第326話、予想外の錬金術師
「あ、あのー、ライナさん、その提案は俺にすっごい重圧が有るんですが」
ライナの言葉に納得と感謝をしていると、リュナドさんが困った様にそう告げた。
「あら、でもそうでしょう、リュナドさんが決めた事なんだから。まさか精霊公様が決めた事を、途中で街の錬金術師の判断に委ねるなんて、そんな事言わないわよね?」
「・・・そっすね」
ただ私が彼の言葉に何かを考えるよりも早く、ライナが明るい声で返す。
ニッコリとご機嫌そうな笑みを向けられたリュナドさんは、目を逸らしながら了承を口にした。
何だか私が問い詰められている時に似ている様な。何か判断しかねてたのかな。
でもライナの言う事は事実だし、私も彼に決めて貰う方が助かる。
だって今回自分で考えてやった結果が、散々な結果だったんだもん。
「・・・今度は、大人しくしてる、から。任せるね」
「・・・はい、了解です」
あ、あれ? リュナドさんの元気が無くなってる様な。何で悲しそうな顔で俯いてるの?
ま、任せた方が良いんだよね? ね、ライナ!? あれ、でもライナは笑ってる?
ど、どうなってるんだろう。私はどうすれば良いんだろう。
「ま、セレスは貴方に全幅の信頼を置いているわ。だから貴方が失敗したとしても、セレスは責めたりしないわよ。むしろ責める人間をセレスが許さないかもしれないし」
「待って、それはそれで怖い」
「・・・確かにそうね」
ええ、怖くないよ!? リュナドさんが間違えても、別に私は誰も責めないよ!?
いやでも、リュナドさんを酷く言う人は嫌だなぁ。彼は何時も助けてくれてるし。
それに彼が駄目な時は、もうどうしようもないと思うんだけどなぁ。
「精霊使い殿・・・リュナド殿は既に実績があり、先生の信頼も厚い方です。そんな貴方が失敗をするのであれば、それは致し方ない事態でしょう。僕達も責める事はありません」
「そ、そうです。それにそうなったら、私達だって頑張ります。ね、パック君」
「ええ。微力ながら」
私の想いが通じたのか、パックとメイラは嬉しい事を言ってくれた。
あれ? でも頑張るって、何するつもりなんだろう。
そう思い首を傾げた所で、リュナドさんは眉間に皺を寄せながら二人に目を向ける。
「・・・ちょっと待って下さい殿下。それにメイラもだ」
「はい、何でしょうか」
「何ですか?」
笑顔で返すパックと、不思議そうにコテンと首を傾げるメイラ。
何故か精霊達も一緒になってコテンと首を傾げて・・・一体逆に傾げて慌てて傾げ直してる。
その様子を見て可愛いと思っていると、そんな事考えてられない言葉が出て来た。
「まるで付いて来るつもりの様に聞こえたんですが、気のせいですか?」
「いえ、付いて行く予定ですよ。先生から聞いていませんか?」
「聞いてませんよ!?」
私も聞いてないよ!?
「いやいやいや、まだ王太子が出てくる様な所じゃないでしょう。今回の件は完全に俺とセレス絡みなんですし、今は貴方が関わる場面じゃないですよ」
「僕は王太子の前に、先生の弟子ですから。でなければ今の立場は在りません」
「えー・・・メイラも行くの? 本気で?」
「だ、だって、役に立ちたいですし、セレスさんが誘ってくれましたし・・・行きたい、です」
え、待って、待って、ちょっと待って。私誘ってない。え、誘ってないよね?
待って記憶にない。私そんな事言ったっけ? 言ってないと思うんだけど?
いやでも今日の私色々駄目になってたし、もしかしたら言ってたのかも!?
「っ!」
パニックになって固まっていると、物凄く眉間に皺の寄ったリュナドさんの視線が私に向いた。
ただでさえ混乱してるのに、彼にそんな目で見られて、余計に思考が纏まらない。
何でそんな目を、あ、ライナも似た様な目で、え、待って、私、え、どうしたら良いの!?
「誘われたのは確かですが、それを喜んだのは僕達の意思です。僕達の決断です。先生の判断がどう在れ、僕達は付いて行きたいと思っています」
「は、はい。セ、セレスさんがどうしても駄目、って言うなら別ですけど、行きたいです」
ただ私が混乱している事を察したのか、二人は静かにそう告げた。
私の判断がどうあれついて来たいと。それが二人の意思だと。
その言葉を聞いて『駄目だ』なんて私には思えなかった。むしろ凄く嬉しい。
というか、誘った覚えは全く無いけど、駄目っていう理由も特に無いし。
「・・・ん、一緒に、行こうか」
「「はい!」」
気が付くと混乱も収まっていて、二人に返事をする余裕が出ていた。
嬉しそうに頷き返す二人を見て、何だか私も嬉しくなる。
「連れて行って大丈夫かなぁ・・・」
「セレスが連れて行く気なら、大丈夫なんじゃないかしら」
「まあ、普段の可愛がりを考えたら、対処出来ないなら連れてかないか」
「勿論、前に立って対応するのは貴方だけどね?」
「・・・そっすね」
あ、あれ、リュナドさんの顔がくしゃってなってる。
辛いのか、悲しいのか、苦しいのか、良く解んない顔に。
さっきから眉間に皺寄せてばっかりだけど、もしかして体調が悪いのかな。
「はぁ・・・セレス、治した腕だが、暫く繋げ直さなくても大丈夫なのか?」
「・・・ん、うん。持ってきた時と、同じ状態にしてるから。何時までも平気」
「つまり急ぐ必要はないと。なら法主と連絡を取って、予定を詰めてから向かう事にしようか。この件は法主も利用するつもりだろうし、お互い万全で望む方が良い。それで良いか?」
「・・・ん」
彼の問いに頷いて返す。そもそも確認も要らないんだけどな。
さっき彼の指示に従うって決めたんだから、気にしなくて良いのに。
「んじゃ、俺は帰って書状作りでも致しますかね。ほら、お前ら帰るぞー」
『『『『『キャー♪』』』』』
リュナドさんが立ち上がると、普段彼と一緒に精霊達が彼に応えて駆け寄って行く。
そして皆で彼を見送り・・・結局彼は、私の失敗を語って行かなかった。
ああいう所が大好きなんだけど、やっぱり彼は優し過ぎると思う。
何処までも甘えたくなる。甘えて良いと思っちゃう。
ううん、ダメダメ。甘え過ぎは駄目だ。大好きだからこそ、迷惑はかけない様に、だ。
「で、セレスは何か話したい事が有るのよね?」
「・・・あ、うん」
彼を見送ると、私が言うよりもライナが先に訊ねて来た。
どうやら私の態度を見て気が付いていたらしい。
流石ライナだと思いながら素直に頷き、あの時あった事を語る。
リュナドさんの事で余りに怒ってしまった事。
その怒りのせいで、無関係の人間を殺す所だった事。
彼が居なければ、自分は確実に、あの人を殺していた事を。
それらを聞き終えたライナは、少し難しい顔をしていた。
「リュナドさん、肝心の部分の説明が抜けてるじゃないの・・・」
「・・・彼は、わざと、しなかったんだと、思う」
「はぁ・・・まあ良いわ。そこは今は置いておきましょうか」
「・・・う、ん」
グッと力を入れて、叱られる覚悟を決める。
泣きたいけど、泣いちゃ駄目だと思う。
今回ばかりは絶対に、ちゃんと叱られないといけない。
「まず結論から言うけど、私はこの件を怒る気も咎める気も、一切無いわよ?」
なのに何故か、叱らないといけない出来事なのに、ライナはそんな事を言い出した。
全く怒った様子の無い、むしろ優しい笑みを見せて。
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セレスの様子を見るに、絶対私に怒られると思ってたんでしょうね。
けど私は叱る気も、咎める気もない。だって当たり前じゃない。
「セレスが自分でその事を私に話したのは、セレス自身が悪いと思ってるからでしょ。私は貴女が咎められる事だと思っていない事なら兎も角、自分で解っている事を責めはしないわよ」
私がセレスを叱るのは、注意をするのは、彼女が解っていないからだ。
けどあの顔は後悔している。反省もしている。多分、とても、落ち込んだ後。
勿論反省が次に繋がらない事が有るのは問題だけど、それでもこれ以上咎める意味はない。
何よりも、叱られる為に、注意される為に、この子は私に語った。
それは自分の間違いを誤魔化さず、悪い事は悪いと言われるべきだと思っているからだ。
なら私から言う事は何もない。むしろ隠さずに告げてくれた事実が嬉しい。
「二人は、もう聞いてるのよね? その反応を見るに」
「はい、既に」
「私も、その、セレスさんが帰ってきた時に」
二人はセレスの話を聞いて、驚くよりも納得した様子だった。
だから多分さっきの説明を全部でなくとも、ある程度は聞いているのだろう。
そう思い訊ねると、案の定頷き返した二人に思わず笑みが漏れ、そのまま続けて問う。
「二人は、今の話を聞いて、セレスの事を咎めようと思う?」
「僕は思いません」
「わ、私もです」
『『『『『キャー!』』』』』
精霊達には聞いてない。君達はセレスの事は何でも肯定するでしょ。
「それは何故?」
「先生ご自身が心を痛めているのに、何を咎める事がありましょうか」
「セレスさんは帰ってきた時、私に自分を悪いように言いました。それはきっと後悔してるからだと思います。それにセレスさんが全部悪いとは、私は思えません」
『『『『『キャー♪』』』』』
だから精霊は聞いてない。後『主だもーん』は答えになってない。
取り敢えず精霊の事は置いておくとして、メイラちゃんは流石ね。
何だかんだ普段のセレスと一緒に居るだけ有って、セレスの事を結構解っている。
対するパック君は、ちょっと精霊達と同じ気配が有るのよねぇ。
偉大なお師匠様の言う事だから、自分が否定する必要は無いって感じだわ。
とはいえ普段のセレスの態度が有っての信頼って事なんでしょうけど。
ただ今回は二人共、セレスが自分で自分を責めている、という事は誤解していない。
その一点がきちんと認識出来ていて、その上で責める気は無いというならそれで良い。
「という訳で、もう良いのよ。本人が後悔しているのに、注意したって仕方ないわ」
「・・・そ、か」
セレスは物凄く鋭い目をしているけど、多分あれは心の整理が付いていないだけね。
メイラちゃんとパック殿下はごくりと喉を鳴らしているけど、そんな大した状況じゃない。
むしろ大半は嬉しくて、泣くのを我慢してそうなのよね。泣いちゃえば良いのに。
でもセレスもとうとう、保護者としての矜持というか、恥が在るっぽいのよねぇ。
可愛い弟子二人の前では、あんまり不格好な所を見せない様に気を付けてあげないと。
何だか嬉しいわね。他人を此処まで気にする様になったセレスを見るのは。
「ただ私は、セレスが何も悪くない、なんていう気は無いわ。貴女が自分を責めてるから、それ以上何も言わないだけよ。そうじゃなかったら、普段通り咎めるわ」
念の為これは付け加えておかないとね。理由なく叱らない訳じゃないもの。
ただ正直なところを言うと、今回の事は余り叱りたくもないのよね。
だってそうでしょう。悪いのは最初に面倒を起こしたあちらなのだから。
立場がどうとか、国としての関係がどうとか、そんな事より私はセレスの友人なの。
今回の件に関して本当に何も悪くないのに、まるで悪人の様にセレスは扱われた。
それが致し方ない処置だとしても、私としては心底面白くない。
全部向こうの都合じゃないの。何でそれにセレスが振り回されなきゃいけないのよ。
「・・・ん、お願い」
「ええ、お願いされたわ」
叱られる時の事を想像しながらのせいで、ぐっと力を入れて応えるセレス。
そんな彼女に応えつつ、パック殿下の誤解を含んだ眼差しに苦笑が漏れる。
絶対何か誤解されてると思うのよね、あの目。でも黙っておくつもりだけど。
何せお師匠様は、お師匠様で居たいみたいだからね。
「・・・ふふっ」
弟子二人に心配そうに見つめられるセレスを見て、やっぱり笑みが漏れる。
セレスは変わった。最近のこの子は明確に変わった。
相変らず色々解ってない事が多いけど、それでも一つ大きな変化が在る。
『弟子に恥ずかしくない人間で居よう。そうなれる様に頑張ろう』
この子はきっと、最近そう考えている。そうなろうとしている。
あのセレスがだ。自分の事で一杯だった、あのセレスがそう考えている。
メイラちゃんに教え出した時も、パック殿下に教え出した時も、まだこんな様子じゃなかった。
でも今のこの子は自分を『師匠』と理解して、そう在ろうとしている。
今までのセレスを知る私には、その変化が涙が出そうな程に嬉しい。
きっと今の彼女を見たら、おばさんだって喜ぶだろう。
この子は今、本当に一人前になる一歩を、踏み出そうとしているんだから。
・・・まあ、相変らず、リュナドさんと話がかみ合ってないのは、悩み所だけど。
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