メイラはもう起きてベッドに座っていた。


「あ、セレスさん、お帰りなさい」

「・・・起きてたんだね。ごめんね、一人にして」

「気にしないで下さい。何か用事が有ったんですよね」

「・・・うん、そう、だね」


そういえばこれどうしよう。紙は持って帰って来たけど、メイラにも見せた方が良いかな。

見せても不安にさせるかも・・・いやでも、パックに伝えた以上後で知る事になる。

それに周囲に敵が居る可能性を考えると、警戒の為にも教えておいた方が良いかな。

今のこの子はもうただ保護される子じゃなくて、自分で頑張ろうとしている訳なんだし。


「・・・メイラ、その、怖がらないで欲しいんだけど、これ読んでくれるかな」

「? なんですか、この紙・・・なに、これ・・・!」


少し心配になりながら紙を渡すと、キョトンとした顔で受け取るメイラ。

ただ中を確認した彼女は、私の予想とは真逆の表情を見せた。


「やっぱりセレスさんは何も悪くないじゃない・・・!」


凄まじい怒りの表情だ。黒塊を怒ってる時も、私を叱った時も、こんな顔はしてなかった。

腹の底からの怒りを顔に出したような表情に思わず背筋が伸びる。メ、メイラが怖い。


「・・・メイラ、どうしたの?」

「あ、い、いえ、何でもないです。え、えっと、その、これから、どうするん、ですか?」


思わず恐る恐る尋ねると、ハッとした様子の後そう返されてしまった。

どう見ても凄く怒ってたけどなぁ。何でもないとは思えない。

それに心なしか、メイラ付きの精霊達も少し怒ってる様な。

キャーの声が少し低い。唸ってる様に聞こえる。


「・・・取り敢えず、アスバちゃんの無事確認をしたい、って手紙を精霊にお願いしてる。だから今はその返事待ち」

「わかりました。心配してくれてありがとうございます。この事を伝えて怖がるかも、って思ってくれたんですよね」

「・・・ん」

「見ての通り大丈夫です。それにセレスさんが傍に居てくれたら、何も怖くなんてないです」

「・・・そっか、よかった」


さっきの怒りの理由は解らないし、メイラも語るつもりは無い様だ。

けれど取り敢えず怖がってないのであれば、今はそれで良しとしよう。


その後は予定確認をしていた話の通り、夕食を法主さんと一緒にとった。

今回は誰かが乱入して来る、という事も無く穏やかな食事だったと思う。

会話も単純な世間話で、特に気になる事も無かった。


そうして食事を終えた後は部屋に戻り、ゆっくり睡眠をとる。

今回はリュナドさんが一緒じゃないのがちょっと残念かもしれない。


彼の背中に抱き着いて寝てる時間は、凄く幸せな気分だったし。

勿論メイラを抱きしめて寝るのも好きだよ。

ああ、パックも偶には一緒に寝れば良いのになぁ。


なんて考えながら眠りに就き、翌朝―――――――――精霊達は帰って来なかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『『『キャー!!』』』


もう日が落ちる頃、精霊兵隊と共に訓練を終えた頃に、精霊達に声を掛けられた。

振り向くと随分慌てた様子の三体の精霊が横に並び、私に手紙を突き出している。


「リュナド殿から? 一体何が・・・」


彼が出先から精霊に伝言を頼むなど、確実に何かあったに違いない。

少々不安になりながら手紙を受け取り、中を読んで驚愕する。


「そんな馬鹿な・・・アスバ殿が・・・ありえない・・・!」


私は彼女の強さを知っている。彼女は化け物の一人だと知っている。

そんな彼女を捕らえる様な道具や人など、そうそうあって堪るものか。

ただ感情はそう叫ぶものの、理性は彼女の危機の可能性を否定できない。


だって私は幾つも目にしてしまったのだから。

錬金術師を、精霊使いを、精霊を、精霊殺しを、竜を・・・アスバ殿を。

次々に現れた脅威を知る以上、次の脅威が現れないと何故言える。


「すぐに確認を取らねば・・・!」


アスバ殿は依頼で出ると言っていた。つまりマスターならば移動先を知っている。

いやその前に、この事実を領主にも伝えておくべきだ。

今の彼女はこの地の重要人物であり、その行動は領主に報告しているはず。

マスターの方が確実だが、現在地を考えれば領主へ報告に向かう方が早い。


それにこれが事実であれば、街の警戒を上げる必要が有る。

幸い『道具で封じた』という事であれば、全力のアスバ殿を倒せる訳ではないのだろう。

ならば衛兵と精霊兵隊の警備を厳にすれば、街の安全に関しては守れる可能性は高い。

とはいえのその指示を私が出す訳にもいかない。領主の判断が必要だろう。


「よし、君達も付いて来てくれ」

『『『キャー!』』』


手紙を届けてくれた精霊に声をかけ、領主の元へと走る。

幸い今の私は『精霊殺し』のおかげでアスバ殿達と同格だ。

領主へ会う為に待たされるという事も無く、すんなり執務室へ通された。


「事情は分かった。アスバの捜索と、街の緊急警備の指示を出そう。それと精霊兵隊は、副隊長と共に君が率いてくれ。リュナドの代わりとして頼みたい」

「え、わ、私が、ですか。そんな、彼の代わりなど恐れ多い」

「今実働人員で一番頼れるのは君だ。どうか頼む」

「・・・解りました。未熟なこの身で宜しければ」


領主の言葉に頷き返し、元国王の「やはり殺すべきだったではないか」という呟きを聞き流す。

何の事かは解っているが、その在り方を否定した私は同意してはいけない事だ。

私がやるべき事は、街の安全を守る。この街を、私の為に、私が私である為に守る事だ。


「では、捜索の方はお任せします」

「ああ、任された。あ、ただ精霊達には、君から頼んで貰えないだろうか。どうも私は精霊達に嫌われている様でな。理由は何となく解ってはいるが」

「あはは・・・解りました」


領主の執務室を出たら早速精霊に声をかけ、アスバ殿の捜索を頼む。

そして私はテオを呼び出し、大剣を背負って精霊兵隊の副隊長へ事情の説明に向かった。


「聖剣の聖女様が付いてりゃ、心強いねぇ」

「副隊長殿、何度も言うが、名前で呼んで頂けないか」

「俺一人が名前で読んだ所で、今や聖女様で定着してるから無意味じゃないかい?」

「そういう問題ではなくだな・・・」


そういえばこの人はセレス殿の事は姫さん、アスバ殿の事は嬢ちゃん呼びだったか。

名前で呼ぶ気が無いのか、覚える気が無いのか、何か理由が有るのか。

それでもやはり聖女呼びは慣れない。あと『様』付けが何よりも慣れない。


「それに聖女様の指揮は下っ端連中の士気も上がるんでね。悪いが利用させて頂きたいね」

「私の存在などで上がるものだろうか」

「解ってないねぇ。アンタも姫さんもリュナドの馬鹿も。アンタらがどれだけ慕われてるのか、もう少し自覚した方が良いと思うぜ」

「そこに並べられると困るのだが・・・」


私は彼らの横には並べない。テオが居なければ凡人も凡人だ。

リュナド殿は確かに凡人側かも知れないが、それでも彼と私を並べるのは失礼だろう。


「それに美人の上司の方が、馬鹿な男どもは喜ぶだろうよ」

「それこそ在り得ないだろう。私を好む男など」

「本気で言ってるから困るよなぁ、この聖女様は」

「でなければ私はこの歳まで独り身で居ない」

「そいつは多分、見た目の問題じゃねえと思うがね」

「性格に難が有るのは否定しない。それは自分でも良く解っている」

「どうだかねぇ・・・」


副隊長の軽口に付き合いながら、精霊兵隊に指示を出して警備に当たる。

アスバ殿に万が一など無いと言い聞かせながら、彼女が見つかるのを待った。

そして翌日になってようやく、捜索隊から報告が上がって来た。











アスバ殿の行方不明という報告が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る