第308話、精霊との遭遇時を思い出す錬金術師

「何故、と言われても。傍に居る精霊様が、薬は要るかと聞かれていたではないですか」


リュナドさんの質問に対し、さも当然の様に答える法主さん。

その言葉の意味を考えるとすると、彼女は精霊の言葉が理解出来るという事になる。

確かに良く観察していると、話しかけている風でもない精霊にも応えている様だ。


メイラと同じ体質という事だろうか。それか呪術を使える人間である可能性かな。

私個人に呪術師の知り合いは居ないから、どっちが正解なのかは解らない。

精霊達の反応で判断するのも難しい。だってこの子達って基本が人懐っこいし。


ああそうだ、竜に聞けば解るかも知れない。

メイラの体質を見ただけで理解したし、多分彼女を見れば解るだろう。

あ、でもあんまり外に出ないって言ってたし、それは無理かな。

あの巨体を街中に入れる訳にも行かないだろうし。


・・・でも良く考えたら、別に無理に判別する必要もないよね。

少し気にはなるけど、外に出ない人を無理に出すのも悪いし、諦めよう。


「・・・そうか、いや、私に直接言っていたのでな。聞き取れたのかと思ったのさ」

「もしかして、内緒話のおつもりでしたか? もしそうなら申し訳ありません。私、耳は良いもので。特に精霊様方のお声は良く聞こえますから」

「気にするな。大した事ではない」


リュナドさんもそれ以上確かめる気が無いのか、そこで話を終えてお茶を口にする。

彼女もそれで話は終わりと判断したのか、精霊達へ菓子の用意を進めた。

何やらお団子の様な物を皿に盛り、精霊達に差し出す様にテーブルに置く。


『『『『『キャー♪』』』』』

「はい、どうぞ。全部食べてしまっても構いませんよ」


精霊達はわーいと群がり、お団子を一人一つ掲げると、喜びの舞を踊り始めた。

その様子を法主さんはクスクス笑いながら眺め、その様子はやはり何故か見惚れる。

さっきはとても怖かったけど、やっぱり彼女はとても優しげな雰囲気で、不思議と心地良い。


初対面の人にこんな風に感じるのって、初めてじゃないだろうか。

緊張が完全に解ける程ではないけれど、それでも安心して良いんじゃないかと感じる。

もう仮面が無くても、彼女となら普通に話せそうな気がする程に。


これは彼女が優しい人だからだろうか。穏やかな人だからだろうか。

勿論それもある気はする。私はこの人に悪い感情を抱いていないから。

けれど何故かそれ以外に、言葉に出来ない何かで、彼女に惹かれている様に感じた


「・・・?」


違和感がある。確かに優しい人だと思う。穏やかな人だと思う。話し易いと思う。

緊張は確かに最初よりも解けているし、彼女に対し怖いという気持ちは殆ど無い。


でも、それは、どうだろう。初対面の人間に対し、私がここまで心安らぐだろうか。

いや、違う。違和感の正体はそこだ。心安らぐという思考と、体の反応が合わない。

確かに緊張は解けた。でもそれは多少であり、未だ体は強張っている。


目の前の人に対し緊張している体と、心安らぎ安心出来る人だという思考。

余りに相反した反応をしている事に気が付き、バチッと思考が切り替わる様な気がした。


「――――っ」


確かに、彼女の笑顔は穏やかだ。私を許してくれた優しい人だ。

けれどこの瞬間、今までの安らぎのような気持ちは消えた。

代わりに警戒を上げる。だって今のは思考誘導だ。山精霊と同じ力だ。


ただ彼女は私の敵になる気は無いと、そう言っていた。

なら誰が思考誘導をしていたのか。それとも彼女は無意識だったのか。

自分の思考が侵された危機感に、頭と感覚がどんどん冴えて来る。


「・・・多分、薬じゃない、よね」


薬で精神が混濁していたのなら、もっと思考が鈍ったはずだ。

洗脳する類の薬だとしたら効果が薄すぎる。この程度じゃ意味が無い。

となればそれ以外の外的要因。山精霊の岩の様な魔法的影響の可能性が大きい。


なら何から影響を与えられているのだろう。一番考えられるのは法主さん自身の魔法。

けれど彼女が魔法を放つ気配はなかった。魔力を集めて操作する様子は一切ない。

そもそもそんな動きが有ったなら、私は即座に反応して防御していたと思う。


ならこれは、魔法以外の力だろうか。それこそ精霊と同じ、人間の魔法とは質の違う力。

この街にも精霊が居る? その可能性は無くはない。家精霊の様に見えないのかも。

だとしたら私が彼女に対し良い感情を抱く様にと、その為に思考誘導をしたのだろうか。


ならそこまで警戒をする必要はないかもしれない。

敵にはならないと、そう彼女は断言してくれたんだから。

そんな彼女と仲良くさせたいというのであれば、私に否という気持ちは無い。

たとえ思考誘導されていたとしても、彼女が優しい人だと言う事は事実なのだから。


「・・・法主さん」

「はい、何でしょうか、セレス様」

「・・・貴女の人となりと、考えは、解った。出来れば、貴方とは仲良くやりたい、と思う」

「まあ、それは嬉しいです。今後は良いお付き合いをさせて頂きたいですね」


私の言葉に対し、彼女はにっこりと、とても嬉しそうに笑う。

ただその笑顔を見ても、先程まで感じていた心地良い気持ちは生まれない。

ちゃんと会話が出来ていると、受け入れて貰えたという安堵だけしか胸には無い。


「・・・だから、大丈夫、だよ。そんな事、しなくて」


だからこそ、そう思える相手を攻撃する気は無い。

その気持ちを込めて、彼女を見守っているであろう何かに向けて告げる。


「――――やはり、気が付かれていましたか」

「・・・ん」


法主さんは小さくため息を吐くと、苦笑するように笑った。

そんな彼女に肯定の頷きで返しつつも、その言葉の意味を再度考える。


やはり、という事は精霊の独断ではなく、彼女も同意の元と言う事だろうか。

敵になる気は無いって事は、敵になって欲しくもなかったのかもしれない。

なら私に嫌な感情を抱かれない様にって、相談してやっていたのかも。


「全く、慣れない事をするべきではありませんね。ええ、正直に話してしまえば、私はこの場に立つのが怖くて堪りませんでした。虚勢を張った所で、見抜かれるようでは所詮虚勢ですね」


彼女も人と対面するのが怖かったんだ。あんなにやさしい笑顔を向けられるのに。

普段は外に出ないって言ってたのは、人に会うのが怖いから出なかったのかな。

なんだ、そう言ってくれれば良かったのに。思考誘導する必要なんて全くないのに。


怖いのに素顔をさらして、笑顔で話しかけてくれた。その事実に私は尊敬する。

同じ様にな気持ちを持つ人に対し、悪い気持なんか持たないよ。


いやでも今もこうやって話せている辺り、私より遥かに対人能力は高いか。

同じ扱いは失礼だよね。今日も殆どリュナドさんに助けられているし。

あれ、そう考えるとやっぱり、私の方が余程駄目な様な。


「アレを見せて尚、その態度ですからね。本当に、敵にしたくは、ありませんね」


アレ? ああ、さっきの勘違いした時の姿かな。でもそれは私も悪いんだと思う。

きっと私が言葉足らずなせいで、変な勘違いさせたんだと思うし。

そもそも私も怖いと同じ様な事になるから、人の事なんて絶対に責められない。

・・・ただあの睨み顔は本気で怖かった。もう二度と怒らせたくないなぁ。


「ですがそれでも、貴方は私を認めた。そう思えば虚勢を張った意味も有ったのでしょう。むしろ虚勢を張れない程度の人間であれば、見限られていたかもしれませんし」

「・・・別に、敵になる気が無ければ、答えは同じ」


私は敵じゃない人に攻撃はしないし、出来れば悪い関係ではありたくない。

そして彼女は優しい人な訳だし、なら虚勢を張らなくても答えは変わらなかった気がする。

そう答えると彼女は一瞬呆けた様な顔を見せ、けれど心底おかしそうに笑い始めた。


「ふっ、あははっ、あはははっ。成程。そういう事ですか。試されていたのですね。ああもう、本当に情けない。何が小娘と思うなですか。自分の発言が恥ずかしくて堪らない」


試す? 何の事だろう。私は何も試すような事はしていない。

となるとリュナドさんが何かしていたって事かな。

こういう所はやっぱり偉い人って事なのかな。言ってる事が良く解んない。


さっきも急に違う話されて、何言われてるのか解らない所があったし。

言葉にしない言葉、みたいなので会話されると、私には参加出来ないから困る。


「となれば、そろそろ建設的なお話をさせて頂きましょうか。特に、精霊公様には」

「まあ、そうなるだろうな。良いだろう。竜で押し掛けた迷惑料だと思う事にしよう」

「それは何よりです。宜しくお願いしますね」


ニッコリ笑う彼女に対し、困った様な顔で応えるリュナドさん。

そういえば彼は最初からずっと、何だか警戒していた様な気がする。

彼は最初から思考誘導を弾いていたのかな。それかその力に警戒していたのか。


でも魔法の類は彼に効くし・・・もしかして、呪いの類?

彼は黒塊の力を無意識に弾いて、更に呪いの浄化も意識せずに出来るし。

そういう事なら感じ取れなかったのも納得がいく。私呪いと神性の力は余り解らないし。

もしかして法主さんって、呪術の使い手だったりするのかな。


「そういう事で、宜しいですか、セレス様」

「・・・え、うん」


あ、完全に話を聞いてなかった。だってリュナドさんにって言ってたし。

だから思考にふけって全く話を聞いてなかったのに、思わず頷いてしまった。

しまったと思い、訂正を口にしようと思うもそれも遅い。


「では、明日は宜しくお願いしますね。あ、今日はどうぞこちらにお泊り下さい。街の宿になど行けば、また騒がしくなってしまうでしょうし。すぐに部屋を用意しますね」


法主さんがニッコリ笑って告げた事で、もう何も言えなかった。

どうやら今日は泊まって、明日もこの街で何かをするらしい。

多分リュナドさんが。だって私は最後の確認以外何も言われなかったし。


だからといって彼を置いて帰るなんて事は出来ない。

そもそも私のお願いで付いて来て貰ってるんだもん。

ごめん、家精霊、メイラ。帰るのは少し遅くなりそう。本当にごめん。


・・・頷いてなかったら帰れたのかな。もう断る勇気なんて無いけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『右よーし!』

『左よーし!』

『正面よーし!』

『ごーごー!』


通路に人が居ない事を確認して、パタパタと道を通り過ぎる。

気が付かれない様にこの家を捜索して、新しい地図を作る為に。

僕達は諜報員グループだからね! 気がつかれちゃ駄目だから!


『この家、他の家と違うねー』

『うん、迷路みたいー』

『迷子になりそう』

『『『迷子は怒られるから、しー』』』


迷子になったら、アスバちゃんがばーんってしにきちゃう。

僕達は、今絶対迷子にはなってない。地図作ってるだけだから。ね?


『ここの食事、美味しくないねー・・・』

『お菓子は美味しいのにねー?』

『味がしない・・・これならとりたての野菜の方が美味しいよねー』

『お肉も味付いてない・・・もそもそしてる・・・』

『あー! これただ塩っ辛い! なにこれ! 美味しくない!』


探索の間に見つけた物をモグモグしながら、僕は悲しい顔で地図を書く。

お菓子を見つけた時は嬉しかったけど、それ以外が全然美味しくない。

ものすっごく塩っ辛いものか、全く味つけしてない食べ物しかなかった。


『これ、こうじゃない?』

『でもそうすると、ここが繋がらないよ』

『あれ、ここって、何階になるんだろう』

『1階と2階の真ん中? 他にもそんな所があるよね』

『ここぐるぐるしてるー』


何だかこの家複雑で、上手く地図に出来ない。

平らじゃない廊下とかが有るし、階段が無いのに下に降りてたりする。

グネグネ曲がってる通路とかも有るから、地図にするのが難しい。


僕あんまり迷った事無いのに、この家の中だとちょっと迷いそう。

でも多分、迷う理由は、そこだけじゃない気がする。


『主の場所、解る?』

『解んない。リュナドも何処に居るか全然解んない』

『だよねー。やっぱりこの家、変だよね』

『僕達、なんか感覚おかしくなってる?』


この家に入ってから、主やリュナドとの繋がりが感じ取れない。

勿論完全に切れてる感じはしないけど、何時もみたいに何処に居るのかが解んない。

それに一瞬だけど、すっごい大きな力も感じたし、絶対何かあると思う


『ワクワクするねー』

『ねー! 何が有るのかな!』

『ヤな感じはしないから、とっても楽しみー』

『でもヤなものだったら、主とリュナドが怪我しない様に何とかしないと!』

『『『主が怪我するかなー?』』』

『するもん!』


確かに主はとっても強いけど、僕達よりとっても強いけど、人間だもん。

黒塊の力は防げないし、同じ様な物だったら主が危ない。

リュナドは力自体は平気だと思うけど、主より弱いから危ない。良く怪我してるし。

この間も主に棒でボコボコにされてたもん。その日はちょっと落ち込んでた。


『んー、ねえねえ、ここ変じゃない?』

『どれー?』

『あー、ほんとだ。何かぽっかり空いてる所があるね』

『ここに何かがあるのかな?』


皆で書いた地図を合わせ、正確な地図に書き換えて行く。

そしたら皆どこかおかしい所が有って、ただ全員同じ状態の所があった。

一か所だけ、誰も、何も書いてない。間違ってるとかじゃなくて、何も書けていない所。


『ここかな?』

『多分ここだと思う』

『行ってみるー?』

『いこういこう!』


意見を一致させた僕達は、ぐるぐると回りながら目的地へと向かう。

真っ直ぐに向かえる道が無いから、どうしても回り道になっちゃう。

そして辿り着いた空白の前に立つと、やっぱり何か変な感じがした。


『見える?』

『んー、見えない』

『何か有る気がするけど見えないねー』


何か有る気がする。するんだけど見えない。なんだろうこれ。ふっしぎー。

でもヤな感じはしないから、きっと危ない物じゃないのかなー。


『小さき神性ヨ、精霊達ヨ、何用カ』

『喋った!』

『見えないけど聞こえた!』

『こーんにーちわー!』

『どこどこどこー!』


キョロキョロしてもやっぱり見えない。でも声は聞こえるから会話は出来そう。


『再度問うゾ。何用か答えヨ、小さき神性ヨ。精霊達ヨ』

『僕達地図作りに来たー』

『ここだけ見えないー』

『地図完成しないと困るー』

『あと君だれー?』


僕達に問う声に答え、僕は話し声が誰なのかと問いかけた。

すると何も返事は無くて、しーんとした時間が過ぎる。


『ねーねー、君誰なの-?』

『僕答えたんだから答えてよー』

『聞いてるのー!?』

『もう、何で無視す―――――』


返事をしてくれない事に我慢出来なくて、見えない場所に向かってバタバタ暴れる。

するとばーんと吹き飛ばされ、気が付いたら家の外に放り出されてた。

さっきまで家の真ん中の方にいたのに。


『何今のー』

『家の力に似てた?』

『でも家はいきなり外には放り出せないよ?』

『転移?』

『かなー』


良く解んないけど、多分アレがこの家の力の中心。

そして僕達を簡単に吹き飛ばせる力を持ってる。


『なんか悔しい』

『僕もー』

『もっかい行くぞー!』

『『『おー!』』』


全力でさっきの所まで走って戻り、見えない何かに突撃しようとして――――。


『へぶっ』

『また飛ばされたー!』

『今度はお話もしてくれなかった!』

『酷い! もっかい行く!』


そうして5回突撃して、結局全部吹き飛ばされた。5回目は地面にめり込まされた!

僕この家嫌い! ヤな感じしないけど嫌い! 主に言いつけてやるー!

でもちょっと楽しかった! 後でもっかい行こ!

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