第303話、街の門を通る錬金術師

『『『『『キャー!』』』』』

「む、着いたか。だがこの勢いでは小さき者達の住処が吹き飛ぶな。旋回して速度を落とすか」


どうやら到着したらしい。計算ではもう少しかかると思っていたのだけど。

砂漠までは割とゆっくり飛んでいたのに、そこからは速度を上げていたみたいだ。

荷車の幌を閉じていたし、途中から荷車の制御も精霊に任せていたから気が付かなかった。


『キャー♪』

「・・・ん、ありがとう。じゃあ、着地までお願いするね」


外の様子を見て操縦を代ろうと思ったら、精霊達がそのまま着地してくれるそうだ。

竜は旋回するが、荷車だけ先に降りるつもりらしい。

目的地に到着した事もあり、少し抜けていた気合を入れ直してお願いする。


「あ、くれぐれも街の外に降りろよ。中に降りるなよ?」

『キャー?』

「いや、こんなもんが無許可で街中に降りたら、いきなり攻撃されかねないだろ」


首をコテンと傾ける精霊に注意をするリュナドさんに、私もコテンと首を傾げる。

でも良く考えたら、何時だったか前にも弓を構えられた覚えがあったっけ。

いきなり空から降って来るのは、魔物か何かと勘違いされちゃうのかな。


それは宜しくない。謝りに来たのに驚かせちゃいけない。

あ、その前にお話を聞くんだっけ。うん、先ずはそれが先だよね。

とはいえ、取り敢えず荷車は町の外に降ろそう。


「・・・リュナドさんの言う通りにしてね」

『キャー♪』


私も念を押す様に精霊に告げ、着地の感触を感じた所で立ち上がった。

リュナドさんも同じ様に立ち上がると、私より先に御者台へと歩いて行く。


「念の為俺が先に行く。この荷車はセレスの物だと知られている可能性が高い。下手すると出た瞬間攻撃、なんて事も有るかもしれないからな。まあ、そこまで警戒は必要ないとは思うが」


あ、そうか。街に直接入らなかったのは、この荷車自体が原因だったんだ。

私はこの国に住む人達に、全員じゃないとはいえ敵だと思われている。

それなら私の所有物が空から降りてきたら、その場で攻撃されていた可能性が有ったと思う。


お話をしよう、謝ろう、って意識だったから、攻撃される事を考えてなかった。

リュナドさんはちゃんとソコも気を付けてくれたから、態々街の外にって指示を出したんだ。


「・・・ありがとう」

「あー・・・まあ、その方が話も早いだろうし、な」


嬉しくて胸のあたりがきゅーってなる気持ちになりながら、彼に心からのお礼を口にする。

ただ彼の返答に一瞬首を傾げ、けれどとても納得してしまった。それは確かにそうだ。

もし外に出たとき人がいた場合、きっと彼に任せた方が話が早い。


「・・・ん、そうだね」

「だよなぁ・・・」


少し呆れらたのか、ははっと笑いながら言われてしまった。ちょこっとだけ恥ずかしい。

恥ずかしいけど、良く解って貰えているという喜びの方が大きいかも。

でもここはライナに言われた事を実行する為にも、リュナドさんに最初はお任せしよう。うん。


リュナドさんが精霊達と一緒に外に出て、だけど彼が外に出るなと手で制した。

どうやら出る事も止めておいた方が良いらしい。もしかすると既に弓を構えられているのかも。

少し心配になりつつも出て行って迷惑になるのも困るし、大人しくその指示に従う。


「大層な歓迎だな! 貴様らが私を呼んだのだろう! この精霊公を不遜にも自陣に呼びつけたのだろう! だというのにこれが貴様らの歓迎か!」


荷車からでもはっきりと聞こえる程、リュナドさんの怒気を孕んだ声が響く。

ついでに『キャー!』って声も響くけど、そっちはすっごく気が抜ける。

けれどやっぱり彼の声の方に驚きを隠せず、ドキドキしながら様子を窺う。


だってリュナドさんが怒った声を出す事なんて、滅多に無いんだもん。

私にはいっつも優しいから、怒られら事なんて無いし。

もしかしてアスバちゃんと同じで、彼もちょっと怒ってるのかな?


「返答はどうした! 無いのであれば押し通るぞ!」


わ、わ、だ、大丈夫? リュナドさん、そんなに喧嘩腰で本当に大丈夫?

私の為に怒ってくれてるのは嬉しいけど、私一応謝りに来たんだけど。


ただその後暫くがやがやと外は騒がしくも、彼の声は聞こえなくなった。

代わりに精霊達がキャーキャー鳴いているので、彼の無事は間違いないだろう。

慌ててる様子でもないし。あ、ずずんって地面が揺れた。竜が着地したかな。

なんてちょっと暢気に確認していると、幌が開いて彼の顔が入って来た。


「とりあえず中に入れそうだが、どうする。このまま俺が先導で良いのか?」

「・・・ん、いや、ううん、出る、よ」


彼の提案にありがたいと素直に頷こうと思った物の、それじゃ駄目だと思い直す。

今回私は私の意思で私が会いに来たんだ。

彼がやってくれると言う事は兎も角、自分がどうするのかという点は頑張ろう。


「そうか、解った」


彼はそんな私の気持ちを汲んでくれたのか、神妙な面持ちで頷いてくれた。

その事に心強さを感じながら、幌の中から顔を出す。

すると街を守る壁の上には弓を持つ大量の兵士と、地上にも門を開いたむこうに兵が沢山。


ああ、これは私が先に出ても、間違いなく役に立たなかった気がする。

門を開けて貰おうとしたとしても、大きな声が出なくて会話にならなかっただろう。

でもここからは違う。ここからは私もちゃんと人の前に立つんだ。


「すぅ~~~~~~はぁ~~~~~~・・・・行こう、リュナドさん」

「おう。竜は・・・まあ、その辺で待っててくれるか?」

「うむ、解った」

『『『『『『キャー♪』』』』』


深く深呼吸をし、その最中仮面に手を当てて心を落ち着け、殊更気合を入れて彼に声をかける。

彼が頷いてくれると同時に精霊が楽し気に鳴き、荷車を門に向けて移動させた。

ただ竜は本当にここで良いのかな。思いっきり街道に座ってるんだけど。


門まで辿り着くと僧侶らしき人・・・ううん、おそらく兵士だろう。

僧兵なのかな。服装は僧侶だろうけど、佇まいが兵士のそれだ。

その人が膝をついて手を組んで高く上げ、リュナドさんに頭を垂れた。


「ようこそおいで下さいました、精霊公様。錬金術師様。ご案内致します」

「・・・良いだろう。疾く案内せよ」

「はっ」


あ、この人が案内してくれるんだ。とても助かる。

中に入ったもののどこに行けばいいんだろう、ってちょっと思ってたから。

私今回気合入れてきたはずなのに、全部行き当たりばったりになってる気がする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


予想はしていたが、セレスも俺が前に出た方が早い、と思っていた様だ。

まあ、そりゃそうだろうな。セレスが前に出るよりも、俺の方が奴らは焦る。

セレスと竜の力関係の噂は国内と街では有名だが、この街では間違いなく効力が薄い。


そして狂信者連中の言葉が信者の言葉で有れば、間違いなく俺は通される。

通された先が狂信者か、それとも統治者か、そこは行き当たりばったりになるだろうが。


「行くぞ」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達に軽く声をかけ、スパッと外に出る。

恐る恐る出て来る、なんて様子は見せない様に、あくまで強気に見える様に。

彼等にとっては俺という存在は強い生き物だ。ならその想像を利用するに限る。


「・・・ま、そりゃそうか」


外に出ると空飛ぶ竜にか荷車になのか、明らかに警戒した様子が目に入った。

街を覆うご立派な大きな壁の上に、弓を構えている連中が沢山居る。

何かを叩く音が街の中から聞こえるし、緊急事態状態なのは想像に難くない。

ただその誰もが竜と俺の姿に狼狽えているのか、弓が引き絞られている様子はほぼ無いが。


とはいえ武器を構えられている事に機嫌が悪くなる気がして、セレスが出ない様に手で制した。

近場には農民なのだろう者達も居るし、流石に彼らが巻き添えを食うのは心ぐるしい。

というか、街の壁の外に農地が有るんだな。魔獣や獣の被害は余り無いんだろうか。


この国も俺の街の様に、被害が無い理由、何てのでもあるのかもしれない。

そう考えるとこの国で宗教が広まるのも自然なのだろうか。

安全というのは何事にも代えがたい。力なき者にとっては特にだ。

もしくは逆で過酷だったから宗教が広がり、単純に対処方法を確立しただけかもしれないが。


「ま、そういうのは後で良いか」


さーて、やるかぁ。正直後で気分が疲れるから、本当はやりたくないんだけど。

スゥと小さく息を吸い、気持ちを精霊公に切り替える。


「大層な歓迎だな! 貴様らが私を呼んだのだろう! この精霊公を不遜にも自陣に呼びつけたのだろう! だというのにこれが貴様らの歓迎か!」


腹の底から大きく声を上げ、自分でもちょっと驚くぐらいビリビリと響かせる。

叫びながら周囲を観察すると、キラッと何かが何度か光ったのが見えた。

多分俺の予想が間違ってなければ、上に指示を仰ぐ為の暗号だと思う。勿論詳細は不明だ。


腰を抜かしている民間人には申し訳ないが、ここで戦闘が発生するよりはましだと思ってくれ。

そう心で謝罪しながら背筋を伸ばし、精霊が『キャー!』っと騒ぐのを好きにさせる。

弓矢を構える兵士達は明らかに狼狽えており、既に半数以上が弓を下ろしていた。


まあ俺の言ってる事って冷静に考えたら理不尽にも程が有るんだけどな。

だって彼らが送った使者って、時間的にまだ帰ってきていないはずだし。

俺の人となりの確認や返事の確認など、何も出来てない状態なのは間違いないだろう。


いや、諜報を送ってる可能性は高いから、俺の事は知っているか。

だからこそいきなり俺が来るなんて、彼らにしてみれば無茶苦茶な事を言うなって気分だろう。

特に俺に来てほしくなかった連中からすれば、何で本人が来ちゃったんだって話だ。


たとえ俺からの苦情だとしても、本来なら自国の使者が帰って来てからの事。

それも本人が突然来るなんてありえず、来るとしても使者を受けてからの歓迎って形だろう。

普通ならそうだ。俺のやってる事や言ってる事はかなり無茶苦茶だ。


「返答はどうした! 無いのであれば押し通るぞ!」


けれど冷静な判断の時間は余り与えたくない。

応えねば押し通ると告げ、早い回答を急かさせる。

この異常事態に誰がいち早く対応出来る立場なのかを見極めておきたい。

統治者が対応する度胸のあるのかどうか、って言う確認でもあるけどな。


これで早く出て来たのが狂信者側だとすれば、この国とは事を構えるしかなくなるだろう。

狂信者を抑える気が無いのであれば、セレスと敵対するのと同意だ。

そうなれば俺は戦う方を選ぶしかない。出来れば賢い選択をしてくれる事を望みたいが。


ぶっちゃけ門が開いてるから、押し通るつもりなら簡単に押し通れるんだよな。

あの門が閉じたりすれば、俺に会う気は無いって言う意思表示だろうが。

後は流石に少しだけ様子を見ていると、減速し終わった竜がずずんと荷車の後ろに着地した。

おそらくそれが止めになったんだろう。暗号のやり取りが少々激しい。


「お、どうやら通すつもりみたいだな」


壁の上に大きな白旗が振られ、かつ軽く開いていた門が完全に開き切られた。

どうぞお通り下さい、って事だろうな。これで攻撃されたらもうそこまでだ。

セレスに行けるようになったと告げると、彼女は通る前にその姿を現すと言う。


おそらく『精霊公』が来たのではなく『錬金術師』が来たのだと解らせる為に。

少なくとも俺が友好的な理由や、この国に属する為に来た訳じゃないという意思表示だ。


「すぅ~~~~~~はぁ~~~~~~・・・・行こう、リュナドさん」

「おう。竜は・・・まあ、その辺で待っててくれるか?」

「うむ、解った」

『『『『『『キャー♪』』』』』


あからさまに不愉快そうに、大きな溜息を吐いてからセレスは移動を告げる。

機嫌が直って良かったと思っていたんだが、ここにきてまた機嫌が悪くなったか。

つーか威圧感まで戻って来てない? だから今日のお前なんか凄く怖いんだって。

震えそうになる体を気合で抑えつつ、竜に待つ様に指示を出して移動を始める。


ただ精霊達は何故かとてもご機嫌で、全員踊りながら荷車について来る。

そうして門を通る手前で荷車の前に男が立ち、そいつが膝をついて頭を下げた。

狂信者共がやった礼と同じと言う事に、少々不安が募る。


「ようこそおいで下さいました、様。錬金術師様。ご案内致します」

「・・・良いだろう。疾く案内せよ」

「はっ」


俺の事を精霊公と呼んだか。竜人公ではなく、精霊公と。

おそらくわざとそう呼んだんだろう。て事は狂信者側じゃないと思う。

そして錬金術師の、セレスの事も告げたという点からもその可能性は高い。

取り敢えず一応は話し合いが出来そうだと安堵し、その男に付いてゆく。


「竜神様だ・・・」

「おお、なんと・・・」

「あれが竜人公様・・・」

「ありがたやありがたや・・・」


道中僧侶や街の一般人に拝まれ、それどころか兵士すらも一部は拝んでいた気がする。

・・・すっごい嫌な顔して項垂れたい。今やったら絶対セレスに怒られるからやらないけど。

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