第304話、移動の間はリュナドさんに縋る錬金術師
馬車の御者台の所に座って案内されるままに移動する事暫く・・・まだ移動している。
というか案内役の人の歩く速度が遅い。絶対もっと早く歩けると思うのに。
しかも精霊が珍しいのか、街への客が珍しいのか、物凄く注目されているのが辛い。
ただ大半の目はリュナドさんに向いているので、そこだけは助かっている。
「・・・まだ着かないのかな」
何処まで行くのかと思い呟きが出たものの、声が小さくて僧侶さんには届いていない。
リュナドさんは僧侶さんの少し後ろを歩いているので、流石の彼でも聞こえていない様だ。
そもそもよく考えたら、何処まで行くつもりなんだろう。
何だか僧侶さんの案内は、わざと遠回りをしている様に感じる。
さっきも不要な右折左折が有ったと思うし。
目的地を教えてくれれば、そこに真っ直ぐ向かうんだけどな。
「・・・何時まで歩かせる気だ」
ただリュナドさんも私と同じ事を思っていた様で、私の呟きの少し後に問いかける。
情けないけど「助かった」と思いながら、僧侶さんの返答を待つ。
すると彼はただでさえ遅い歩みを止め、また最初の挨拶の時の様に膝をついた。
「申し訳ありません、精霊公様。お急ぎの様でしたので案内を最優先にと思いましたが、考えが足りませんでした。移動手段を用意致します故、少々お待ち頂けるでしょうか」
「荷車ならばこちらにある」
「恐れながら、精霊公様と共に乗る様な無礼は出来ません故」
「私は構わん」
「寛大なお言葉は大変ありがたく思います。ですが私の様な者には恐れ多い事。どうか、どうかご容赦を」
えっと、僧侶さんがリュナドさんと一緒に乗るのは駄目、って事なのかな。
彼自身が許可を出してるのに、何で駄目なんだろう。良く解らない。
ただリュナドさんは僧侶さんに近づくと、少し小さめの声で話しかけた。
周囲の喧騒も有って、私の耳まで届かない。ぼそぼそと少し聞こえる程度だ。
けれど僧侶さんが一瞬びくりと震え、リュナドさんが離れると頭を下げたまま立ち上がった。
「どうか、今暫く、このまま私に案内を続けさせて頂きたく」
「・・・まあ良いだろう。続けろ。貴様が案内せよ」
「ありがたきお言葉。精霊公様の案内という大役、最後まで全うさせて頂きます」
僧侶さんはそう言うと、さっきよりは気持ち速めに歩き出した。
けれどその歩みはやっぱり遅く、まだかかるのかと思うとちょっとげんなりして来る。
と言うか今更だけど、何でリュナドさんは歩いているんだろう。一緒に隣に居れば良いのに。
「・・・精霊達、リュナドさんに、隣に座らないのか、聞いてきてくれる?」
『『『『『キャー!』』』』』
この大勢の人の中私の声が通るとは思えず、精霊に伝言をお願いする。
でもお願いしてから、自分で歩いて近づけば良かったかも、と思ったけど。
ただそんな事を考えている間にもう精霊が伝え、彼はすぐに荷車に近づいて来た。
「どうした。何かあったのか?」
あれ、精霊達はちゃんと内容まで伝えてくれなかったのかな。
まあ良いか、それなら私が今聞けばいいだけだし。
「・・・リュナドさん、何で歩いているの?」
「・・・言われてみればそうだな。何で俺は歩いてんだ。すまん、突っ込まれるまで気が付かなかった。そういえば普通貴族は歩かないよな、こういう時って」
どうやら特に歩く事に理由はなかったらしい。
ただ別に貴族だからという理由じゃないけど、リュナドさんの役に立ったならそれで良いか。
「・・・じゃあ、隣、どうぞ」
「あー・・・はい」
「・・・ん」
彼は荷車に軽く飛び上がって乗ると、誘った通り私の隣に座る。
すると周囲の人の注目が荷車に集中し、思わず彼の背中に隠れてしまった。
それだけで怖さはとても和らぎ、ほっと息を吐いてそのまま彼に縋る様にもたれかかる。
あ、もたれかかって縋ってる状態なら、背中に隠れなくても少し平気かも。
「セ、セレス?」
「・・・あ、駄目、だった?」
「い、いや、駄目って事は、ないが」
何時もの調子で彼に縋ってしまい、けれど彼はそれに驚いた様子を見せる。
よく考えたらもたれ掛るのは良くなかったかもしれない。
でも彼に縋ると心が楽だから、思わずやってしまった。
ただ駄目じゃないって言ってくれたし、それなら到着までちょっと甘えようかな。
「・・・じゃあ、案内が終わるまでは、このままで」
「・・・解った」
ちょっと溜息交じりだったけど了承を得られたので、これ幸いにと彼の腕を掴む。
手も握ってると安心するし、こうしてた方が距離が近いもん。
そうして彼の腕に抱き着く形になりながら、硬い鎧に暫くもたれ掛らせて貰った。
竜の鱗と繋ぎの金属が固いから、あんまり心地は良くはなかったけど。
あ、リュナドさんの隣、って言う点は凄く心地いいよ。うん。
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『精霊公を誰よりも先に迎えに行き、彼の案内をお願いします。ただし出来るだけ時間を稼いで下さい。万が一の為の準備をする時間を。とはいえ無理なら諦めても構いませんからね』
竜がやって来た時点で誰が来たのか判断した法主様は、私にそう命令を下した。
法主様の剣で盾となるべき守護僧兵の身として、絶対にやり遂げなければいけない命令。
あの方から離れはするものの、これをやり通す事があの方の命を繋げる事になるだろう。
そうして門まで全力で馬を走らせ、到着した頃には全てが終わっていた。
精霊公の突然の訪問。それもあの巨大な竜を伴った訪問だ。
この国の人間では、彼に歯向かう気力の在る者などそう居ないだろう。
何せ相手は子供の頃から聞かされていた、竜神様と瓜二つなのだから。
竜を従え、竜の体を持ち、人ならざる力を持った、人の姿をした神。
背に竜を従え佇む姿を見て、あの姿を見て敵対しようなどと、この国の人間では思えない。
兵は構えていたはずの弓を降ろし、恐怖と恐れ多さで膝をついている者も居る始末だ。
それ自体は仕方ない。こうなるのは予想出来た。私もあの巨大な竜に挑む気は起きない。
「・・・精霊公は人格者だ、という話は間違いであったか」
ただ現状の様子を見て、思わずそんな呟きが漏れる。
しかるべき手順を踏んだ上の訪問どころか、こちらの使者すら帰って来ていない。
問答無用での侵略をすると、そういった態度とすら取れる行動だ。怒りの行動そのものだ。
たとえこちらの使者の行動が気に食わずとも、いきなりこの様な手段を取るのか。
力を持った者らしい、高慢な行動だ。まさしく成り上がり者がやりそうな行動だ。
正直な所、その様な者を法主様の元へ案内はしたくない。この場で暗殺も――――。
「・・・奴が竜を従えている以上、それも無理か」
少なくとも近くに竜が居ない時にしか、その手段はとれないだろう。
自分にそう言い聞かせたら兵達に白旗を上げさせ、門も完全に開かせる。
そうして門までやって来る精霊公を迎え――――その威圧感に本気で膝をついてしまった。
私は彼を竜神公などと信じていない。上手く成り上がっただけの人間だと思っている。
どういうインチキを使ったのか知らないが、竜を従えている事が脅威なだけだと。
勿論周囲に居る精霊達が侮れない事も知っているが、本人は所詮ただの人間の兵士。
その認識が、彼を目の前にして、崩れ落ちた。
『挑んではいけない』
精霊にではない。竜にでもない。目の前に居る竜の姿をする男に、そう感じた。
兵として強いという事は疑っていなかった。それでも所詮人間の域でしかないはず。
そのはずなのに、なぜこんなにも恐怖を・・・目の前の存在を神々しく感じるのか。
まさか本当に、彼が竜人公だとでもいうのか。人非ざる存在とでもいうのか。
だがそんな気持ちと一緒に、その後ろに居る人物に真逆の感情も感じていた。
『殺される』
精霊公に感じた様な、ただ敵わないという様な生易しい感情ではない。
容赦なく、抵抗も無意味に、成すすべなくただ殺される。
勝てる勝てないなどと言う話に意味など無く、死の恐怖だけを感じる威圧。
神々しさなどまるでない。有るのはただひたすらに禍々しい恐怖。
あれが噂の錬金術師。悪評も評価と言うが、むしろ正当な評価ではないか。
この様な人物を本当に法主様の元へ連れて行って良いのか。
『――――いや、落ち着け』
今はその思考に無理やり蓋をして、法主様の命令通り彼を案内する。
勿論時間稼ぎの為に歩を緩め、少し遠回りをしながら街の住民に見せる様に。
彼等の対応に真っ先位駆け付けたのは、法主様の守護僧兵だと。
これは狂信者共に対して、かなりの強みになる。
なにせ竜人公を信じておきながら、奴らは彼の歓迎に遅れたのだから。
奴らは神を信ずる心よりも、力に対する恐怖に負けた。そう言われても仕方ない光景だ。
今頃は出遅れた事に気が付き、けれど私の邪魔も出来ずに悔しがっている事だろう。
それも彼を迎える事に難色を示した法主様が、という点が何よりも気に食わないに違いない。
このまま上手く行けば、最低限法主様の命令と立場は守る事が出来る。
とはいえ流石にそう全て上手くはいかず、精霊公に咎められてしまった。
出来るだけ言葉に正当性が有る様に、表情から悟られぬように頭を垂れて返答をする。
「時間稼ぎはまだ許そう。だがそれ以外の意図に利用されるのは不愉快だ。どういう意図が在るのか話せ。場合によっては付き合ってやる」
だがそんな私に対し、静かで理知的な言葉が返って来た。
先程思った高慢さなど感じない、むしろ優しさすら感じる言葉。
不愉快だと言いつつ、声音は然程機嫌の悪い物ではない。
「どうか、今暫く、このまま私に案内を続けさせて頂きたく」
「・・・まあ良いだろう。続けろ。貴様が案内せよ」
「ありがたきお言葉。精霊公様の案内という大役、最後まで全うさせて頂きます」
とはいえここでは誰が聞いているか解らず、小声でも聞こえる者がいるかもしれない。
だからこそただ願いだけを口にし、そしてそれは聞き届けられた。
時間稼ぎは許され、この間に法主様は準備を整えるだろう。
だが精霊公はそれを解っていて許した以上、他の意図にあまり使うのは不味いか。
回り道を止め、少しだけ歩みを速め、けれど準備には十分な時間をかけて移動をする。
ただその途中で精霊公は荷車に乗り、錬金術師と仲を見せつけ始めた。
「・・・成程」
だから「時間稼ぎは許す」か。その時間を自分も有効に使うからと。
これで錬金術師と精霊公の仲の良さは、最低でもこの街には広がってしまう。
あの様子を見て、竜人公が錬金術師に呪われている、などと民が思うだろうか。
むしろこの様子を見れば、彼が怒るのは当たり前だとすら思われるかもしれない。
仲の良い二人を引き裂こうと言う狂信者に対し、不愉快な感情を覚える者も多いだろう。
「狂信者共を抑えに来た、という事か」
最後まで高慢に振舞うのではなく、こちらの要求との妥協点を上手く使っている。
むしろ先程の理性的な様子の方が、精霊公の本当の姿なのだろうか。
ならば法主様との話し合いの余地は有るかもしれない。
敵に回せば恐ろしい相手だが、味方になる可能性が見えて来た。
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