第330話、弟子の内緒が寂しい錬金術師

『キャー♪』

「・・・ん、感謝して貰えるぐらい喜んでくれて、良かった」


ここ数日殆ど寝ずに作ったから、リュナドさんに喜んで貰えて本当に嬉しい。

ただ気が逸って訓練中に邪魔してしまったのは本当に申し訳ない。

寝不足で頭が回ってなかったせいもあるけど、本当に私は人への気遣いが出来ないなぁ。


「ふあぁあ・・・」


うう、駄目だ、眠い。リュナドさんと会う間は頑張ったけど、これはもう駄目だ。

眉間に寄った皺も戻らないというか、もう目を開けているのも辛い。

このままだと絨毯で移動しながら落ちそう。流石にそれは危険すぎる。


「・・・ごめん、家まで、お願い」

『キャー♪』


頭の上の子に頼むと、喜んでピョンとフードから出て絨毯の操作を代ってくれた。

多分礼を言ったとは思うけど、寝ぼけていたので正直自信はない。

気が付いたら家のベッドで寝ていた。多分家精霊が運んでくれたんだろう。


「あ・・・しまった、寝過ぎた・・・」


窓を少しだけ開けて外を見ると日が落ちかけており、夕日が山を照らしている。

という事は今日は完全に弟子たちの授業を潰してしまったという事だ。

気まずい気持ちで視線を下げると、庭ではその弟子二人が真剣に魔力制御の訓練をしていた。


パックは順調に制御をものにし始めている。

魔法を使いこなすにはまだ時間がかかるだろうけど、何時かは使える様になるだろう。

ただメイラにはまだ難しそうだ。未だ魔法石も上手く使えてないからなぁ。


とは言えあの子には魔法石も魔法も、自在に使う手段が実は有る。

呪術師としての力を使えば多分出来るはずだけど、本人がそれを望まないんだろうな。


「普段は極力黒塊の力を使わない様にしてるみたいだしなぁ・・・」


メイラは黒塊を内に入れれば、それだけで超常の力を手に入れる。

それに山精霊達は少しだけ神性を持ってるから、メイラの呪術で使えるっぽいんだよね。

いや、そういえば神性が前より強くなってるんだっけ。なら尚の事使い易いかもしれない。


以前出した黒巨人は呪いの力も強かったけど、アレを形作ったのは精霊の魔力も大きい。

つまりメイラは精霊の魔力を行使できる訳で、上手く使えば魔法も使えるはず。


「ん、あれ?」


メイラが黒塊に近付いて行く。あの子が自らなんて珍しい。

そう思っているとメイラは黒塊を山精霊に持たせ、その上で全てを内に取り込んだ。


ちょっと吃驚した。確かに以前、黒塊を使おうとした事は何度かあった。

けれど日常的には使うのを避けていたし、黒塊にも厳しい言葉を投げかけていた。

だからあんなにあっさりと、黒塊を使っている様子に、少し心配な気持ちが浮かぶ。


「また、無理してないと、良いんだけど・・・」


黒塊はメイラの為なら絶対に力を貸すし、制御しきる事が出来れば安全性は上がる。

けれどあの子は黒塊が苦手で、まだ怖い気持ちも残っているはずだ。

それが解っているからこそ、私は無理に呪術の力を使う事は勧めていない。


だってあの子はやれと言えばやってしまう子だ。何処までも頑張ってしまう子だ。

いくら私が鈍くたって、それぐらいは解る。

もうそれなりに一緒に暮らしている家族なんだから。


「・・・んー・・・いやでも、あれ・・・?」


じっとメイラの様子を見ていると、結構落ち着いた様子で状態を確かめている。

表情は真剣ではあるけれど、無理をしていたり辛そうな様子はない。


「アレは・・・黒巨人の時の力・・・だよね」


じわっと、メイラの体の周りに黒い物が滲み出して来る。

体を完全に覆う様に発生したそれは、ゆっくりと片手に集まって行く。

そして大きな黒い腕を形成すると、今度は逆の手を同じ様に作り出す。


大きな手を握って開いて確かめると、今度は足へと集め始めた。

そして腕の時と同じような黒い足が出来ると、ぴょんぴょん跳ねて確かめている。

けれどそれらは初めてやった様に見えず、慣れた動きを確かめている様に見えた。


あれだけ自在に使えるなら、焦りさえしなければ実戦でも使えそうだ。

それに前の黒巨人の時と違い、これだけ近い距離で見ていても怖くない。

勿論力自体に脅威は感じるけど、それが私に向く危機感を覚えない。


つまり外に力を漏らさず、きっちり制御しきれているという事だ。

あれだけ使うのを嫌がっていた黒塊の力を、ほぼ使いこなしている。


「・・・もしかして、私の知らない所で黒塊を使う訓練をしてたのかな・・・大丈夫かな」


そこでふと、庭でメイラ達を見守る家精霊と目が合った。

ニッコリと笑顔を見せて腕を胸に当て、小さく頭を下げてまた二人に視線を戻す。

自分が見ているから大丈夫、って事かな。何かそんな風に感じる。


私が起きてる事は元々気が付いていて、心配そうな様子を感じて伝えてくれたんだろう。

確かにあの子が見守ってくれているなら、私が傍に居るより安心かもしれない。

それに私に伝えてこないって事は、メイラも自分で頑張りたいって事なんだろうな。


「・・・何だろ、何か寂しい。メイラが無理せず頑張れてるのは良い事のはずなんだけど・・・なんかもやっとする。何でだろう?」


猛烈にあの中に混ざりたい。すっごい寂しい気持ちが胸に渦巻いている。

けど多分二人共私が寝てると思って、こっそり訓練してるんじゃないかな。

となれば私が出て行くわけにはいかないし、でも出来れば今すぐにでも混ざりたい。


「うう・・・が、がまん、がまんだ・・・!」


ぐっとこらえながら、気がつかれない様にそっと窓を閉じる。

そしてゆっくり一階に降りると、家精霊がすーっと家に入って来た。


「・・・アレは、内緒、なのかな、やっぱり」


家精霊に確かめるとコクリと頷き返され、しーっと人差し指を立てた。

二人が見せてくれるまで黙っててって事なんだろう。

つまり今後もあの様子を見たら、寂しい気持ちを我慢しなければならない。


「・・・家精霊は知ってたんだよね?」


訊ねると家精霊は珍しく気まずそうに眼を逸らした。やっぱりそうか。

大体そうでないとおかしい。だって今日まで力の流れを一切感じられなかったもん。

さっきは危機感を覚えずとも脅威は感じた。つまり普段でも気が付けたはずなんだ。


なのに今まで気が付けなかったのは、家精霊の協力が有ったという事だと思う。

家の中に居る時は気が付けない様に、結界でも張ってたんじゃないかな。

今日偶々起きて窓から二人を見なければ、ずっと気が付かなかった気がする。


『キャー』

「・・・そっか」


頭の上の子が『二人に頼まれたんだよー』と言い、家精霊も目を逸らしたまま頷く。

それならもう仕方ない。うん、仕方ない。


家精霊が私に気が付きながらも、二人の訓練を止めなかったから知れた訳だし。

多分二人が私に気が付かなかったのも、気が付かない様にさせていたんじゃないかな。

内緒だけど、内緒のまま私に教えてくれたんだ。なら、やっぱり内緒にしないと、だよね。


「・・・なら、二人には、私は知らないって事で、山精霊達も言っちゃ駄目だよ」

『『『『『キャー?』』』』』

「・・・そんな事ないよ」


・・・別に、私だけ知らなかったって、拗ねてないもん。


「・・・拗ねてるとか寂しいとか、絶対言っちゃ駄目だからね。絶対だよ」

『『『『『キャー!』』』』』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『メイラ様、主様が降りて来られるようです。私が足止めしておきますね』

「え」


家精霊さんの言葉を聞き、バッと二階の窓に目を向ける。

窓が開いていない。なら多分見られてはいないよね。

でも早く解除しないと、セレスさんが庭に出て来るかも。

家精霊さんはああ言ったけど、無理に引き留める事は出来ないはずだもん。


「せ、精霊さん、黒塊、出て出て、早く・・・!」


慌てて意味もなく両手をブンブン振ってお願いすると、すぐに私からでてくれた。

ただ精霊さんは兎も角、黒塊は手を振った際に地面に叩きつけてしまった気もする。

わざとじゃないけど流石にちょっと気まずい。


「ご、ごめん」

『気にする必要は無い。我が娘よ』


素直に謝ると、黒塊は何時もの塔の上に陣取った。最近素直すぎて逆に怖い。

精霊さん達が言うには、私が頼ってくれるから機嫌が良い、って事らしいけど。


「本格的に訓練を初めてそこまで経っていないのに、大分安定してきたようですね」

「でも作った手足を早く振ったりすると、形が崩れちゃうんですよね。まだまだ練習が必要だと思います。そもそも精霊さんが居ないと制御できませんし」

「まだ内緒で、ですか?」

「出来ればもう少し内緒で」


セレスさんは私が黒塊を使う事を心配してくれている。

それは私が黒塊を怖がっていて、なおかつ使いこなせない事を知ってるからだ。

だからもう大丈夫だって、胸を張って言える様にしたい。


本音を言えば未だに怖い。だって黒塊の力は、使えば使う程その危険が良く解る。

これは本当は人が持っちゃ駄目な力だ。何もかもを殺せてしまう力だ。

だからこそ、こんな力が内に在る事を知っているからこそ、ちゃんと使えないといけない。

いざという時に周りに被害を出さず使える様に、普段は使わずとも訓練だけはしておかないと。


私は、何時までも、逃げてちゃ駄目なんだ。だって私は、セレスさんの弟子なんだから。


「パック君に負けてられませんし、早く使いこなせるようになりますね」

「僕としては、何時までも追いつけない気分なんですが」

「それはお互い様ですよ。私だって魔法石を使いたいんですから」

「ふふっ、お互いに無いものねだりですね」


パック君とクスクスと笑い合い、精霊さん達に声をかけて家に向かう。

セレスさんが起きたなら、私達が庭に何時までも留まってるのは不自然だもん。

そう思って家に入ったんだけど・・・。


「・・・おはよう」

「「お、おはようございます」」


何故か物凄く不機嫌で、なのにセレスさんは私達に抱き着いて来た。

なら私達に怒ってる訳じゃない、よね?


「セ、セレスさん? どうしたんですか?」

「リュナド殿と何か有ったんですか、先生」

「・・・別に、どうもしてないし、リュナドさんとも何もないよ」


何でもない様に言うけど、声音は明らかに何でもなくはない。

どうしたんだろう。考え難いけど、リュナドさんと喧嘩でもしたのかな。

その日はライナさんのお店に向かっても、セレスさんは不機嫌なままだった。


本当にどうしたんだろう。精霊さんに聞いても教えて貰えないし。

セレスさんとライナさんが店の奥に行った時、こそっと聞いてみたけど凄く慌ててた。


『ぼ、僕何も知らないよ?』

『知ってても知らないって言えって言われたから知らないのー』

『主が内緒って言ったから内緒なんだよー』


ただ何かが有るのは解った。内容以外が内緒に出来てないよ、精霊さん。

そうなるとリュナドさんとの喧嘩とかじゃなくて、もっと大事な内緒事って事なのかな。

あの凄い地図を渡された件も考えると、これから何か起きるのかも。


・・・早めに黒塊を、もっと使いこなせる様にならなきゃ。足手まといに、ならない様に。

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