第328話。友人の喧嘩に怯える錬金術師

「で、どういう事よリュナド! 何で私がまた留守番なのよ!!」

「―――――!」


アスバちゃんの怒鳴り声にビクッとなり、落としかけたカップをワタワタと掴む。

二重の驚きでバクバクしている心臓を抑えながら、俯き気味に様子を窺う。

怒鳴られたリュナドさんは大きな溜息を吐き、眉間に皺を寄せながら面倒そうに口を開いた。


「何でも何も、それが一番安全だからに決まってんだろ。街の戦力総出で行ってどうすんだ」

「留守ならフルヴァドが居るじゃないの! それにあんたご自慢の精霊兵隊も居るでしょ! 大体精霊が街中に居る街で、留守番も何もないでしょうが!」

『『『『『キャー♪』』』』』

「精霊殺しの一件。竜の存在。この二点が既にある時点で、精霊達だけじゃ不安なんだよ。フルヴァドさんはまだ規格外の連中とやり合った事も無いしな」

「じゃあ竜を置いておけば良いじゃないの!」

『『『『『キャー!』』』』』

「アイツ遠出は絶対付いて来るって言い張るんだからしかたねーじゃねーか」

「なーんで私があんなトカゲより優先順位が下なのよ!!」

『『『『『キャー!!』』』』』

「あんた達ちょっと黙ってなさい! さっきから煩い!」

『『『『『キャ、キャー・・・』』』』』


あ、あうう。アスバちゃんが怖い。思わず椅子ごとテーブルからちょっと離れる。

メイラも同じ気持ちなのか、スススと私の横に寄って来た。

ただパックは流石で、ゆったりとお茶を飲んで家精霊に礼を言っている。


パックってもしかして、怖い物とか無いんじゃないかな。

山精霊ですら、アスバちゃんに怒鳴られて今私の後ろに隠れたのに。

いや待って、隠れないで。私を盾にされても困る。私も怖いから。あと隠れ切れてないから。


何故アスバちゃんとリュナドさんがこんな言い合いをしているかと言えば、理由は簡単。

次に法主さんに会いに行く際、アスバちゃんは付いてくるつもりだったらしい。

メイラとパックも行くという話を聞き、それなら当然自分もと。


私としては全然構わなかったし、むしろ頼もしいとすら思っていた。

けれどリュナドさんが訓練の様子を見に来た時、彼女にこう言ったんだ。


『アスバ、また留守番任せるな』


それを聞いた瞬間アスバちゃんはリュナドさんに掴みかかり、問いただす様に怒鳴った。

多分私達だけだとそのまま庭で言い合いを眺めるしかなかっただろう。

ただ一緒にフルヴァドさんも来てたから、まあまあと宥めてお茶にして今に至る。


あれでもまだ落ち着いたんだよね、アスバちゃん。

庭で怒鳴った時は、声だけじゃなくて魔力も溢れてたし。

確実にお茶の用意の時間を挟んだおかげだと思う。アレは正直に本気で物凄く怖かった。


「その、リュナド殿。アスバ殿を連れて行っても、別に良いのではないか? テオや竜のような存在など、そうそう来襲する物でもないだろう。心配し過ぎだと思うが」

「そうそう来襲しないものが、ここ数年で立て続けに襲って来てるんだ。心配するなって方が無理がある。あの竜と同レベルが襲ってこない可能性が無いとは言えないでしょう」

「あー・・・それは、そう、だな」


アスバちゃんを援護したフルヴァドさんだったけど、簡単に説き伏せられてしまった。

とは言え実際リュナドさんの言い分は正しい。何があるか解らないのが世の中だ。

あの竜に遭遇してしまった事実が有る以上、絶対な安全なんて存在しない。


「ちょっとフルヴァド! アンタどっちの味方なのよ!」

「いや、どっちと言われても、私もこう言われると、正直あの竜の相手は自信ないなぁと」

「このヘタレ! アンタは力を手に入れても精神がそんなだから未だに弱いのよ!」

「うぐっ・・・!」


あ、ふ、フルヴァドさんが胸を押さえながら頭を下げて、テーブルに頭をぶつけてしまった。

今すっごい音したよ? ね、ねえ大丈夫? 今の絶対痛いよ?


「お前なぁ、フルヴァドさんに八つ当たりするなよ」

「なによ、事実じゃないの!」

「だったら尚の事お前が居てくれないと困るだろうが。この街で一番強いのはお前かセレスだ。単にどっちか片方が出かけてるだけなら良いが、今回街の重要戦力の大半が出て行く事になる。その時お前が街に居る方が、誰の目からも安全だろう」


うーん、アスバちゃんが居る方が安全なのは同意だけど、強いのは彼女の方だと思う。

だって私は道具が有れば対抗出来るけど、彼女は自力で賄えるんだし。


私がアスバちゃんに勝つ方法って、消耗戦に持ち込むしかないんだよね。

だって彼女の結界を打ち抜ける自信が無いから、魔力切れを狙わないと攻撃が通らない。

まあその魔力切れを狙うのが、どう足掻いても無理な気しかしないんだけど。

戦闘をしない前提なら倒す手段は有るけど、友達にそんな事したくないし。


「私はあくまでこの街に住んでるだけの魔法使いなんだけど!」

「でも領主の食客であり、隣国の皇子の護衛を受ける立場であり、国内でその力を振るう為にはパック殿下の協力が居る。でなきゃ今のお前は危険視されかねない。違うか?」

「へぇ、私に脅しをかけるなんて、リュナドのくせに随分と良い度胸してるじゃない・・・!」


お、落ち着いてアスバちゃん、リュナドさんが脅す事なんてする訳ないよ。

私にはよく解らないけど、きっと誤解があると思うんだ。

とは思うものの、剣幕が怖くて口を出せない。情けない・・・!


「脅しじゃねえよ。お前が一番解ってる事だろう」


けれどそんな彼女に対し、リュナドさんは目を鋭くして返した。

このまま本気の喧嘩に発展しないか、私はハラハラしながら見守る事しか出来ない。

いや、違う、と、止めないと。本気で喧嘩になったら大変な事になる。

が、がんばら、ないと・・・!


「・・・ちっ、セレス、そんな目をしなくても、リュナドに手なんか上げないわよ」


ただ私が恐怖に震えながら覚悟を決めていると、アスバちゃんは溜息を吐きながらそう告げた。

多分余程不安な顔をしていたんだろう。実際すっごい不安だもん。


「ハイハイ解りましたよ、精霊公様の言い分が全て正しいです。愚か者な私は大人しく街で留守番してますよ。それでいーですかー?」

「お前本当にムカつくなぁ」

「うっさい。今日のアンタ程じゃないわよ」

「これでも背負っている物を自覚してるんでね。優先順位を考えればこうなって当然だろう」

「はっ、さすが精霊公様。ご立派ですこと」

「本当に一回で良いからこいつ殴りてぇ」


ただアスバちゃんが急に怒りを消し、リュナドさんの言葉に従うと口にする。

けれどまだ何だかちょっと険悪な様な・・・だ、大丈夫、なのかな?


「んで、そういや出発は何時になって、私は何時までお留守番な訳?」

「それに関してだが、まだ暫くかかる。手紙を二通りで出しているからな」

「二通り?」

「ああ。精霊達に頼んだ物と、正規の方法で送った物だ」


アスバちゃんが普段の調子に戻っている事にホッとしつつ、リュナドさんの説明に耳を傾ける。

何やら法主さんへの手紙を一つ精霊に任せ、それ以外の方法でも送っているらしい。

実際のやり取りは精霊に持たせた手紙でやるそうだけど、何で二重で送る意味が有るんだろう。


「成程ね。まーた面倒な事してるわねぇ」

「仕方ないだろ。下手に怪しまれない様にする為にも」

「どっちみち怪しまれてると思うけど」

「だとしても、表向きに見える物ってのは大事だろうよ」


大事、なのか。そうなんだ。私にはやっぱりそういう事はよく解らないなぁ。

でもリュナドさんがその方が良いというなら、きっとそれが一番良いのだろう。

解らない私が変に口を出さない方が良い。また迷惑をかけてしまう。


「あーもう、フルヴァド、何時までへこんでんのよ!」

「へこましたのは貴女じゃないか・・・」

「悪かったわよ! 謝るから顔を上げなさいっての!」

「うう・・・私だって好きで心も力も弱い訳じゃないのに・・・」

「だからごめんって! 私が悪かった! いい大人がそんな事で何時までもへこまないでよ!」

「いい大人が貴女に言われるからへこむんじゃないか・・・」

「だーかーらー、ごめんっていってるじゃないの!」


その後のアスバちゃんは何度も謝り、フルヴァドさんの機嫌は何とか直った様だった。

普段のキリッとした様子とは違い、ちょっと拗ねたフルヴァドさんは少し可愛かったと思う。


それにしても、そっか、アスバちゃんも一緒に来たかったのか。

確かに最初に行く事になった時も、行くつもりだったような気もする。

でも申し訳ないけど、リュナドさんの判断だしなぁ。


彼がこう言う以上、一緒に行こうとは流石に言えない。

それに私も彼女が街に居てくれるなら安心だもん。これほど心強い人も居ない。

今はまだちょっと驚きが尾を引いてて無理だけど、彼女が帰る前にはちゃんと伝えよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ったく・・・」

「まだご不満なのかい?」


街への帰り道、唸る様に口にするアスバ殿に声をかける。

すると彼女は私をジロッと見た後、大きく溜息を吐いた。


「不満に決まってんでしょーが。なーんで私だけ大人しくしてなきゃいけないのよ」

「私も留守番なのだが」

「あんたは街の傍じゃないと全力出せないから当然でしょうが」


確かに。ぐうの音も無い程の正論だ。

それに私自身は彼女の指摘通り、心も力も未だに弱い。

覚悟を決めたとはいえ、本物の強者たちに並ぶと気後れする。

その辺りを先日テオにも指摘されたせいで、余計にへこんでしまったのだが。


「アンタこそ、あんなのでへこまないでよね。普段の軽口じゃないの」

「まあ・・・それは解っているが」


拗ねたのは半分本気で、半分あの場を収める為の演技も入っていた。

彼女は口調は強くとも根は優しい。私がへこんでいれば気まずいと思うだろう。

ただ彼女が止まった一番大きな理由は、私よりもリュナド殿とセレス殿の態度だとは思うが。


「それにしても本当に凄いね、彼は。貴女にあそこまで言えるのだから」

「はっ、普段ヘタレで弱腰なくせに、変な所で強気で頑固なのよ、あいつは」

「けれどそんな所を認めているんだろう、貴女は」

「・・・そうね、認めてるわ」


素直に肯定した事に少し驚きの目を向けていると、彼女は気にせず続ける。


「アイツは何も持ってない。ただの凡人よ。弱くて、逃げ回って、諦める凡人。なのにあいつは踏み止まるのよ。セレスの前に立つ。死地に自分の意思で足を踏み入れる。馬鹿な凡人だわ」


凡人か。確かに彼女にしてみれば、大半の人間が凡人だろう。

彼女は強すぎる。それこそ一人で軍隊を打破できる程に。

人類の枠組みを逸脱した力を持つ彼女にとって、私達は余程貧弱な生き物に見えているだろう。


だがそれが彼に当てはまるかといえば、私は首を傾げる。

今や彼は凡人とは言えない。むしろその言葉からは程遠い存在だ。

武の力だけを切り取ったとしても、かなり上位に居ると思う。


「怖い逃げたい勘弁してくれ。そう言うくせに、街の事になると一切引かない。弱いくせに強いのよ、あの馬鹿は」


弱いが強い。謎かけのようなその言葉は、何となく理解出来る。

彼は強い。確かに強い。けれどのその力の大半は彼が自分で手に入れた物ではない。

セレス殿の作った武装と薬、そして精霊達の加護。そう考えれば彼の強さは怪しい物だろう。


彼自身が鍛え上げた技術も有るが、彼の強さの理由の大半は外付けだ。

そしてその外付けが無ければ、きっと彼は彼女達に付いて行けない。

勿論彼は『凡人』の中では『強者』だ。けれど『化け物』の中では『弱者』なのだから。

ただきっと、彼の強さはそこじゃない。彼女の言う強さとは武の力ではない。


彼は「流され易くて押しの弱い自分が嫌になる」と、そう言っていた事がある。

今の自分の地位は、何処までも流されてしまった結果だと。

けれどそんな情けない人間を、彼女やセレス殿が・・・精霊達が認めるだろうか。


「あの馬鹿は怯えながら前に進むのよ。震えながら武器を構えるの。弱っちいくせに、私達の隣に並べる。だからセレスも、アイツを信用してる。きっとね」


彼は逃げ出す機会など何度も会ったはずだ。そしてもっと成果を誇っても良いはずだ。

けれど彼はそのどちらもしなかった。踏み止まり、自分の意思で、立っている。

化け物達が立ち並ぶその渦中に、凡人が凡人と自分を理解して。


それは、ただ力が強いだけでは不可能だ。

彼女達の隣に並ぶのは、生半可な心持ちでは出来ない。

凡人が超人の戦場に混ざるなんてただの無謀でしかないのだから。


でも彼は、その無謀を成して来た。だからこそ今の彼が有る。

精霊使いであり、精霊公であり、何よりも錬金術師の相方という存在が。

そして彼女はそんな彼を、そんな彼だからこそ認めている。そういう事だろうな。


「ふふっ、そういうのは私にではなく、本人に言ってあげたらどうだい?」

「はっ、何でそんな事。絶対に嫌よ。大体アイツなーにかあると直ぐ私を疑うのよ!?」

「それは普段の行いだと思うのだが」

「なによ! 私はそんなに問題なんか起こして無いわよ!」

「・・・先日、衛兵が駆け付けた頃には恐怖で震える男達が5人出来上がっていたね」

「アレは私悪くないわよ!」


そういう所が、まさしく彼との口論の原因だと思うのだが。

まあ今や彼女は街の重鎮の様なものだし、余り文句を言えない所もある。

実際あの件も彼女はただ無法者を取り押さえ、その際にやり過ぎたにすぎない。

いや、やり過ぎるのが駄目ではあるのだが、この辺り彼女はどうも譲歩する気が薄い。


「ま、今回は大人しくしといてやるわよ。腹立つけど」

「一人で留守番は不安なので、頼りにしているよ」


ふんっと顔を背ける彼女を見てクスクス笑いながら、別れ際の出来事を思い出す。


『アスバちゃんなら安心出来る。私の大事なものも、任せられるよ』


勢いは落ちたもののまだ文句を言うアスバ殿に、セレス殿はそう言った。

今回大人しく引き下がった大きな理由は、こちらの方が大きい気もする。

勿論リュナド殿を認めているのは確かだろうが、あの言葉が一番の理由だろう。


なにせ彼女が睨んでいたから、一旦彼に文句を言うのも止めたのだし。

自分が認め尊敬している友人に嫌われるような事は、流石の彼女もやりたくはないだろう。

むしろ頼まれた以上、喜びの方が大きいはずだ。それを素直に言わない辺りが彼女らしいが。

とは言え歯を見せて「任せなさい」と言った彼女の顔は、何も誤魔化せてなかったけどね。


「ふふっ、アスバ殿は可愛いね」

「は? いきなり何? 揶揄いにしても唐突過ぎて意味不明なんだけど」

「いいや、素直に思った事を口にしただけさ」

「ふん、私が可愛くなかったら、誰が可愛いって言うのよ」

「・・・そういう所を含めて、私は貴女が凄いと思うよ」


何時も自信満々に胸を張れる貴女が羨ましいよ。全く。

・・・私もいつか貴方達に、本当の意味で認められたいわね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る