第314話、したくないけど頑張る錬金術師

涙が止まると、少しだけ周りを見る余裕が出て来た。

私が涙を我慢している間、彼は丸男と何やら交渉をしていたらしい。

ただ腕が治らないのが問題だという事なら、治せるから何も問題は無いだろう。


正直に言ってしまうと、何故治す必要が有るのだろう、とは思ってしまうけど。

だってアレは敵なのだから。そもそもこちらが交渉に乗る余地も無いと思う。


とはいえリュナドさんの言う事に反論する気は無い。

私なんかの考えよりも、彼の方が絶対に正しいのだから。

下手な事を言えばきっとまた迷惑をかけるに違いないし。


そんな事よりも、コレの腕を直せば彼の役に立てるなら、そこに全力を注ぐべきだ。

余計な事は今一切考えるな。これ以上彼に迷惑をかける事はしたくない。

なら取り敢えず腕を拾いに行こうかな。そのまま放置は余り良くない。

現物が有れば治せる自信は有るとはいえ、出来るだけ新鮮な方が治り易いだろうし。


そう思い足を踏み出すと、人の視線が一気に自分に集まった。

ほぼ全員リュナドさんか丸男を見てたから、急な注目に思わず固まる。

え、な、何、何で。私はただ腕を取りに行こうとしただけなんだけど。


『キャー』

『『『『『キャー!』』』』』


狼狽えて動けないでいると、頭の上の子が唐突に鳴き声を上げた。

するとそれに応える様に他の精霊も鳴き、数体がトテトテと腕へと向かって行く。

そして腕を拾い上げると戻って来て、私の前でご機嫌に『キャー♪』と鳴いた。

どうやら私が拾いに行きたいのを察し、持って来てくれたらしい。


「・・・ありがと」

『『『『『キャー♪』』』』』


しゃがんで精霊達に礼を言い、喜ぶ精霊達から腕を受け取る。

やっぱり結構酷い状態だ。打ち所が悪かったんだろうなぁ。

あの時は意識してなかったけど、余程強く投げ捨てていたらしい。


「錬金術師様、その腕はどうなされるのですか?」


するとそこで、法主さんが訊ねて来た。

優しげな声だから単純に疑問なだけだろう。

咎められている訳じゃないと思う。多分。


「・・・取り敢えず、先に、骨を直しておく」


このまま繋げてしまうと、骨が曲がったまま治ると思う。

それはそれでちょっと興味が有るからやってみたくはある。

けどちゃんと治さないと叱られると思うし、それは別の機会にしておこう。


「成程、では腕の管理はお任せしますね」

「・・・ん」


良かった。やっぱりただの疑問だったらしい。

少しだけ不安だったのでほっと息を吐き、魔法石を取り出す。

そして氷の魔法を発動させ、ただし魔力を状態維持に偏らせる。

一旦の保存はこんな感じで良いだろう。魔法だから解除も簡単だし。


骨の繋ぎは家に帰ってからで良いかな。どうせ家に帰らないと薬も出来ないのだから。

ついでにその薬を使いながらの方が骨折も直し易いしね。

取り敢えず腕の事はそう決めた所で、法主さんは丸男の前へと歩いて行った。


「それで、精霊公様からの問いに答えておらぬようですが、どうされました? まさか失血で気を失いそうだから後回しに、等とは仰りませんよね」


あ、それは困る。それじゃリュナドさんが応えを聞けない。

現状腕を縛っているだけだし、あれじゃ確かに失血で倒れる可能性も有る。

せめて傷口を焼くとかすれば別だけど、やるつもりは無いのだろうか。

すると丸男は恐る恐るといった様子で口を開いた。


「お、恐れながら、竜人公様。ご質問を許して頂けるでしょうか」

「何だ。言ってみると良い」

「ほ、本当に治るのでしょうか。あの様になった腕が」

「さてな。私には解らんよ。だが彼女が治るというのであれば治るのだろう」


・・・結構元気そうに見えるけど、増血剤と止血剤を渡してしまおう。

流石に増血はすぐには利かないだろうけど、止血剤を使うだけでも大分違うはず。

そう思い薬を手に持ち、はしたもののどうしよう。さっきから視線が痛い。


何で私さっきから注目されているんだろう。

この状態でリュナドさんから離れるの嫌だなぁ。

いや、駄目だ。さっき決めたばっかりじゃない。

リュナドさんの役に立つんだ。ならここで踏み出せなくてどうする。


「ひっ」


ただ私が一歩踏み出すと、何故か丸男は一歩下がった。

周りに居る人も同じ様に下がり、もう一歩踏み出すとまた下がられた。

・・・何のつもりだろう。本当は処置なんてしたくないのに、頑張って前に出てるのに。


「セレス、何をする気か知らないが、ナイフぐらいは収めないか?」

「・・・ん」


そうか。これ握ってるから、また攻撃されると思ったんだ。

無意識に警戒してたのかもしれない。ナイフをしまうっていう思考が無かった。

リュナドさんに言われた通りナイフを仕舞い、代わりに薬を取り出す。


「錬金術師様、それは一体?」


するとまた、法主さんが訊ねて来た。

何だかちょっと楽しそうな声に聞こえる。


「・・・止血剤と、増血剤」

「成程。そういう事ですので、逃げない方が良いのでは? どうやらあの錬金術師様直々に止血をして下さるそうですから。羨ましいです。彼女のお薬を直に体験出来るなんて」


あの、と言うのがどういうことかは解らないけど、そう言ってくれるのはありがたい。

もし次逃げるなら押さえつけようかな、と思っていたし。

それにしても法主さん、私の薬が欲しいのかな。なら後で何かあげよう。

と言っても何が良いか解らないし、後で本人に聞いた方が良いかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何故こうなった。何を間違えた。何故こんなにも追い詰められている。

精霊公の性質を読み間違えたからか。所詮成り上がりと舐めたからか。


いや、違う、あの女だ。全てはあの女のせいだ。あの錬金術師のせいだ。

奴が居さえしなければ、このような事態にはなっていなかったはずだ。

精霊公があの女にあそこまで入れ込んでいなければ、ここまで予想外に追い詰められていない。


何をするか解らない危険な女。その話は確かに聞いていた。

だがこの様な場で、あのような暴挙に出ると誰が思う。

トップ同士が会談をしている場だぞ。どんな馬鹿があんな事をやるというのか。


更にはそのせいで口にした言葉に、精霊公が脅しをかけて来た。

これでは奴を処刑するなどとは絶対に言えない。言える訳が無い。

もしそんな事を口にしてしまえば、戦線の発端を自分にされてしまう。


この男を竜人公と崇めるふりをしていた以上、余計にそんな事は出来ない。

たとえこの場で命を失わずに済んだとしても、狂信者連中が何をし出すか。

私を殺して怒りを鎮める、等と言い出す連中が出てこないとも限らない。

たとえこの男の言葉がハッタリでも、その確認の為に命を懸けるのは割に合わない。


「・・・っ!」


だからと言って、素直に泣き寝入りするのも腹立たしい。

そう思っての言葉すら、簡単に覆されてしまった。

治せぬはずの腕を直せると、ならば残るのは私が神へ不敬をした可能性。

もしここで腕を直す事を拒否すれば、それもまた竜人公への信心を疑われる。


狂信者共の動きは法主が困ると理解し、その上で私にとっても都合が良かった。

だからこそ竜人公を崇める立場に居たというのに、それが完全に仇になっている。


狂信者共に打算の理屈は通じない。

少なくとも信仰の場において、信心を通さなかった者に何をするか解らない。

これが一般の民であれば奴らも何もしないだろう。だが私は違う。

言葉だけの信仰をするような者が上に立つ事を、狂信者が納得するとは思えない。


曲がりなりにも信仰は通して来た。少なくとも表面上は。

だからこそ私は無事にここに居られる訳で、となれば断る事も出来ない。

私に待つのはただ、項垂れて完全な負けを認めるだけ・・・いや、まだだ。


「お、恐れながら、竜人公様。ご質問を許して頂けるでしょうか」

「何だ。言ってみると良い」

「ほ、本当に治るのでしょうか。あの様になった腕が」

「さてな。私には解らんよ。だが彼女が治るというのであれば治るのだろう」


つまりは治せるという保証は何処にも無い。そう言っているに等しい。

おそらく錬金術師は本当に自信が有るのだろうが、証拠がない以上人は信じ難い。

竜人公が「解らない」と言ってしまうのであれば尚の事だ。

ならばそこを付け込ませて貰う。そんな都合の良い物が本当に有るのかと。


それでなくとも私の腕を切り落としたのは事実なのだ。

咎めは無ければおかしいだろう。そう言わざるを得ない空気を作るしかない。

まさか竜人公ともあろう方が、治せる確証も無いのに加害者の肩を持つのかと。


それでも突っぱねられるならそれで良い。むしろそれならば好都合だ。

竜人公は錬金術師に何かされている。あの方があのような事を言うはずがない。

狂信者共にそう言える理由になるし、奴らを動かすに丁度良い。


腕が治らないのは痛い。痛いが、その後でどうにかなる。

どうせ錬金術師を捕らえさえすれば、その薬は後でも作れるのだから。

錬金術師が消えた後であれば、神の御業とでも言って治してしまえば――――。


「ひっ」


諦める思考を排し、抗う思考を纏めて言葉にしようとした瞬間、錬金術師が動いた。

腕を切り落とされた恐怖に思わず一歩下がり、奴が歩を進めるたびにじりじりと下がる。

心を占めるのは恐怖。一瞬で思考がとび、ただ恐怖だけが体を動かしている。

ナイフを手に握り近付いて来る不気味な仮面の女に、心底恐怖を覚えてしまっていた。


まるで『今、余計な事を考えただろう。また斬られたいのか』と言われた気がして。


だがすぐに精霊公が錬金術師を止め、止血剤を取り出し処置するつもりだと口にした。

信じられる訳が無い。どう考えても今の行動は脅しとしか思えない。

けれど法主が余計な事を言ったせいで、何の問題も無い行動になってしまった。


「・・・塗るから、動くな」

「―――――」


そして錬金術師は私の眼前に立つと、有無を言わせぬ威圧の籠った声でそう命令した。

動けば命はない。そうでなくとも負傷が増えるぞ。そう言われている気がする。

息が上手く出来ない。恐怖で思考が回らない。頭に死がちらついて動けない。

何なんだこいつは。何なんだこの女は。何なんだこの化け物は!


「なんとっ・・・!」

「あの出血が・・・」

「これは凄まじい・・・」


私が恐怖で固まっている間に処置が終わり、錬金術師が去って行く。

その頃には腕の出血は止まり、その事実に処置をされた自分が一番驚いていた。

先程まで感じていたはずの痛みも和らぎ、現実に起こった事なのに信じられない。


「・・・はい法主さん、腕が治るまで一日一回、塗って。痛み止めも入ってるから」

「え・・・はい。解りました」


あまつさえその後に必要な薬を「私」にではなく「法主」に手渡した。

法主も奴の意図に気が付いたのだろう。満足そうな声音で頷いている。


つまり錬金術師は法主につくという意思表示だ。

そして腕を直したければ、奴に下れという脅しだ。

あの一瞬恐怖に負けたせいで、何もかもが手遅れになった。


この様な薬の凄さを示してしまえば、腕が治る可能性を否定し難い。

それに何よりも、あの化け物に相対する事が、怖くて堪らない。

あの冷たい目。仮面越しに見えた、ゴミを見る様な目。


私を『処理』する事に一切の戸惑いの無い目だった。

絶対に、絶対にこの場で下手な事は言えない。

精霊公の脅しよりも、奴の目の方が恐ろしくて堪らない。


仕方ない。命には代えられない。どれだけ不服でも今は折れるしかない。

でなければ奴は絶対に、今度こそ、私の息の根を止めに来る・・・!

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