第309話、精霊の報告に首を傾げる錬金術師

法主さんが僧兵さんに目を向けると、彼は頭の上で手を組んで礼を取った。

そして音もなく部屋を出て行き、それを見届けた法主さんは私達に向き直る。


「部屋の用意が出来るまで、お茶を飲んでゆっくりお待ちください。お代わりもありますよ」

「ああ、そうさせて貰おう」


法主さんがニッコリ笑顔で告げると、言葉通りお茶を飲みながら応える。

どうやら僧兵さんは部屋の準備をしに行ったらしい。

少し理解が遅れた私もリュナドさんと同じ様に頷き、ゆっくりとお茶を口に含む。


「ふぅ・・・」


そしてそれは法主さんも同じう様に口を付け、コクリト喉を鳴らした後に小さく息を吐いた。


『『『『『キャー!』』』』』

「そうですか、それは――――――」


ただ精霊達がお菓子を掲げて話しかけ、彼女は穏やかに応えるも途中でビタリ固まる。

その表情には驚きが見え、けれど何事も無かった様にすぐに笑顔に戻った。

一体どうしたんだろう。精霊が何か困った事でも言ったのかな。


「・・・精霊達が、何か、迷惑な事でも言った?」

「いえ、そんな事は。ただお菓子が美味しいと、それだけですよ」


そうなんだ。じゃあさっきの驚きは何だったんだろう。

精霊とは関係ない事で、何か驚くような事が有ったのかな。

あ、驚きとかじゃなくて、何か急に思い出したとか?

私も偶にそれで固まるし、彼女もそうなのかもしれない。


「精霊様はお菓子には手をつけていますが、お茶は要りませんか?」

『『『『『キャー♪』』』』』

「・・・そうですか。では、用意致しますね」


法主さんが訊ねると、ご機嫌そうに応える精霊達。

ただその声に驚いたのか、返答が意外だったのか、彼女は一瞬動きが止まった様に見えた。

けれどすぐに立ち上がり、棚から小さい器を取り出して来る。


とても可愛らしい、私達じゃ一口分有るかどうか、ってぐらい小さいカップだ。

複数あるという事は、普段から使ってるものなのかな。

もしかしてここに居る何かは、山精霊達と同じぐらい小さくて、その子に使ってるのかも。


「この大きさなら、精霊様方でも飲みやすいかと」

『『『『『キャー♪』』』』』

「いえ、むしろここまで気が回らず、申し訳ありません」


精霊達は自分達に合った大きさのカップを見て、皆喜んで受け取りに向かう。

余程嬉しいのか、掲げながら踊り出したのでお茶が淹れられない。

それでも法主さんは笑顔で見つめ、精霊達が踊り終わるのを待っていた。

いや、むしろ鳴いて踊る精霊達を、じっと見つめて観察している様に見える。


満足するまで踊り終わった精霊からお茶を貰い、チマチマと飲んではふぅーっと息を吐く。

ただ何だろう、法主さんの精霊に対する動きが、さっきまでと違う様な。


「あ、入れるの、ですね」

『キャー♪』


お菓子を用意していた時と違い、精霊への反応が鈍く、確認が多い様な。

踊って喜んでいる精霊と、要望を口にしている精霊、その違いが分かってない感じがする。

まあ全員掲げて待ってるから紛らわしい、っていうのもあると思うんだけど。

そんな感じで全員がお茶を入れて貰った所で、法主さんはリュナドさんに視線を向けた。


「人が悪いですね、危うく気が付くのが遅れる所でした」

「・・・悪いが、何の事か解らんな」

「ふふっ、語らないのはお互い様、ですか?」

「別に、どう取って貰っても構わんさ」

「やはり、貴方は怖いですね。いえ、貴方こそが、怖いです」

「私は何もしていないし、貴女が怖がるほどの相手でもないと思うがな」


急に何の話だろう。リュナドさんが怖いって、絶対そんな事無いのに。

もしかしてこの竜の鎧のせいだろうか。

確かに戦闘職じゃない人からしたら、物々しい様子に見えちゃうのかも。


でも彼は優しい人だから、怖がらなくても大丈夫なんだけどな。

とは思うものの、彼本人が「どう取ってもいい」って言ってるから黙っておくべきだろうか。

私としては「そんな事無いよ」って言いたいんだけど、それは言っちゃ駄目なのかな。


と疑問に思った所で、コンコンとノックの音が響いた。

そこで反射的に仮面を手に取り、顔に付けた所で扉が開く。

入って来たのはさっきの僧兵さんで、どうやら部屋の準備が出来たらしい。


「お部屋の用意が出来ました。ご案内致します」


僧兵さんの言葉でリュナドさんが立ち上がり、私も慌てて立ち上がって付いて行く。

ただそこで法主さんが手を小さく叩き、何かを思いついた様な様子で口を開いた。


「そうだ、良ければ明日は朝食をご一緒出来ませんか? 本当は夕食もご一緒に、と言いたいのですが、残念ながら本日は用事がありまして。如何でしょうか」

「私はどちらでも構わん」

「ふふっ、つれないですね。セレス様は如何でしょう」

「・・・良いよ」


彼女となら、一緒の食事に苦は無い様に思う。だから素直に頷いた。

すると彼女はとても嬉しそうに笑い、何だか私も嬉しくなる。


「それは嬉しいです。翌朝に使いを出しますね。では、お客人の案内を任せます」

「はっ」


法主さんが指示を出すと、僧兵さんはまた手を組んで礼を取る。

そのままゆっくりと私達の方へ向き、また一礼してから背中を向けて歩き出した。

私は一瞬どうするべきか悩んだものの、リュナドさんが歩き出したので背中を付いて行く。

暫く歩くとちらほら人が見え始め、皆僧兵さんと同じ様な礼を取っている。

そうして到着した部屋に促され、僧兵さんはベルの様な物をリュナドさんに手渡す。


「こちらをどうぞ。もし御用が有ればコレを鳴らして下さい。すぐに近く者が対応いたします」


リュナドさんが頷いたのを確認してから、彼は一礼して部屋を去って行った。


「・・・要人を泊めるにしては、質素な部屋だな。俺は落ち着くから良いけど」

「ん、そうだね」


部屋を見回しながらの言葉に、仮面を外しながら応える。

この部屋はまるで私の寝室の様に、部屋を飾る様な物が殆ど無い。


シンプルだけど大きいベッドと、少し大きめのソファ。そして小さなテーブル。

後はベッドの横に小さな棚と、その上に花瓶が有るぐらいだろうか。

私の寝室並みに物が無くて、私もこれぐらいの方が落ち着く。


「まあベッドは予想出来ていたが・・・俺はソファで寝るから、ベッドは使ってくれ」

「え、なんで? 一緒に寝れるよ?」


見た所ベッドはシンプルとはいえ、サイズ的には二人でも十分寝れる。

態々彼がソファで寝る必要はない。一緒に寝れば良いと思う。


「・・・本気で言ってる?」

「え、うん・・・駄目、なの?」


何かおかしい事を言ってるだろうか。それもと一緒に寝るのは嫌なのかな。

若干不安になりつつ眉を下げて問うと、彼は困った様な顔を見せた。

そのせいで余計に不安になり、彼が答えるのを下から窺うように待つ。


「いや、俺は、セレスが嫌じゃないのかと・・・いや違うな。セレスは、それで良いのか?」


すると彼は視線を彷徨わせながらそう答え、私は思わずほっと息を吐く。

何だ、私の事を気にしてくれてただけなのか。良かった。


「だって、リュナドさんだもん。一緒に寝るぐらい全然良いよ? それに黒塊の呪いに侵された時だって、私を抱きしめてくれてたよね。横で寝る程度、あんまり変わらないと思うけど」

「あー・・・ああ、はい。解った。うん、変に意識した俺が馬鹿だった。うん」


彼の気遣いへの嬉しさも相まって、満面の笑みで彼に応える。

すると彼は納得してくれた様で、私も満足して頷き返した。

でも別に馬鹿なんて事はないけどな。そういう優しい所は凄く好きだよ。


「っ!」


ただそこで扉が開いた気配を感じ、慌てて仮面を付け直して扉を見つめる。

私の行動を見ていたリュナドさんも、同じ様に扉に視線を向けた。

すると小さく開いた扉の向こうには誰も居な――――違う、精霊が下の方に居る。


『キャー』

『キャー?』

『キャー♪』

『『『キャー!』』』


見えていたのは一体だけだったけれど、どうやら後三体後ろに居たらしい。

私と視線の有った子が私達を指さし、後ろに居る子達に声をかける。

そして皆同じ様に私達を指さした後、タターっと部屋の中に突撃してきた。


『『『『キャー!』』』』

『キャー!』

『キャー!?』

『キャー! キャー!』

『『『キャー!!』』』


・・・うん、なにかぷりぷり怒ってるのは解った。

ただ怒りが先に出過ぎているのか、何言ってるのかあんまり解らない。

解らないけど先ずは話を聞いてあげようと思い、うんうん頷きながら最後まで聞いた。


そして分かった事は、見えない何かに突撃して、吹き飛ばされたって事ぐらいかな。

後は話をしてくれなかったらしいけど、突撃したなら話も何もない様な。

私だって精霊達が突撃して来たら、攻撃かと思って吹き飛ばすかもしれないし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


何か不満そうな様子で語る精霊に、うんうんと頷いて応えるセレスを眺める。

いつの間にか、既に精霊をこの建物に放っていたらしい。

何を探らせていたのか知らないが、何かが出て来たのは確実なんだろうな。


「そっか、何度も吹き飛ばされたのかぁ・・・」


セレスのそんな呟きが耳に入り、その意味を理解した時点で脅威を感じるし。

精霊が吹き飛ばされるような何か。そんな物が居る事実を楽観視は出来ない。

それも何度もという事は、精霊達が突破出来なかったという事だ。


「んー、そっか、残念だったね・・・」


そしてその何かの妨害のせいなのか、セレスの望む情報は無かったらしい。

どうやらあの法主様は、セレスですら一筋縄ではいかない様だ。

顔を合わせての対談ではセレスの勝ちだが、裏での動きは向こうの勝ちか。


セレスと張り合えるって時点で、もう敵に回す選択肢は無いよな。

勿論むこうが敵になるって言うなら別だが、セレスも法主も敵対する気ないし。


そういえばあの法主様、途中から精霊の言葉を理解出来ていない動きだったな。

おかげで何故か俺が騙したみたいに思われていたが、余計な事言わなかっただけなんだよなぁ。

多分彼女は一つ、かなり大きな勘違いをしている。それがあの一言で分かった。


『やはり、貴方は怖いですね。いえ、貴方こそが、怖いです』


あれはおそらく、策を張るのは俺の仕事だと、そう判断したんじゃないだろうか。

彼女は正確に、とても正確に俺達の力関係を読み取っている。

俺達の身分の差など一切見ず、どちらが上かを理解していた様に見えた。


だからこそ勘違いしたんだろう。セレスが武力で、俺が知力という立場だと。

実際はどっちもセレスの仕事だ。俺は添え物みたいなものだ。

とはいえセレスも訂正しない辺り、そう思わせておくつもりなんだろうが。


「・・・また今度、話しかけてみたらどうかな。今度は勢いよく突撃は無しで」

『キャー?』

「うん、法主さんを守ってる子だろうし、仲よくしようって」

『『『『キャー!』』』』


どうやらセレスも、本格的に敵に回す気は無いらしい。

いや、最初から敵に回す気は無かったのかもしれないな。

法主に対し「敵にならないなら答えは同じ」と、そう言っていたのだから。

精霊達もセレスの言う事だからか、はーいと応える様に鳴いている。


これで何事も無く、無事帰る事が出来そうでひと安心だ。

その後精霊に構っている間に時間が過ぎ、夕食が部屋に運ばれた。


普段なら食事中はテンションの高い精霊達だが、今日に限ってはその様子が無い。

もそもそと口にし、悲しそうに『キャー』と鳴いている。

正直俺も同じ気分だ。ナニコレ不味い。なのにセレスは黙々と食べ続けている。


「セ、セレス、これ、美味いのか?」

「え・・・美味しくないけど、リュナドさん、美味しいの?」

「いや、俺も不味いと思う」

『『『『『キャー・・・』』』』』


そういえばセレスは、普段の食事中はいつも笑顔だったな。

良く見ると今日は無表情で黙々食べているし、ただ腹に入れているだけか。

しかし、これがここでの普通の料理なんだろうか。流石に嫌がらせじゃないよな?


「まあ良いや。腹に入れば。毒じゃないだろうし」


明日には帰るつもりだし、我慢しよう。

朝食は法主と一緒だから、その味で判断も付くだろうし。

そう思い食事を続け、食べ終わった器を下げて貰った。


「リュナドさん、鎧、脱がないの?」

「ん、ああ、そうだな・・・」


そこでセレスにそう言われ、素直に鎧を脱ぐ。とりあえず部屋の端にでも置いておこう。

鎧を脱ぎ終わったら伸びをして、その開放感を体いっぱいに味わう。

あの鎧って良く考えられてるけど、やっぱり鎧だから多少は動き難いんだよなぁ。

セレスもローブを脱いでその辺に置き、何時もの家での格好になっていた。


「リュナドさん、今日ってまだやる事、ある?」

「いや、俺は特に思いつく事は無いけど・・・」

「そっか・・・じゃあ私、もう寝るね。ふあぁ・・・」


セレスは言うが早いかベッドに入り込み、精霊達も一緒にもぞもぞと入って行く。

俺も早めに寝てしまうかと思い、ソファに転がる。

すると何故かセレスは起き上がり、寝ぼけた視線を俺に向けていた。


「リュナドさん、寝るならココの方が、体に良いよ?」


隣に来いという様に、ペシペシとベッドを叩くセレス。

あー、そう。そういえばそうだったっけ。

いや、だとしても本当に良いのか。一応男女だぞ。

黒塊の時は緊急処置だった訳で、あの時とは状況が違うと思うんだが。


「リュナドさん?」


笑顔で首を傾げるセレスの様子は、俺をからかっているように感じる。

俺が悩んでいるのを解っていながら、まるで誘う様な言葉を選んでいるし。

前回といい今回といい、最近俺はセレスに遊ばれ過ぎじゃないだろうか。


頭をぼりぼりかきながら起き上がり、どうしたものかと悩む事少し。

けれどこのまま揶揄われているのも癪だと思い、要望通りセレスの隣に転がる。

少しは狼狽える所が見たい。そう思っての行動だった。


「ん、お休み、リュナドさん」


ただ彼女は俺が転がったのを見届けると、満足そうに笑って目を瞑った。

対抗心で転がった俺は拍子抜けし、冷静になると少し恥ずかしくなって来る。

けれど今からベッド抜け出すのも何だかなと思い、セレスに背を向けて寝る事にした。


すると暫くして、セレスが唐突に、俺の背中にピタリとくっついて来た。


「・・・んん」


小さく呻くような声と共に顔を擦り付ける様な動きを感じ、更に片腕が胸に回って来た。

抱き付くような動きに思わず硬直し、俺はその真意を理解しようとして混乱している。

幾ら何でも行動が唐突過ぎて、驚き過ぎて頭が処理出来ていない。


「セ、セレス?」


何か問う事が頭に浮かんだわけでもない。けれど取り敢えず彼女へ呼びかける。

けれどその呼びかけに、彼女は応えなかった。その代わりとあるものが耳に入る。


「・・・すぅー・・・すぴぃー・・・」

「・・・あのー、セレスさん?」


なあ、これ寝てるよな。絶対寝てるよな。寝息だよな、これ。

まさかこれ、寝相なのか。いや、寝ぼけてたのか?


・・・まあ良いや。何かもう考えるだけぐったりして来る。

取り敢えずちょっと離れよう。この状態だと俺が落ちつか・・・は、外れねぇ!

ちょ、何この力!? 寝てるよな!? 本当は起きてるんじゃないのか!?


「んん・・・むー・・・」


腕を外そうと力を入れると、背中から不機嫌そうなくぐもった声が耳に届く。

それにびくっとしていると、今度は反対の手で肩をグッと掴まれてしまった。

更に胸に回っていた腕は腰に回り、引き寄せる様にがっしり抱え込まれている。


「あ、あの、セレスさん? 実は起きてませんか?」

「・・・すぅー・・・すぅー・・・」


寝ているそうだ。たとえ起きてたとしても応える気は無いということかもしれない。

もう良いや。諦めよう。考えるだけ疲れる。俺も寝よう。うん。


「・・・にへへ」


・・・定期的に背中に頭を擦り付けられ、時々首元で笑い声と息が当たってすっげえ気になる。

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