第312話、友人に諭され手を降ろす錬金術師

敵がリュナドさんに触れようとした瞬間、意識する前に体が動いていた。

彼に触れる寸前でその腕をナイフで切り落とし、蹴り飛ばして壁に叩きつける。


「―――――か、がはっ⁉」


叩きつけられた男は衝撃で呻いているけど、打撃による損傷はほぼ無いはず。

攻撃の為ではなく、彼から離す為の蹴りな以上威力は然程無い。

暫くすれば打撃の衝撃からは回復するだろう。


事前に敵だと解っていたからか、怒りの割に冷静に行動出来たと思う。

以前の様な、無関係な人に被害が出る攻撃は抑えられた。


「彼に触るな・・・!」


それでも奴のやろうとした事が気に食わなくて、唸る様に口にする。

コイツは誰の言葉も聞かなかった。

自分で竜人公と言ったのに、リュナドさんの言葉さえ聞かなかった。


ならコイツはリュナドさんを殺す可能性の有る、疑いようのない敵だ。明確な敵だ。

そんな奴が、何をするか解らない獣が彼に触れようなんて、許せる訳が無い。

世の中には色んな道具が有る。ならただ手を触れただけ、なんて楽観視は出来ないのだから。


「セ、セレス様、それ、は」


法主さんの震える声が耳に入るも、返答はせずに奴の腕を投げ捨て全力で踏み込む。

まだ奴は蹲ってむせている。胸を狙って蹴ったのが功を奏した。

このまま首を撥ねて止めを刺す。確実に息の根を止める。


「――――っ」


けれど男の首に刃が届く寸前で、一振りの短剣が私のナイフを阻んだ。

甲高い音を聞いた瞬間背筋に寒い物が走り、即座にその場から飛びのく。


「・・・何で」


思わずそんな言葉が口から洩れた。

だって私の短剣を止めたのは、法主さんのお付きの女性だったから。

何で彼女が止めたのだろう。守る理由なんて無いはずだ。そいつは敵なのに。


「錬金術師様、どうかお待ち下さい」


そう言いながら彼女は短剣二振りを手に持って構えた。

向こうから攻撃してくる気配は感じない。完全に待ちの姿勢だ。

けれど踏み込める気がしない。どう攻撃しても彼女を倒せる気がしない。

むしろナイフをいなされた次の瞬間、私の首に短剣が迫る情景しか頭に浮かばない。


「・・・邪魔」

「っ、結界!?」


なら近付かなければ良い。待ちの姿勢を崩さないなら、そのまま待っていれば良い。

封印石で彼女を結界内に閉じ込め、魔法石を取り出―――――。


「セレス、待て!」

「っ!?」


そのまま、固まってしまった。だって、今の、リュナドさんの声だったし。

しかも声が、ちょっと、怒ってる様な、感じだった。

あ、怖い。後ろを向くのが怖い。え、待って、何で怒ってるの?


「セレス、気に食わないのは解る。けど、彼女は違うだろう。やり過ぎだ。そうじゃないか?」


けれど焦る私に告げられたのは、静かで落ち着いた彼の言葉。

そして彼にそう言われ、血の気が引いて来るのが、自分でも解った。

ここまで多少冷静なつもりだったけど、まだ頭に血が上っていたらしい。


あの優しい法主さんのお付きの人に、完全に殺すつもりで攻撃しようとしていた。

冷静になれば解る。彼女は敵じゃないと解るはずなのに。

彼女は私の攻撃を止めただけで、攻撃に移る様子は無かった。


そもそも私の敵なら、最初の一撃を止めた時こそが最大の好機だったのだから。

彼女の技量ならその一瞬で私の急所を狙えたはずだ。

勿論私だって防御はするけど、それでも狙うならあの一瞬だったはず。


どうしよう。やってしまった。またやってしまった。

今回こそはと意気込んできたはずなのに、やらかしてばっかりだ。

法主さんの問いに上手く答えられず、怒らせた理由も解らず、お付きの人を殺しかけた。

何にも自分で出来てない。何にも上手くやれてない。私は、失敗しか、していない。


悔しくて悲しくて情けなくて、ナイフを握る手に力が入る。

どうしよう、泣きそうだ。けどまだ泣く訳には行かない。

リュナドさんの問いに私は応えてない。せめてそれだけでも答えないと。


「・・・やり、すぎた。ごめん、なさい」


彼に、そして法主さんとお付きの女性に向けて、そう告げる。

泣きそうなのを我慢しているから、物凄く掠れた声なのは許して欲しい。

封印石の結界は既に解いて、彼女のホッとした様子が見てとれた。


「すまない、法主殿。私の身内が迷惑をかけた」

「あ、い、いえ、それを言うならば、こちらこそ、なのですが・・・」


背後でリュナドさんの謝る声と、法主さんの戸惑う声が聞こえる。

その会話が余計に辛い。全部私が悪いのに、彼に謝らせてしまっている。

彼が謝る事なんて無いのに。彼は何時も全部上手くやってくれてるのに。


何が今度こそ彼の役に立つだ。迷惑かけてばっかりじゃないか。

少しは出来る気になっていたのに、やっぱり私は何も変わらないのかな。


「げほっ、げほっ・・・な、何をしている、その不届きものをひっ捕らえよ! この私に手を上げたのだぞ! この様な真似をして無事に帰・・・あれ、う、腕・・・私の腕が、ない?」


私が落ち込んでいると、丸男が衝撃から回復したのか叫び始めた。

ただ腕を切り落とされていた事に気が付いていなかったらしい。

今頃になって自分の無い方の腕を見て、目を見開いて驚いている。


でも、どうでも良い。そんな事どうでも。

またリュナドさんに迷惑をかけた。それ以外、今の私には、どうでも良かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


近づいて来た男が一瞬の間に蹴り飛ばされ、しかもセレスは追撃に行ってしまった。

面食らっていたせいで反応が遅れ、止める事は出来そうにない。

これは面倒な事になる。そう半ばあきらめていた所、彼女の攻撃は止められた。

セレスが護衛ではないのかと疑問視した女性が、二振りの短剣を持ってセレスの前に立つ。


この時点で俺もセレスの言葉が理解出来た。

アレはちょっと、素の状態じゃ勝てる気がしない。

短剣相手だってのに、槍で突いても斬られる気がする。

セレスとの訓練を重ねたおかげか、彼女の強さが何となく解る。


けどそのおかげで最悪の事態は防げそうだとホッとしていると、とんでもない光景が目に入る。

セレスの奴、彼女を結界で閉じ込めやがった。しかも追加で魔法石を取り出そうとしてる!


「セレス、待て!」

「っ!?」


幾ら何でもそれは本気で不味い。そう思い焦って呼び止めると、彼女はビタッと止まった。

まさか本当に止まるとは思わなかったので、実はちょっと驚いている。

ただそのまま動かない彼女にどうしたものかと、脂汗を流しながら頭を回す。


「セレス、気に食わないのは解る。けど、彼女は違うだろう。やり過ぎだ。そうじゃないか?」


結論は、出来るだけ刺激しない様に正論を吐く事、だった。

だってそれ以外にどうしろってんだよ。力づくとか絶対無理なんだぞ。


彼女は俺の言葉に納得したのか、ゆっくりと腕を降ろした。

そして結界を解くとその状態のまま動かなく・・・いやこれ内心はイラついてるな。

だってほら、握ってるナイフがミシミシいってるもん。めっちゃ力入ってる。


「・・・やり、すぎた。ごめん、なさい」


それでも自分に非が有る事は認めてくれたのか、セレスは意外と素直に謝った。

勿論声は低く掠れた気に食わなそうな物だったが、一応認めたって事で良いんだろう。


セレスの真意は解らないが、彼女の判断としては、この場で仕留めておきたかったんだろうな。

俺には後々の面倒しか頭に浮かばないが、彼女の最善はきっと俺とは違うんだろう。

その案を教えてくれつっても、きっと教えてくれないんだとは思うが。

だって今の、事前に何の説明も予告も無く、いきなりやられたもん。びっくりするわ。


「すまない、法主殿。私の身内が迷惑をかけた」

「あ、い、いえ、それを言うならば、こちらこそ、なのですが・・・」


取り敢えず法主に謝罪をすると、彼女は少しオロオロとしていた。

そこには最初に顔を合わせた時の様な、ともすれば呑み込まれそうな雰囲気は無い。

もしかすると、あれの方が彼女の素なのかもしれないな。


そうして何とか法主の身内に手をかけるという、一番まずい事態は防げて皆がホッと息を吐く。

という所でさっきの男が騒ぎ出した。しかも腕を斬られていた事には気が付かなかったらしい。

まあ一瞬だったもんな。俺でも何が起こったのか解っただけだったし。

見たところ鍛えてる様子も無いし、セレスの動きは目で追えないだろう。


その騒ぎ声で近くに居た者達が駆け付け、男に近づき処置を始める。

と言ってもあの怪我の処置には、最早止血するしかやれる事は無いが。

何となく投げ捨てられた腕を見ると、割と悲惨な事になっていた。

多分硬い床に勢いよく投げ捨てられたからだろう。


「あああああ! 腕が、腕がぁ!! なんで、何で、私の腕がぁ!? 許さん、貴様絶対に許さんぞぉ! 処刑だ! 即刻処刑だ! 法主よ! こやつを絶対に逃がすなぁ!!」


なりふり構ってないというか、怒りで本性表し過ぎだろう。

敬うべき相手の法主様に命令口調って、お前は自分の立場を何だと思ってんだ。

そりゃあその態度なら俺の事が欲しいよな。法主にもっと言う事を聞かせられる力が。


ともすれば自分が法主になれる力が、ここに有るんだからな。

けどな、それは聞き捨てならない。誰が逃げてやるかよ。


「・・・誰を処刑だと?」

『『『『『キャー・・・!』』』』』


俺の怒りの籠った、低い声が食堂に通る。

精霊達も俺の怒りが感染した様に、珍しく唸る様な声を上げた。

法主は俺がそんな声を出した事に驚いたのか、変な態勢で固まっている。


「貴様は私を何と言った。確かに聞いたぞ、竜人公と。ならば敬うべき相手であり、だが貴様は不敬にも私に許可なく触れようとした。腕の一本、その罪科だと思うべきではないのか」


実際これはそこまで無茶な事を言ってるつもりは無い。

所詮コイツにとって「竜人公」が建前でも、きちんと建前を最後まで通すべきだ。

けれどこいつはそれを怠った。俺を成り上がり者の貴族モドキと侮って。


「だが、私を竜人公としてではなく、精霊公として見ているのならば話は別だろうな」


俺を精霊公として見ているのなら、成程さっきのは確かにやり過ぎだろう。

奴もそれなりの地位らしいし、俺に触れた程度で腕を切り落とすのは確かに酷い。

立場ある者同士であるからこそ、あっちゃいけない暴挙とも言える。


「その場合は彼女に罪が有ると言えるだろう。そして私は精霊公という立場であっても、竜人公という立場のつもりは無い。貴様が触れた事に不敬などという気は無い」


俺がそう言うと、男は何を思ったのかニヤリと笑った。

何を考えているのかなんて想像したくも無い。どうせ見当違いの思考だ。

俺がセレスを差し出すか、差し出さない代わりに要求を呑むか、その辺りだろうよ。


この場を丸く収める為に、変に事を構えない為に、妥協案を提示すると思っている。

腕が落とされたってのにしたたかな事だ。今までそうやって上手くやって来たんだろうな。




――――けど、肝心な事を忘れんな。喧嘩を売って来たのはお前らが先なんだよ。




「だがそこに居るセレスの事は守ると、私が確かに約束した者だ。彼女を処刑するという事は、私と争う事だと思え。そうなれば先ずは貴様から斬らせて貰う。さあ、返答を聞こうか!」

『『『『『キャー!』』』』』


槍を手に持ち叫ぶと、精霊も声を高らか叫んで槍を掲げる。

まさかの返答だと思っていたのか、奴は驚愕で目を見開いた。


コイツの立場上、俺を引き入れたきゃ『竜人公』と崇めるしかない。

『精霊公』だと口にした時点で、こいつの目的は叶わなくなるのだから。

俺をこの国に置いておく為の、その上でコイツが俺に関われる理由が必要なんだからな。


更にここで『精霊公』と言ってしまえば、俺との、ひいては竜と精霊との戦闘になる。

だがコイツは自分が死ぬ覚悟なんかない。誰が被害にあおうが他人事だ。

故に危機感が薄い。たった今自分の腕を切り落とされたってのにな。

打算でセレスを咎めたのが良い証拠だ。アイツの危険性を理解していない。


だから引きずりおろしてやった。今お前の首に刃が添えられているんだと。

覚悟なく下手な事を口にすれば、被害にあうのは先ずお前だと。

そうなればどれだけセレスが気に食わなくとも、俺を『精霊公』とは呼べない訳だ。


奴は俺の意図に気が付いたのか、わなわなと震え、口はパクパクするだけで何も言わない。

腕を落とされた仕返し、なんて考えている場合じゃないと、やっと気が付いた顔だ。

そうだ。俺はお前に決めさせるんだよ。お前に自分の命の選択をさせてるんだ。


ありがたい事に本人が叫んでくれた事で、周りから人が集まって来ている。

他者の目の有る中で口にすれば、それはもう揺るぎようのない事実だ。

さあて、ここは泣き寝入りして貰おうか。下手に騒いだお前が馬鹿だったってな。


・・・セレス、まさかここまで考えての行動じゃないよな。

いやまさかなぁ。今の俺の行動って、腹が立ったからの思い付きだしな。

それでも無いとは言えないのが怖い。一番手っ取り早い方法を選んだとか考えてそう。

そうなるとさっきの戦闘は演技って事になるんだが・・・どうなのかなぁ。

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