第325話、叱られる覚悟を決めつつ親友に応える錬金術師
リュナドさんの説明が先に進むにつれ、居心地の悪さが増して来る。
そうしてとうとう私がやらかした辺りの話になり、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
きっと叱られるだろうなぁ。絶対叱られるんだろうなぁ。怖いなぁ。
けれど何故か、リュナドさんはその部分を説明しなかった。
思わず少し首を傾げ、余計に眉間の皺が寄る。
何で言わないんだろう。そこは一番問題の所なのに。
彼に、そして法主さんに迷惑をかけた、間違いのない私の失敗なのに。
何が悪かったのか解らない事が多い私が、自分で失敗したと解っている大失敗なのに。
「セレス、ちゃんと話は聞けたのよね?」
彼の説明不足を不思議に思っていると、ライナから質問が飛んできた。
慌てて返答をするも、叱られると思って構えていたので声が出し難い。
恐る恐る受け答えをすると、ライナはまたリュナドさんに向き直った。
ただ丸男の事を聞かれたけど、何か気になる所でも在っただろうか。
明確な敵が誰なのか確認しておきたかったのかな。
あれは間違いなく敵だから、その事は正確に伝えられて良かった。
まだ叱られてないんだけど、叱られている様な気分で喉が詰まる。
「法主さんは、その件も含めて友好的に、って言ってるのよね?」
そうしてまたリュナドさんと会話を続けるライナだけれど、やっぱり私の失敗の話が出ない。
まさかリュナドさんは話さないつもりなんだろうか。
いや、そのつもりかもしれない。彼は優しい人だもん。
あの事を話せば、間違いなく私は叱られる。
けれどリュナドさんが話さないのであれば、ライナが私を叱る様な事は無いだろう。
何時も思うけど彼は私に甘い。何処までも優しい。その優しさは凄く嬉しい。
・・・けど、それに甘えて良いのかな。これはダメな気がする。
普段ならきっと、私は自分の何が悪かったのか解らない。
だから叱られる事で自覚して、それで反省する事が多少は出来る。
でも今回は自分で理解している。自分が大失敗した事を解っている。
ならそれは、隠しちゃ駄目な事だ。自分でダメだって解ってるんだから。
たとえライナに確実に叱られるって解ってても、ちゃんと言わなきゃいけない事だと思う。
今は彼の説明が先だから、大人しく黙っていよう。
けれどそれが終われば、ちゃんと全部ライナに話そう。
そしてちゃんと叱られないといけない。私はきっとそれだけの事をやったんだから。
・・・今から怖くて泣きそうだけど。
覚悟を決めつつもやっぱり怯えていると、またライナから質問が飛んできた。
丸男の腕を治したかどうかと、念を押す様に確認をして来る。
何故そんな事をと不思議に思いつつも、証人も交えて確実に治したと答えた。
私一人の言葉だと心許ないかもしれないけど、メイラとパックが見てるからね。
アレは彼に頼まれた事だし、事前に出来るって言った事だし、失敗は許されない。
その想いでやった訳だし、間違いなくあの腕は直せている。
「その人がもし、また何かして来たら、どうするの?」
腕に関しては自信をもって答えると、そんな質問が飛んできた。
その瞬間、目の前にアレが居る訳でもないのに、血が沸騰した様な感覚を覚える。
胸の奥に渦巻く気持ち悪い感覚に顔を顰め、思わず殺意が溢れる。
「―――――次は、確実に息の根を、止める」
次は間違いなく、何の問題も無く、奴の息の根を確実に止める。
前回の様な失敗はしない。誰にも迷惑はかけない。
確実に、正確に、奴だけを殺す。手を下す事すら必要とせずに殺す。
「・・・はぁ。これは、駄目そうね」
ただ私の言葉を聞いたライナは、溜息を吐きながらそんな事を言った。
駄目って何の事だろう。丸男が敵じゃないかもしれないって判断かな。
それは無いと思うよ。あれは絶対リュナドさんの敵だと思う。
「リュナドさん、貴方はその男について、どう思ってるの?」
「え、お、俺? あー、えっと、俺もその、あまり好ましいとは思ってないが」
「セレスの意見がそうだから、じゃなくて?」
ライナがそう訊ねると、リュナドさんは少し考える素振りを見せた。
「・・・多少ない訳じゃないが、彼女の意見が無くても同じだ。奴は俺達に喧嘩を売った。先に喧嘩を売ったのはあの男で、奴はセレスを俺に売らせようとした」
「っ、それ、本当?」
「明確に言葉にはしてないがな。態度がそう言ってたよ。だからこそ俺も奴は気に食わねぇ。とはいえ法主が止めに入ったし、相手が相手だからな。出来るだけ静かに収めようと思った訳だ」
「・・・成程、セレスが止まったのは、そういう理由も有ってなのね」
そっか。リュナドさんもやっぱりアイツの事嫌いなんだ。
私が売られるどうこうは良く解らないけど、彼が奴を嫌っている事が解れば十分。
元々何の躊躇も憂いも無かったけど、これで一切何も気にせず奴を殺せる。
そう思っていると、ライナがまた私に視線を向けた。
「セレス。その人を生かす事を決めたのは、リュナドさんなのは解ってるわね?」
「・・・それは、勿論、だけど」
何でそんな当然の事を聞くんだろう。流石の私でもそれは解っている。
むしろ彼が止めなければ、私はあの時大変な事をしでかしていた。
彼と法主さん達の優しさの感謝すると同時に、彼の役に立てるならと手を引いたのだし。
「なら、安易に手を出す事だけは、しちゃだめよ。本当にリュナドさんが危険か、リュナドさんの許可がない限り、手を出しちゃ駄目。貴女が最優先するのは彼の事でしょ」
「・・・それ、は」
「彼の判断に従うって、一度は決めたんでしょ。セレスの警戒も嫌悪感も理解してるけど、貴女が一番優先したいのは何。彼の事でしょう。なら我慢して、彼の判断を仰ぐべきじゃない?」
あの男は生かしておくと危険だ。リュナドさんの害にしかならない。
そう思うけど、それでもアレを生かすと決めたのはその彼だ。
私にはその理由が解っておらず、無理に理解する必要も特にない。
彼がそう望むなら、その方が役に立つなら、そうしようと私は決めた。
なら確かにライナの言う通り、私の判断で手を出すのは良くないのか。
理解する気が無いというよりも、理解が出来ないと言った方が正しいのだから。
法主さんやリュナドさん達は難しい考えが在って、私では想像もしえない事だろうし。
「・・・そう、だね。解った」
ライナが居てくれて、ちゃんと私に注意してくれて良かった。
リュナドさんは優し過ぎて、私が間違えても叱らない。
だから余計に迷惑をかけてしまって、それが何時も申し訳ないと思う。
ならせめて、今折角ライナが注意してくれたんだから、それだけは絶対に守ろう。
そうだ、私は彼の為に役に立つと決めたんだ。それだけは絶対に間違えちゃいけない事だ。
ライナへの感謝と、自分への戒めを込めて、力を込めて頷いた。
やっぱりライナが居てくれて良かった。私はまた間違える所だった。
本当に感謝してもしきれない。何時も何時も本当に助かってる。
私にとって何が一番大事なのかを教えてくれる彼女には、一生頭が上がらないなぁ。
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成程段々と全容が見えて来た。敵は国の元首ではなく、それに近い上層の人間。
ただし元首とは反目しあっているが故に、法主と精霊使い殿とは協力関係を築いた。
先生が『良い人』と言った以上、その人物はきっと信用に足るのだろう。
いや、信用はしていないのかもしれない。
信用は必要なく、ただ敵対する意味もない。
なら良い関係を築いて、邪魔な者だけを排除する。
そういう考えなだけの可能性も有る。
ただ気になるのは、先生があそこまで明確に『殺害』を口にしている事だ。
基本的に知らぬ存ぜぬで動く先生は、明確に言質を取られるような事は言わない。
けれど今回はそんな素振りは無く、明らかな敵意をむき出しで口にした。
先生は『次は』と言ったが、本当は最初から殺す気だったのかもしれない。
「・・・それ程の相手か、それとも余程の事をされたか」
ならば先生にあんな顔をさせたのは、きっとそいつの仕業だ。
何をして来たのか知らないが、この時点で僕にとってもそいつは敵だ。
きっとメイラ様も同じ気持ちだと思う。
彼女は先生の殺意におびえながらも、ぐっとこらえる様に眉間に皺を寄せている。
その表情はただの怯えではなく、何か不快な物を見る様な表情だ。
「・・・はぁ。これは、駄目そうね」
ただ、そんな中、ライナ殿は溜息を吐いてそう口にした。
一瞬何の事か解らず、けれど先生との会話ですぐに気が付いた。
『敵なのは間違いなくとも、セレスの判断で手を出してはいけない』
彼女の言った事は、つまりそういう事だろう。
先生は自分の考えを曲げ、精霊使い殿の指示に従うと決めた。
ならばそれは最後まで全うするべき事であり、先生がその点を我慢出来ないと思っている。
あの先生に、まるで咎める様にそう語り、そして先生は素直に頷いた。
眉間に皺が寄り、腹立たしいという態度だけど、それでも了承を口にしたんだ。
前々からこの二人の関係は不思議だと思っていた。
二人は友人だと、そう聞いているが、この光景にそれ以上の物を感じる。
単純な友人としての友好以上の何かが、この二人の間には在る様に。
精霊達も『一番怖いのはライナだと思うー』と言っていた事がある。
そして先生も何時だったか、彼女の事を尊敬し、感謝している親友だと言っていた。
先生が尊敬する程の方。先生が咎められても何も言わないだけの方。
こんな人がこの田舎街の食堂にいたなんて、なんてもったいない事だろうか
とは思うが、きっと彼女は表に出る気は無いのだろう。これからも永遠に。
彼女はあくまで先生の友人。ただの食堂の店主。きっと彼女はそれを貫くに違いない。
どれだけ先生と言葉を交わそうとも、その成果に自分が絡もうともだ。
そして先生もそれを良しとし、けしてその領域を犯さない。そして誰にも侵させない。
先生のその態度が、彼女を同等に見ている確かな証拠だ。
・・・これはきっと、羨望であり、尊敬であり・・・嫉妬なのだろう。
先生にあそこまで信頼される人物が、精霊使い殿にも一目置かれる方が、ここに居る。
それだけじゃない。アスバ殿も、フルヴァド殿も、領主殿も彼女には頭が上がらない。
この街に居る要人全てに対し、彼女は関係を持っていて、それでも一般人を貫いている。
いや、実際彼女に戦闘能力は無い。有るのはきっと知力のみ。
戦闘能力はまるで無いと、先生から以前聞いているし、立ち振る舞いからもそれは解る。
つまり戦闘能力など無く、錬金術等の能力も無く、それでも先生が一目置く人物。
あの先生が尊敬し、友好を示すだけの能力を、彼女は持っているという事だ。
だからこそ先生は彼女を信頼されているのだろう。彼女を『親友』と呼ぶのだろう。
当然だ。何せ僕に出来ない事を、彼女は平然とやってのけたのだから。
勿論この身が未熟で、信頼に足る者ではないと言う事は、嫌というほど解っている。
何故なら僕は先生の判断に対し、何を『訂正』すべきかの判断が付かない。
先生は何処までも先を見ている。何時も何時も誰よりも先回りをしている。
だが彼女は、その先を見ている先生の思考を読んだ発言をしているんだ。
でなければ先生が素直に従う訳がない。従う意味が無い。
何よりもその発言は、あの殺気の籠った決断に対しての言葉だ。
あんな事が出来る人間が何人居るというのか。
先生の実力を知り、その恐ろしさを知り、その上で咎める様に語る。
アスバ殿ならば解る。彼女は超越者と言って良い存在だ。怖いものなど無いだろう。
むしろ先生は彼女を同格として扱い、だからこそお互い同じ目線で語り合う。
けれど彼女は一般人だ。戦う力など無い人間だ。なのにあの胆力は普通在り得ない。
先生の実力を知らない一般人なら、きっと何も理解出来ずに発言するかもしれない。
けれど彼女は良く知っている。むしろ知っているからこそ口を出すのだろう。
先生が『親友』と呼ぶ彼女の言葉には、いつも感謝をしているという程なのだから。
成程今なら良く解る。精霊達が一番怖いという意味が。
この街で一番怖いのは彼女だ。あの胆力は簡単に真似出来る物じゃない。
そして何よりも、先生に有無を言わせず納得させられるだけの、それだけの信頼と能力。
「・・・何時か、僕もあそこに」
先生が自分を戦力と、そう考えてくれた事が嬉しかった。
けれどそれはまだ出発点に過ぎない。戦力として数えて貰えただけだ。
先生が頼りにしている彼女の立場こそが、いつか僕が目指すべき席。
「師に従うだけでは、足りない。そうだ、ただ従うだけでは、思考停止だ」
先生と彼女の会話を見つめ、誰にも聞こえない声で小さく呟く。
この人をもう一人の先生として見習おうと、心の中で確かに決めて。
先生が偉大過ぎて、僕は少し思考する事を諦めていたかもしれない。
頭を回せ。僕よりも良い判断をする先生の言であっても、その考えの先を見定めろ。
たとえ先生の言葉に追従するとしても、その上で自分の最良を考えろ。
僕が目指すのは、この偉大なる師の背中だ。それはただ従うだけじゃ追いつけない領域だ。
特殊な能力など何もない僕に何が出来る。そんなもの、頭を回す事だけだろう!
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