第323話、本格的な魔法の訓練を始める錬金術師

取り敢えず道具の処分をしてしまおうと、比較的物を置いていない所に袋を降ろす。

ただ念の為魔法石を使って周囲を土壁で覆い、その後に焼き払った。

氷漬けの瓶も火を放つ直前に解除したので、確実に蒸発しているだろう。


「・・・少し灰が舞ってるけど、あの程度なら問題無いかな」


焼き切ったら全ての魔法を解除し、ボロボロと土壁が崩れてゆく。

魔法で作った土は、魔力が無くなると大半が消える。

あれらは実在する物ではなく、魔力が形になった物だから。

山精霊の作る岩は完全な例外だ。あんな物は普通作れないし。


だから魔法で出した水を飲んだりしても、喉の潤いにしか効果は無い。

何故なら解除と共に、取り込んだ水分は消えてなくなる。


以前水が沸く道具を作った事が有るけど、あれは空気中から水分になる物を集めている。

蛙の天候を操る力を使った素材なので、直接魔力で水を出している訳じゃない。


泥濘の作用も基本的に同じ事だ。空気中の水気を地面に内包させている。

勿論地面の操作も能力の内だけれど、水気は魔力で作っている訳じゃない。

だからこそ蛙の魔獣は水気の多い湿地に住み着き、その環境を維持しようとするんだろう。

その方が力の行使が簡単で生きやすいから。


もし魔力が変換された水を大量に取り込めば、魔法の効果が消えた瞬間脱水症状になる。

それを利用して敵を倒す技術も有るけど、これも魔法石が使えないと相当量の魔力が必要だ。

どうしても搦手を使わないと倒せない相手でなければ、余りやる意味の無い罠だと思う。


「アスバちゃんは自力で出来るんだろうな・・・」


とはいえ彼女がそんな罠を張るかと言えば、そんな事しないと思うけど。

だって彼女の強さなら普通に戦った方がきっと早いから、罠を張る必要が無い。


・・・そういえばあの竜、水は要らないのかな。

あの図体なのに、水を飲んでいる所を見た覚えがない。

生木を引っこ抜いて食べているから、その水分程度で十分という事だろうか。

今度聞いてみよう。どうせ腕を治しに行く時も一緒だろうし。


そんな事を考えながら焼け焦げた地面を見て・・・焼けてない。

思わず家精霊を見ると、にっこりとした笑顔を向けられた。

何処か満足そうな笑顔だ。以前メイラが地面を踏みぬいた件が在るからかな


「・・・強いとは思ってたけど、強過ぎるね」


山精霊達や黒塊を抑え込める強さを持つ家精霊。

その実力は解ってたつもりだけど、まだまだ測り切れてないのかも。

流石に地面に焦げ跡の一つぐらいは付くと思ってたんだけどな。


そう考えると、黒塊を体に降ろしたメイラの実力は未知数だ。

庭で訓練した時は、家精霊がその力を測り間違えていたのだから。

単純な呪いの力も凄まじいけど、もしかすると肉弾戦で精霊を倒せるかも。


・・・まあ、多分、メイラだから、無理だけど。


「・・・? セレスさん、どうしました?」

「あ、いや、その、何でも、無いよ」

「そう、ですか?」


思わず凝視してしまい、そんな私に対し不思議そうに首を傾げるメイラ。

ただ正直に説明する事が出来ず、誤魔化した返事をしてしまった。

だってこの子は普段からそこに関して悔しがってるんだもん。


でも絶対接近戦に向いてないと思うんだよなぁ。挙動の全てが戦闘に向いてない。

本人は何時か私みたいになるんだ、って言ってるのがちょっと嬉しいとは思うけどさ。


ただその日が来るよとは口が裂けても言えない程、メイラには絶望的に戦闘の才能が無い。

とはいえメイラはまだ発展途上だ。成長すれば解らない。うん。

パックが普通に動けるから、やっぱりちょっと、無理なんじゃないかなぁって思うけど。


「え、えっと、じゃあ、魔法の訓練、やろうか」

「「はい!」」

『『『『『キャー!』』』』』


誤魔化す様に視線を逸らしながら告げると、二人とも元気良く返事を返す。

精霊も参加するつもりの様だけど、君達はその気になれば出来るよね?


まあ良いか。この子達は何時も一緒だから、練習も一緒が良いんだろう。

接近戦の訓練も一緒にやってるし。精霊の方が上達が早くてメイラが悔しそうだけど。

取り敢えず二人を庭の中央に立たせ、根本的な基礎訓練から始める事にする。


「メイラは絨毯の練習の時に少しやったけど、魔法の訓練としてやるのは初めてだから、改めてきちんとやってみようか。魔法石を使う為となると、もっと繊細な操作が必要だから」

「はい!」

「パックは魔力操作自体が殆ど出来てなかったし、先ずはこれを出来る様になろう」

「はい、お願いします」


二人の体の中に内包されている魔力は、多分そんなに多くない。

とはいえ極端に少ないという感じでもなく、普通と言って差し支えないだろう。

つまり私と同じだ。なら頑張ればきっと出来るはず。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「成程、それで二人はああなっている、と」


珍しくパック殿下も食堂に連れて来たセレスを迎え、ただ弟子二人の様子がおかしかった。

大分疲れ切った様子を見せていて、今もぼーっとした表情で椅子に座っている。

それもそのはず。今回の訓練はかなり厳しかったらしい。


二人共セレスの求める水準には達せず、何度も何度も繰り返し同じ訓練をする事になった。

ただ途中でめげる弟子なら違ったんだろうけど、二人は絶対にセレスの指示に従う。

結果として二人共限界近くまで頑張り、セレスが慌てて止める事になったそうだ。


当然だけど、一緒に訓練をしていた精霊達は元気いっぱいに見える。

とはいえ二人の様子がおかし過ぎるせいか、心配そうにはしているみたいね。


「や、やり過ぎた、かな」

「そうねぇ・・・命に別状は無いのよね?」

「う、うん。ただ魔力が足りないだけ、だから。大丈夫」


詳しく聞くと、体の魔力が足りない場合、思考が回らず、上手く力が入らなくなるらしい。

今二人はその魔力が足りない状態になっていて、抜け殻の様になってしまっていると。

一応自我は有るらしいけど、普段通りの思考行動がやり難いそうだ。


そこを更に超えると、今度は吐き気や頭痛や眩暈、そして最悪気を失う。

倒れる際に当たり所が不味くて死ぬ、なんて可能性は無いとは言えないらしい。

流石にその前に止めたらしいから、私としては良い判断だと思う。


その状態に慣れている、と言ったセレスの言葉は、ちょっと聞き捨てならないけど。

私は慣れているから頭を回せるって、もしかして普段から良くなってるんじゃないでしょうね。

いや、そこの問い詰めは後にしましょう。今は相談に応えてあげるのが先だわ。


「なら良いんじゃないかしら。訓練なんだし、二人が望んだ事なんでしょ?」


二人がどれだけ危ない事をしているのか、正直私には測りかねるのよね。

けれどセレスがそこまで徹底するって事は、それだけの技量が必要な事なんだと思う。

ならそれは必要な痛みだ。鍋を振って火傷をする様に、自分の為に必要な苦痛。

確かな技術を手にする為には、苦しみから逃げたんじゃ届かない。


少なくとも私はそう思う。日々の研鑽が在るからこその技術を私も持ってるもの。

そしてその力を本人達が望んでいるなら、命の危険が無ければ全然良いと思う。

物事によっては命の危険がある訓練もある訳だし、それを考えれば優しい条件よね。

セレスの事だから、二人が怪我しないように、って事は考えているはずだし。


「そ、そっか、よかった。ライナにそう言って貰えると、安心出来る」


セレスはホッと息を吐き、へにゃッと可愛らしい笑顔を見せた。

彼女にしてみれば、まさかこんなに苦戦するとは思わなかったらしい。

本当はその後の訓練で時間をかけるつもりで、最初で躓くとは思ってなかったそうだ。

だからこそこれで良いのかと不安になり、私に相談を持ち掛けたと。


因みにパック殿下を連れて来たのは、単純に一人に出来ないからだろう。

だから本当は食堂に来るのを止めようとしたけど、家精霊に追い出された様だ。

優しい家精霊の事を考えると、きっと弟子二人の事を想っての行動だと思う。


だってセレスは毎日この店に来るのを、私に会うのを楽しみにしているもの。

更に昨日は出かけていたから、尚の事来たいと思っていたはずよね。

そんな師匠の事を知っている弟子たちが、自分達のせいで中止になった事をどう思うか。

つまり正気に戻った時二人が気に病まない様に、そう考えて追い出したに違いないわ。


「最初は二人を見て何事かと思ったけど、きっと大丈夫よ。二人だって納得してるわ」

「う、うん、ありがとう、ライナ」

「ふふっ、お礼を言われる程の事じゃないと思うけどね。さて、それじゃあパパッと作りましょうかね。出先での事も聞かなきゃならないし。セレスは座って――――」


そこでコンコンとノックの音が店に響き、私が反応する前に精霊達が扉を開いた。

精霊達が無警戒に開いたのも当然で、そこに居たのはリュナドさんだ。

この時間に来るのは珍しいわね。基本的に日中にやって来るのに。


「遅くにすまない。この時間ならここに居ると思ってな」

「成程、セレスに会いに来たって訳ね」

「そうなる。この場を使わせて貰って良いか?」

「ええ、構わないわ。どうせなら何か食べていく?」

「そうだな。今日はお言葉に甘えよう。正直今は無性に美味い物が食いたい。頼む」


彼がそう言うと、周りに居る精霊達もうんうんと力強く頷いている。

不思議な事にセレスまで鼻息荒く頷いていて、一体何が在ったのか凄く気になる。

でもまあ、私は私の仕事を先にやりましょうか。


「・・・なあ、所で、殿下とメイラの様子がおかしいんだが・・・大丈夫か、あれ」


その前に、そっちの説明が必要だった。まあ心配になるわよね、あれ。

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