第331話、静かに怒る錬金術師。
あれからまた大分日数が経ち、本当に忘れかけた頃に腕を繋ぎに行く話をされた。
どう話が纏まったとかは聞いたけど、あんまり私に関係ない話だったと思う。
取り敢えず私は彼の願い通り、あの腕を持って丸男の腕を繋ぐ。やる事はそれだけだ。
「魔法石よし、薬草よし、仮面よし、精霊さんよし」
『『『『『キャー、キャー、キャー、キャー♪』』』』』
「手袋と靴も不備無しです。準備、整いました」
メイラが道具の確認をして、精霊が一緒になって声を上げる。
そしてパックが装備の具合を確認し、出かける準備は問題無く出来た様だ。
昨日の内に私も確認していたから、問題は無いはずなんだけどね。
「でもメイラ、絨毯は仕舞おうね。今回は荷車で行くから」
「・・・はい」
メイラが絨毯を広げかけたので、使わない事を告げておく。
頷いたものの凄く残念そうに絨毯を丸め、鞄に括り付ける様子は何だか申し訳ない。
どうも最近のメイラは移動の際、自分で絨毯を飛ばしたがる傾向がある気がする。
普段なら別にそれでも構わないんだけど、今回の移動先は結構距離が有るからなぁ。
それにそもそも、移動自体も荷車ではしない。
あくまで全員乗れる物に乗って行く、というだけの話で、移動自体は竜に任せる。
ただメイラの様子を見たパックが声をかけると、すぐに笑顔にはなったのだけど。
そんな二人を眺めていると、後ろにいたリュナドさんがポソリと呟く。
「ほんとに連れてくんだな、二人共」
「うん・・・だめ?」
「いや、駄目だとしても、今更駄目って言っても納得しないだろう?」
「それは・・・うん」
二人の表情は真剣ではあるけど、口元は笑っている様に見える。
つまり楽しみにしているという事で、今更連れて行かないとは言えないよね。
とはいえ彼がどうしても駄目って言うなら、無理に連れて行く事はしないけど。
その時は、言い難くても、ちゃんと二人に言うよ・・・うん、きっと、言えると思う。
「ま、留守は任せておきなさい。私が居れば何の問題も無いわよ」
「うん」
アスバちゃんは腕を組んで自信満々な様子だ。実際彼女が居れば何の問題も無いだろう。
彼女が対処できない脅威なんて、大半の人間が対処できないと思うし。
「・・・あれ、アスバちゃん、その指輪」
「ん、これ?」
腕を組んでいるその手に視線が行き、彼女の手に珍しく指輪が嵌っている事に気が付く。
「この間買ったんだけど、抜けないのよ。試しに付けて抜けなくなったから買ったんだけど」
抜けない、んだ。そんな事無い様に見えるんだけどな。
んー、多分これなら外せるよね。うん、外せる。
「私なら外せるけど・・・外す?」
アスバちゃんに訊ねると、彼女はフッと口角を上げる。
「別に良いわ。何だかんだ気に入って付けてるから。暫くはこのままで良いのよ」
「・・・そっか」
・・・気に入ってるんだ。なら私が口を出す必要は無いかな。
「こういった物に興味の無かったアスバ殿も段々と女性になって行くのだな・・・感慨深い」
「煩いフルヴァド。女性的精神年齢少女未満の奴にそういう事言われたくないわよ」
「・・・アスバ殿はちょっと私に辛辣じゃないかな」
「アンタも大概私を揶揄うからお相子でしょうが」
二人は唐突にジロリと半眼で睨み合い、突然過ぎて私はアワアワと驚くしか出来ない。
けれどリュナドさんが二人に話しかけると、二人共何事も無かった様に会話を始める。
リュナドさんが凄いのか私が駄目なのか・・・両方か。
「さて、それじゃあ行くとするか」
『『『『『キャー♪』』』』』
ポケッとしているとリュナドさんが精霊に声をかけ、荷車に乗り込んでゆく。
精霊が楽し気に声を上げた事で私も意識を移し、鞄を手に取り荷車に向かう。
「家精霊、行って来るね」
「頑張って来るね、家精霊さん!」
『『『『『キャー!』』』』』
家精霊に声をかけて荷車に乗り込み、メイラとパックも私に追従して乗り込む。
ただメイラがふんすと気合を入れながら告げた言葉が良く解らない。
家精霊も同じ様なポーズで応え、山精霊も同じ様にしてるけど、何を頑張るんだろう。
ああ、黒塊の件かな。何かが有ったら使うつもりなのかもしれない。
可能性は無いとは言えないから、その覚悟は有った方が確かに良いのかも。
・・・この件で拗ねてたら、ライナに注意されたんだよなぁ。
メイラの前ではなかったけど、店の奥で「あの子が心配するから早めに慣れなさい」って。
だから普段は考えない様にしてるけど、考え出すとやっぱり寂しい。
いや、止めよう。考えない。今はその事は忘れよう。うん。
「じゃあ、頼むな」
「任されよ、我が主」
自分を誤魔化している間に竜の背に着き、竜は荷車を背に乗せて飛び上がる。
ただ事前にお願いをしておいたおかげで加速は緩やかだ。
メイラ達が居るからね。竜の急加速だと怪我しちゃうかもしれないもん。
とはいえそれでもあっという間に速度が上がって行く。
そうして前に来た時と同じように、あっという間に首都に着いた。
ただし今回はちゃんと連絡が通っていたからか、前と違って歓迎される形だったけど。
「お待ちしておりました、精霊公様。ご案内致します」
「ああ、頼む」
前来た時に案内してくれた僧侶さんが、また前と同じように先導してくれた。
ただ前よりも更に荷車を見る人が多い。まるで人で道を作るかの様に並んでいる。
怖くて思わず荷車の中に引っ込み、移動が終わるのを待つ。
目的地に到着して荷車を出ると、法主さんが建物の外で待っていた。
「お待ちしておりました。精霊公様。錬金術師様」
「こちらもまた会えるのを楽しみにしていたよ、法主殿」
法主さんは相変らず優し気な様子で迎えてくれて、少しだけホッとした。
ただその後ろにいるお付き女性に気が付き、気まずさに思わず視線が下がる。
「そしてパック殿下も、心から歓迎いたします。まさか王太子殿下に来て頂けるとは」
「感謝致します、法主殿。ですが事前にお伝えした通り、今の私はセレス先生の弟子です」
「成程、ではそのように」
「ええ、お願い致します」
流石のパックは、すぐに法主さんと打ち解けたらしい。
二人共「うふふ」「ふふふ」と仲良く笑い合っている。
「そして・・・もう一人のお弟子様。いえ、貴女こそが一番弟子の、メイラ様ですね」
「は、はい、宜しくお願いします」
「ええ、宜しくお願い致します」
挨拶を終えると、法主さんはメイラの顔をじっと見つめる。
ただそれも長くはなく、少ししてリュナドさんに顔を向けた。
『キャー!』
「ええすみません。精霊様もようこそ。本日は移動でお疲れでしょう。部屋は用意しておりますので、先ずはお寛ぎください」
「ああ、感謝する」
別に疲れる要素は無かったけどな、と思いながらもリュナドさんが頷いたので付いて行く。
どうやら今回はリュナドさんとは別々らしい。ちょっと残念。でもメイラと一緒だからいっか。
「・・・セレスさん、ここ・・・この建物、何かおかしくないですか。何か変な感じがします」
「多分、法主さんが従える精霊か何かが、この建物全体に力を巡らせてるんだと思うよ」
「・・・そう、ですか」
メイラは部屋に案内され、二人きりになるとキョロキョロしながら訊ねて来た。
ただメイラは魔力を感知する力は弱いし、そうなると呪術の類で感知しているはず。
という事はここに居る何かは、神性の力が強いという事だろうか。
つまりあの時の思考誘導は完全に魔力以外の何か。成程、抵抗が難しい訳だ。
あの時違和感を持たなければ、一切気が付けなかったかもしれない。
敵対行動じゃなかったから余り気にしてなかったけど、敵ならかなり危険な状況だったね。
そのまま思考を呑まれ、良い様に操られた可能性もゼロじゃない。
とはいえ建物内限定だと思うから、出ちゃえば問題無いとは思うけど。それに・・・。
「まあ、大丈夫だよ。法主さんは敵じゃないし」
「・・・わかりました」
メイラは頷いたものの、どうにも気になるのか落ち着かない様子だ。
私と違って色々見えているのかもしれない。
もしくは見張られている様な感じで落ち着かないのかも。
いや、視線を感じて怖い、とかなのかな。
「もし怖いなら抱きしめてあげようか?」
「え? えっと、んっと、んー・・・はい」
あ、正解だった。おずおずと近付いて来るメイラをギューッと抱きしめる。
メイラは嬉しそうに抱きしめ返して来たので、私はそのままベッドに転がった。
「ちょっとお昼寝しようか」
「い、良いんでしょうか。これから色々あるんじゃないんですか?」
「法主さんが寛いでて良いって言ってたんだし、良いと思うよ?」
「そ、そうですね。えへへ」
笑顔ですり付いて来るメイラを見ていると、私も何だか笑顔になって来る。
これならこの子も怖くないだろう。そう思い目を閉じて微睡へと落ちて行く。
ただどれだけの時間が立った頃か、ふと部屋の外に人の気配を感じた。
ノック無くほんの少し部屋が開かれ、寝ぼけた頭が一気に覚める。
明らかに室内の様子を窺う気配に警戒心をあげつつ、静かに体を起こす。
念の為仮面を付けた所で、扉の隙間から何かを投げ込まれる。
即座に結界石を発動させると、扉は静かに閉じられた。
「・・・紙?」
扉の向こうの気配が消えてくのを感じながら、投げ入れられたそれに近付く。
どうやら折り畳まれた紙で、特別何かしらの力は感じない。
いちおう警戒しつつ手に取ろうとすると、その前に精霊が拾いに行ってくれた。
『キャー』
「ん、ありがとう」
トテトテと持って来てくれた精霊に礼を言い、紙を受け取り中を確認して――――――。
『今頃魔法使いの娘は捕らえられている。娘は強い魔法使いであろうが、その魔法は今封じられている。娘の命が惜しければ、貴様は腕を繋げる以外の事を決して行うな』
――――――ぐしゃりと、握り潰した。
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竜が凄まじい勢いで飛んでいき、あっという間に見えなくなった。
見るのは二度目だが、やはり凄まじいな。
あれとやり合った二人には、畏敬の念を抱かざるを得ない。
いや、一番はその場に駆け付けたリュナド殿に、か。
「さて、留守を任された以上、普段以上に気を張らねばな」
「ええ、頑張ってちょうだい」
「いや、アスバ殿にも手伝って欲しいのだが」
「偶にはアンタが頑張りなさいよ。大体あんた精霊兵隊でもないのに、精霊兵隊に指示できる立場に居るんだから。アイツらアンタをリュナドと同格として見てんのよ」
それは貴方も同じだと思うのだが。むしろ貴女はセレス殿と同格扱いじゃないか。
私は知っているんだぞ。精霊兵隊になった時の注意項目に、貴女に気を付けろと在るのを。
精霊達が『アスバちゃんは怒らせちゃ駄目だよ!』って言うせいだが。
「さて、では私たちはこの辺りでお暇するよ、家精霊殿」
「また暇な時にでもお茶を飲みに来るわね」
二人で家精霊殿に声をかけると、板に『いつでもお越しください』と返事を貰えた。
それを確認して山精霊達の声を聞きながら庭を去り、街中へと街道を進む。
「ああ、そうそう、私討伐依頼が一個あるから、今日一日は本当にアンタに任せるわよ」
「え、聞いていないんだが」
「だって今言ったもの」
「いや、それこそリュナド殿に報告して、日程をずらして貰えばよかったじゃないか」
「しょーがないじゃないの。突然頼まれたんだからさぁ」
「むう・・・どうしても貴女じゃないと駄目な依頼なのかい」
「私かセレスじゃないと、困る奴が出て来る依頼でしょうね」
つまり『割に合わない依頼』という訳か。
それは確かに、彼女が受けなければ困る者が出て来るだろう。
彼女が受けると決めた以上、理由が有って報酬が出せない依頼なのだろうし。
「あとまあ、尾行してる連中の狙いは私みたいだし、街の心配は要らないでしょ」
「やはり気が付いていたか。あれは何時からなんだい」
「さあねぇ、結構前からあんな感じよ。とっとと仕掛けてくれた方が早いんだけどね」
セレス殿の家の庭を出てから、正確にはアスバ殿と出会ってからずっとつけられている。
なので狙いは彼女なのだろうとは思っていたが、どうやら正解の様だ。
「先に仕掛けないのかい?」
「それじゃ私が罪に問われるでしょ」
「確かに。まだ向こうは何もしていないからね」
彼女はフンフンフーンと鼻歌を歌いながら、手を空に向けて指輪を見つめる。
そんなに指輪が気に入ったのだろうか。彼女にしては本当に珍しい。
先程は少し揶揄ったが、本当に『女性』になりつつあるのかもしれないな。
「こんな物でどうにか出来ると思ってんだから、可愛いわよねぇ・・・ふふっ」
「ん、どういう事だ。それは買ったのではなかったのか? ま、まさか贈り物なのか!?」
今の言い方だと、まるで指輪を貰った様にも聞こえる。
いや、よくよく考えればありえなくはない。ありえなくはないのだが、想像し難かった。
だってアスバ殿だぞ。だがしかし、まさかとは思うが、彼女に指輪を送る様な男が・・・!?
「んー、贈り物とも、言えなくはないわね」
そしてそのまさかが肯定され、思わず目を見開いてしまう。
更にその言葉がとてもご機嫌な事に尚の事驚き、ガシッと彼女の両肩を掴んだ。
「だ、大丈夫なのか!? その男は真面な男なのか!?」
「・・・おいコラ、どういう意味よ」
い、いや、アスバ殿に贈り物をする男となると、まともな趣味かどうかと。
だって指輪という事は、貴金属を送れる稼ぎの男と言う事だろう?
ならばいい歳の男であり、そんな男がまだ幼い彼女に? そもそもアスバ殿だぞ!?
そう疑問に思っても仕方ないだろう。悪気は無いんだ。心配なだけだから。ほ、本当よ。
「ったく・・・また今度教えてあげるわよ。どうせ、すぐに解るから」
「そ、そうか・・・解った」
友人を疑いたくはないが、少々心配だ・・・本当に大丈夫かしら。
「・・・ま、セレスの奴は気が付いてたけど、ね」
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