第333話、法主の呼び方を改める錬金術師

手紙を書く為にリュナドさんは机に向かい、カリカリとペンの走る音がだけが部屋に響く。

等という事が有るはずもなく、精霊達は相変らずキャーキャーと騒がしい。

静かなのはリュナドさんの真横でじーっと見てる子ぐらいだろうか。


因みに私はその背中をただ見つめ、のんびりと手紙が出来上がるのを待っている。

書き終わったら私にも確認して欲しい、と頼まれたからだ。

私の確認なんて要るのかなって思うけど、頼まれた以上動く訳にも行かない。


正直メイラがちょっと心配だから、早めに部屋に戻りたいんだけどな。

精霊達に任せるんじゃなくて、抱きかかえてくれば良かったかも。

でも気持ちよさそうに寝てたから、起こしたくなかったんだよね。


「あ、間違えた」

『キャ~』


どうやら途中で書き間違えたらしく、見ていた精霊がやれやれと首を振っている。

リュナドさんはそれにジト目で返して予備の紙を手に取った。

という所でコンコンとノックの音が響き、全員の意識が部屋の外に向く。


「精霊公様、ミリザです。お時間宜しいですか?」


さっきの事が有ったから少し警戒していたけど、法主さんだった事でほっと息を吐く。

リュナドさんは一旦紙を仕舞い、法主さんを迎えに扉へ向かう。

彼女の後ろには護衛の僧侶さんが居て、二人共礼をとってから部屋の中に入った。


「セレス様も居られたのですね」

「・・・ん」


彼女は私に気が付くと、相変らず優しい様子で声をかけて来た。

今日は顔を隠す布が有るので表情が解らないけど、その奥に笑顔を感じる声音だ。

この人との会話は、ここに居る何かの力が無くても落ち着く気がする。


「それで、法主殿、何用か」

「ミリザ、とは呼んで下さらないのですか? ここには他の者の目は在りませんよ?」

「・・・その言い方は誤解を受けると思うぞ、ミリザ殿。それに護衛が居るだろう」

「ふふ、申し訳ありません。何ゆえ若輩な上世間知らずなもので。気をつけますね」


私には何を誤解するのか解らなかったけど、リュナドさんが困った顔で注意をしている。

ただ法主さんも解っていなかったらしく、笑顔で素直に注意を受け入れた様だ。

でも名前で呼んで欲しいって事なら、私も名前で呼んだ方が良いのかな。

ミリザさん・・・ミリザさん・・・よし、次から気を付けよう。


「それで、何用か、ミリザ殿」

「お手紙では予定を詰めてはおりますが、念の為直接お話しをと」

「夕食事に顔を合わせる予定だっただろう。その時ではいけなかったのか?」

「流石に無いとは思いますが、前回の様に乱入されては面倒ですので」

「成程。承知した。取り敢えず座ると良い」


リュナドさんは頷くと座るように促し、二人は向かい合う様に座る。

僧侶さんはミリザさんの背後に立っているけど、誰も何も言わないからそれで良いのかな。


「先ずあの男の腕を治す場ですが、お伝えした通り出来るだけ教徒の目の多い場所でやる事になります。あの腕を治せる人物を見せつけ、誰が治したのかを明確化する為に」

「神の力で治した、等と言わせぬ為にだな」

「ええ・・・奴はある時期から、片腕の無い身を人の目に晒し続けています。不憫で痛ましいお姿を見せているそうですよ。だが神を信ずる心が有れば、何事も乗り越えられるそうですから」

「企みが見え透いているな」


リュナドさんが溜息を吐くと、ミリザさんも大きな溜息を吐いた。

ただ私にはどの辺りに企みが在るのか解らず首を傾げてしまう。

まあいっか。何を企んでいようとリュナドさんに手を出すのでなければ良い。

そして手を出すのであれば、一切の容赦はしない。


「奴からの反対は変わらず無いのか?」

「ありませんね」

「となれば、やはり他にも企みが有ると考えるのが妥当か」

「そうなると思われます」

「奴の周辺でおかしな動きは?」

「その点に関して謝罪を。奴が何かしらの動きをしている事は確かなのですが、何分私には人手が足りず、追い切れていないのが現状です。誠に申し訳ありません」

「いや、謝る必要は無い。貴女の事情は以前聞いている。無理も無いだろう」


謝罪をするミリザさんに対し、リュナドさんは気にするなと返す。

私もその通りだと思う。丸男が何かを企んでいたとしても、悪いのはその本人だ。

奴が何をするのか解らないからって、彼女は何も悪くない。


「・・・貴女は、何も、気にしなくて、良い」

「そうですか・・・ふふっ、これ程説得力のある言葉も在りませんね」


思わず私もミリザさんに声をかけると、彼女は笑いながらそう返してくれた。

説得力がある、なんて言われる程気持ちが伝わったのが凄く嬉しい。

彼女はきっと人の心を察する能力が高いんだろうな。


「ではお言葉に甘えて、奴の対処はお二人にお任せいたしましょう。私は今後の予定が決して変わる事が無き様、尽力させて頂きますね」

「解った。私もセレスがこう言うのであれば、貴女に望む事は無い」

「ふふっ、貴方達が敵でなくて、本当に良かった」

「それはお互い様だろう。私とてあの男が味方で貴女が敵、という状況の方が面倒だ」

「褒め言葉、として受け取っておきますね」


ん、何かちょっと、私の思ってた事と違う様な気が。

私は別に対処の事を言ってたつもりは無いんだけど、それも含めてって事だったのかな

でも別に良いか。リュナドさんも彼女に何も望まないって言ってるんだし。

彼にはきっと考えがあると思うし、任せていれば大丈夫だろう。


「ならばここからは、単純に予定の再確認、という事で宜しいですか?」

「構わない。もし何か齟齬が有れば伝えてくれ。気を遣う必要は無い」

「では、まず―――――」


そこからは今後の予定をミリザさんが話し、リュナドさんが細かい所を確認という形に。

偶にパックが口を出す場面もあったけど、殆ど話す事は無かった。

私は当然何も言う事など無く、ぽけっと話が終わるのを待っている。

そうして二人の認識に齟齬が無いと確認出来た所で、ミリザさんはお菓子を取り出した。


「精霊様達は、この地のお食事がお嫌いでしょうから。どうぞ」

『『『『『キャー!!!』』』』』


精霊達は何時にない高い声で鳴き、ミリザさんへ群がって行く。

多分精霊達が悲しい顔で食べていた事を覚えていたんだろう。


彼女はくすくすと笑いながらお菓子を手渡し、精霊達は嬉しそうに飛び跳ねている。

精霊達に配り終わる頃にコンコンとノックの音が鳴り、僧侶さんが対応に向かった。

するとやって来たのはミリザさんお付きの女性で、お茶を片手に部屋に入って来る。


「お話しも終わりましたし、皆様もどうぞ・・・まあ、私が一番食べたいのですが」

「・・・付き合おう。客人が来た時ぐらいしか堂々と食べられない、という事だろう?」

「御明察です。ふふっ」


嬉しそうに笑う法主さんに対し、背後の僧侶さん達が少し溜息を吐いている。

二人も食べたいのかな。気にせず座って食べて良いと思うんだけどな。

護衛なのかもしれないけど、多分ミリザさんならこの建物に居る限り安全だと思うし。


私はお茶だけ貰って、お菓子はメイラの分を残して貰った。

そういえばあの子はもう起きてるかな。もう大分時間がたってるし。

でも精霊達が連れてこないって事は、まだ寝てるのかも。

なら無理に起こしに行くよりも、起きてからお菓子を渡せば良いか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『我が半身ヨ。もう良イ』


頭に神の声が響くが、態度に出さずにお茶を啜る。

そして菓子を口にしながら『解りました、我が神よ』と心の中で応えた。

ただどこまで誤魔化せているか、と考えると怖い所ではあるけれど。


錬金術師と精霊公は侮れない。布で顔を隠している程度では誤魔化せる自信がない。

出来るだけ平静に、何事も無い風を装い、お茶を楽しむ自分を全力で演じる。

そうして会話のきりの良い所で席を立ち、不自然なく部屋を去れた・・・と思いたい。


「私は祈りを捧げに向かいます」

「「はっ」」


二人に神の下へ行く事を伝え、そのまま歩を進める。

神の間への通路の入り口で二人は歩みを止め、一人で通路の奥へと進む。


この通路は人の感覚を狂わせる。通路自体が素直な形をしていないせいもあるだろう。

だが真実は別にあり、神の力によって進む事が出来ない空間になっている。

この通路を進めるのは神に認められし者か、神の力を扱う素質のある者のみ。


「そういう意味では、あの男も法主になれたかもしれませんね。考えたくもありませんが」


あの男は法主候補に無理やり自分をねじ込んだ。

ただそれは腹立たしい事に、奴にもその素質が多少は在ったからだ。

といっても多少程度で、ほかの候補の方が当然素質は高かったけれど。


何よりも奴は、神の力を使う事に耐えられなかった。

神の力は強大だ。その力を身に降ろせば反動を受けざるを得ない。

だが法主として選ばれたならば、ある程度常に神の力を身に受け入れる必要が有る。


奴はそれに全く耐えられなかった。だから奴は法主の座を諦めた。

そして素質や才能で法主となった私を敵対視し始めた。

何とも迷惑な話だ。私とてなりたくて法主になった訳ではないというのに。

その奴が今回何を仕掛けて来るのかと思うと、本当に面倒だし気が重い。


『・・・貴女は、何も、気にしなくて、良い』


けれど錬金術師のあの言葉。あの言葉があるだけで本当に心強い。

きっと彼女は私より先を見通している。読み合いでは全く敵う気がしない。

この国に居て情報を集めているはずの私より、二人の方が情報を持っていそうな気がするわね。


「本当に、心の底から、あの二人が協力してくれて良かった」


もし敵に回していたら、とても面倒な事になっていただろう。

読み合い策謀では絶対に勝てる気がしない。

殆ど初対面のあの男を読み切り、完全に手玉に取ったあの二人には。


だからこそ、明確に味方とまだ言えないこの関係が、少々怖くもあるのだけど。

現状『敵の敵は味方』というだけの事でしかないのだから。

そんな事を考えている間に、神の間へとたどり着いた。


「我が神よ、彼女は如何でしたか」


手を組んで礼をとり、神の前で頭を下げて跪く。

我が神は錬金術師の弟子との対話を望んでおられた。

私はその時間稼ぎの為、それらしい理由を付けて精霊公の部屋へ訪問した。


故に錬金術師が居る事は最初から知っていたし、その為にお茶の用意もさせた。

勿論予定の再確認をしたかったのは事実だけれど、本来の目的は時間稼ぎだ


『決裂ダ。おそらく生涯、かの者が住み着く事は無かろウ』

「そうですか。残念です」

『あア、全くダ』


神が残念がるのも当然だ。私も彼女を一目見て解ったのだから。

彼女がこの国に生まれていれば、間違いなく法主の座は彼女の物だっただろう。

あの器は底が知れない。どれだけ力を注いでも溢れる気がしない。

神の器としては極上であり、彼女であれば『神自身』になる事すら可能かもしれない。


彼女がもしこの国に住んでくれるなら、これ以上ない程に手厚く歓迎しただろう。

誰にも文句は言わせない。むしろすぐに文句など誰にも言えなくなる。

彼女はきっと、歴代最高の法主になれるのだから。その力に、威光に、皆がひれ伏す。


とはいえそれは最早叶わぬ事な様だけれど。


『当代の法主ヨ。貴様に告げる事があル』

「なんなりと」

『あの女ニ、錬金術師に出来るだけ近づくナ。この身を降ろす時間を稼げる距離を取レ』


言われている事が一瞬理解出来ず、けれど理解して思わず顔を上げる。

今のは『あの女は敵だ』と言われたに等しい。けれど、何故。

確かに今までも信用はするなと言われていたが、そこまで明確に敵視していなかったはず。


「我が神よ。彼女は協力者です。敵対する意味が私には解りません」

『時期に解る。貴様はその身を守る事だけを考えヨ』

「で、ですが・・・」

『奴は敵ダ。明確な敵ダ。この国と民の脅威ダ。その事を心に刻メ。私は奴を決して許さヌ』

「お、お待ちください。どうか、理由をお教え頂けませんか」

『・・・必要無イ。知るべきではなイ。あの様な唾棄すべき物なド』

「か、神よ、一体何の事を――――」

『告げるべき事は告げタ。当代の法主ヨ、我が半身ヨ、務めを果たセ』


意味が解らず何度も問う私に、神は有無を言わせぬ圧力をかける。

ただそれでも胸の内に民への想いが流れ込み、反発心が消えてしまう。


我が神は心から民を想い、だからこそ錬金術師に怒りを抱いている。

他には何も解らないのに、その想いだけが流れ込み、そのせいで言葉が出てこない。

神と繋がっている私だからこそ、何か意味が有るのだと思えてしまって。


『貴様に万が一があっては困ル。くれぐれも気を付けロ』

「・・・はっ、我が神よ」


納得はいかない。疑問は解けない。けれど何度問いかけても答えは同じだろう。

神の中で結論は出ている。ならばその器である私は従うしか出来る事は無い。


「・・・どうしよう」


ただこの状況で出て来た素直な気持ちは、その言葉だった。

本当にどうしよう。全く先の状況が読めない。何が起こるのか、不安で堪らない。






・・・錬金術師は、一体何を企み、何をするつもりなのか・・・本当に、敵なの?

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