第305話、法主と対面する錬金術師

リュナドさんに寄りかかって案内を受ける事暫く・・・本当に移動が長かった。

けれどそれも終わりの様で、大きな石造りの建物の所に向かう様だ。

建物と同じ質の石を使った門をくぐり、僧侶さんが色んな人に声をかけながら進む。


ただ門をくぐって少しすると、僧侶さんは唐突に移動の方向を変えた。

そのまま真っ直ぐ正面の建物に向かうのかと思ってたけど、どうやら違うらしい。

ぐるりと建物の裏側に回り、裏口らしき所で立ち止まった。


「大変お待たせいたしました。精霊公様。錬金術師様。到着致しました」


僧侶さんは最初の挨拶の時と同じ様に、膝をついて到着を告げる。

リュナドさんはそれを受けて立ち上がり、手を繋いだままなので私も釣られて立ち上がる。

そして彼にエスコートされる形で荷車を降りた。


「荷車はどうされますか。雨風にさらされぬ様に屋内へ移動させても構いませんし、この場に置いていて下さっても構いません。私としては、屋内の方が安全かと思いますが」


安全ってどういう事だろう。外だと危険なのかな。

強風で飛ばされたり豪雨で壊れたりとかするのか?

空を見る限り、そんな急激な天候変化は無い様に見えるけど。


どちらにせよ精霊を残しておけば問題無いし、私としてはここに置いていて構わない。

あ、でも、僧侶さん達が不安なら、移動させた方が良いのかな。

けれど私のそんな疑問が口に出る前に、リュナドさんが口を開いた。


「ここで構わん。もし何か有ろうと、この荷車がどういう物か思い知るだけだ」

「承知致しました。精霊公様のお言葉のままに」


あ、それで良いんだ。なら良いや。リュナドさんが間違う事も無いだろうし。

思い知るって言葉は少し変な気もするけど、きっと見れば解ってくれるだろうからね。

この荷車の素材全部魔獣だから頑丈だし、飛ばされても精霊が操縦するから大丈夫だって。


「精霊達は少し残って、荷車を守ってくれ」

『『『『『キャー!』』』』』


リュナドさんの言葉に応え、元気良く槍を掲げて鳴く精霊達。

早速二体が幌の上によじ登って行き、前と後ろに別れて仁王立ちしている。


他にも何体かは荷車に残る様で、わちゃわちゃとそれぞれ配置に付いた様だ。

多分暫くしたら同じ場所に飽きて、配置とか関係無くなると思うけど。

だって早速御者台の所で眠り始めた子も・・・いや、あの子は最初から寝ていた気がする。


「では、法主様のお部屋へご案内致します」

「法主? ああいや、すまない、気にするな。案内を頼む」

「はい。では、こちらへ」


法主様。その呼び名にリュナドさんは疑問の声を上げ、けれどすぐに訂正して案内を促す。

私は何が気になったのかと首を傾げるも、大人しく彼に手を引かれながら歩いた。


中に入ると外観とは違い、大半が木材で作られてる様だ。

どうやら石造りなのではなく、外側に石が使われているだけっぽい。

物凄く太い木の柱が幾つもあり、かなり贅沢な木材の使い方をしている。


少なくとも柱に使われている木はどれもこれも一級品。

それを殆ど切り分けず、ほぼ一本物の柱で使っているものばかりだ。

だからこそ木造建築でありながら、大型の建物として成立しているのかもしれない。


ただ案内をされながらさらっと見ていると、少々不安な所が幾つか見て取れる。

勿論簡単に折れる事は無いだろうけど、柱が一本折れたら破綻する所がちらほら。

良い木材を太いまま使ってるからこその設計だと思うけど、私はちょっと怖いと思う。


建物を建てる時は、出来るだけ負担は分散させたい。

でないと一つ崩れたら完全崩壊、なんて事もあり得る訳だし。

材料の質が良いにこした事は無いけど、それに頼り過ぎる作りは危険だろう。

とはいえ作った人は解ってて作ったんだろうし、住んでる人も知っているとは思うけど。


「・・・?」


そうやって眺めていると、不意に違和感を覚えた

何に対してなのか明確に言葉に出ない。けれど何かおかしい様に感じる。

一体何だろう。今私は何に違和感を覚えたんだろうか。


「セレス、どうした?」

「錬金術師様、如何されましたか?」

「っ・・・ごめんなさい、なんでも、ない」


しまった、無意識に足を止めてしまっていた。

慌てて謝って歩を進めると、二人共私を怒る事なく移動を再開してくれた。

その事にほっと息を吐き、もう余計な事はしない様に一旦思考を止める事にする。


「こちらになります。法主様、精霊公様と錬金術師様をお連れ致しました」


僧侶さんの声を聞いて意識を戻し、顔を少しだけ上げるとノックをしている所だった。

ノックをしながら僧侶さんが呼びかけると、きぃっと扉が小さな音を立てて開く。

扉の向こうに現れたのは若い女性で、僧侶さんと似た刺繍の細かい服を着ている。

彼女は胸の前で手を軽く組んで小さく頭を下げ、けれどすぐに顔を上げた。


「ようこそおいで下さいました。精霊公様。錬金術師様。どうぞ、お座りください」


彼女はふんわりと柔らかく笑うと、私達をソファに促した。

リュナドさんがそれに従い移動をしたので、慌てながら私も付いてゆく。

テーブルにはお茶が用意されてあり、お茶菓子らしき物もお皿に盛られている。


「良ければ先ずは、お茶をどうぞ」


席に着くと彼女にそう言われ、断るのも良くないかなと素直に手を伸ばす。

ただ伸ばした所で仮面をどうしようかと思い、今回は外してテーブルに置く事にした。

勿論外して平気か恐る恐るだったけど、穏やかな女性なので大丈夫そうだ。


そうしてお茶を口にしていると、リュナドさんは溜息を吐いてお茶を飲んでいた。

彼の口には合わなかったのかな。私は結構おいしいけど。ほっとする味だと思う。


「では自己紹介を致しましょうか。私はこの国で法主を務めております、ミリザと申します。案内してくれた彼は、私の護衛を務める僧兵ですので、この場に留まる事をお許し下さい」


そこで彼女がまた小さく手を組んで名乗りを上げる。

法主。つまり彼女がここの宗教組織の最高指導者。

宗教のトップって、もっとお爺ちゃんとかお婆ちゃんだと思ってた。


「・・・貴女が、法主、なのか。本当に」

「ええ、ご存じありませんでしたか?」

「・・・この国の今の法主は余り外に出ないと聞いている。女性と言う事は知っていたが、こんなに年若い女性だとは思っていなかった。本当に貴方が法主ならば、耳に入りそうなものだが」


あ、そうなんだ、リュナドさんも知らなかったんだ。


「信じて頂けなければ、それも致し方ありません。ですが本当の事です」


リュナドさんの問いに、彼女はふんわりと笑う。

けれどその笑顔を受けても彼の表情は険しい。

一体どうしたんだろう。何か気に入らない所でもあったんだろうか。

変な様子に少し不安になっていると、彼はふぅと息を吐いて表情を緩めた


「いや、今は真偽を問うても仕方ないか。では私も名乗らせて頂こう。ご存じとは思うが、私の名はリュナド。精霊公と今は呼ばれている。どちらで呼んでくれても構わない」

「ふふっ、ではリュナド様、と呼ばせてい頂きますね」

「ではこちらもミリザ殿と呼ばせて頂こう」


あ、あ、しまった、首を傾げている内にリュナドさんが自己紹介してる。

これは私もしないと・・・というか本当は私がしないと駄目なはずだよね。

だって今回は『私』が彼女に会いに来たんだから。


い、いや、まだ間に合う。まだ今は自己紹介してる。

良し、ちゃんと自分で言うぞ。促される前に頑張るぞ

この人は物腰柔らかい人だし、ちゃんと言えるはず。

そう思いながらグッと気合を入れて、顔を上げてから口を開いた。


「・・・錬金術師の、セレス。私も、好きに呼んでくれて、構わない」

「解りました。ではセレス様。宜しくお願い致します」

「・・・宜しく」


彼女は私の自己紹介を聞き、にっこりと笑って応えてくれた。

やっぱり初めて話す人だから緊張してしまったけど、ちゃんと出来て良かった。

彼女の笑顔にほっとして、思わず口元がにやけてしまっている。

優しそうな人だ。この人なら落ち着いて話が出来そう。


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彼は私の命令に従い、その役目をしっかりと果してくれたらしい。

おかげで十分に時間が取れた。これで万が一が有っても対処出来る。

本当は万が一なんて無い方が良いけれど、最悪の想定は常にしておいた方が良い。


「法主様、精霊公様と錬金術師様をお連れ致しました」


そして来客の準備も整った所で、お客様がやって来た。

お呼びしていない、出来れば来てほしくなかったお客様が。

とはいえ今更そんな愚痴を言っても仕方ない。迎えたのは自分なのだから。

むしろ他の誰かの所に行かれるより、私が対応する方がまだマシでしょう。


そう思い覚悟を決めて扉を開き、二人を見て思わず息を呑みそうになった。

だって、なんて対照的な二人だろう。何て綺麗な人と禍々しい人だろう。


「ようこそおいで下さいました。精霊公様。錬金術師様。どうぞ、お座りください」


お二人を席に促しながら様子を観察する。特に男性に、精霊公に目を奪われる。

とても、とても澄んだ精霊力と神性を纏い、けれどその力に威圧感が無い。

むしろ優しさと心地良さすら感じ、それ故の恐怖も感じる。


魅入られてしまう。心を奪われてしまう。それがとても怖い。確実に警戒すべき相手だ。

まさか本当に神性を持った人間だなんて、そんな事があるだろうか。

これは本当に、本当に早めに対処して良かった。


そしてそれとは対照的に、目の前に立つのが怖いと感じる禍々しい威圧感。

彼とはまるで違う恐怖。単純な武威による威圧。

それは殺意とはまた少し違い、けれど禍々しい圧力なのは変わらない。


油断をすれば即座に首をかき切られそうな、戦場に立っている様な息苦しさ。

殺意が無いのに殺されると感じる、とても矛盾した圧迫感。

普通の人間では絶対に不可能な、戦わずとも解る強者の力。これが噂の錬金術師。


「良ければ先ずは、お茶をどうぞ」


断られると思いながらお茶を進めると、彼女は事も有ろうか素直に飲んだ。

毒が入っている可能性も有るというのに、不気味な笑顔の仮面を外して堂々と。

飲んだフリではない。本当に飲んだぞと見せつける様に。


俯いているからはっきりとは解らないけど、フードの奥の口元が笑ったように見えた。

この程度の事で試したつもりかと、そう言われている様で少々悔しい。

付き合う様に精霊公もお茶を口にし、私は初手を取られた気分になりながら口を開く。


「では自己紹介を致しましょうか。私はこの国で法主を務めております、ミリザと申します」


私の自己紹介に、彼は明らかに訝し気な顔を見せた。

それが普通の反応だ。私は余り表に出ない。

出たとしても顔を隠している事が多く、私の素顔を知る者は少ない。

その上言葉も守護僧兵に代弁して貰う事が多く、声すら聞いた事が無い者も多い。


だからこそ、私がそういう立場だからこそ、この会談の場は私なりの誠意。

精霊公を対等の立場として認め、彼の危険を最大評価していると思って貰いたい。

けれど彼は私が『法主』である事その物に疑いを持った。


その事に思わず、本心から笑顔で応える。

だってそうでなくては。初対面の者の言葉を全て素直に信じる様な方では私が困る。

彼への誠意に関しては、話が終わった後に気が付いて貰えればそれで良い。


そうして彼は疑ったまま、その答えを出さずに話を進める。

会話の中で真偽を見定めよう、と言う事なのだろう。

ならば存分に見定めて頂きたい。私という人間を。


「・・・錬金術師の、セレス。私も、好きに呼んでくれて、構わない」


―――――吐くかと思った。笑顔を崩さなかった自分を褒めたい。

先程までもすさまじい圧力だったというのに、さらにその圧力が上がった。

言葉を普段通りに紡ぐのすら気合が居る。そして、それが、ばれている。


「・・・宜しく」


伏せていた顔を上げた事で見えた鋭い眼光。そしてその眼光のまま上げられる口元。

測られている。既に彼女は私という人間のレベルを見定めている。

この笑顔が、虚勢だと、見破られている。


「――――――っ」


笑顔のまま息が詰まる。怖い。恐ろしい。この化け物に、私は、どれだけやれる。

万が一になった時、この威圧感を放つ彼女に、勝てるだろうか。

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