第310話、気になる人に目が行く錬金術師
「んみゅ・・・」
朝特有の鳥の騒がしさが耳に入り、意識がゆっくりと覚めて行く。
するとやたら心地の良い暖かさを胸に感じた。
少し硬いような柔らかい様な、不思議な物を抱きしめている。
「んあ・・・?」
寝ぼけた目を開くと、目の前に人の首が有った。
「んー・・・あれー・・・?」
メイラにしてはかっしりしている。そもそも肩幅が大きい様な。
ああ、これはリュナドさんだ。そうだ一緒のベッドで寝たんだっけ。
「んへへ・・・」
リュナドさんなら安心だ。そう思い彼の背中に顔を擦り付ける。
背中の大きさと嗅ぎなれた彼の臭いを感じながら、ゆっくりと寝ぼけた頭が覚めて来た。
けれどこのまま起きるのは何だかもったいない。だってこんな事滅多に無いし。
ここ凄く落ち着く。リュナドさんの背中に抱き着いてるの凄く心地良い。
「・・・リュナドさん、起きてる?」
小声で呼んでみるも・・・返事がない。どうやらまだ寝てるらしい。
なら彼が起きるまではこのままでも良いよね。良いよね?
そう判断して彼にギュッと抱き付き、腰に回していた腕に少し力を籠める。
「えへへぇ・・・リュナドさんだぁ・・・」
当たり前の事を口にしながら、彼の背中に頬を擦り付ける。
なんだか凄く嬉しくて、動くたびに口から笑みが漏れる。
あー・・・このままずっと転がっていたいなぁ。
「あ、あのー、セレスさん?」
と思っていたら、リュナドさんが起きてしまった。
残念。このまま二度寝も良いかなと思い始めてたのに。
「おはよう、リュナドさん」
「お、おはよう」
うーん、起きたなら離れないと駄目かな。でも離れたくないな。
もうちょっとこのままじゃ駄目かな。リュナドさんも体起こす様子が無いし。
「あの、セレスさん、何してんの?」
「え、何って・・・何もしてないよ?」
むしろ何もせずこのまま抱き付いて転がっていたい。
とはいえそういう訳にも行かない。起きないと家に帰れないのだから。
リュナドさんから離れないといけないのは残念だけど、起きるしかないか。
『『『『『キャー』』』』』
「ん、おはよう」
精霊達ももぞもぞと起き上がり、皆寝ぼけた様な鳴き声を上げる。
それに応えながらリュナドさんから離れ、ベッドから降りた。
リュナドさんはそんな私を眠そうな目で見て、のそりと体を起こした。
「朝か・・・ねむ・・・」
「・・・リュナドさん、寝れなかったの?」
前に一緒の部屋だった時は、彼は結構すっきり起きてた気がする。
でも今日はやけに眠たそうで、頭を痛そうに抑えていた。
少し辛そうな様子が心配で訊ねると、彼は眉間に皺を寄せながら私を見つめる。
「・・・セレス・・・いや、何でも無い。ちょと、寝付けなかっただけだ」
「? そう、なの? 大丈夫?」
「問題無い。寝てない訳じゃないしな。すぐに頭を起こす」
そっか、なら良かった。じゃあ今日は法主さんと朝食を食べて・・・何するんだっけ?
しまった、そういえば私昨日何も聞いてないんだった。すぐ帰れるのかな。
そう思い彼に訊ねようとした所で、コンコンとノックの音が鳴った。
慌てて仮面に手を伸ばし、その間にリュナドさんが『誰だ』と返す。
「おはようございます。わたくし、法主様のお付きの者の一人でございます。本日は朝食を法主様と共にとられると聞いております故、準備が整う前にお声がけをさせて頂きに参りました」
昨日の僧兵さんとは違う声だ。そっか、法主さんに付いてるのってあの人だけじゃないんだ。
今日のはピリッとした感じの女の人だ。声音がちょっと怖い感じがする。
「解った、準備が整い次第呼んでくれ。こちらも着替えて待つ」
「承知致しました」
女性は扉の向こうでもよく聞こえる声で返答し、足音は一切立てずに去って行った。
よく考えたら、扉の前に立つまで気配を感じなかった様な。
意識を塞いでいた訳でもないのに、ノックの瞬間まで一切気が付けなかった。
多分気のせいじゃない。彼女は気配を殺していたんだと思う。
でも何の為だろう。起こさない様に・・・ではないよね。
だってノックしたらどっちみち起きるし。うーん・・・何でだろう?
「・・・取り敢えず着替えるか」
『『『『『キャー♪』』』』』
「・・・お前らのそれ、羨ましいよな。俺もそうやって一瞬で着替えたい」
リュナドさんが伸びをしてから鎧に手をかけ、精霊達は一瞬で鎧へと着替えを済ませる。
確かにあの服の変化はちょっと羨ましい。工具とかも作り出せるし。
難点は全部精霊サイズで、中に仕掛けがある物はハリボテになる事だけど。
そうして彼が着替えているのを見ながら、私も外套を纏って鞄を持つ。
何時もの精霊も頭の上に陣取り、仮面を付けたら準備は完了だ。
リュナドさんはもうちょっとかかりそう。鎧だから仕方ない。
とはいえ彼が鎧を着こんでもまだ呼びには来ず、来たのはそこそこ経ってからだった。
案内はさっき来た女の人で、私達を食堂まで先導してくれるそうだ。
服がちょっとダボついてるから解り難いけど、歩き方が凄く綺麗。
ただ彼女の動き方は、私達を警戒している様に見える。
向こうから攻撃する気は無さそうだけど、襲われたら反撃する様な感じだ。
何でこんなに警戒されてるんだろう。この人に会うのは初めてだと思うんだけどな。
「こちらにございます」
そうして食堂に到着し、通された先には・・・あれは法主さんなのかな?
服装は昨日の服だけど、顔を隠す布を被っている。
ただ後ろに昨日の僧侶さんが居るから、多分法主さんだと思うんだけど
「おはようございます。セレス様。リュナド様」
「ああ、おはよう」
「・・・おはよう」
『『『『『キャー!』』』』』
「すみません。精霊様も、おはようございます」
やっぱり法主さんだった。でも何であんな布で顔を隠してるんだろう。
「この食堂は事情を話して貸切らせて頂いておりますが、本来は他の信者も使う所です。もしかすると誰かが来るかもしれませんので、この姿である事をお許し下さい」
「貴女の顔は下の者には見せられない。そういう事か」
「はい。本来は限られた者しか、私の顔は知りません」
「成程、それが貴女の誠意か」
「ふふ、そう思って頂けると嬉しいですね」
えっと、素顔で話すのが誠意、って事なのかな。
でもほんとは見せちゃ駄目で、けど私達には見せてくれて。
って事なんだろうけど、何で見せちゃ駄目なんだろう。
いや、見られたくないのかな。そうかもしれない。
でもその見られたくないのに見せてくれた訳で・・・頑張ってくれたって事だよね。
私も昨日頑張って仮面外したから気持ちが解るよ。何だかちょっと嬉しい。
「そうそう、紹介しておきますね。お二人を連れて来てくれた者は、私のお付きを昔からやってくれている者です。とても頼りになるんですよ」
法主さんに紹介されると、彼女は両手を胸で組んで小さく礼をする。
けれどその姿にも一切の隙が無い。むしろ視線を切った瞬間が一番怖い。
あれ、怖いって思ってる。ああ、そうか、怖いのか。だからちょっと気になったんだ。
別に敵意を向けられている訳でも、殺意を向けられている訳でもない。
何故か知らないけど警戒されていて、だけどその人はとても怖い。
この人、多分凄く強い。接近戦だと勝てないかも。
・・・何でこの人が護衛じゃないんだろう。後ろの僧侶さんより頼りになる様な気が。
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「・・・護衛じゃ、ないの」
低い声で錬金術師から指摘が入った。まるで今の紹介が気に食わないと言わんばかりだ。
錬金術師は近接戦闘の能力も高いと聞いている。
彼女の使う魔法以外にも、接近戦も出来る人だと。
なら彼女の動きから戦える事には気がついてもおかしくない。
「いいえ、何故ですか?」
これは嘘ではない。彼女は護衛ではないのだから。
勿論それは建前だけれど、それでも護衛として使ってはいない。
だからどこで誰が見ているか解らない以上、いいえと答えるしかない。
「・・・彼女の方が、そこの彼より、強い」
目が良すぎる。ここまでの案内という短時間で、どうやったらそこまで見抜けるのか。
私の目ではそんな事は絶対に解らない。彼女には何が見えているの。
ただのハッタリ・・・と考えるのは甘いか。彼女は断言しているのだから。
「そうなのですか?」
「いいえまさか。わたくしは法主様の身の回りのお世話の為、護身術程度はたしなんでおりますが、護衛を軸に置いた鍛錬をされている僧兵にはとうてい敵いません」
とは言え先の通り、肯定する訳には行かない。
当然彼女も否定を口にし、守護僧兵も何も答えはしない。
彼女は護衛ではない。今までそれを徹底させているのだから。
「・・・そう」
けれど錬金術師は此方の意図を汲んでくれたのか、それ以上問いかけてはこなかった。
何故朝食をとるだけでこんなに緊張しなきゃいけないのか。
事を潤滑に進める為とはいえ、彼女と顔を突き合わせるのは精神がすり減る。
もしくはこうやって私に逐一圧力をかけるのが目的か。
敵にはならないと言ったけれど、攻撃はしないとは言われていない。
ああ、昨日は寝れていないせいか、すぐに悪い方に考えが行く。顔が険しくなる。
反動が有る事を悟られる訳にはいかない。たとえ布で隠していても笑え。
「ああ、申し訳ありません。お二人共、どうぞお席に」
「・・・ん」
「ああ」
『『『『『キャー?』』』』』
「すみません、精霊様もどうぞ。テーブルの上に乗って下さって構いませんよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
焦りの余り、二人を立たせたままにしてしまっていた。
慌てて二人と精霊に席を勧め、ほどなく料理が運ばれてくる。
料理には万が一が無い様に、今日は台所まで全て私の手の者しか居ない。
これで彼女が毒殺等されでもすれば、昨日の努力が水の泡だ
さて、頂きましょうか。今日も美味しくない食事を。
本当に、毎日の食事が一番憂鬱だわ。お菓子を食べたい。
「お待ち下さい! 本日は誰も通さぬ約束のはずです!」
「ええい、どかぬか! 私を誰だと思っているのだ!」
・・・食事よりも憂鬱な人間が来たかもしれない。
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