第332話、判断に迷う錬金術師

魔法使いの娘。私の知り合いで該当するのはたった一人。

アスバちゃんしか居ない。そしてその彼女が魔法を封じられた。


彼女は強い。今まで出会った『生物』の中で1,2を争う。

ただそれは彼女の膨大な魔力と、卓越した魔法技術が有っての事。

魔力が、魔法が使えない彼女は、間違いなくただの少女。だけど。


「・・・彼女が『魔法』を封じられるなんて、無い」


既に握り潰した紙を、更に力を込めて握り込みながら口にする。

解っている。これは所詮希望的観測だ。世の中に絶対なんて事は無い。

彼女を超える誰かが、彼女の力を抑えられる道具が、存在していないとは言えない。

けれど言ったんだ。彼女は胸を張って、私に言ったんだ。


『ま、留守は任せておきなさい。私が居れば何の問題も無いわよ』


尊敬する友人の任せろという言葉を、疑う気は無い。疑っちゃいけない。

心配だけど、凄く心配なのは本当だけど、絶対に心配無い。

他の誰を心配して助けに行くとしても、彼女の無事だけは絶対に信じなきゃいけない。

尊敬している人の『任せろ』という言葉を疑うな。


「彼女に敵う人間なんて、そう簡単に、居ない」


自分に言い聞かせる様に呟いて、大きく深呼吸をして心を落ち着ける。

怒りが完全に落ち着く事は無いけれど、それでも頭を回す余裕は出て来た。


「・・・今問題なのは、これを投げ込んだのが、誰かって事かな」


メイラが何かの被害に遭う可能性を考えて、追いかける事が出来なかった。

足音は軽かったけれど、わざとそう聞こえる様に逃げた可能性も否定できない。

いやそもそも何より、腕を繋ぐ事以外をするな、という要求の意味が解らない。


私はその為だけに来たし、それ以外の事をする気は無いのに。

ああ、そうか。私じゃなくて、リュナドさんに伝えたいのかもしれない。

前回は兎も角、今回はリュナドさんの判断で来た訳だし。


「・・・もしかして、部屋を間違えた、のかな」


彼とパックが居る部屋は近くだし、彼の部屋に投げ入れるつもりだったのかもしれない。

となるとこれは彼に渡しに行った方が良い、って事になるよね。

この紙の差出主に従うのは物凄く腹が立つけど、先ずは彼の判断を仰ぐのが先だ。

私の判断で動いたら、また彼に迷惑をかける。それだけは絶対にダメだ。


「・・・精霊達、メイラをお願い。絶対離れないでね」

『『『キャー!』』』


何時もメイラと一緒の子達にお願いをして、寝ているメイラの頭を撫でてから部屋を出る。

見える範囲に人は居ない。死角に気配は有るけど複数居るし、さっきの人物とは限らない。

やっぱりまずは、リュナドさんに報告をしよう。そう決めて彼の部屋をノックする。

すぐに「入れ」と彼の返答が聞こえたので、扉を開けて中に入った。


「ん、セレ・・・えーっと・・・どうしたんですかね、セレスさん」


リュナドさんは私を見て一瞬キョトンとした後、眉をひそめながら聞き直した。

でも何で今更さん付けなんだろう。すっごい恐る恐るって感じだし、パックも同じ様な表情だ。

人の気持ちに聡い二人の事だから、多分私が怒りを抑えている事に気が付いてるんだろうな。


「・・・これ、見て」


ただ私の口から説明するよりも、紙を見て貰った方が早いだろう。

そう思い差し出そうとして、ぐしゃぐしゃにしたままな事に気が付いた。

しまった。のばさなきゃ。破れてないよね。うん、大丈夫だ。


皺を伸ばして差し出すと、中身を読んだ彼の眉間の皺がどんどん深くなっていく。

読み終わった後はパックにその紙を渡し、二人とも暫く無言で考え始める様子を見せる。


「・・・セレスは、どうするつもりなんだ」


ただ彼の答えを待っていると、何故か私が問いかけられた。

どうするも何も、どうする事も無い。私はただ彼の役に立つだけだ。

勿論紙の差出主が解ればその場で手を下すけど、現状誰か解らないのだし。

これで怒りに任せてしまったら、この間の二の舞になってしまうもん。


「・・・私に聞かれても、困る」


だからこうとしか言えない。今回は完全に彼に判断を委ねないといけないんだし。


「そうか・・・いや、そうだな。すまん、確かにそうだ。俺が判断するべきか。そういう約束だよな。少なくとも今回に限っては、自分で判断するべきだ」


その思いが伝わったのか、彼はすぐそう言ってくれた。

ホッとしつつ彼の答えを待っていると、一部の精霊達が出て行くのが視界に入る。

何処に行くんだろう。前に来た時に言ってた『何か』にでも会いに行くのかな。


「取りあえず、この件は法主には黙っておこう。んで、精霊達に頼みたい事が有るんだが、お前等って今から街まで走っていって、翌朝までにここに帰って来れるか?」

『『『『『キャー!』』』』』


ただ彼が声を発したので精霊達から意識を切り、彼の言葉に集中する。

あの子達が自由なのは何時もの事だし、法主さんもあの子達を自由にさせてるみたいだし。


「じゃあ・・・すぐ手紙を書くから。それを領主に持って行ってくれ・・・嫌そうな顔するなよ、手紙持ってくだけなんだから。何ならフルヴァドさんでも良いけど」

『『『『『キャー♪』』』』』

「・・・まあどっちでも良いや。向こうに伝われば。本当は口頭で頼みたいが、お前等時々何にも事情が伝わらないからな。向こうにメイラが居れば別なんだけど」

『『『『『キャー!』』』』』

「事実確認するだけの事を、半日費やして解読した俺に対し、セレスの前で文句を言えるのか」

『『『『『・・・キャー?』』』』』

「オイコラ、全員目を逸らすな」


リュナドさんは精霊達に伝言を任せ、事実確認をするという結論に至ったらしい。

確かに言われてみれば、それが一番手っ取り早い。

駄目だな私。怒りで頭が全く回っていないや。全然思いつかなかった。


・・・やっぱり、心配って気持ちは、誤魔化せないか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「・・・ん、ふあぁ」


ゆっくりと意識が覚め、あくびをしながら目を擦る。

そして寝ぼけた頭で周囲を見回し・・・知らない所に立っている自分に気が付いた。


「―――――っ」


さっきまで寝ていたはずなのに、セレスさんと一緒にベッドに転がっていたはずなのに!

何で私一人で、ううん、何よりも何で私は立って寝てるの!?


「ここ、どこ。セレスさんは・・・!」


慌ててキョロキョロと周囲を見ると、どこかの祭壇の様にみえる。

それに、何だろう、この感じ。何か纏わり付かれている様な。

優しくて、暖かくて、だけど何故かそれが不快に感じる。


『あ、メイラ、気が付いたー?』

『良かったー』

『びっくりしたー。急に寝ながらフラフラ歩き出すんだもんー』

「あ、せ、精霊さん。よ、良かった」


何時も一緒の精霊さんが傍に居る事に気が付いて、ほっと安堵の息を吐く。

まだ状況は何も解らないし何も解決して無いけど、精霊さんが一緒なのは心強い。

それにしても寝ながら歩いてたって、ちょっと怖すぎる。いや、でも、何か変だ。


「精霊さん、ここは―――――」

『神性を従える娘ヨ。貴様を呼んだのは私ダ』


頭に響くような声が聞こえ、けれど背後からかけられたと感じて振り向く。

すると大きな台座の上に、干からびたミイラが座っていた。

人の様な、けれど竜の様な、両方を混ぜ合わせた様なミイラが。


ついさっきそこを見たはずなのに、今になって初めて居ると気が付いた。

突然の出来事とその容姿に、思わず上げそうになった悲鳴をぐっと堪える。


「・・・貴方、は」

『この身はこの地を守る神性ダ』


この地の神性・・・神様って事、だよね。

セレスさんや精霊さんから聞いた、竜人公って人の事だろうか。

リュナドさんがその生まれ変わりと言われてるって話の。


「貴方が、竜人公、ですか?」

『・・・然リ』


やっぱりそうなんだ。このミイラがこの地の守り神。確かに凄い力を感じる。

けれど黒塊の様な嫌な感じはしない。むしろ精霊さん達に近い。

ただ、だとしても、ううん、だからこそ怖い。


だってさっきこのミイラは言った。ここに私を呼んだのは自分だって。

けど私は何かをされた事に気が付けなかった。私の中に黒塊が居るはずなのに。

黒塊の呪いを、一切意に介さない神性。黒塊より強い神様・・・!


『恐れるナ、娘ヨ。貴様に害を与える気は無イ』

「っ、じゃ、じゃあ、何で私を、ここに連れて来たんですか」

『そうだそうだー!』

『僕達もびっくりしたんだぞー!』

『説明を要求するー!』


心の内を見透かされた様な言葉に、思わず声を大きくして問う。

ただ一緒に叫んだ精霊さん達のせいで、ちょっと気が抜けてしまったけど。


『貴様の力は貴重ダ。貴様であれバ、我が力を十全に振るえル。この地に住まう気は無いカ』

「無いです。私はセレスさんの弟子ですから」


即答できっぱりと断った。考える時間は全く無かったと思う。

私の居場所はセレスさんの弟子だ。パック君の姉弟子だ。

だから帰る所は家精霊さんの居るあの家で、ここに留まる気なんか無い。


『なれバ、奴が居なけれバ、居なくなれば良いカ』

「――――っ、どういう事ですか!」


聞き捨てならない言葉に思わず声を上げ、周囲に感じていた私を捕らえる様な力を振り払う。

黒塊を使う訓練で段々理解してきた、私の持つこの力。

神性を寄せ付けるその力を、全力で拒否に使った。これなら行ける・・・!


「セレスさんに手を出すなら、私は貴方を許しません。たとえこの国の神様でも、絶対に」

『奴は我が守るべき国と民を害ス。この身がこの地の守護者で有る以上、敵対は避けられヌ』

「それは、この国の人が先にちょっかいをかけて来たからじゃないですか」

『その報復にあの様な物を持ち込んだ事を黙認しろと言うのカ』

「・・・持ち込む?」


何の事だろう。魔法石・・・の事では無い気がする。

だってあれは強力とはいえ普通の魔法だし、神様が態々警戒する物じゃないと思う。

ならセレスさんが私達に何も告げず、神様が警戒する様な物を持ち込んだ?


『成程、貴様が何も知らぬ事は理解しタ。だが娘ヨ、稀有な力を持つ巫女ヨ。我はこの地の守護者。この地の民を害す敵ハ、全力で排除すル。それはけして変えられヌ』

「セレスさんが、何も悪くなくても、ですか」

『個人への因果報復には目を瞑ろウ。だが無辜の民への害は捨て置けヌ』

「セレスさんが何も悪くない人に理由も無く手を上げるなんて、絶対無い!」


また反射的に叫んでしまったけど、後悔は全くない。

この人・・・この神様は嫌い。黒塊よりも嫌い。

セレスさんの事を何も知らずに、こんな風に言う人を好きになれる訳がない。

凄く強い力を持ってて、ここに居るのが危険だって解ってるけど、それでも許せない。


「・・・私はもう、部屋に戻ります。ここでの事は、誰にも言いません。けど、セレスさんに手を出すなら、私は全力で貴方と戦います。きっと私にしか、貴方の事は抑えられないから」

『・・・貴様であれば問題無く戻れるだろウ。去るが良イ』


神様に、竜人公に背を向けて、あれと戦う覚悟を決めて部屋を出る。

手足が震えてるし、この恐怖はきっとばれてる。本当は泣きたいぐらい怖い。


吐き気がするぐらい気持ち悪い。体の感覚がおかしい。恐怖と緊張で力加減が解らない。

きっと戦う事になれば、これよりもっと怖いと思う。この程度の恐怖じゃ済まないと思う。

けど、それでも、私は許せない。セレスさんを悪し様に言った事がどうしても。


「・・・精霊さん、ここどこ?」


ただ部屋から出たものの、そこで自力で来た訳じゃない事を思い出した。

ど、どうしよう。これどっちに行けば部屋に戻れるんだろう。


『え、メイラ迷子なの?』

『大変、迷子だとばーんされちゃう!』

『地図は!? 地図持ってるよね!?』

「あ、え、な、ないよ。荷物は全部部屋に有るから・・・流石に鞄背負って寝ないし・・・」

『僕達の地図は!?』

『僕の本にはまだ何にも書いてないよ!』

『僕のにも無いー・・・どうしよう』


精霊さん達も現在地が解らないらしい。どうしよう、このままじゃ部屋に戻れない。

近くの人に聞いたら・・・いや、この部屋に入った事は知られない方が良いかも。

神様の居る場所に勝手に入り込んだ、なんて色々不味い様な気がするもん。


「せ、精霊さん落ち着いて、落ち着いて来た道を戻れないかな・・・!」

『た、多分こっち!』

『ほんとー?』

『間違えたら迷子になった責任を押し付けよーっと』

『酷い! 良いもん! 僕達が迷子だったって言い付けてやる!』

『『何でそんな酷い事するの!?』』

「こんな所で喧嘩しないの! それにどっちもどっちでしょ!」

『『『はーい、ごめんなさーい・・・』』』


精霊さん達が喧嘩を始めるのを諫めながら、何とか部屋に戻ろうと足を動かす。


『あー、メイラ居たー』

『何でこんな所に居るのー?』


すると何時もリュナドさんと一緒に居る精霊さん達が、曲がり角からぴょんと現れた。

話を聞くと私の様子がおかしい事だけ感じ、探しに来てくれたらしい。

そのおかげで何とか部屋に戻る事が出来た。


ただ部屋に戻るとセレスさんは居らず、どうやら私が部屋を出る前に出かけたそうだ。

今はリュナドさんと話し合っているらしく、私が部屋を出た事には気が付いてないみたい。

なら今回の事は、全部自分の胸に閉まっておこう。

精霊さんにも内緒でお願いしておこう。余計な心配も、騒動の種も、無い方が良いもん。


「・・・だってセレスさんはそんな事しないもん。絶対にしないもん」


だから、言わなくたって、大丈夫・・・だもん。

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