第317話、弟子に諭される錬金術師

「これぐらい、かな」


倉庫から今回使う素材を、竜の血を別の器に分けて蓋を閉める。

今回腕を直す為にこの素材を使う。と言っても、そのまま使う訳じゃないけど。

もし竜の血をそのまま直接流し込む様な事をすれば、薬どころか毒になりかねない。


しかも今回使うのはあの竜の血だ。アレは竜の中でも規格外だ。

私が過去に出会った事のある竜はあそこまで強くなかった。むしろあんな強い魔獣初めて見た。

つまりその強さの分、比例した魔力と生命力が宿っていると思った方が良い。

となれば尚の事、使用量には注意が必要になるだろう。


ただこの血を材料に混ぜる、という使い方は基本的にはしない。

いや、結果として混ざる事にはなるけれど、流し込んで混ぜる作り方では少々不安が残る。

安全を第一に考えた作り方を求めた結果、血を流し込むという作成手順は却下するしかない。

測って同じ量を混ぜれば良いという物でもないので尚の事だ。


「家精霊、お願いね」

『『『『『キャー!』』』』』

「あ、うん、お願い」


使う素材を選別して、作業場へ運ぶようにお願いする。

家精霊は当然嬉しそうに頷き、山精霊達も何故か一緒に運んで行った。

私はその後ろをゆっくり追いかけ、玄関に手をかけた所で背後で精霊の鳴き声が大きく響く。


「・・・誰か来たのかな?」


街道へと続く道から響く精霊の声に後ろを振り向くと、メイラが全力で走って来ていた。

帰って来るにはまだ早い時間のはずだけど、何かあったんだろうか。


「はぁ、はぁ・・・お、お帰りなさい、セレスさん!」


メイラは私の傍まで近付いて来ると、ニコッと笑ってそう言ってくれた。

まさかその為だけに走って来たのかな。それは何だか嬉しい。

思わず笑顔になってしまい、しゃがんで彼女を抱きしめる。


「ただいま、メイラ」

「はい!」


今回は殆ど一日で帰って来たけど、やっぱり家に帰って来るとホッとする。

家精霊やメイラが出迎えてくれる事が、本当に嬉しいんだと自分で解る。

この子や精霊が可愛くて仕方ない。


「もっと遅くなるかと思ってたんですけど、早く帰って来れたんですね」

「ん、途中で早く帰って良い事になったんだ」

「・・・そうなんですか?」

「うん、そうなんだ」


何でメイラは不思議そうに首を傾げて聞き直したんだろう。

途中で予定が変わったのが不思議だったのかな。

ただそこは私も良く解らないから、聞かれても答えようが無いんだけど。

だって元々の予定、知らないし。全然聞いてなかったから。


「えっと、じゃあもう、今回の事は解決したんですか?」

「・・・どう、なんだろう?」

「え?」


メイラの質問に思わず疑問で返してしまい、当然事情を知らないメイラも首を傾げる。

でも実際今回の事は、解決したのかしてないのか良く解らない。


私の目的は達している。法主さんと会い、事情を聞き、敵を見定めた。

この時点でやる事は終わったし、むしろそれ以上何をすれば良いのか解らない。

法主さんは仲良くしてくれるみたいだし、敵は謝る必要のない獣だった。

なら私は普段の生活に戻り、敵が来たら殲滅するだけだ。


本音を言えばこちらから踏み込みたいけど、多分それはやっちゃ駄目なんだろう。

リュナドさんが丸男の腕を治す様にと言ったのなら、私が勝手に殺す訳にはいかない。

そもそも今回やらかしちゃったし、余計に大人しくしてろって言われそう・・・。


「セレスさん・・・何かあったんですか?」


やらかした事を思い出してへこんでいると、メイラが心配そうに覗き込んで来た。

いけないいけない。メイラを心配させてどうするの。

本当に今回はダメダメすぎるなと思いながら、自分自身に溜息を吐いてしまう。


「ごめんね、大丈夫だよ。ちょっと、やらかしちゃったんだ」

「え・・・ま、まさか、何か吹き飛ばしたとか・・・!?」


そんな事やらない、と否定できない。

パックの件で城の一角を吹き飛ばしちゃったし。

そもそもカッとなって何度かやらかしている。

メイラは私の事を良く解っているぁ。これはちょっと嬉しくないけど。


「・・・今回は爆発させてないよ」

「そ、そうなんですか。じゃあ、どうしたんですか?」

「それは・・・」


ホッとした様子のメイラの頭を撫でながら応えようとして、素直に言葉が出てこなかった。

けれどこれを濁しちゃ駄目だ。自分の悪行を濁す師匠はきっと駄目だ。

そう思いメイラに咎められるのも覚悟して口を開く。


「・・・無関係な人を、殺しかけたんだ。何も悪くない人を、私は、躊躇なく殺そうとした」


声が掠れる。改めて言葉にして、とんでもない事をやった事を再認識してしまう。

あの時はリュナドさんの反応に怯えていた。そちらの方が思考を占めていた。

そして今もそうだ。やらかした事実の重さより、メイラの反応が怖い。


けど、それだけの事をしたんだと思う。咎められて当然の事だ。

殺さなかったから良い訳じゃない。運よく殺さずに済んだだけ。

あそこで彼が止めてくれなかったら、確実に彼女を殺していた。

その事を想像すると、涙が出て来る程に震えて来る。



私は、人を、殺しかけた。



「何か、事情が、あったんですよね?」

「――――え?」


途中から、段々自分が恐ろしくて、思考が塞がりかけていた。

けれど耳に優しい声が、もう聞きなれた可愛い弟子の声が通る。

それに驚いていると、メイラはぷくーっと頬を膨らませた。


「セレスさんが何の訳もなく、そんな事をする人じゃないって、それぐらい解ってますよ?」


そしてそう言い切ると、ニッコリと笑って私を見上げていた。

その目に咎めの色は無い。むしろ何時もの愛らしいメイラだ。

私は自分の感情がぐちゃぐちゃで、そんな彼女に上手く返せない。

すると彼女は小さく溜息を吐き、困った様な顔を私に向けた。


「そんな風に言われたからって、まさか私が怖がるとか思ったんですか?」

「・・・そんな風?」

「まるで自分は人を殺す危ない奴だ、って言ってるみたいじゃないですか」

「・・・それは、事実だよ」


実際に殺しかけた。何の躊躇もなく殺しかけた。

それに私は、過去に人殺しをした事がある。

あの時は相手に非があったけれど、やっぱり殺す事に躊躇は無かった。

私はそういう人間だ。人として抑える所が外れている。普通なら加減をする。


「そうですね。セレスさんが言うならきっと事実なんだと思います。じゃあセレスさんが私を救ってくれたのも事実です。パック君を助けたのも事実です。この街を守ったのだって事実です」


けれどそんな私の主張に対し、メイラは強い口調で言い返して来た。


「この街に薬が溢れてるのは、セレスさんが薬を安く卸しているからです。だからこの街に移り住んだ他の薬師も安く売らざるを得ない。それでも利益は有ります。ううん、むしろ増えてる人も居る。手の届く値段になった事で多くの人が買い、街の人達は一定の安全を確保出来てます」


そんな事、誰に聞いたんだろう。少なくとも私は初めて聞いた。

もしかするとパックから聞いたのかもしれない。

でも別に私が意図して値段を下げた訳じゃない。むしろ値段は決めて貰ってる。

ただ事実そうなんだと言われれば、きっとそうなんだろう。


「セレスさんの作った道具で、狩りの危険も、採掘の危険も、採取の危険も下がりました。兵士さんだって無理に前に出なくて良くなりました。それもこれも、全部事実ですよね」


メイラは真っすぐに、私を睨む様な目で語り続ける。

けれど何故だろう。全然怖くない。むしろ不思議と嬉しいぐらいだ。

私が人に咎められる事実が有っても、褒められる事実が有ると言われているからだろうか。

そうか。その事実に私が納得出来るかは別だけど、褒めようとしてくれている事が嬉しいんだ。


「私は普段からセレスさんを見てるんです。セレスさんの良い所を知ってるんです。そんな事実だけで咎めたり離れたりしません。たとえセレスさんが自分で悪い人って言っても信じません」


・・・どうしよう。今自分の感情が良く解らない。

泣きたいような気もするし、抱きしめて笑いたい気もする。

感情がぐちゃぐちゃで、上手く言葉が出てこないし行動にも移せない。


「・・・そっか」

「はい!」


ただそれだけを、たた一言だけをひり出すと、メイラは笑顔で頷いた。

弟子に慰められて泣きそうな師匠って、カッコ悪いなぁ・・・嬉しいのが尚の事。

ちょっと頭を冷やそう。一人で作業準備でもして心を落ち着けよう。


「・・・私は、ちょっと、作業部屋に居るね。パックが来たら、教えて」

「あ、はい・・・解りました」


メイラにこうまで言われたんだ。もう引きずるべきじゃないのかもしれない。

最低限弟子の前では、ちゃんと胸を張っていなきゃいけない気がする。

せめてパックと顔を合わせた時は、同じ事をしないようにしよう。うん。


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「・・・私は、ちょっと、作業部屋に居るね。パックが来たら、教えて」

「あ、はい・・・解りました」


言いたい事を言いきった私に対し、セレスさんは何も言い返さずに家に入って行った。

ただ声音は低く掠れていて、多分機嫌が悪いんだろうなーって気はする。


「・・・お、怒らせちゃったかな?」

『そんな事は無いと思いますよ』

「だ、だと良いなぁ・・・」


隣で見守ってくれていた家精霊さんに抱き着き、息を吐きながら体の力を抜く。

流石にあの状態のセレスさんに対し、正面から言うのは緊張した。

普段の優しい目じゃなくて、有無を言わせない様な鋭い目に喉が詰まりそうになる。


それでも言いたくなった。ちょっとムッとしちゃったんだもん。

だって驚く事はないと思うんだ。事情があったんだろうって思うぐらい出来るもん。

まるで私が怯えたり咎めたり、そんな事をするとでも思ってる様で嫌だった。


「売り言葉に買い言葉って、こういう事を言うんだね。セレスさんとやると思わなかったなぁ・・・うう、やらかしたぁ・・・」


素直に私の信じてる気持ちを認めてくれたら、きっとあそこまで言わなかったと思う。

けどセレスさんは、自分が危ない人間なのが事実だと、そう言って認めなかった。


だからきっと、その後強く言ってしまったのは、ただ私が嫌だっただけだ。

大好きで尊敬している人が、自分で自分を悪く言うのが。

勿論そうするべき時が有るのは、何となく解ってる。けど・・・。


「私相手に、あんな事しなくて良いと思ったんだけどなぁ・・・」

『ええ、そうですね。主様はメイラ様の想いを認めるべきでした。それこそが正しいと』

「・・・ありがとう」


家精霊さんは慰めてくれるけど、きっとこれは本当にただの慰めだ。

私はまだまだ未熟者で、セレスさんがそうやって振舞る理由を理解出来てない。

ただ自分が嫌だってだけの感情で動く辺り、尚の事やらかしただけな気がする。


『そもそも主様の説明が足りないのは本当の事です。偶には叱られるべきです』

「そ、そうかなぁ」

『そうです。ライナ様も偶に主様へ注意されますが、改善されませんし』


そうなんだ・・・注意されてるんだ・・・何だか複雑な気分。

あの二人が親友で仲が良いのは解ってるけど、師匠が注意されてるって、なんか、うん。


『それに、主様はメイラ様が大好きです。メイラ様もそうでしょう?』

「・・・うん。大好き」

『だったら主様は怒ったりしませんよ。大丈夫です。それに少々言い合いが出来るくらいの方が、家族らしくて私は良いと思いますよ。喧嘩が出来る仲というのは得難いものですから』

「うーん・・・喧嘩は怖いなぁ」

『ふふ、言葉の綾ですよ。大丈夫、メイラ様の気持ちは伝わっていると思いますよ』


そうだと良いなぁ・・・でも後でお菓子でも作って謝っておこう。

パック君やアスバちゃんから聞いた事を、まるで私が調べたみたいに言っちゃったし。

うう、何か段々恥ずかしくなって来た。


『主嬉しそうだったよねー?』

『怒ってないよねー』

『メイラ心配しょー』


山精霊さん達はそう言うけど、ほんとかなぁ? 

それにしてもセレスさんがそんな事になる事態って、本当に何が有ったんだろう。

流石に状況がちょっと気になる。精霊さん達は知ってるのかな。


「精霊さんは何があったのか知ってる?」

『嫌な奴居たんだってー』

『多分そうー』

『でも我慢したー』

『リュナドがだめーって』


嫌な奴。でもそれだと『悪くない人』と矛盾する様な?

ただ詳細を聞いてもその場に居なかったからか、皆何となくしか解ってないみたい。

これはリュナドさんが来た日にでも、周りの精霊さんにこっそり聞くしかないかなぁ。


『あ、向こうにメイラみたいな人居たらしいよー』

『僕達の言葉解るんだってー』

「え、なにそれ」


その話凄く気になる。気になるけどこれも殆ど大した事が聞けなかった。

今回何時も以上に話しがふんわりしてる。普段はもうちょっと解るのに。

もしかして、精霊さんが何かされた? 


「・・・何だか、思ってる以上に、ややこしい事になってたのかな」


セレスさん、大丈夫かな。私と同じって、呪いとかが凄く心配なんだけど。

いや、呪いは私に効かない。ならセレスさんに何かあれば、全部私が引き受けるんだ!

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