第313話、後悔に震える錬金術師

悔しくて情けなくて、そんな私を見られたくなくて、フードを握って深く被る。

そして握ったまま俯いていると、瞳に涙が溜まって行くのが解った。

結構頑張って堪えたけど、もう泣くのを堪えられそうにない。


『キャー・・・』


頭の上で精霊が心配そうに鳴くのが、フードの中にやけに響く。

けど今の私に答える余裕はない。既に涙を流してしまっている私には応えられない。

この場で泣き喚くのだけは我慢しようと、声を殺すだけで精いっぱいだから。


きっと彼は心配してくれる。優しい彼の事だから間違いない。

だからこそ泣きたくない。これ以上私の事で迷惑をかけたくない。

私を叱らない彼の前で泣き叫ぶなんて、そんな余計な迷惑絶対にかけたくない。


周りの言葉は殆ど聞こえてないけど、それでも彼が話しているのは解っている。

私が思い切り泣けば、きっとそれが中断される。

ただでさえ迷惑をかけているのに、こんなくだらない事で邪魔したくない。


最初から全部、彼に任せるべきだったのかもしれない。

私が頑張ろうなんて、烏滸がましい事を自ら考えたせいかもしれない。


きっと調子に乗ってたんだ。最近は私の周りが優し過ぎたから。

友達はみんな私を認めてくれて、街の人達も大半が優しくて。

だから勘違いしたんだ。自分でも頑張れば出来るんじゃ、なんて。


「・・・っ!」


結果はどうだろう。見事なまでに悲惨な結果じゃないか。

私は自力で街に入る事も出来ず、法主さんとの話し合いも上手く出来ない。

挙句の果てに人殺しだ。未遂で終わったけれど、あれじゃ私も獣と変わらない。

結局彼が居なければ何も出来なかった。何も出来なかったんだ。


そう、それが私だったはずだ。自分の考えで動いた結果、こうなるのが私だ。

自覚していたはずなのに、何を甘えた考えをしていたんだろう。

大事な友達に迷惑をかけてまで、私は一体何をしているんだろうか。


「・・・馬鹿だね」


掠れた声が、思わず口から洩れた。

他の誰でもない、自分に対する侮蔑が。

本当に私は馬鹿だ。大馬鹿だ。


迷惑をかけた事は辛い。人を殺しかけた事は怖い。何も出来ない自分が情けない。

だけど何よりも、何よりも恐れているのは、これで彼が私を見放す事。

一番の優先が友達に嫌われない事。人殺しをしかけた事よりそれを恐れている。


敵を殺しかけた訳でも、事故でもなく、何も悪くない人を故意に殺しかけたのに。

自分が気持ち悪い。自分で自分が嫌になる。吐き気がして来る程に。

それでも見放して欲しくなくて、辛くて自分の為に泣いている。


下らない。何よりも自分が下らない。何で私はこうなんだろう。

本当に何処までも私は私だ。碌な物じゃない。


「セレス」

「っ!」


リュナドさんが真横に立ち、私に声をかけて来た。

思わずビクッと背筋を伸ばし、俯いたまま彼のつま先を見る。怖くて顔は見れない。

途中から完全に話も聞いてなかったから、呼ばれた理由も解らない。


「奴の腕、治せるのか?」


腕? 腕って、まさかさっき切り落とした腕の事だろうか。

何でそんな事を聞くんだろう。敵の怪我なんて直す必要が無いのに。

いや、リュナドさんの事だ。きっと私と違ってちゃんとした考えが有るんだろう。


投げ捨てた腕を見ると、私が思い切り投げ捨てたから酷い事になっている。

指と手首はあらぬ方向を向いているし、肘も逆を向いている様だ。


アレを繋げて骨折も直して、というのは絶対に出来ない訳じゃない。

そういう技術も私は知っているし、繋げさえすれば人間不思議と直る時がある。

とはいえ完全に治る確率は余り高くはない。それに壊死する可能性もある。


魔法で繋げるというのも手だろうけど、繋がるだけで役に立つかどうか。

壊死はしなくなる可能性が高いだろうけど、ただ繋がっただけの物になりかねない。


治療系の魔法はそこまで優秀じゃない。アレは単純に『直す』魔法じゃないし。

回復力自体はかけられた本人任せだ。勿論回復力が上がれば勢い良く治る。

だからまるで魔法で直している様に見えるけど、実際治しているのは引き上げられた体の力だ。

治らない怪我はどう頑張っても直らない。個体の回復力を超えた損傷は治療不可能だ。


なのに魔力の消費も多く制御も難しい。普通に使うのが難しい非効率な系統の魔法だ。

しかも下手に強力なのをかけ過ぎると、かけられた側が消耗し過ぎて倒れるなんて事も起きる。

だからこそ私は治癒系の魔法石を使わず、常に薬を携帯しているのだし。

お母さんは気にせず使うけど。生きてれば良いだろって言って。


それらを総合して考えると、あの腕を治すには少々難しい。

落ちた腕が綺麗で、かつ即座に繋げるなら行けそうだけど、ちょっと手遅れだ。

魔法でも、物理的にでも、治すには腕の状態が酷い。やったのは私だけど。


「・・・ん」


ただそれでも、治す方法はある。幸いな事に家の倉庫に材料が眠っている。

腕が無いなら流石に厳しいけれど、ボロボロでも現物が有るならほぼ治せる。

稀に治らない事も有るから絶対とは言えないけど、治る確率は高いはずだ。

少なくとも、私は同じ手段で直した所を見た事がある。


そう思い彼に頷いて返す。泣き声を堪えながらだったから、頷いて返すしか出来なかった。

本当は今の説明もするべきなんだろうけど、絶対言葉にならないのが目に見えている。

それも含めて自分が情けなく感じ――――――。


「流石だなぁ。全く、恐れ入るよ」


――――――ああ、もう、本当に私は馬鹿だ。

あれだけ自分の馬鹿さ加減で落ち込んでいたのに。

悔しくて辛くて情けなくて泣いていたのに。


彼が小声で告げてくれた言葉と、その優し気な声音に喜んでしまった。

私を見放してないと、そう思える声音に安堵してしまった。

たった少し褒められただけで、嬉しくて幸せな気分になってしまった。


ライナとは違う。彼はライナの様に、私の為に叱るなんて事はほぼしない。

兎に角優し過ぎる。私を受け入れてくれ過ぎる。今回の事も、きっと怒ってない。

そんな彼の事を再確認してしまい、涙はいつの間にか止まっていた。


・・・現金だなぁ、私。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


流石、と言うべきなのでしょうね。あの状況から奴を追い込んだのは。

本来なら錬金術師の暴挙に対し、精霊公は多少の譲歩が必要だったはずなのに。

だからこそ、私は少々狼狽えていたのだし。どう上手く収めた物かと。


何せ彼は私と事を構える気が無い。ならば不要な争いは避けたい。

けれど彼はあえて争いを見せる言葉を発し、その対象を明確にした。

こうなれば流石に奴も下手な事は言えないはず。


精霊公を咎めればまずこの場で首を撥ねられる。間違いなくそれは理解しているはず。

たとえ彼の言葉がハッタリだとしても、その確認に自分の命をかけはしないだろう。


そして竜人公と崇めるならば、尚の事何も言えないだろう。

何せ敬うべき神に不敬にも手を伸ばしたのだから。

本当に奴が信奉者だというのであれば、腕を切り落とされても文句は言えない。


何よりも錬金術師を咎める為にひと騒ぎしたのだろうに、それを逆手に取られた。

人が集まってきた今、この場だけの発言では済まない。

自分の身分に合った、公的な発言と取られるだろう。後々覆すのは難しい。


「・・・嘘みたいね」


まるで劇の一幕でも見ているかのようだ。嘘のような綺麗な流れだ。

最初から台本が有ったかの様に、誰も彼もが飲み込まれている。

それはいったいどちらにだろう。彼女だろうか。彼だろうか。


私の眼には、本命は精霊公に見えた。

だってそうだろう。錬金術師は彼の言葉で止まった。

彼が居なければ大惨事だ。間違いなく私の仲間は死んでいた。


けれど見方を変えればどうだろう。錬金術師は余りにも綺麗に止まった。

それはつまり、止めてくれるのを待っていた、とも言えるんじゃないだろうか。

錬金術師が暴走し、それを抑えているのが精霊公。そう見せているのだとすれば。


「・・・錬金術師は、どうでしたか?」

「恐ろしい。の一言でしょうか。接近戦なら負けない自信が有ります。ですが勝てる気がしません。本気の錬金術師様は何をして来るか解らない。そう思わせる怖さがあります。先程も、精霊公様の呼びかけがもう少し遅ければ、本当に殺されていたと感じております」


錬金術師の前に立った感想を小声で問うと、そんな言葉が帰って来た。

彼女がそう感じたという事は、明確に殺す気で相対していたのだろうか。

それともその殺意すら演技であり、本当は全てを彼女が操っているのだろうか。


何も解らない。何処までが本気でかけひきなのか判別がつかない。

これがこの二人の本気。昨日の会談は手加減をされていた事を痛感する。


「お、恐れながら竜人公様。私は貴方様の事を精霊公と呼ぶ気はございませぬ。崇め奉るお方と存じ、であればこそ不敬な真似など自身が許せませぬ」


最初はマヒしていたのだろうけど、段々痛みを自覚しているだろうに良く口が回る。

まあ腐っても法主の選別に出た身だ。痛みには慣れているだろう。

腕を切り落とされる方が優しい激痛を味わった事も有るだろうし。


「ですが、私はけして貴方様に触れよう、等とはしておりません。その様な不敬を働くなどもってのほか。私は心から竜人公様の降臨を待ち望んでいたのですから」


ただで泣き寝入りする気は無い。そう言っているように聞こえる。

少なくとも斬られた事を黙って受け入れる気が無い様にしか聞こえない。


「ですがその女はまるで私が触れ様としたと決めつけ、いきなり斬り付けて来たのです。どうか竜人公様、ご判断を間違われぬ様、お願い致します」


脂汗を流しながら片手で礼をとるその姿に、奴の取り巻きが感嘆の声を漏らす。

まるで信者の鏡とでも言わんかの様な、そんな空気に思わず気分がしらけて来る。

さんざん騒ぎ立てていたのに、今更そんな態度をとられても。


そもそも言ってる事は結局変わっていない。

悪いのは錬金術師だからそれ相応の事をしろ、って言ってるだけなのに。

それでも彼の取り巻きは私を見てから、彼こそが法主に相応しいのにと陰口を叩く。


「相応しいなら今頃この法衣を着てますよ」

「法主様」


小声でぼそっと言うと、同じく小声で僧兵に叱られてしまった。


「まるで私に彼女を処刑しろと、そう言っている様だな」

「まさかその様な事。私どもはただ、竜人公様が竜人公様である事を望んでいるだけです」

「それが貴様達のやり方か。明確に言葉にする事から逃げ、責任からも逃げるのが貴様らか」

「明確な言葉に、と言うのであればしております。私は竜人公様を信仰する一人。貴方様の決定を私の決定と、そう従うつもりにございます」


のらりくらりと良く逃げる。結局の所、自分は絶対に許さない、と言っている訳だけど。

おそらく方向転換をして来たのだろう。錬金術師を人質に、精霊公に言う事を聞かせようと。

精霊公が本気で錬金術師を庇う様子を見て、彼女さえ手元に居れば何とかなると。


だからこの場では従う言葉の様な物を口にし、下手な言質を取られないようにしている。

その彼女に戦いを挑む事が無謀、という事には気が付いていない様だけど。


「ただもう治らぬであろうこの腕を、あの落ちた腕を見て、ご判断頂きとうございます」


そう来たか。成程わかりやすい被害だ。対して錬金術師は何の被害も無い。

現場を見ていない者達だらけでは、奴の言葉を真実と考える者も多いだろう。


実際周囲からおいたわしい、等という声が聞こえる。

それと同時に、竜人公様であれば判断は間違えないはず、等という言葉も。

少々空気がおかしい。流れが悪くなってきている。ここからどう――――。


「・・・馬鹿だね」

「――――っ」


一瞬静かなタイミングが出来、錬金術師の小声が誰の耳にも届いた。

まるで図った様な、それでいて真意の解らぬ言葉が。

思わず驚きで息を呑み、彼女を見つめてしまう。


そしてそれは奴も同じ様で、困惑と驚きの入り混じった顔で彼女を見つめている。

けれどただ一人、たった一人だけ、驚いていない者が居る。

精霊公が、彼が彼女に近づき、はっきりとした声で聴いた。


「奴の腕、直せるのか?」

「・・・ん」


ぞくりと、背中に寒気が走った。盤上をひっくり返したつもりの奴も同じ気分だろう。

治せぬ腕。そう治せぬ腕だ。あそこまで酷い状態の腕を繋げて簡単に直るとは思えない。

治癒が得意な魔法使いに頼んだとしても、どこまで元通りに治るか解らないだろう。


けど彼女は治せる。治せるから切り捨てた。投げ捨てた。

絶対に治せないと思う状態にして、奴の失言を誘った。

本来なら失言にもならないその言葉を拾う為に。


いや、誘導されたのだ。その手の言葉を発する様にと。

こうすれば奴はそう口にすると、彼女は、彼は、読んでいたのだ。


「だ、そうだ。もう治らぬ腕、という事が問題だったのだろう。喜べ、治せるぞ。彼女ならな。さて、どうする?」


これで彼女に下手な事をすれば、奴の腕は本当に二度と治らない可能性が高い。

たとえ人質に上手く取れたとしても、目的の為には拷問の類は出来ないのだから。

処刑などすれば当然絶対に叶わない夢となり果てる。


けれど大人しく折れさえすれば治るかも知れない。何せ彼女は自信満々に頷いている。

奴が治らないと言ったのに対し、馬鹿だねと嘲る言葉を発する程に。


治らぬからこそ、取り返しがつかぬからこその処分を望んだ。

けれど取り返しがつく事だぞと言われれば、返す言葉は無いだろう。

処分を望む理由は告げた。ならば治せば処分の必要は薄れる。


そしてそんな事が本当に可能なら、精霊公が何処までも本気で彼女を庇う事が解る。

彼女は貴重だ。本当に何処までも貴重な人材だ。手放してはいけない人物だ。

それが解らぬ愚者などと手を組む気は無いと、はっきり言われている様なものだ。


一番恐ろしいのは、ここまでの発言は全て読めていたぞ、と言われている事だろう。

奴は全部予定通りの言葉など発していない。その場の勢いの言葉は上手く使われている。

だからと言って頭を回して策を変えても、結局足を掬われた。

彼女には、彼には通じない。何を喋ってもその先に居ると思わせられている。


この二人はいったいどこまで読んでいるのか。一体何が見えているのか。

心から恐ろしく、そして手を組めて良かったと心底思う。


「・・・絶対に、この二人を敵に回したくないですね」


そう考えると、やはり私は大分手心を加えられていた。

ああ、恥ずかしい。同列のつもりでいたのが本当に恥ずかしい。

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