第318話、我慢したのに結局無理だった錬金術師
作業部屋での準備を黙々としていると、大分気持ちが落ち着いて来た。
落ち着いて来ると、ちょっと恥ずかしくなって来る。
もうちょっとでメイラの目の前で泣く所だった。流石にそれはちょっと恥ずかしい。
「・・・それにしても」
薬の話は初耳だったな。そんな事になってたんだ。
とはいえそれは私じゃなくて、マスターやリュナドさんの成果だけど。
だって私薬の値段知らないもん。何時も依頼通り渡してるだけだし。
自分で買う事なんて先ず無いし、そもそも私が直接売ってる訳でもない。
だから褒められても少し困る所は有るけど、それでも嬉しかった。
私の事を知っていると。私のやって来た事を見ていると。そう言ってくれた事が。
「・・・あ、折角落ち着いたのに」
落ち込んでる時に言われた時と違い、今は大分気持ちが落ち着いている。
だからこそ余計に、メイラに認められているという事が嬉しくてしょうがない。
家族に自分のやった事を認められている。そう言われた事が、とても嬉しい。
思わず瞳に涙が浮かび、瞬きをするとしずくが頬を伝う。
「あー・・・うー・・・泣いてたら、心配させちゃう」
嬉しくての涙だけど、友達が泣いている姿は普通は心配する。
メイラなら尚の事だ。あの子は絶対に心配すると思う。
私だってライナやメイラが泣いていたら心配だもん。
ただ私は感情が高ぶってると、上手く自分の気持ちを説明出来ない。
あの状態の私の言葉が解るのはライナだけだ。だから落ち着かないと。
最低限、上手く声が出なくても良いから、喋れる状態でないといけない。
「すー・・・はー・・・落ち着け、私」
自分に言い聞かせながら深呼吸を繰り返し、涙が止まった所でも最後に大きく息を吐く。
「・・・よし、大丈夫。うん」
もう大丈夫だ。もう何時も通り。昨日の事も余り気にしない様にしよう。
勿論反省はしないといけないけど、落ち込んでまたメイラに叱られちゃいけない。
「・・・あれ多分、叱られてたよね?」
『キャー?』
頭の上の子に訊ねるも、疑問の鳴き声で返されてしまった。
でも多分叱られてたんだと思うんだー。言ってる事は褒めてくれてたけどさ。
何と言うか、ちょっとライナみたいだったもん。こうなんだよって叱ってる時の。
慰められるのもそうだけど、弟子に叱られる師匠ってどうなんだろう。
落ち込まないって今決めたのに、その事実に何だか落ち込みそうになる。
そんな私の様子を感じたのか、頭の上の子が頭を撫でている様だ。
ただそこでコンコンとノックの音が鳴り、私も精霊も扉へと意識を向ける。
「セレスさん、パック君が来ましたけど・・・その、開けて大丈夫ですか?」
ああ、パックが来たのか。全然気が付いてなかった。
よっぽど思考が内に向いてたんだろう。普段なら精霊の騒ぎ声である程度気が付くのに。
それにしても普段なら普通に入って来るのに、何で今日は入って来ないんだろう。
危ない時や途中で空気が変わると困る時は、ちゃんと事前に注意してるはずだよね?
取り敢えずこのまま待ってても開かないだろうし、こちらから扉を開きに行った。
「・・・パック、いらっしゃい」
「――――は、はい。先生」
扉を開けてパックに目を向けると、元々背筋の良いパックの背が更に伸びた気がした。
けれどそれも一瞬の事で、普段通りの笑顔のパックに戻る。
今の何だろうと思っていると、その後ろでメイラが心配そうな顔をしている事に気が付く。
もしかしてメイラに事情を聞いて、私が落ち込んでると思ってたのかな。
けど外に出て来た私の様子がそこまで落ち込んでなくて、ホッとして力を抜いたとか。
「・・・心配、かけた?」
「い、いえ、まさか先生の事を心配等と言う失礼な事は、僕には出来ません」
「・・・失礼、なんて事は、無いと思うけど」
「僕は未熟者です。師の心配をするには何もかもが足りませんから」
それはそれで物凄く重圧が凄い。
だってそれ、心配何て一切必要のない立派な師匠って事だもん。
私はそんなに立派なものじゃないよ。あ、どうしよう、脂汗が凄い。
パックは普段からこういう事言うけど、失敗した後に言われると物凄く後ろめたい。
「・・・私は、そんなに立派な人間じゃ、ないよ」
だから思わず焦ってそう言うと、パックは笑顔を消して真剣な目を向ける。
今度は思わず私の背が伸びて、気圧された気分でパックを見下ろしていた。
「詳しい事情はまだ僕も聞いておりません。ですがメイラ様とのやり取りは先程聞かせて頂きました。その上で、僕から先生に一つ言っておきたい事があります」
な、何言われるんだろう。ちょ、ちょっと怖い。
思わず身構えてしまうと、パックは一瞬ビクッと震えた。
ただその後大きく息を吐き出すと、半ば睨む様な目を向けて口を開く。
「先生は、僕が出会った中で一番尊敬する師です。それは何が有ろうと変わりません」
そして、さっきメイラに言われた様な事を、パックにも言われてしまった。
「―――――」
そのせいで折角泣き止んだのに、また瞳から涙が零れそうになった。
けれど泣いちゃうと何も言えなくなると思い、ぐっと全身に力を込めて我慢する。
歯を食いしばって眉間に皺っを寄せ、涙が引くのを少し待つ。
そして今なら喋っても泣かない、と思えた所で少しだけ力を抜いた。
「・・・ありがとう。二人共」
最低限、これだけはちゃんと言いたかった。さっきメイラにも言えなかったし。
私は幸せ者だなぁ。私だって未熟者なのに、こんなに慕ってくれる弟子が居るんだから。
それでこれ駄目だ。せっかく泣くの我慢したけどもう駄目だ。泣いちゃう。
「・・・少しだけ、一人にさせて。落ち着いたら、二人に新しい事を教えるから」
「は、はい、解りました」
「し、失礼します、先生」
最後に何とかそれだけひり出し、了承した二人を見てから扉を閉める。
その瞬間緊張の糸がぷつりと切れ、全身の力が抜けると同時に涙が溢れた。
「ふ、ぐっ・・・うぐぅ・・・!」
うれし涙はとても困る。だって嬉しいと泣いちゃうんだから。
悲しくて怖くて辛い涙は、ある程度泣いてしまえば気分が落ち着く。
けれどこの涙は何時落ち着くか解らない。本当に困る。
「・・・ひっぐ・・・うれ・・うぐっ・・なぁ」
この後で二人に薬の作り方も教えるつもりなのに、泣き止めるかなぁ。
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「パック君、いらっしゃい。今日はお昼以降に来るって言ってませんでしたか?」
『『『『『キャー♪』』』』』
「先生がお帰りになったと聞き、予定を切り上げて来ました」
王都から送られてくる書類仕事が終わっておらず、今日は朝の採取に付き合えなかった。
今日作った分は精霊に配達をお願いしたので、数日で王都に付くはずだ。
本当に彼等には助かっている。精霊が居なければ絶対にこんな生活は出来ていない。
確実迅速安全に書類が送られなければ、王都に何度も帰らなければならないのだから。
「先生はどちらに? もしかして領主館でしょうか」
ただメイラ様に迎え入れられ、室内に入るも先生の姿は無かった。
今回の件は先生の用事と言うよりも、領主と精霊公の用事だ。
ならば帰って来たとしても、その後の話し合いをしているのかもしれない。
そう思い訊ねた所、メイラ様は気まずそうな顔を私に向けた。
「えっと、その・・・セレスさんは作業部屋に、居るんですけど・・・」
「・・・何か、あったのですか」
先生に限って万が一など無いとは思うが、何かが有ったのだろうか。
今まで外出から帰った時は、暫くメイラ様にべったりだったというのに。
心配などは失礼な話だが、思わず不安になってしまった。
まさか先生が即座に対処する必要が有るほどの存在が、あちらの国に居るのかと。
「えっと、ですね。もしかしたら、セレスさんを、怒らせちゃった、かも」
「・・・メイラ様が、ですか?」
ただそんな予想とは裏腹な答えに、思わず呆けた顔を向けてしまった。
まさか過ぎる。メイラ様が先生を怒らせるなんて、学舎の話以外では覚えが無い。
しかもあれもただお叱りではなく、僕達がやりたい事は自分でやれという言葉だった。
そこに弟子へ託す思いと優しさが有ったのは考えるまでも無い。
何よりもまずその前に、メイラ様が先生を怒らせる事態が想像しにくい。
「そのー、言い難いんですけど・・・」
ただその後に話を聞いて、物凄く納得してしまった。
メイラ様は先生の事を尊敬しているし、それ以上に好意が振り切れている。
そんな彼女が自分の大好きな人の悪口を聞けば、ムッとするのも致し方ないだろう。
ただその相手が、大好きな本人だ、と言うのが可愛らしいが。
彼女は年齢の割にしっかりした思考の持ち主だが、歳相応の感情に振り回された様だ。
「あ、パック君、今笑いましたね!」
「わ、笑ってませんよ?」
「嘘です、絶対笑いました!」
「すみません、ちょっと笑いました。許してください」
「もー!」
「すみません。本当にすみません」
膨れる姉弟子様に謝り通し、何とか機嫌を直して貰う。
とは言っても、彼女も本気で怒っていた訳ではないが。
申し訳なさと恥ずかしさを誤魔化す為に、という所だろう。
「それで、話を戻しますが、先生が怒られた、と言うのは少々疑問なのですが」
「家精霊さんにもそうは言われました。けど、目が凄かったんですよ。ギッ! って音が聞こえそうな目だったです。私良くあの時言い返せたなぁ・・・」
何となく解る。先生が不機嫌な時に見せるのあの目か。
僕達は段々慣れた所も有るから、それもあってメイラ様は言葉を返せたんだろう。
おそらく睨まれた恐怖よりも、好きな人を貶された怒りの方が上だったんだ。
「それでですね、パック君が来たら呼ぶように、って言われてるんですけど・・・」
「ああ、機嫌の悪い先生の可能性が有るから、僕に申し訳ないと」
「はい・・・」
胸元で指をいじりながら、申し訳なさそうに伝えて来る姉弟子様。
立場と力を考えれば、そんな態度なんて全く必要が無いのに。
そんな彼女を何時までも先生が怒っている、とは少し考えにくい。
「解りました。大丈夫ですよ。その覚悟で会いますから」
「ごめんなさい、私のせいで」
「どうかお気になさらず。先生が気難しいのは以前からですし」
「それは・・・そうかも知れませんけど」
今までの事を思い出し、思わず二人で苦笑する。
そうして先生に顔を合わせ、予想外に不機嫌そうな顔に一瞬硬直した。
ただメイラ様に大丈夫と言った手前、笑顔を崩し過ぎる訳にも行かない。
何時も通りを心がけて受け答えを返し―――――ただ聞き流せなかった。
「・・・私は、そんなに立派な人間じゃ、ないよ」
気の無い謙遜。そう受け取ることも確かに出来る。普通ならそうかもしれない。
何せ先生は多くの人から尊敬され、感謝され、畏怖されている人間だ。
単純に事実を見るだけでも、先生の謙遜は下手をすれば嫌味に聞こえる。
けれど先生はとても鋭い目で、気に食わなさそうにそう言った。
きっとこれは本音なのだろう。そしてだからこそ、メイラ様と口論になったんだ。
「先生は、僕が出会った中で一番尊敬する師です。それは何が有ろうと変わりません」
だからこそ、こう言いたかったのだろうな。
そうか、メイラ様の行動は一時の感情の爆発なんかじゃない。
普段から常に思っているからこそ、こう言わずにはいられないのか。
自分の発言と行動に悔いはない。悔いはないが、その後が恐ろしかった。
先生は僕の言葉を聞いた瞬間、凄まじい形相を見せてこぶしを握ったから。
そのまま殴り殺されるのでは、などという恐怖が一瞬頭にちらついた程に怖かった。
「・・・ありがとう。二人共」
ただそんな不機嫌な様子で、声音も不機嫌でありながら、発されたのは礼の言葉。
その事に混乱していると、思考が纏まる前に先生は部屋に引っ込んでしまった。
「・・・ものすっごく、怒ってましたね、セレスさん」
「・・・どうしましょうか」
メイラ様を笑っておきながら、自分がこれでは笑えない。
本気で怖かった。先生の威圧は体も思考も動かなくなる。
「で、でもお礼を言ってたし、実は別の事で怒ってるのかもしれませんよ」
「だと良いんですが・・・」
いや、それはそれでよくは無い。
別で怒っているのだとすれば、現地で何かが有ったと思うべきだ。
あの言葉に対して、先生が礼を言う様な何かが。
「先生なら他愛もない相手、と思っていたのですが・・・」
確かに宗教国家というのは何処か怖い所がある。
信ずる神の為ならば、何をしても良いと思う国は在る。
しかもその理屈に矛盾が有っても、それを認めないのが宗教国家だ。
だがあの国は自国を守る為ではあっても、侵略の為に力を振るった事が無い。
教義としてその様な事を許していないと言う事だ。
だから今まで国を守り切った力は素晴らしいが、それ以上の警戒をする理由が無い。
もしあの国が今戦争を起こすのであれば、大幅な方針変更が必要になる。
戦争の為の大義名分と、その大義に教義が噛み合う必要が有る。
それに守るのが上手いからと言って、攻めるのも上手いとは限らない。
だから本当に、日常的な警戒以上の事は、一切していなかった。
そもそも国境も隣接してないし、そこまで警戒する必要が無い。
だがこうなっては、そうも言っていられないか。
「・・・僕は後で領主館に寄って、リュナド殿に少し話を聞いてみますね」
「あ、なら、その後で私にも教えてもらえませんか?」
「ええ、構いませんよ」
今は先生の指示が有るから動けない。大人しく待っているしか出来ない。
だから後にはなるが、詳しく話を聞きに行こう。
とはいえ先生の心配はしていない。そんな失礼な事は一切していない。する必要もない。
だが尊敬する師にあの様な顔をさせた連中に対し、ただ傍観する気は欠片も無い。
「・・・パック君、どうしたんですか?」
「ん、いえ、どうしたのかなと、考えていただけです。答えは出てませんけどね」
いけないいけない。表情に出る所だった。
これ以上彼女に心労をかける訳にはいかない。
「さて、取り敢えずはのんびりとお茶でも飲んで、先生を待ちましょうか」
「そう、ですね。ゆっくり待ちましょうか。家精霊さん、お茶入れよっか」
『『『『『キャー♪』』』』』
「残念だけどお菓子は無しです。まだお昼にもなってないからね?」
『『『『『キャー・・・』』』』』
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