第320話、竜の血について語る錬金術師。
今日も美味しかったぁ。美味しいっていうのは本当に幸せだと思う。
ただ食べ終わると凄く満足な気分になって、お昼寝がしたくなって来た。
勿論その欲求をグッと我慢し、皆と一緒に作業部屋へと向かう。
「さて、それじゃ今から薬を作る訳だけど・・・一つ注意をしておくね」
「「はい」」
『『『『『キャー』』』』』
私の言葉を聞いて、ほぼ同時に応えて頷く二人と精霊達。
それを確認して私も頷き、今回使う材料を並べていく。
「今日作るのは、種類としては傷薬。ただ何時もよりも効果が強烈な物を作るよ」
「強烈、ですか。でもセレスさん、置いてある材料って、余り普段と変わらない様な気が」
メイラは並べられた材料を見て、首を傾げながら問いかける。
確かに今並べた物は、普段作るものとほぼ材料は変わらない。
珍しい素材は何もなくて、更に言えば魔獣の素材すら出していない。
「これ以外に、追加で使う素材が危ない。そういう事ですか、先生」
「うん、そうだね」
ただパックは少し考える様子を見せた後、私の説明の先回りをした。
優秀なのは良い事だけど、説明できなかったのがちょっと残念。
まあ良いか。危ないって事を本人達が解ってるのは大事な事だし。
「この材料から作れるのは傷薬、っていうのはもう解ってると思う。ただこの傷薬だと、小さな怪我に使う程度の物。あまり大き過ぎる損傷とかだと、それなりに治る程度の効果だね」
魔獣の素材を用いない、薬草毒草だけで作った傷薬。
出来るだけ効果が高い様に、致命傷でない限りは効く様に作っている。
けれど魔獣の素材を入れたとしても、その効果には限界が有るのが現実だ。
薬の効果がどれだけ高くても、傷が塞がる力は人間の生命力。
私の薬はその手助けをする物で、身体能力を補助する事で傷を治しているだけ。
勿論その事は二人には教えてあるし、解ってくれてるとは思うけど。
というか、そうでないとこの先の話が始まらない。
「二人は、薬の効果っていうのは、あくまでそれを使った生物の反応、って事はもう解ってると思う。その物に治る効果が有るんじゃなく、何かと結合して体が反応するからだって」
「「はい」」
一応確認をすると、二人共頷いて返してくれた。
なら話を先に進めよう。
「けれど今回は、そんな当たり前を覆す薬を作る。体がどんな状態であろうと、有無を言わさず体を治す様な、そんな無茶苦茶な薬を作るよ」
「有無を言わさず、治す、ですか? それは一体、どういう事でしょうか、先生」
ただ途中で、全く解らない、という顔でパックが訊ねて来た。
確かに今の説明じゃ解り難いかもしれない。今までにない事をやる訳だから。
どうしたものかと考えていると、ふと氷漬けの腕を包んだ布が視界に入った。
「例えば切り落とされた腕が有るとして、それが凄いぐちゃぐちゃだったとする。その腕に傷薬を塗っても、腕は治らないよね?」
「治らない、でしょうね。たとえ骨を繋げて肉を縫ったとしても、その後治り始めるとは思えません。まさかそれでも治る様な薬を作る、と言う事ですか?」
「うん、そうだね」
今回作るのは、そういう常識はずれな薬だ。
怪我人の状態を無視して、とにかく傷を治す薬。
けれどそんな薬が真面な訳がない。一歩間違えれば劇薬だ。
「材料はこれ。竜の血」
「竜の・・・あの指からとった血、ですか」
「竜さんの血も、やっぱり薬とかになるんですね」
竜の血に関しては、二人にはまだ教えてない知識だ。
本にもまだ書いてない。何せ先に教える様な知識ではないから。
竜の血なんて物は、ちゃんとまともな知識が有って初めて手を出す物。
少なくともお母さんはそう言っていた。
「竜の肉でも、流石にしっかり焼けば死ぬ。だから食べる事も出来る。けれどその血肉は体を強くする効果を、ただ肉を食べるだけで発揮しうる素材。それは何でだと思う?」
「お肉の栄養価が高いから、じゃないんですか?」
メイラの素直な疑問を口にして首を傾げ、精霊達も不思議そうに傾げている。
「そうだね。滋養強壮に良い肉、とも言えると思う。けどその効果の理由は、竜の血肉が死後も生きているからなんだ。そしてその血肉が混ざった生き物の生命力を引き上げる」
竜は生命力がすこぶる高い。それこそ穴だらけでも寝たら治る、なんて事もある。
首を切り落としても、暫く繋げると治る事もある。そんな常識はずれな生物だ。
それでも限界は有るし、脳天を破壊されれば流石に死ぬけど。
ただ死後もその血肉は生命力を宿したまま、死なない死体の様になる。
首の傷は塞がり、心臓は動き続ける。ただ生き続ける死体だ。
勿論食事などの栄養補給をしない以上、何時かはそれも止まる。
だとしても暫くそのまま生命活動を続ける辺り、本当に規格外な生き物だ。
そしてその規格外な生命力の源は、流れるその血にある。
今回使うのはそんな常識外れな竜の中で、更に常識を外れた竜の血だ。
胴体に繋がっていない切り落とした指先が何時までも生きてる、なんて流石に規格外が過ぎる。
「竜の強大な生命力は、死んでもその血に残っている。いやむしろ、その血が竜を竜たらしめてめているんだ。竜の血事体が竜の強大な生命力の源なんだよ」
竜の血が傷を塞ぎ、あっという間に壊れた器官を直す。
それは傷が治るという点で当然の様に見えて、まるで話が違う。
「竜の血の再生力は『無くなった器官』すらも再生して見せる。人間ならお腹が穴が開けば普通は治らない。もうそれは完全に手遅れな外傷だから。人が生きていく上で必要な器官も吹き飛び、骨も無く、筋肉も無い。もうそれは人体が『治せる』範疇を超えてしまっている」
人間を治せるのは、治す為の部位が体に残ってる状態の時だけだ。
もしくは飛び出たとしても、形が保たれている時に限る。
内臓が完全に粉砕状態になってしまっていれば治す事は出来ない。
筋肉や皮膚を他から持ってくる技術は有るけど、そんな致命傷を直す技術は存在しない。
当然語るまでも無いが、自然治癒など絶対に不可能だ。
「けれど竜は治ってしまう。その血が傷を塞ぎ、暫くすれば内臓すら元に戻る。それは『治る』というよりも『直る』と言った方が正しい程に。竜の血は、それだけの力を秘めている。もちろんすべての竜が必ず治るって訳じゃないけど、それぐらい凄い再生力を持っているんだ」
「つまりその血を使って薬を作れば、同じ様な状態でも治せる、って事ですか?」
「ううん。流石に無理かな。人間がその状態になったら、そう経たずに死んでしまうから」
メイラの問いに首を振って答える。
そうなれば私も良いなと思うけど、そんなに都合よくは行かない。
あくまで竜の生命力ありきであり、主要器官がぐちゃぐちゃになった人間は治せない。
それはもう流石に手遅れだ。竜はその状態でも暫く生きていられるから死なないだけ。
「あ、そうです、よね。すみません、肝心な事を忘れてました・・・」
「気にしなくて良いよ。ちゃんと覚えていけば良いだけなんだから」
「は、はい、がんばります」
ちょっと落ち込みかけたメイラを慰めてから、竜の血の入った瓶を開ける。
「竜の血事体を直接使う事で、体を直す事も出来ない事はない。ただその場合副作用がとんでもない事になる。体が変な再生を延々続けたり、最悪人としての意識が無くなったりね」
竜の血が生きている生物と結合し、その生物を竜に『直そう』とする。
だから元の生物のままではいられない。竜の血を使った所がどんどん変化していく。
そう説明すると、二人はビクッとした様子を見せた。瓶を見つめる目が怯えている。
しまった、今の説明じゃ危険物だし、怖くて当然か。
精霊達は特に怯える様子はない。まあ君達には関係無さそうだもんね。
「勿論さっき言った通り、食べれる訳だから、大量に摂取しない限り大丈夫だよ。普通に健康な腸に入った分は栄養になるだけだし、そもそも健康体ならそこまで問題無いんだ」
「そ、そうですか。びっくりしたぁ・・・」
「少量なら、大丈夫、というわけですね。ですが先生、それでも大量に摂取した場合、どうなるのでしょうか。健康体だとしても、その場合は問題があるのでは?」
メイラはあからさまにほっと息を吐く。よっぽど怖かったんだろうなぁ。
けれどパックはまだ疑問があるらしく、質問を投げかけて来た。
「そうだね。大量に摂取すれば竜の血が生物の体を乗っ取るよ。いずれ竜の血がその生物の体から生成されるようになり、全身に竜の血が巡る。けれど所詮元の体は強靭な竜じゃない。だから竜にもなれず、元の生物にも戻れない、そんな生き物が出来上がる」
それでも元の体より強靭な生物であり、死に難い化け物になる訳だけど。
人工的な魔獣。そう言えなくもない生き物が生まれる事になる。
「ただ大量に摂取って言うのも、大量の飲むとかじゃなくて、漬け込む感じになるかな。血だまりの中に暫く入れておくって感じで。だから単純に飲むだけとか、ちょっと血をかぶちゃったとかじゃそうそう起こらないから、そこは安心して良いよ」
流石に血を被っただけでそんな事になるのであれば、指をあんな所に置いておかない。
とは言えあの指、あっという間に血が止まって、傷も塞がってるからその心配は無いけど。
「今回やる事は竜の血の力を、その生命力を使って薬の素材を強化する、そしてその強化した素材から薬を作る。そうする事で直接使う様な副作用は発生させないように出来る。傷薬の材料に混ざる事で、生物の生命力を活性化させる、って効果になるんだ」
「え、えーと・・・えっと・・・?」
「つまり竜の再生能力を利用した薬、ではなく、利用するのはその生命力。傷薬を塗っても効果の薄い状態でも、竜の生命力が補助する事で効果を発揮する。人体に与える再生効果はあくまで傷薬の分であり、竜の再生能力による不具合は発生しない。そんな所でしょうか」
「な、なるほど・・・!」
私の説明が良く解らなかったらしく、首を傾げるメイラにパックが補足をしている。
本当は私がしないといけないんだろうけど、パックが優秀で助かる様な残念な様な。
メイラは精霊と一緒になって、忘れない様にノートに書きこんでいる。
「じゃあその為にも、一番肝心な部分を、今からやろうか」
「「はい!」」
『『『『『キャー!』』』』』
いい返事だね。精霊達は、今回だけは本当に、返事だけよかったは駄目だからね?
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「メイラ様、大丈夫ですか?」
『『『『『キャー?』』』』』
ぐでっとテーブルに体を投げだしている私に、パック君が心配そうに声をかけてくれた。
精霊さん達も心配してくれて、何体かは頭を撫でてくれている。
けれど私は顔を上げる気になれず、ぐでっとしながら彼に応える。
「まさか、最後にあんな物が出て来るとは、思ってなかったんですよ・・・」
「そうですね。僕もあれは予想外でした」
セレスさんの指示の元、必死になって新しい薬を作っていた。
何せ今回は感覚で覚える必要が有り、一歩間違えれば危ない物なのだから。
竜の血を薬に混ぜる際、先ず他の素材を血の中に漬け込む。
そして素材が血を適度に吸い上げ、活性化している『だけ』の状態で引き上げる必要が有る。
でなければセレスさんが言っていた通り、素材が勝手に蠢き始めるんだ。
こうなるともう元の素材とは別物になってしまい、普段通りの薬としては使えない。
その見極めがとても難しく、けれど私は何とか成功するに至った。
喜んで次の作業に移行し、慣れた傷薬を作り上げる。
セレスさんは上手く出来てると褒めてくれて・・・そこまでは良かったんだ。
『じゃあ、今度はそれの効果を確かめようか』
そう言ってセレスさんは、氷漬けの腕を取り出した。それも凄くぐちゃぐちゃな。
氷は魔法だったらしくあっさりと消え、腕が台に置かれる。
私は突然の出来事に固まり、けれどセレスさんはそのまま説明を続けた。
『今からこれを直すけど、いい機会だから二人共、構造を見ておくと良いよ』
そう言ってセレスさんは、腕をスパッと切り裂いて開いた。
一か所じゃなく何か所も開いて、当然開かれた中身を見る事になる。
それどころかセレスさんは逐一説明をするので、はっきりと見ざるを得ない。
最近は魔獣の素材を見ていたから、それなりにグロイ物には慣れたと思う。
というか慣れないと、セレスさんの弟子なんて名乗れないと思うし。
だって魔獣を素材にしている薬、結構多いんだもん。
けれど流石に人間の手がいきなり出て来て、切り裂く様に吐き気を覚えた。
だけど、だけどだ。これは授業で、セレスさんは見ている様にと言った。
必死になって吐き気を我慢し、治療の様子を目に焼き付ける。
それはとても鮮やかで、無駄のない動きだった、んだと思う。
開く必要のある所だけを切り、砕けた骨をきちんと揃えてから薬を塗って行く。
すると骨は少し経つと接着した様に繋がり、その調子で全ての骨を繋げていった。
そして最後は薬を流し込みながら、開いた所を閉じる。
暫くそのまま抑えていると、傷がまるでなかったかの様に癒えて行った。
最終的にぐちゃぐちゃだった腕は、太った人の健康そうな腕に。
ただ腕だけしかないのに赤みがさしていて、それが逆に怖かったと思う。
『・・・ん、問題無いね。良い出来の薬だったよ、メイラ』
セレスさんはそう褒めてくれたけど、その時点でもう私はいっぱいいっぱいだった。
そこでパック君が私の様子に気が付き、私を休ませるように提案。
もしかするともっと前から気が付いていて、ひと段落するまでは黙っていたのかも。
セレスさんは心配する言葉をかけてくれたけど、申し訳なくて疲れただけだと返した。
勿論こんな嘘はばれていると思うけど、それ以上は何も言われていない。
『もう少し薬を作る必要が有るけど、それは自分でやるから休んでいて良いよ』
そう優しく気遣って貰って、更にパック君も一緒に居てくれている。
色々頑張ろうと決めた矢先にこれは、なんだかとっても情けない。
「パック君は平気なんですよね・・・」
「まあ、僕は色々見て来ましたので」
パック君は王子様で、だけど立場の悪い人だった。
だから色々見て来た訳で、慣れる様な目に遭ったのだろう。
それはある意味私も同じだけど、彼とはまるで違う。
思い出すと怖い私と強く生きた彼では、認識の差がまるで違うんだ。
「こういうのも、頑張って、慣れないとなぁ・・・」
それにしても、あの腕は誰の物だったんだろう。
何の説明もされずに唐突に出されて、その辺りを聞きそびれたまんまだ。
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