第340話、弟子に全て任せる錬金術師

うーん・・・パック達の会話に解らない所がある。

立場とか信仰の在り方とか、私の理解の外の問答が続くんだもん。

いや、私にも多少は解るよ。けどその答えに納得が出来ないというか。


先ず僧侶って『神』を信仰して、それを生涯やる職業だよね。

なら立場に対しては「神を崇める者です」以外の答えは全然意味が解んない。

高僧の立場は普通の僧侶とどう違うのかとか言われても、そんなの私知らないもん。

もし面子的な物とかいう話になるのであれば、尚の事何言ってるのか解んなくなるし。


信仰の問いに関しても、何かを信じる事が信仰ってだけだよね。

だって黒塊だって信仰から生まれた物で、アレは呪いだけど本質は神性だ。

どう考えてもあれが許しなんて優しい感情から生まれたとは思えない。

むしろ生贄の儀式でもしない限り、あんな物が生まれるはずがない。


だから私には丸男の答えの正否が判らず、パックの言葉が正しいのかも判断出来ない。


「成程ありがとうございます。参考になりました」


ただパックは納得したらしい事を言っているから、その辺りは気にしなくて良いかな。

丸男も自分が間違ってたって言ってるのは確かみたいだし。

勿論あんまり言うとミリザさんに迷惑をかける、って言うのが主な理由なんだろうけど。


正直に言っちゃうと、丸男を責める事で彼女が困る、という理由も良く解んなかったりはする。

だってアレのやった事はアレの責任で、悪いのは全部アレで、彼女は何も悪くないのだし。

けれどパックがそう言うならそうなんだろう。リュナドさんも口を出さないから間違いない。

何より隣で嬉しそうに見つめているメイラが居るし、解ってないのは私だけっぽいんだよね。


あれ、どうしよう。早速パックに何て言って褒めれば良いのか解らない様な。

い、いや、わ、解んなくても、頑張ったねって、そう言えば大丈夫、だよね?


「では、その許しの心を、我が師にも向けて下さると、そう思っても宜しいですね?」


話は終わったっぽいと思っていると、パックが不思議な事を言い出した。

許し、って何だろう。奴から許される事なんて・・・ああ、腕を斬った事に関してかな。


別にアレに関して許されたい気持ちはこれっぽっちも無い。

というか、許して貰う必要が有るだろうか。全く無い気がする。

そもそも怒っているのはむしろ私の方なんだけどな。


今日だって法主さんの言葉を遮り、無視して言いたい事を言っていた。

つまり奴は何も変わってない。前に会った時と同じままだ。

奴は変わらずリュナドさんの敵で、すなわち私の敵だ。

ならそんな奴の許しなんて必要ない。


「貴方の許しが在れば、先生はその手で貴方を治療出来る。きっと誰よりも鮮やかに、そして綺麗に治療をして見せますよ。貴方だって、いいえ、貴方を心配する者達とて、貴方の腕が綺麗に治ることを望んでいるのではありませんか?」


あ、許せってそういう事か。私が近づく事も許せ、っていう話だったんだね。

周囲の人達はパックの言葉に納得したのか、同意する様な事を呟いている。


そうなればパパッと治療して終わりだね。

リュナドさんの傍にもずっと居られる。

あとパックが凄く信頼してくれてるのが嬉しい。


「で、殿下のお言葉はもっともです。許す事こそが本来私の役目であり、彼女を近づけさせないという行為は責められるべきなのでしょう。ですがそうしなければ、私は竜神公様に更なる不敬を働く事になってしまうのです。我が神への不敬を恐れるが故の事なのです」


パックの信頼に少しにやけていると、丸男は震えた声で応えた。

ただその内容が意外だったのか、パックはふむと考える様な仕草を見せる。

でも首を傾げる気持ちは解る。言ってる事の意味が解んないもん。

だって私が傍に居ようが居まいが、彼への敬意とは関係ないよね。


「何故先生を許す事が、精霊公への不敬になるのでしょう。むしろ精霊公は先生を重宝しています。そこに評価こそすれ、不敬などと判断する訳がないと思われますが」

「ええ、ええ、その通りでございます。間違いなく殿下のお言葉は正しい」

「私の言葉を是とするのであれば、何故そうされないのでしょう」


パックが笑顔のまま問いかけると、丸男は顔を上げて真剣な表情を彼に向けた。


「先程の私の醜態をご覧なさったでしょう。竜神公様が目の前に居られる。失礼は出来ない。不敬は出来ない。だというのに我を忘れてしまう。心の奥底に恐怖が焼き付いてしまっている。殿下への不敬もその恐怖故に・・・いいえ、これは言い訳ですね。ですが・・・!」


・・・うーん、怖いから我を忘れて不敬、かぁ。

私も恐怖で訳が解らなくなって、後で余計に怒られたりした事が在った。

その点を考えると、言ってる事自体はおかしくないのか。

丸男と私が同じ、っていう点が何だかすっごく嫌だけど。


「殿下は許しの言葉に、我が信仰に頷いて下さいました。なればどうか、どうかお許し願いたい。神への不敬をせぬ為に、恐怖で何も考えられぬ無様を晒さぬ為に、彼女を近づけぬ事をお許し頂きたい。未熟な身を嗤って下さっても結構です。どうか、どうか・・・!」


丸男は悲壮感を漂わせる表情でパックに懇願をする。

彼へ迷惑をかけたくないから、私を近づけたくないか。その内容自体は嫌いじゃない。

けどアイツって、リュナドさんを敬う様な事言いながら、彼の言葉を無視するしなぁ。

あれは私が傍に居ても居なくても同じ様な気がするんだけど。


「成程、成程。先生、私は彼に多少の同情の余地がある、と思います。先生が傍に寄らない事で事が上手く進むのであれば、それで良いかと。未熟な弟子の身で差し出がましい事とは思いますが、どうか私の意見を聞き届け願えないでしょうか」


そう思っていると、パックが突然振り向いて私に問いかけて来た。

そのせいで全員の目が突然私に向き、思わず固まってしまう。

けれど問いかけにちゃんと応えなければと、止まりかけた思考を必死に回す。


え、えっと、同情の余地ありなのか。でもパックがそう言うならそうなのかな?

確かに切られたから怖いって言われたら、それは納得出来る気はするし。

何よりも丸男が本当に彼へ迷惑をかけなくなるなら、それは一番良い事だと思う。


「・・・パックがそれで良いなら、私はいいよ。全部任せる」


突然だったからちょっと面食らったけど、私にしては返答が割と早く出来た。

同情の余地って点に悩みはしたけど、そもそも最初から私の答えは決まってたからだと思う。


私はこの場を下がる事にして、呼ばれない限り前に出ないと決めた。

そしてパックが判断を下すのであれば、きっと私より正しい事をやってくれる。

私には丸男の真意も、パックの考えも解らないけれど、あの子なら判断を任せて大丈夫だ。


なら私がするべき事は、あの子の言葉を信じて頷くだけだと思う。

そもそもさっきの会話内容が良く解ってない時点で、私に判断出来る事って何も無いし。


「ありがとうございます、先生。お任せください」


私の返事を聞いたパック笑顔は、今までと少し違う凄く嬉しそうな笑顔だった。

喜んで貰えたなら良かった。メイラも嬉しそうだし何よりだ。

何だかやる気満々だし、危険が無い限りやりたいようにやらせてあげよう。


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「ありがとうございます、先生。お任せください」


セレスの信頼に心からの笑顔を見せるパック殿下。

それとは大違いで、殿下の態度に訝し気な表情を隠せていない男。

だが男はハッとした顔を見せた後、歯を食いしばる表情を隠すように顔を伏せた。


それは今の表情を見ていなかった者であれば、殿下の寛大なお心への感謝にも見える。

いや、そう見える様に誤魔化した、ってのが正解だろうな。


「・・・取り敢えず、一本目は勝負あり、かね」


蹲る男を見ながら、誰にも聞こえない様な声音で小さく呟く。

この男はおそらく大きな勘違いをした。殿下の目的を読み間違えたんだ。

殿下の一番の目的は「この男に余計な機会を与えない」という物だろう。

だから殿下は自らが割って入り、セレスの代わりになると言い出した。


そこまではこの男も想定内だったのだろう。弟子が邪魔をして来るのは解っている。

だからこそ身分の差を理由に拒否し、しかしその失言を殿下は上手く使った。

更には失言を再度誘う事でセレスが近づける様に仕立て上げようとする。

これ幸いと、錬金術師が自由に振舞える許可を手に入れる為に。


だから奴は周囲の人間の同情を誘う様な言葉を連ねた。

周りの人間がパック殿下に同調して話を進めない様に。

殿下が周りを利用しようとした様に、自分も同じ手段で対抗しようと。


・・・と、思ったのが大間違いだ。


多分殿下の目的は、最初から最後まで変わってなかったんだろう。

兎に角俺とこいつの接触を避ける。大義名分を作らせない。

その一点さえ達成出来れば、後はどんな手段でも構わない。

より良い結果に出来るなら、追加で成果もあげておこうって程度か。


だから、殿下は師の事すら利用した。

そこまで師を恐れるのであれば、受け入れ許そうとセレスに言わせたんだ。

王太子が不敬をした僧侶相手に心を砕き、殿下が師に対し弟子として無理を頼む形で。


冷静に見ると恩着せがましい事この上ないが、わざと着せにいってるから性質が悪い。

何より一番性質が悪いのが、態々セレスにこの男の信仰の同意の「許し」を求めた所だ。

セレスに敵対の意思は無し。拘っているのはコイツだけ。そんな印象を持たせる為に。

許す事こそが自分に必要な事と言いながら、奴はそれを出来ていないんだからな。


奴とて取り巻きの全員に真実を語っちゃいないだろう。

むしろ都合の良い事だけを語る事で味方につけている可能性も高い。

そういう目と耳の悪い連中からすれば、今の光景は寛大な王太子様に見えただろうよ。

そして連中は全員奴の枷になる。無能な味方が一番怖いとは良く言ったもんだ。


実際は一見殿下が何もかもを許した様に見えて、奴の行動に制限をかけて終わらせただけだ。

本質的には奴の要望は何も通らず、けれどまるで願いが叶ったかの様な話になっている。

勿論それを理解している者も居るだろうが、相手が相手だけに下手な事は言えないだろう。


「では法主殿。予定通りに」

「はい、パック殿下。お手間をおかけして申し訳ありません」


ならば当然予定通りに、法主が今後の予定を語り始める。

流石にもう奴も口を挟まない。挟める訳がない。

奴に「良かったですね」等と言ってる連中が居るのが滑稽この上ないな。


「・・・策士策に溺れるってか」


被害者を演じて周囲に信じさせ、それが足手纏いになるとは何とも皮肉だ。

殿下への失言に関してもセレスを言い訳にしたが、アレも余計な一言になってるな。

セレスも殿下も全てを許した。ならそれに感謝して自分も色々と許さなきゃ道理が通らない。

ぜーんぶ自分の発言と行動が足を引っ張ってる。まさに自業自得だ。


最初に殿下への不敬をしていなきゃまた話が違ったろうが、もう今更遅い話だ。

拒否した理由を潰され、その理由の逃げ口上を利用され、これ以上の要望を言える訳が無い。

まあ最後に最低限自分を取り繕えたんだから、抵抗は出来たとも言えるかもしれないが。


いや、それも殿下の計算の内かな。取り繕える余地は残したのかもしれない。

あの口ぶりと強気な対応から察するに、奴がアスバの事に関わってる可能性は大だ。

なら短気を起こさない程度に、けれど好き勝手にはさせない様に上手く調整したのか。


現状はまだ巻き返せる。そう思わせる為に。だからこそ今は黙ったんだろう。

つまり黙るのは今だけの話だ。あの顔を見た以上、これで諦めたとは考え難い。

むしろそうでないとアスバの身に危険がある。まだ人質が有効と思って貰わないと困る。

そこまで考えての引き際、って事なんだろうな。


「・・・恐ろしいな」


結果から見れば俺にも察せる訳だが、そんなもん読めるか。

途中まで普通に俺も奴と同じ考えだったっつの。凡人舐めんな。

都合の良い発言をそんなに都合良く引き出しての結果なんて予想出来ないって。


セレスは全部解ってたのかね。解ってたんだろうなぁ。

あそこから一切動く気配がなかったし、殿下の判断をすぐ肯定したし。

むしろすんなり下がったのは、弟子がきっちりやってくれると信頼していたんだろう。


そしれて殿下はその信頼通り、自身の紹介通りきっちり師の代わりを務めあげた。

目的を誤認させ、本人にわざと発言させて責任を取らせる辺りとか完全にセレスじゃん。

やり方が威圧か笑顔かの違いはあるけど、正しく師弟だわこの二人。色々怖いわ。


『『『『『キャー?』』』』』

「え? いや、最初から無いぞ」


精霊達がやけに静かだと思ったら、菓子が出て来るのを待ってたらしい。

なんだよ、そろそろお菓子はーって。そろそろも何も最初から無いぞ。

もしかしてお前等、法主に会うとお菓子が貰える、とか思ってない?


いや、頬を膨らませても無いものは無いから。あ、こら待て。法主に強請りに行くな。

今は邪魔しちゃ駄目なの見たら解るだろ! 裾を引っ張るな!


『『『『『キャー?』』』』』

「え、ええと、精霊様、少々お待ち頂けるとありがたいのですが・・・」

『『『『『キャー♪』』』』』

「あ、ありがとうございます。終わり次第、すぐに用意しますね」


法主が困惑した様子で俺に顔を向けながら対応し、精霊達はひとまず納得して戻って来た。

すみません。いやもう進めて下さい。本当にすみません。

ああもう、今謝れないのが辛い。頭も抱えられない。なんだこれ締まらねぇ。


心なし背中に刺さるセレスの視線が痛い気がする。後で胃腸薬飲もう。

おかしい。何か俺だけ情けなくないか。

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