第324話、叱られないか不安な錬金術師
今日も今日とてライナの料理が美味しい・・・のは良いんだけど、隣が気になる。
料理を出された後もぼーっとした顔で、けれど黙々と食べるメイラとパック。
そろそろ回復しても良い頃合いなんだけど、未だあの調子だ。
でも料理を食べている辺り、ちゃんと食事をとってる意識は有るのかな。
それとも回復してなくても食べたいと思う程、ライナの料理が凄いって事だろうか。
なんて思っていたら、食べている途中でパックが「はっ」とした表情を見せた。
「僕・・・先生に連れられて・・・でも訓練の途中・・・ああ、そうか」
さっきよりもしっかりとした顔で、でもまだどこかぼーっとした表情で呟くパック。
何だか混乱している様に見えるけど、記憶が混濁しているのかも。
魔力枯渇状態中の出来事の記憶が、時系列順に感じられていないのかもしれない。
私もそんな感じの時が有ったから、多分そうだと思う。
けど暫くすれば意識もはっきりするだろうし、もう問題無いかな。
と思っていると、メイラも同じ様に「はっ」とっした顔を見せ始めた。
「ふえっ? 何で食事・・・美味しい・・・え、違う、家精霊さん・・・あれ?」
二人共混乱しながら、だけど食べる手は止まらない。
美味しいという気持ちが混乱に勝ってるみたい。流石ライナ。
そうして様子を見る事暫く、二人は現状を正しく認識出来た様だ。
「アレが魔力枯渇・・・魔法使いが魔力を温存する意味が良く解りました。ああなると何も出来ませんね。体は動かないし頭も働かない。余りに無防備で役立たず過ぎる」
「不思議な感じでしたね。何だか夢を見ている様な、現実感が無くて、でも意識が無い訳じゃなくて・・・ただ体に上手く力が入らないから、余計に夢の中に居るように感じてしまって」
パックとメイラは意識がはっきりすると、お互いにさっきまでの事を話し合い始めた。
ライナとリュナドさんも興味深そうに聞いているので、私も静かに聞く事にする。
どうも二人共、夢を見ている様な感覚だったらしい。
たしかに言われてみると、寝起きのぼんやりした感覚に似ているかも。
夢を見ているという意識の有る時も、そんな感覚だった覚えが在るし。
「しかし、魔法使いが少ない訳ですね。こんな訓練を一般人がする訳がなく、魔法使いになる為に訓練を終えたとしても、一般の魔法使いの程度は知れている。先生やアスバ殿の様な実力者は稀です。他の事に力を入れた方が食い扶持には困らない」
「魔法使いを目指したけど、なれなかった、って人も居るんですよね?」
「城の文官には何人か。宮廷魔導士はそれなりに良い職なのですが、いかんせんその領域に辿り着ける人間すら少ない。先生やアスバ殿にすれば弱過ぎるのでしょうが、それでも一般人にとっては、あの領域すら辿り着くのは困難。その事を今日思い知りました」
「魔法を使う以前どころか、今日は基礎すら出来なかったですもんね、私達・・・」
そうなんだ。城の魔法使いって、私より魔法が出来ないのか。
ただ私とアスバちゃんを同列で語られると、とても困るんだけどな。
私は彼女に遠く及ばない。実力で足りない分を道具で補っているに過ぎないもん。
「そもそもの話として、一般人は魔法の訓練方法など知らない、というのが大きいでしょうが」
「私もセレスさんに教えられるまで知りませんでしたし、そうかもしれませんね」
あ、そなんだ。訓練方法すら知らない人が多いんだ。
そうなると魔法を使うのは難しそうだね。独学じゃ魔力操作を覚えるのも大変だろうし。
「話を聞けば聞く程、俺は魔法を使うの諦めて良かった・・・」
「あら、リュナドさんも二人みたいに、今から頑張れば良いんじゃないかしら?」
「勘弁してくれ・・・そっちはもう相棒に任せるよ。これ以上訓練を増やしたくない」
『キャー♪』
リュナドさんはパックの話を聞き、完全に魔力を使う事は諦めちゃったらしい。
ちょっと残念。何時か一緒に練習出来ないかなー、って思ってたのに。
でも仕方ないか。リュナドさん自身が嫌みたいだし、精霊も嬉しそうに応えているし。
「道のりは遠いですね・・・」
「ですねー・・・精霊さん達は凄いなぁ・・・」
『『『『『キャー♪』』』』』
精霊達はムフーっと鼻息荒そうに胸を張って鳴き声を上げる。
実際凄いのは凄いんだよね。魔法石を見様見真似で作っちゃったし。
勿論精霊仕様だから同じ物では無いけども。
「セレスさん、今日の訓練を見て、何時頃ぐらいには魔法が使えそうとか、解りますか?」
「僕も良ければ、教えて頂きたいです」
メイラが凝首を傾げながら訊ねて、パックも真剣な表情で此方を向く。
ただ思わず私も首を傾げ、不思議な気持ちで返してしまう。
「魔法を使うだけなら、もう二人共、すぐに使えるよ?」
「へ?」
「え? ど、どういう事ですか、先生」
「どういうって言われても・・・言葉の通りなんだけど」
私の言葉に二人は困惑した様子を見せ、けれど私もその返事に困ってしまう。
だって今言った事はその通りだ。魔法を使うだけなら二人ともすぐに出来る。
「セレス、説明が足りてないと思うわよ。二人が言ってるのは、セレスの求める水準の話よ」
「あ、ごめん。そっか」
ライナに注意されて、二人と私の認識の差に気が付けた。
成程、ただ魔法を使うだけじゃなくて、私が求めているレベルの魔法の話か。
確かにそれはまだ先になるかな。実際基礎の訓練すら終われなかった訳だし。
「今日やった訓練の感じだと、二人共魔法を使う訓練に入れば使えると思う。ただ精度がかなり甘いから、大した効果は発揮出来ない。そうなると魔法石を作る事も出来ない。二人共魔法石を作りたいって話だったから、解ってると思ってた。ごめんね」
「き、気にしないで下さい。そ、そっか。魔法石を作れる様になる為の訓練、ですもんね」
「成程。すみません先生。意図を理解しておりませんでした」
師弟三人でお互いに謝り合い、けれど認識が共通出来た事にホッとする。
そうか、二人共今の時点じゃ魔法自体が使えないと思ってたのか。
別に使えない事はないんだよね。今の状態で使うと色々危ないだけで。
魔法は使えれば便利だけど、しっかり制御しないと使用者を容易に傷つける。
二人は間違いなく、今はその領域だ。ほんの些細な心の揺れで制御がぶれる。
それは下手すれば大怪我に繋がるし、出来れば魔法を使う訓練はまだ先にしたい。
それに基礎の訓練を目的の水準まで達成しないと、やっぱり魔法石は作れないし。
という事を二人にちゃんと伝えると、二人ともしっかりと頷いてくれた。
精霊達も力強く頷いていたけど、君達は気にしなくて良いと思う。
「あー・・・そっちの話は纏まった様だし、そろそろ本題に入っても、良いかな」
「? 全然、良いけど・・・」
二人の頭を撫でながら頷いていると、リュナドさんが恐る恐る声をかけて来た。
何の話か知らないけど、彼が話したいなら何時でも何でも聞くよ。
でも本題って、何の事だろう。何か話す予定とか有ったっけ?
「腕の件なんだが・・・治ったって本当か?」
「え、うん。治ったよ」
「・・・腕だけ?」
「うん、腕だけ」
「・・・そっかぁ」
腕しかないのだから、腕だけしか治し様がない。
そう思い素直に頷いたのだけど、何故かリュナドさんは眉間に皺を寄せて頭を抱える。
え、なんで、リュナドさんが治す様に、って言ったんだよ?
「ちょっとまって。腕だけ治ったって、何の事?」
「ん、ああ、今回はセレスから何も聞いてないのか?」
「食事を終えてから聞こうと思ってたのよ。良ければリュナドさんからも聞きたいわね」
「あー・・・まあ、アンタなら別に良いか」
彼の反応に困惑していると、ライナが手を上げて訊ねて来た。
そういえばまだ何にも報告してなかったっけ。
ライナに助言を貰ったおかげで色々助かったのに、そのお礼もまだ言ってないや。
「えーと、何処から説明したものか・・・セレスの認識と違う可能性も有るしな・・・」
「取りあえず、先にリュナドさんに聞こうかしら。セレスからはその後で」
「何それ怖い。見当違いの事言って怒られたくないんだが」
ええ、私がリュナドさんを怒るなんて、そんな事有る訳ないのに。
むしろ逆に私が起こられないか心配だと思う。何時も助けて貰ってばかりだし。
「大丈夫よ。セレスが貴方を怒るなんてありえないから」
「・・・サヨウデスカ」
多々私が弁明するまでも無く、ライナがそう言ってくれた。
流石ライナは良く解ってる。リュナドさんも納得してくれた様だ。
なら私は何か聞かれるまで大人しくしていよう。
・・・そういえば、私がやらかした事も説明されるのかな。されるんだろうなぁ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ライナとセレスの関係を考えれば、今回の件を説明する事に問題は無いだろう。
彼女は口が堅いし、話した情報が漏れた事も無い。
後はメイラと殿下だが、この二人はセレスの弟子なので良いだろう。
それに他国がらみの事と考えれば、殿下は全く無関係でも居られないだろうしな。
俺としては腕だけ治ったっていう意味不明な事を詳しく聞きたいが、まあ仕方ないか。
ただセレスの目の前で説明、ってのが若干不安なんだよなぁ。
本当に怒られないかな。俺割と良く怒られてる気がするんだけど。
「それじゃそうだな・・・取り敢えずあの国は、国のトップは俺達に敵対する気は無い。というよりも、友好的だ・・・と言って良いはずだ。おそらく」
「おそらく?」
「向こうに行った時、一番早く対応したのが国の元首、法主様だったのさ。そして法主としては争い事は望まず、迷惑をかける事も本当は心苦しい。けれど色々としがらみが有って迷惑をかけざるを得なかった。だから協力してくれるなら友好的に接したい、って感じか」
「友好的、ね。信用は出来そうなの?」
「正直そこは測りかねている。けど態々敵に回す意味は無いし、セレスも敵じゃないなら戦う気は無いみたいだし、出来れば俺としてはこのまま友好的であって欲しいな」
あの時セレスは明確に戦う事を否定した。
何かを仕掛けて来たらしい法主に、それでも攻撃の意思は無いと告げた。
なら俺の判断よりも、きっとセレスの判断の方が信用出来る。元国王もそう言ってたしな。
「じゃあ、今回の件は丸く収まった、って事で良いの?」
「残念ながらそうはいかなかった。翌日俺に絡んできた男が居てな。ああ、絡んで来たって言っても、敵対って意味じゃない。俺を取り込む為に、俺を持ち上げようとしてきた奴だな」
「・・・まさか、腕って」
「ご名答。そいつの腕だ。セレスが斬り落とした」
流石付き合いが長いだけ有って、何が有ったかすぐに察したらしい。
こういう所は流石だな。やはり親友と言うだけあってセレスの事を良く解っている。
俺は正直あの場面になるまで、あんな行動に出られるとは全く思ってなかった。
ただその事実を確認したライナは、片手を額に当てて頭を抱えてしまったが。
「・・・それで、その腕を持って帰って、治した、って事よね、話の流れ的に」
「そうなるな」
そこで思わずチラッとセレスを見ると、凄まじい形相をしていたのですぐ目を逸らした。
待って待って。めっちゃ怒ってる。え、何、俺何か間違えたか!?
かなり焦って冷や汗を流していると、ライナがセレスに視線を向けた。
「セレス、ちゃんと話は聞けたのよね?」
「・・・ん、聞けた、よ。法主さんは、良い人、だった」
「そう、じゃあその男の人は、どうだったの?」
「・・・アレは、敵、だと、思ってる」
「間違いないの?」
「・・・アレは、誰の話も聞かなかった。誰の事も気にしなかった。ただ自分のやりたい事だけをしようとしてた。何よりもアレは・・・リュナドさんの害になる」
「そう・・・解ったわ」
睨んで来るセレスに一切怯む事無く、普段通りに訊ねるライナ。
むしろ何故か、ライナが咎めている様な錯覚すら覚える。
やっぱり一番怖いのって彼女だよなぁ。セレスが唯一逆らえない相手だし。
なんて感心半分恐怖半分で見ていると、また視線が俺に戻って来た。
「法主さんは、その件も含めて友好的に、って言ってるのよね?」
「むしろ乗り気だな。今まで散々あの男に邪魔された事を根に持ってる所がある。ここぞとばかりに力を削ごうと考えているはずだ。ただ腐っても相手は要人だからな。腕を切り落としてしまった事実は、何かの火種になりかねない」
「だからセレスに腕を治させて、大事ではなかった、って事に話しを持って行くと?」
「そういう事だ。法主が協力的であり、あの男にも敵が少なくないからこその策だな。とはいえ半分以上は行き当たりばったり感があったから、上手く行って本当に良かった」
あれはセレスが全てに対応出来る様にしていたから丸く収まっただけだ。
俺の場当たり的な対応では、下手をすれば諍いを起こす結果になっていただろう。
だとしても、あの時の行動に悔いはないがな。あそこでセレスを売る選択肢は無い。
「セレス、確認しておきたいんだけど、本当にその腕は治したのよね?」
「・・・治した、よ。間違いなく。メイラとパックも、見てる」
「は、はい。私はその場で見てました」
「間違いなく、先生は腕を治しておりました」
ただ何が気になったのか、ライナは念を押す様にセレスに訊ねた。
本当に腕を治したのか、ねぇ。そんな疑問を持つ理由がどこかにあったのか?
いやそもそもの話として、腕だけ治ったって事が先ずおかしいんだけどな。
「本当ね?」
「・・・リュナドさんに、頼まれた事だし、ちゃんと、したよ?」
「そう・・・んー・・・そうなのね」
何が聞きたいと言わんばかりに、眉間に皺を寄せて返答するセレス。
だが一切意に介さずに思案し始めたライナに、傍で見ている俺が緊張する。
メイラと殿下も心配そうな顔になってんじゃねえか。何なんだこの緊張感。
精霊達は気楽で良いなぁ。この状況で良く踊れるなお前等。俺もお前らになりたい。
「その人がもし、また何かして来たら、どうするの?」
その質問をライナがした瞬間、部屋の温度が一気に下がった様な感覚を覚えた。
流石のライナすら一瞬ビクッとなる様な、そんな威圧感の籠った気配と共に。
「―――――次は、確実に息の根を、止める」
目をかっと見開いたセレスは、確かな殺気を込めてそう言い放った。
セレスがここまで言うとなると、元国王の言い分が正しかったのかもしれない。
そう考えてしまう程に、珍しく明確な要人への殺害宣言だった。
取り敢えず、殺さない判断した俺は、物凄くこの場に居辛いデス。
やっぱ俺怒られてんじゃん。今の発言はそういう事だろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます