第321話、必要な一手を打つ錬金術師

「じゃ、じゃあ、すみません、休憩させて頂きます」

「うん、ゆっくり休んでて良いからね」


パックに付き添われながら、部屋を出て行くメイラを見送る。

作業に集中しすぎてて気が付いてなかったけど、メイラが大分疲れていた様だ。


ただ何であんなに疲れてるのか解んないんだよなぁ。

薬を作ってる時は、むしろ元気で楽しそうだったと思うんだけど。

あ、でも竜の血の臭いで顔をしかめてたから、それで気持ち悪くなっちゃったのかな。


という事は、あの時から我慢していて、終わったら我慢が出来なくなったのか。

パックは本当に良く気が付く子だ。私も見習わないといけない。

流石に気持ち悪そうな表情は私も解るけど、パックはその前から気が付いてたみたいだし。


「なかなか師匠らしい感じに出来ないなぁ・・・」


きっと良い師なら、弟子の不調にもっとよく気が付けると思う。

集中すると周りが見えなくなる時が有るのも、余り良くない傾向なんだろう。

人に教えているのだから、教えている相手の顔もちゃんとみないと。


まあ見た所で、我慢されていると解り難いんだけど。

だって私も一応薬を作った直後の二人の顔は覚えている。

その時は二人とも平気な顔だったし、疲れてる様に見えなかったんだもん。


・・・まあ、きっとこれは言い訳なんだろうなぁ。次頑張ろう。


「さて・・・ここからは、気合を入れないと」


血に浸け過ぎて、別物になってしまった薬草達。

これらを薬として使う事はもう出来ない。

もう元々の効能を発揮する事は出来なくなってしまっているからだ。


いや、正確には、効能を発揮し過ぎるから危険だ、だろうか。


毒は薬になり、薬も毒になる。それは量と使用方法の問題だ。

どんな毒でも上手く使えば何かしらの薬になる。

どんな薬だって使い過ぎれば毒になる。

それは薬を作る人間とっては当たり前の話だ。


「・・・どう使っても、毒にしかならない。こんなものが出来るんだから、中々怖いよね」


竜の血に漬け込んだ薬草や毒草は、その力を活性化させる。

ただしその活性化を通り過ぎた素材は、とにかく自身の力を増幅させていく。

竜の血の再生力と、素材自身の持つ特性、それが噛み合う事で脅威の力を持つ。


これで毒を作れば、どうやっても解毒できない毒が出来る。

呑み込んだが最後、体内で毒素が増殖していき、その増殖は止まらない。

止める方法はただ一つ。殺して身体機能を止めるしかない。

勿論死体も危険な毒物になっている可能性が有り、出来るだけ一瞬での焼却処分が望ましい。


これで薬を作れば、薬の効果が何時までも人体をむしばむ。

傷の再生であれば何時までも再生し続け、ぐちゃぐちゃと増殖し続ける。

そして最後にはただ増殖し続ける肉になる。そこに生物としての意思は見られない。

こちらを止める方法は二つ。内部が侵される前に切除か、やはり全てを消し炭にするか。


どちらも劇物だ。絶対に飲んでも塗ってもいけない『毒薬』だ。

そして一歩間違えれば、製作途中で自らを死に至らしめる危険物。

竜以外に防ぐ事は不可能な兵器だ。




そして今から、これらの素材を使って『薬』を作る。




「・・・ん、流石に付け心地は悪いなぁ。マスクが特にきつい」


劇薬を扱う為に作った、内部に液体が侵入しない蛙の魔獣の皮の手袋。

そして同じ皮で作ったマスクを口にし、更に敷物にした物を床に敷いておく。

服も普段着は全て脱いでしまい、雨具の為に作ったローブを纏う。

最後に何時か何かに使うだろうと思って作った保護メガネをかけた。


これらは全て使い捨てだ。特に手袋とマスクは。

蛙の皮は水を表面に暫く蓄える。それは血であっても変わりはしない。

となれば漬け込んでいるのと同じ状態になりかねない。


ただし表面に押し留めると言う事は、それ以上中に入って来ないという事だ。

これらの劇物を触らず、吸い込まずに済む。

そして最後は全て焼却処分だ。それも時間をかけると怖いので、一瞬で焼き切る。


「あ、ごめんね、今日はちょっと頭から退いててね。念の為」

『キャー』


頭の上の精霊は『はーい』と返事をする様に鳴き、ぴょんと飛び退いてくれた。

それを見届けてから最後にもう一つ、この作業をする為に大事な物を取り出す。


「まさか、こんな形で役に立つ事になるとはなぁ・・・」


封印石を手にし、なるべく小さい範囲に展開する。

調合時に下手に素材が周りに飛ばない様に、全てこの敷物の中で済ませられる様に。


「・・・あいつは、獣だ。助けた所で、恩を感じるかどうか、怪しい」


野で生きる獣達は、強者に尻尾を振る事は有るだろう。

自分の命を繋ぐ為に、その場では恭順を示す事は有るかもしれない。

けれど常に強者が管理しなければ、獣は容易に牙を剥く。


野の獣っていうのはそういう生き物で、家畜にする気が無ければ危険でしかない。

害獣としての行動を取った生き物を見逃すのは、後々の危険を見逃す事と同意だ。

だからこそ獣に容赦は要らない。容赦すれば後々他の誰かが被害に遭うかもしれない。


「・・・殺しておいた方が良いと思うけど、助けなきゃいけない。けれど助けたらリュナドさんに牙を剥くかもしれない。なら、その時、確実に殺せる手が在れば良い」


これはその為の『薬』だ。確実に獣を仕留める為の薬。

たとえ私がその場に居なくとも、奴を再起不能にする為の仕込みだ。


「・・・リュナドさんに害を与えるなんて、絶対に許さない」


彼に何かをされた訳でも、彼が何か悪い訳でもない。

恨みがあるなら解る。危害を加えられたなら解る。それなら攻撃する意思も起きるだろう。

けれど違う。アレはそういう手合いじゃない。確実な『敵』だ。

ただ自分の都合の良い様にする為に、リュナドさんを殺すかもしれない奴だ。


「――――――殺す」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ええい、何か、何か手は無いのか・・・クソ忌々しい!」


怒りのままにテーブルを叩こうとして、腕の先が無いせいでただ空を切る。

その事に更に怒りが沸き、同時に痛みに顔を顰めた。

痛み止めが効いているせいか、動かさなければ痛みは殆ど無い。


だからこそ偶に錯覚を起こし、そして痛みで思い出すのだ。

私の腕は間違いなく切り落とされたのだと。

あの錬金術師・・・いや、あの『化け物』に


「猊下、お体に障ります。どうか心をお静め下さい」

「静めてなければ今頃暴れ狂っている!」


付き人の言葉に怒りを込めて返すも、その言葉は本当の事だ。

怒りのままに思考を止めていれば、今頃室内は瓦礫の山に違いない。

暴れた所で状況が良くなるわけではない。そんな意味の無い事などしていられるか。


状況は最悪だ。あの女狐め、ここぞとばかりに全てを私に押し付けてきおった。

僧達が楽しみにしていた竜人公との謁見を、この私が全て台無しにしただと。

おかげで目の眩んでいる馬鹿どもは、私の言葉を一切聞かない始末だ。


勿論大半は未だ私についているが、それでも不信感を持っている者は居る。

そして当然だが、元々私に従う気の無い連中は、今回の件を軽く見ていない。


力を持った『精霊公』を敵に回しかねない危険な男。

奴らは私をそう思ってみているだろう。

となれば後々暗殺も在り得る。


国の存続の為に私は自由がきくが、滅ぶ理由になるなら生かす理由がない。

奴らが最終的にどういう判断になるか解らん以上、私の価値を高める必要が有る。

いや、いっそのこと国外に逃げる・・・無理だな。それこそ不可能だ。


そうなれば確実に、あの女狐は私に追っ手をかける。

下手をすればあの『化け物』が追って来るだろう。

そうなれば確実に殺される。あの『化け物』とだけは絶対に対峙してはいけない。


あれは私を見ていない目だった。処分する存在としか見ていない。

ならば自分の地位は落とす事無く、奴と直接対峙しない策を取るしかない。

奴を自由に動かす理由だけは、それだけは絶対に避けるべきだ。


「腕が治るまで、それまでに何か、何か策を講じなくては・・・!」


私に残された安全な時間はそれだけだ。その間だけは無事が保証されている。

お互いの国交の為にも、私を治す事で法主への友好の意思表示になる。

そしてそれは法主も同じ事であり、お互い面倒を起こしたくないという意味だ。

だからそれまでは私は絶対に生かされる。連中は私を殺しには来ない。


「だがそもそも、本当にこの腕は治るのか・・・いや、治るとして、一体何を使う。その素材は何だ。そんなものが本当に有るのならば、何故今まで一度も出回った事が無い」


いくらあの『化け物』が優秀な薬師だとしても、存在するならどこかで使われているはずだ。

なのにそんな話は聞いた事が無いし、あの腕を治せるなど到底信じられん。

いや、待て。ならばそれは利用出来るのではないか。


今の私は、腕が無い姿を、それなりの者達に見られている。

ならばこの姿をもっと見せよう。たとえ後ろ指をさされようと見せる必要がある。


「くくっ、逆手に取らせてもらうぞ『化け物』よ。何もかも貴様の都合良く行くと思うな」


最低でも、あの女狐の良い様にさせて堪るものか。

小娘が法主などと図にのりおって。あの生意気な顔を絶対に歪ませてやる。

布の奥で悔し気に唸る様子が目に浮かぶぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る