第307話、どうすれば良いのか解らない錬金術師

私の敵が誰か、ならばどうするべきか、自分の中できっちりと定まった。

そのせいで思わず結論が口に出て、その上敵を目の前にした気分になっていた。

結果、法主さんに睨まれ、強めの口調で叱られてしまうなんて事に。


「・・・ごめんなさい。思わず、口に、でた」


さっきまであんなに優しかった彼女が、まるで面影が無い程怖い顔になっている。

その事に思わず喉がつまり、一瞬泣きそうになるも、グッと我慢して謝った。


法主さんは最初に「敵になる気は無い」とはっきり言っている。

だから彼女は敵じゃない。なのにそんな事に関係なく敵意をばら撒いてしまった。

腹が立って思わずだったけれど、その気持ちを何も悪くない彼女にぶつけるなんて。


私は一体何をしているんだろう。何で私は何時もこうなんだろう。

頭に血が上るとそれだけで思考が埋まってしまう。本当に情けない。


「思わず、ですか。そこまで不愉快な事を、私は言ってしまったでしょうか」


けれど法主さんは、私が謝ると直ぐにニコッと笑ってくれた。

許してくれたって事で良いのかな。声音も優しい物に戻ってるし。

あ、ええと、呆けてる場合じゃない。ちゃ、ちゃんと説明しないと。


「・・・リュナドさんを害する敵は、私の敵。その事を、理解しただけ、だから」


彼女は私に不快な事なんて言ってない。むしろだれが敵かを明確に教えてくれた。

お礼を言う理由は有っても、怒る理由なんて欠片も無い。

そう、思って、説明をしたつもり、だったんだけど。


「次に同じような事があれば、私も共に殺すと、そう仰る訳ですね」


ひうっ、な、何で!? 何でそんな結論になるの!?

目、目が凄く怖い! さっきも怖かったけど、今の方がずっと怖い!

思わず身を屈めて構えてしまうぐらい、怖くて震えるぐらい威圧感がある!!


「私が大人しく殺されるとは、簡単に脅せる小娘とは思わないで頂きましょうか」

「―――――!」


息が、詰まる。明確な敵意と戦意をぶつけられ、体が震える。

何が悪かったんだろう。何で彼女は怒っているんだろう。

解らない。私の言葉をどう受け取ったらそうなるの。


そんな疑問に頭を回す余裕がないくらい、目の前の女性の威圧感に呑まれている。

単純な力による恐怖なら、こんなに怖くはないはずだ。

ただあんなに優しく笑う人を、こんなに怒らせてしまった事実が余計に辛くて怖い。


でもこれ以上何かを喋ると、もっと怒らせるんじゃないか。

むしろ喋らなくとも、身動きを取るだけで不快にさせるんじゃないか。

そんな思考が頭を支配し、答えの出ない疑問だけがぐるぐる回る。

どうやったら良いのか、私は、どうしたら、何で、何が――――――。


「セレス、落ち着け」

「っ!」


優しく肩に触る感触と、聞きなれた優しい声音が耳に届く。

そのおかげで、パニックで泣き出しかけていた気持ちが少し落ち着いた。

そして落ち着かせてくれた声の主に、リュナドさんに視線を向ける。


すると彼は一瞬ビクッとした後、気まずそうに視線を逸らした。

多分私の酷い顔を見て驚いたんだろう。今にも泣きそうだったし。

そして彼は小さくため息を吐いた後、法主さんに顔を向けた。


「ミリザ殿も、落ち着いて頂きたい。敵対する気は無い、と言ったのはそちらだろう」

「・・・ええ勿論、敵対したくはありません。それは私からはという意味ですが」

「それはこちらとて同じ事だ。身を守る為ならば致し方ないが、態々こちらから他国との戦闘など面倒この上ない。その後の事を考えれば、出来るだけ平和的に行きたいものだ」

「それは貴方の言葉でしょうか」

「そうだな。あくまで私の意見だ」


リュナドさんはこの場を収めようとしてくれている様で、静かに法主さんに語り掛ける。

対する法主さんも構えた体勢を止め、幾分穏やかな口調に戻っていた。

その事に若干ホッとしつつも、不安は消えずに成り行きを見つめる。


ただ落ち着いたからか少し周りを見る余裕が出来、精霊達が彼女を見つめている事に気が付く。

その様子は精霊にしては珍しく、怒りも笑みも無い、ただ法主さんを観察している様に見える。

いや、何だか小声でヒソヒソ話している子もいる。内容は全然解らないけど。


「・・・そうですか。申し訳ありません。私の早とちりの様です」

「構わない。お互い様だ」


法主さんは少し考えるそぶりを見せた後、また最初の優しい笑顔に戻って謝罪を口にした。

リュナドさんは小さく溜息を吐くと、彼女に応えながらチラッと私に視線を向ける。

ただそれが困った人を見る様な視線だったので、情けない気持ちで俯いてしまう。



また、助けられてしまった。本当に、どうしようもなく困った所で、何時もの様に。



今回こそは、今日こそは、彼に出来るだけ迷惑を、手間をかけさせたくなかったのに。

付いて来て貰ったのは仕方ないとしても、ちゃんと自分でやる気だったのに。

物凄く申し訳ない。とてつもなく情けない。本当に、本当に・・・嬉しい。


謝る方が先なのに、ごめんなさいって気持ちが先にあるべきなのに、嬉しい気持ちが強い。

私が恐怖で何も出来ないと、これ以上は無理だと判断して、すぐに助けてくれた。

その事がとても嬉しくて、別の意味で泣きそうなのを我慢している。


「ではセレス様、誤解であったようですので確認を。先程のお話は単純に、リュナド様を直接的に害した者だけの事。そう認識しても宜しいですか?」

「・・・ん」


ただそのせいで声が出ず、法主さんの問いに頷き返すしか出来なかった。

本当なら私が言葉足らずでごめなさいって、もっとちゃんと謝るべきなのに。


「そうですか。それならば何よりです」


ただそんな私の返答でも、彼女は一切気分を害した様子を見せなかった。

むしろ尚の事ニッコリとした笑顔で、とても穏やかで心が落ち着いて来る雰囲気だ。

多分リュナドさんが間に入ってくれたからだよね。そこは絶対大きいと思う。


でもやっぱり良い人だなぁ。あんなに怒らせちゃったのに、すぐに許してくれた。

それにしても、優しそうな人が怒ると、余計に怖い気がしたなぁ。


何だかよく解んないけど、不思議な力も感じた様な気もする。あれは何だったんだろう。

凄い威圧感があった様な気もするけど、それよりも怒らせちゃった事が怖かったからなぁ。

まあ良いか。許して貰えたし。変な事聞いてまた怒らせたくないし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あー…びっくりしたぁ。急に険悪な空気にならないでくれよ。

いやしかし、取り敢えず何とか落ち着いてくれてよかった。

セレスも渋々でも納得してくれたみたいだしな。


正直先にセレスを止めるのは、目茶苦茶勇気が必要だったけど。

だってしょうがないじゃん。あの状況で止めるなら、原因のセレスが先だろ。

発言自体は何と言うか、俺の為って感じだったけど、判断にはちょっと困るものだったし。


いやでも本気だったんだろうか・・・そういえばコイツ、俺への敵対者には容赦なかったな。

酒場爆破や魔獣の即時殺害も有ったし、割とヤバい状況だったのかも。

とはいえ俺の制止を聞いた以上は、本気でやるつもりは無かったと思いたいが。


ただ止めた時思いっきり睨まれたから、後で謝っておこう。でないと怖いし。つーか今も怖い。

多分止め方が食わなかったんだろうなぁ。何時もと違って上から言う形だったし。

でもそれも仕方ないじゃん。今は俺精霊公なんだからさ。ああ言うしかないじゃん。


「はぁ・・・」


安堵の息を吐きつつ、けれど困った連中だという風に法主には見せられているだろう。

実際勘弁して欲しけどな。セレスの喧嘩を買うとか度胸が良すぎる。

たとえ戦闘職じゃないから構えが解らないとしても・・・いや待て。


セレスの発言が不用意だったのは確かだが、向こうも少々喧嘩っ早い様に思う。

舐められちゃいけない、とでも思ったんだろうか。それにしても迂闊な気はする。

なにせ彼女は国の、宗教組織の法主であり、戦いからは縁遠いはずの身だ。


勿論護身術程度は学んでいるだろうが、この場であそこまで解り易く敵意を見せるだろうか。

何せこの場には俺も居るんだ。武装だって取り上げられていない。

俺にやる気は無いが、襲い掛かられる可能性を考えず、ああも敵意をむき出しにするだろうか。


・・・ちょっと、探ってみるか


「それにしても、私達の前であのような姿を見せて良かったのか?」

「ふふっ、恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」

「別に恥ずかしいなどとは思わんさ。あの場合いた――――」

『『『『『キャー!』』』』』

「――――もうちょっと待ってろ」


精霊達が退屈になったらしい。って言うか、茶菓子を食い終わったらしい。

最近は菓子をゆっくり食べるから、もう少し静かだと思ってたんだけどな。

いやまあ、少し前から食べ終わって、退屈そうにゴロゴロ転がってるのも居たんだけど。


食い終わっても暫く我慢しただけ、今回は大分頑張っていたほうかもしれない。

出来れば大人しくしててくれなって、事前に頼んでいたからだろう。

だってこんな真面目な話の中、気の抜ける鳴き声とクルクル踊る様子とかさぁ。


『『『『『キャー!』』』』』

「お前らなぁ・・・」


お代わりを要求する! じゃねえんだよ。普通こういう時の茶菓子は全部食べないの。

とか言っても無駄だしなぁ。放置するとテーブルとか椅子を食べそうだし。


「ふふっ、ごめんなさいね、貴方達の事を放置してしまって。退屈だったのね。お菓子のお替りであればすぐに用意します。少しだけ待ってて貰えますか?」

『『『『『キャー♪』』』』』

「はい、解りました。別のお菓子ですね。ふふっ」

『キャー?』

「ああ、すみません、私の勘違いで驚かせてしまって」

『キャー』

「ええ、主様方はお強いですからね。精霊様の忠告通り、気を付けます」


ただ法主は精霊達の行動に気分を害した様子無く、むしろ良い笑顔で受け入れている。

そして控えていた僧兵にお茶のお替りを指示し、菓子は部屋にある物を取り出して来た。

精霊達は警戒心も敵対心も無く、楽しそうに跳ね飛びながらついて回っている。

なんかもう、さっきの緊迫した様子と今の状況の落差に、思わず頭を抱えて項垂れてしまった。


・・・いや、よく考えたらアイツらにしては珍しい様な気がする。

精霊達はセレスの敵に容赦しない。こいつらにとって主の敵は自分の敵だ。

なのに今回こいつらは静かだった。何か理由が有るのか?


だが思い返してみると、アスバとも最初の方から仲が良かったな、こいつら。

フルヴァドさんにも敵対心が無かったし、敵意を見せても許す理由が有るのか?

こいつら基本は単純なんだが、たまーに解んないんだよなぁ。

会話を聞く限り、法主に対して忠告している様にも聞こえるし


『キャー?』

「・・・要らない」


『どうしたのー? 頭痛い? 主のお薬居る?』じゃないんだよ。

頭が痛い理由は体調不良じゃないから効果が無いっての。

まあ良い。考え方を変えよう。とりあえず穏やかに話が進められそうだと思う事にしよう。

精霊達の思考の意味が解らないなんて今更だ。深く考えるだけ無駄かもしれない。


「何か、お薬を常用されているのですか?」

「大した事はない。ただ念の為と、セレスに持たされているだけだ」


セレスの面倒を見るストレスで胃が痛いから薬飲んでます、とか言えないよな。

それに薬を常用している病弱、とか思われるの困るし。


「成程・・・セレス様の作るお薬は我が国にも届いています。その意味でも敵に回したくないと、そう考える者達も居ます。そんな薬を真っ先に用意して頂けるのは、少々羨ましいですね」

「・・・確かに、助かってはいる」


胃腸薬とかな。あの薬が無かったら、今頃胃に穴が開いてると思う。

ただしその原因もセレスだから、若干納得いかない所があるが。


・・・ん、ちょっと待て。今何かおかしくなかったか。


「・・・ミリザ殿」

「はい、何でしょうか」


彼女は特に気にした様子無く、笑顔で精霊に菓子を渡しながら応える。

そこには今の自分の発言がおかしい、等と思っている様子は見て採れない。

けれどそれはおかしい。それではここまでの彼女のイメージと異なってしまう。


「・・・なぜ貴女は今、薬の話など、突然にされたので?」


前振りも無く、突然に、彼女は薬の話をし始めた。

そうだ。普通ならそう感じる会話の流れのはずだ。

さっきの会話の流れを不自然に感じないのは『俺しか居ない』はずなんだ。


だってさっき精霊は、俺に向かって、俺に意味を伝えて来た。

その言葉は彼女には解らないはず。薬の話なんて理解できないはずだ。

なのに彼女は唐突に『薬を常用しているのか』と聞いて来た。

あんな脈絡のない会話を、彼女が突然するだろうか。


「何故、と言われても。傍に居る精霊様が、薬は要るかと聞かれていたではないですか」


・・・そっかぁ。精霊の言葉理解してるのかぁ。

その事実を考えると、物凄く、物凄ーく嫌な予感がするんだけど。

だってほら。居るじゃん、一人。同じ事が出来る娘が。


黒い呪いをふりまける、神様の力を使える、メイラと同じ事が出来るんじゃないかって。

その結論に行きつくと、さっきの態度に納得出来るんだよなぁ。

嫌だなぁ。確認したくないなぁ。


って言うか、セレスが大人しくなったのって、まさかこれも理由か。

俺には何も解らなかったが、さっきの睨み合いで何かを感じ取ったのかもしれない。


いや、逆か。その可能性を確かめる為に、あんな発言をして挑発したのか。

そして結果は予想通りだった訳で、彼女の手の内が判明したと。

あのタイミングで態々喧嘩吹っ掛けるのが良く解らなかったが、そう考えれば腑に落ちる。


とはいえ俺としては、その予想は外れていてくれた方がありがたかったが。

だって勘弁して欲しいって。これで下手に事を構える訳には行かなくなったじゃん。

もし戦闘になんかなったら、最悪黒塊戦の再来じゃねえか。洒落になってねぇぞ。


・・・何で俺、こんな普通じゃない連中と、こんなに出会わなきゃいけないんだろう。

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