第322話、弟子の技量に関して考える錬金術師。
「ふぅ・・・」
薬を作り終わった事で安堵の息を吐き、使った道具を全て袋に詰める。
ついでに残った血も空の瓶に詰め、一度魔法で瓶ごと凍らせた。
一応陶器の類に竜の血が影響し難い事は確認済みだけど、念の為こうしておく。
そもそも一番危険なのは、血に浸かった素材ではない。
素材を浸けていた血が一番危険なんだ。
だから浸ける際は、素材を変える度に血も変えていた。
物によっては血の方に素材の効果が発揮され、蠢く血が生まれた事もあったからだ。
あれは私でも背筋に寒気がして、反射的に全力で焼き払った程だ。
流石にあの時は、お母さんも良くやったと褒めてくれた。
つまり一瞬でも躊躇していれば、何かしらの惨事が在った事は想像に容易い。
「んん~・・・」
ググっと背伸びをして、袋を担いで立ち上がる。
『キャー?』
「ん、良いよ。おいで」
『キャー♪』
精霊が『もう良いのー?』と聞いて来たので、少ししゃがんで手を伸ばす。
すると嬉しそうに鳴き声を上げ、トテトテと寄って来ると手に乗り・・・はしなかった。
何故か私の服をよじ登り、そのままよじよじと頭まで上る。
『キャー!』
上り切ったぞー! とでもいう様に鳴く様子に、まあ良いかと体を起こす。
精霊の行動が良く解らないのは何時もの事だ。考えたって仕方ない。
怒られるのが解っていて、家精霊の目の前でつまみ食いをするんだし。
「これは庭で焼くとして、メイラの様子を先に見に行こうか」
『キャー』
精霊の同意を聞きながら居間へと向かう。
居間ではお茶をしていたらしく、メイラの顔色は大分良さそうだった。
「良かった。もう大丈夫そうだね」
「あ、は、はい。セレスさん、ご心配をおかけして、すみません」
「良いよ。気にしなくて。むしろ私こそ気が利かなくて、ごめんね」
「い、いいえ、そんな事無いです! 私がふがいないだけですから! 次は大丈夫です!」
「そ、そっか」
ふんす! と鼻息荒く答えるメイラに少々気圧され、そうとしか返せなかった。
とは言え素直なメイラの事だから、きっと本音で行ってくれているんだと思う。
なら私もメイラと同じ様に、次はもっと頑張ろう。
「パックも、ありがとう。何時も細かい事に気が付いてくれて」
「先生のお役に立てるなら、これ以上の事は有りません」
お礼を言うと、にこりと笑って答えるパック。
その内容に笑みが漏れる。本当に私は恵まれている。
思わずパックの頭に手が伸び、優しく頭を撫でていた。
「・・・うん、ありがとう、パック」
「――――は、はい」
あれ、パックの様子がちょっとおかしい様な。もしかしてパックも調子悪いのかな
よし、今度こそ弟子の様子は見逃さなかったぞ。
そう思いパックに訊ねようとすると、メイラがクスクスと笑い出した。
「ふふっ、パック君、そろそろ慣れませんか?」
「・・・いやその、だいぶ慣れたつもりだったんですが、時折、こう、自分でも不思議なぐらい照れてしまって。何故なんでしょう」
「あははっ、パック君が解らないんじゃ、私にも解らないですよ。ふふふっ」
「むう・・・先生以外の方には、こんな風にはならないのですが・・・」
心底不思議そうに呟くパックに、メイラも心底可笑しそうに笑う。
そういえばパックは前にも、というか時々似た様に言葉に詰まっていた。
確かその時も照れている、と言っていた様な気がする。
何に照れているのかは良く解らないけど、私相手だとこうなってしまうのか。
単純にまだ見慣れないせいも有るんだろうなぁ。仮面を付けてた期間が長かったし。
まあ調子が悪い訳じゃないならいっか。私は道具の処分をして来るとしよう。
「私は今日使った道具の処理をして来るね」
「あ、先生、お手伝いします」
「私も行きます」
「ん、それは嬉しいけど、魔法で全部焼却処分だよ。そのままにしておくと危ないし。それに高火力で一瞬でやるから、魔法石が無いと出来ないかな」
二人に魔法石の制御は出来ない。
そもそも魔法を自在に使えない二人では、この素材の処分は危ない。
「となると、僕達が竜の素材を使うには、やはり魔法石を使える様になる必要が有るんですね」
「魔法石かぁ・・・」
そう思って伝えると、二人共難しい顔をしてしまった。
二人には戦闘訓練はしているけれど、魔法の訓練は然程していない。
そもそも二人には精霊達が付いていているのだから。
無理に魔法の訓練をせず、魔法石は精霊に任せてしまえば良いと私は思っている。
実際の作業はメイラ。知識に関してはパック。大きな魔力は精霊。
皆が揃っていれば、きっと困る事は無いだろう。
特にメイラは絨毯を操れる程度に魔力操作は出来るけど、パックはいまいち上手く使えない。
けど・・・。
「魔法石、今度、作ってみる?」
「良いんですか!?」
「はい! 私作ってみたいです!」
『『『『『キャー!』』』』』
二人がやってみたいならと、そう思って訊ねてみた。
すると二人共嬉しそうな顔を見せ、メイラに至ってはぴょんぴょん跳ねている。
ただし精霊が嬉しそうなのが良く解らない。君たちは何時も作ってるのに。
「じゃあこれ焼いたら、ちょっと練習してみようか。あ、いきなり魔法石は作らないからね?」
「はい! 先生!」
「解りました!」
二人共よっぽど魔法石が作りたかったのか、元気の良い返事をする。
とはいえ言った通り、いきなり魔法石は作らせられないけど。
だって二人共、そもそも魔法が禄に使えないんだもん。
メイラは絨毯で飛べる程度の技術は手に入れてるけど、それ以上の事はしてない。
パックも一応魔力操作が出来ない事はないんだけど、その能力はかなり低い。
その事を考えると、二人の技量ではどう足掻いても魔法石は作れない。
何せ魔法石を作るには、ただ魔法を使えれば良い訳じゃないのだから。
魔法を丁寧に構築し、そのまま発動させずに押し留め、そのまま威力だけを上げていく。
言葉にすれば簡単なこの作業だけど、そこには繊細な魔力操作が求められる。
勿論、例外もある。山精霊達だ。
精霊は膨大な魔力があり、その出力は人間とは比較にならない。
だから形を綺麗に整える人間と違い、無理やりぎゅっと形を抑え込めてしまう。
構築はほぼ同じでも、そこに至る強引さが存在する。
二人にそんな事は無理だろう。あんな事が出来る人間はアスバちゃんぐらいだ。
ただそれでも、やりたいというのであれば、やらせてあげよう。
そして出来るようになるまで付き合おう。きっとそれが師の役目だと思うから。
「あ、そだ、腕直ったって報告した方が良いのかな・・・」
その内リュナドさんがまた訪ねて来るとは思うけど、念の為精霊に伝言を頼んでおこう。
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「と、いった感じですかね」
「・・・思ったより、厄介そうな手合いだな」
セレスと別れた後、彼女に言った通り領主館へと向かった。
そして俺の報告を聞いた領主は、眉間に皺を寄せながら呟く。
「ええ、正直あの娘と同じ事が出来る、なんて思ってもいませんでしたよ。話している時、平静を装うのが大変でした。化け物の前に立ってる気分でしたし」
ただその『厄介な相手』とは、あの太った男の事じゃない。
あの国の王。法主の事だ。一番厄介なのはあの娘だ。
少なくとも領主と俺はそう思っている。
彼女の力は危険だ。その実力を見ていないので正確には測れないが、危険なのは間違いない。
何せメイラと同じ事が出来る可能性が有る。その時点でどう考えても危険すぎる。
下手をすればあの肉塊の再来だ。あんな化け物が現れたら洒落にならない。
現状は法主が友好を示しているから良いが、何かが違えばどうなっていたか。
万が一、法主がセレスを取り込む、もしくは俺を取り込む事に乗り気なら。
今頃想像も出来ない様な戦闘が繰り広げられていたかもしれない。
少なくとも、法主のお付きの者を斬っていれば、そうなった可能性はゼロじゃない。
勿論あれは流石に意図が有って、本気で向かってった訳じゃないんだろうけど。
それでも本気でヒヤッとした。ちょっと洒落になってないと思う。
「さほど問題は無いだろう」
ただ元国王は、何をつまらぬ事を、とでも言いたげな口調でそう言いだした。
「お前は解らぬ様だったが、錬金術師はその子娘の力とやらを感じ取ったのだろう? となればそれは、錬金術師を測ったという事だ。そしてお眼鏡にかなったからこそ、友好を示した」
「まあ、その気配は、確かにあったけど・・・信用できるのか?」
「信用などするな。所詮は他国の元首だ。都合が悪くなれば切り捨てて来るものだ。そのぐらいのつもりで居ろ。私が言っているのはその小娘が信用に足るか否かではない」
怪訝そうに俺が尋ねると、阿呆かこいつは、とでも言いたげな雰囲気を見せる。
ちょっとムッとしてしまったが、まだ続きが有る様なので文句は後回しだ。
「貴様は背中に剣を突き付けられた状態で、暢気に目の前の者と喧嘩が出来るのか。その程度の認識も出来なければあの錬金術師の敵ではなく、認識出来ているなら錬金術師に手は出さん」
・・・つまり法主にとって面倒なあの男が消えるまで、下手に背を向ける事はしないってか。
成程確かに、法主が誰かと事を構えれば、今でも法主に嫌がらせぐらいはやりそうだ。
現状は明らかに不利な状況になっているだろうが、それで諦める手合いには見えなかったしな。
「小娘は戦う気が無いと、そう明言したのだろう。そして錬金術師も同じく。ならば何の問題も無い。あの化け物女が相手の脅威を読み違えるなど、そちらの方が余程在り得ぬ心配だ」
「・・・それは、俺も、そうだと思うけど」
あの時、食堂での一件を思い出すと、セレスの凄まじさを再認識させられる。
状況は全て彼女の良い様に動き、そして俺も一枚噛んでいる様に誤解させた。
あれはきっとわざとで、俺を巻き込む事で当事者にさせたんだ。
多分あれのおかげで法主から一目置かれた雰囲気がある。
そしてそれらの行動は、状況を全て把握出来ていなければ出来ない行為だ。
単純に力関係だけの話ではなく、その場にいる全員の力量を見ぬいた上での事。
「それよりも私が気になるのは、錬金術師が斬った男だ。あの女は『殺した方が良い』と言ったのだろう。何故殺さなかった。あの女が殺した方が良いというのであれば、素直に殺させるべきだったのだ。たとえその場で荒れようとも、確実に事は丸く収まったはずだ」
「じゃあ殺したとして、その後どうなったと思うんだ?」
「知らん。あの化け物の見ている先など想像もつかんわ」
「何つー無責任な・・・」
元国王の言い分に、思わず半眼を向ける。まあ何にも気にする様子は無いけど。
ただまた呆れた様な様子を見せると、フンと鼻で笑う様に続けた。
「少なくとも、もう一度貴様らが訪問する羽目にはならんかっただろうな」
「二度と来るな、ってか?」
「いや、貴様を利用しただろうよ。精霊公と竜人公をな。それが一番手っ取り早い。人が集まる前に片を付け、集まったとしても全員始末してしまえば良い。あの竜を敵に回す可能性を考えれば法主以外も口をつぐむ。後は死人に口なしだ。なれば貴様に面倒を与える勢力は削れる」
「・・・あんた、本質は変わんなねえな」
元国王と相対していた頃を思い出し、思わずちょっと嫌な気分になった。
こいつフルヴァドさんを殺して、全てを握りつぶそうをしたからな。
最近距離感が近いから忘れてたけど、こういう人間だった。
今は俺達の、というかパック殿下の味方だから、大人しく協力してるだけなんだよな。
「貴様の言い分は解った。だが今は貴様の時代ではない。パック殿下の時代であり、精霊公の生きる時代だ。貴様の殺伐とした判断を良しと言うと思うか」
ただそこで、領主が静かに、圧のある声音で元国王に告げる。
其の言葉を受けた元国王は、愉快そうに口元を歪めて領主へと視線を向けた。
「領主殿のご立派な説教を聞かずとも。勿論解っている」
「ならば精霊公の意に沿う案が出来てから口にするが良い」
「はっ、他のやり方もあると知らずに動く事ほど愚かな事は無い。錬金術師が相手ならば愚問過ぎて口にする気もないが、どうにも精霊公は上に立つには甘過ぎるのでな」
「その精霊公と錬金術師の甘さがあるからこそ、貴様が生きて息子に会えている事を忘れるな」
「ふん、忘れてはおらんが、それとこれとは別の話だろう」
「同じ事だ。貴様とて殺した方が話は早かった。だがそれを良しとしなかった意味を考えろ」
「それこそくだらん。その甘さは私に向けられたものでは無かろう。そもそも貴様が口にしたパックとて、明確な敵は処断している。下らぬ甘さなどあの子には無い」
あー、また始まった。たまーにこうなるんだよな、この人達。
事務仕事に関しては凄くスムーズなんだが、人の扱いに関して時々衝突する。
とは言え元国王の意見が正しい時も有るから、普段はどっちが悪いとも言えないんだが。
取り敢えず当事者を置いて喧嘩すんの面倒くせえ。こうなると暫くは話が進まないな。
巻き込まれたら更に面倒だし、気がつかれない内に消えよう。まだちょっと眠いし。
音を立てない様に、そっと執務室から出る。
廊下に出てからも足音を立てず、そろそろと歩いて勝手知ったる客間へ。
最早最近領主館の部屋は全て把握しているので、人の居ない部屋も知っている。
ソファーにごろんと転がり、あくびをしながら先ほど言われた事を考える。
「甘さ、ねぇ。言われてみれば、確かにか・・・」
あの男はあちらの国で、俺を利用しようと思っている連中のトップだ。
勿論それなりの地位が在り、殺してしまえば普通は面倒な事になる。
ただし奴は俺を崇めるフリをしなければならなかった。その一点が弱点だ。
崇めていた相手に不敬を働いた。そして俺はこの国では重要人物・・・になっちまった。
そんな相手に喧嘩を売った事実が在れば、真実がどう在れ事を荒げない方向に進めるだろう。
ただしその場合、協力者以外皆殺し、って事になるだろうが。
「・・・いやぁ、無理だろ。勘弁してくれ」
そんなのはごめん被る。どれだけ恨まれる事になるかも想像したくない。
もしそんな事になっていたら、法主からの印象もどうなっていた事か。
って考えの辺りが、貴族という立場になった以上甘いのかね。
そしてセレスは、甘くない判断を下せる人間で・・・けれど俺の判断を優先してくれた。
なら、この判断を間違いだ、なんて言う訳にはいかない。
アイツが協力してくれて、頷いてくれた事だ。
ならこの後も出来る限り俺がまとめ、綺麗に終わらせる必要が有る。
いや、おそらく、終わらせられるように算段を付けてくれている。
「・・・はぁ。何時になったら、あいつに頼らずに済むのかね」
そんな呟きを最後に、意識は闇に落ちて行った。
ただし目が覚めた時に精霊から受けた伝言で、一生来る気がしねぇと思ったが。
もう腕治ったって嘘だろ。って言うか腕だけ治ったとか何だよそれ。意味が解らん。
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