第311話、ゆっくりと確信に至る錬金術師
絶対この人の方が強いと思うんだけどなぁ。
でも違うって言ってるし、違うのかもしれない。
もしかしたら護衛の僧侶さんは私みたいに、道具に頼った戦闘が得意なのかな?
それなら戦闘能力は見ただけじゃ解らないし、彼女の方が弱いって言うのも納得がいく。
ただそれは良いとしても、やっぱり私達が警戒されてるのが気になるんだけどなぁ。
全方位への警戒じゃなくて、私とリュナドさんを警戒している。精霊にも少し、かな?
あ、でも私も知らない人には警戒しちゃうし、彼女もそうなのかも。
まあ彼女は法主さんのお付きさんなんだし、あんまり気にしないでおこう。
仮面が無かったらちょっと怖かった気もするけど、少し怖いくらいで済んでるしね。
「ああ、申し訳ありません。お二人共、どうぞお席に」
そう結論が出た所で席に座るように勧められ、言われた通り素直に座る。
少し待つとお付きの女性が料理を運び、テーブルに並べられた所で精霊のテンションが落ちた。
多分昨日食べた覚えのある料理が有るからだろう。美味しくなかったもんね。
ただこの料理、ちょっと気になる所が有る。
お城での料理もそうだったけど、一番上の人ってこういう料理が多いのかな。
これは薬草の多い中に若干の毒草を混ぜる事で、解毒と同時に耐性上げるって感じかな。
かと思えばほぼ薬湯の様なスープというか、味を度外視した薬膳料理って所かな。
ただし法主さんのは国王の時と違い、かなり徹底している。
この料理なら下手な毒は効果が薄れるし、毎日食べてるなら内臓も凄く頑丈になる。
でも美味しくないのが辛い。とても辛い。昔の事を思い出して尚の事辛い。
お母さんが作った料理とか、毒に慣らされたが時とかあんな味だった。
昨日はそれを思い出して、食べてる時は完全に感情が死んでいた。
だってお母さんの料理美味しくないんだもん・・・!
「お待ち下さい! 本日は誰も通さぬ約束のはずです!」
「ええい、どかぬか! 私を誰だと思っているのだ!」
料理を前にしてまた今日も嫌な事を思い出していると、廊下から騒がしい声が響いた。
お付きの女性がやめてというのも聞かず、丸い男性がズカズカと入って来た。
「おお、そのお姿、まさしく竜人公様! なんと凛々しい! なんと雄々しい!」
そして女性を振り払うように手を振った後、リュナドさんを見てそう叫んだ。
この人はリュナドさんを竜人公って呼ぶんだ。
そっか。そうか――――――なら、怖く、ない。
「法主よ、このような場に呼んでくれぬとは、いささか姑息ではないですかね」
「・・・それでも貴方は先日了承をしたはずです。今になって突然約束を破るなど、貴方の立場でして良い事ではないでしょう。違いますか」
丸男はリュナドさんから一度視線を切り、法主さんに対して笑顔で告げる。
けれど法主さんはそれに対しとても冷たい声で、私でも気に入らないと解る声音で応えた。
その気持ちは良く解る。私もとても気に食わない。
「確かに平時ならばそうでしょう。だが今は平時か? いや違う。彼が方が居る。それは何をおいても優先すべき事だ。私の立場や体面なぞ些細な事です」
「精霊公様が居るからこそ些細な事ではないでしょう。この方を不快にさせる事がどういう事か、貴方とて解らない訳ではないはずです」
「不快になどさせるものか。私はただこの方にご挨拶をしたいだけだ。たったそれだけの事すら許さぬとは、信者を纏める法主という立場でありながら暴君の様ではないですか」
確かに丸男の言っている事は正しいのかもしれない。
会いたい人に挨拶をしたいだけ。それを駄目だなんて言われても困る。
ただ私の場合はダメと言われる理由が有る様に、この男にもそう言われる理由が有るんじゃ。
「・・・どの口が」
「法主、何かおっしゃられましたか?」
「・・・挨拶はまた後で機会を、という話だったと思いますが」
「私の立場を告げるなら、それこそ納得出来かねますな。何故私が皆と同じ場でなのか。そもそも法主は二人きりで話し合ったのでしょう。ならば私にも機会が有って良いはずだ」
彼女はリュナドさんと二人きりでは会ってない。私もその場に居た。
この時点で男の言い分は通らないと思う。法主さんがやっていないのだから。
彼女のやっていない事な以上、彼女がやったのだからという前提は存在しないのに。
そもそもその場合は彼女じゃなくて、リュナドさんに訊ねるべき事じゃないのだろうか。
何よりもおかしいのは、ここに来たのは私の意思だ。法主さんに会いに来たのは私だ。
まるでリュナドさんが一人で訪問に来た、みたいに言っている理由が解らない。
「貴方は・・・!」
「竜人公様。お目にかかれた事を光栄に存じます。わが身は名も無き信者の一人なれど、それなりの徳を積んできた自負がございます。是非に一度、私との会談を設けて頂きたく」
丸男の言い分に法主さんが怒りの感じる声音を上げる。
けれど男は一切聞く耳を持たず、リュナドさんに近づいて少し手前で礼をとった。
それは僧兵さんやお付きの女性の様な物と大違いで、とても雑な動きだ。
「私は今、法主殿との食事を楽しんでいる。この場を邪魔する事こそ失礼と思わぬか」
「・・・食事? まさかこのような物を竜人公様に!? 法主よ! 何を考えているのだ! 貴女の立場だからこそ許されぬ暴挙ですぞ! このような粗末な食事をこの方に!!」
リュナドさんの咎めにも男は動じず、むしろ法主さんを責め始めた。
確かにこの料理はとても美味しくないけど、決して粗末な物ではない。
しっかりと考えられた、本当によく考えられた薬膳料理だ。
これをもてなしじゃない、と言うなら無知が過ぎる。
「その粗末な物を、私どもはありがたく頂いております。これは古くからある教えです。そしてその教えの果てに我等は竜人公様の隣に在れる。である以上は精一杯のおもてなしでしょう」
「この方は信者ではない! 竜人公様だ! その方に我等と同じ物なぞ!」
「異な事仰られますね。竜人公様の教えの下の料理だというのに」
「だからこそだ! これは我らがひ弱な人間へと、竜人公様がお教え下さった事に過ぎん。この方にその様な人の食事など不要だ! 法主よ、貴方は少々自分の考えで動き過ぎではないか!」
「それを言われるならば貴方こそでしょう。咎められるいわれは有りません」
先ずその前に、リュナドさんは邪魔をするなと言っている。
なのにこの男はそれを一切気にせず、ただ自分の要求だけを叫んでいる。
ああ、やっぱりそうだ。うん、間違いない。こいつは絶対に間違いない。
「竜人公様! どうぞわたくしに貴方へのおもてなしをさせて下さい! このような食事は貴方に相応しくありません! さ、どうぞお手を―――――」
そう言いながら男は待つのではなく、リュナドさんに手を伸ばし――――――
――――――誰が、誰に、触っている?
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「それを言われるならば貴方こそでしょう。咎められるいわれは有りません」
やるのではないかとは思っていた。この男ならこういう事も予想は出来た。
その場では従うふりをしておきながら、ごり押せると踏めば一切を無視する。
何時ものやり方だ。そしてそれが許される地位と権力を持っている。
宗教国家と言えど、結局は金が無ければ何も出来ない。
人が稼がなければ金は発生しない。何処からか突然湧いてくるわけではない。
そういう意味ではこの男こそが、この国で一番の権力者とも言える。
多くの人脈と、本人も多くの稼ぎが有り、俗人を黙らせる事が出来る俗物だ。
けれどこの男は権力争いに負けた。私に負けてしまった。
法主には金ではなれない。法主という立場は権力を振りかざす立場ではない。
だが争ってしまったが為に、この国の法主という存在を理解してしまった。
故にこの男はこの国を出て行けない。この国こそが安全だと理解しているから。
本当に神に守られた国であると、そう知っている以上は出て行く意味が無い。
だがそれと、私に負けた事が気に入らないのは、別の話だ。
表面上は私を認めている。公の場でも私を法主として立てはする。
だがこういった、人の目を気にしなくて良い場では、面倒な事をしてくれる。
私が余り彼に強く出られない事を知っていてやっているのだから、腹立たしい事この上ない。
竜の力を手に入れれば、奴は喜んで私を追い出しにかかるだろう。
あれに勝てるかどうかは、私も怪しいと思っているのだから。
「竜人公様! どうぞわたくしに貴方へのおもてなしをさせて下さい! このような食事は貴方に相応しくありません!」
ただ奴に誤算があるとすれば、奴が精霊公を理解出来ていない事だろう。
この男は俗物だ。故に俗物の考え方が染みついている。
精霊公は成り上がりだ。そして成り上がり者は欲に目が眩むものが多い。
金、女、土地、何でも良い。飛びつく欲を目の前にちらつかせれば良い。
そう思っているのが手に取れるが、残念ながら彼には通じない。
彼は神性を纏っている。貴様の様な俗物が一生かかっても纏えぬ綺麗な神性を。
私ですら見惚れ、惹かれるあの輝きが、貴様の様な馬鹿の誘いなど乗るものか。
「さ、どうぞお手を―――――」
ひゅっと、光が煌めいた。そう思った次の瞬間には、人が吹き飛ぶ音が聞こえた。
「―――――か、がはっ⁉」
「彼に触るな・・・!」
まさに一瞬。瞬きをすれば見逃したと思う程の一瞬だった。
精霊公に手を伸ばした奴が、錬金術師によって蹴り飛ばされて壁に叩きつけられている。
そして彼女は怒り唸る様に奴に敵意を向け――――――。
「セ、セレス様、それ、は」
――――彼女の手には、太った腕が、ブランとぶら下がっていた。
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