第301話、気合十分な錬金術師
鳥の鳴き声と山精霊の鳴き声が耳に入り、ゆっくりと意識が覚醒し始める。
普段通りの心地良さを感じながら目を開け、メイラを起こさない様に体を起こす。
何時もより少し早めに目が覚めたし、そのせいで起こしてしまっては可哀想だ。
「んん~・・・んにゃ・・・」
小さく呻きながら伸びをして、なるべく音を立てない様に普段着に着替える。
外套も纏って部屋を出ると、階下から何時も通りの良い匂いが香って来た。
早朝に出るという話をしたからか、早めに朝食を作ってくれたらしい。
「おはよう」
下に降りて挨拶をすると、ニコーッと満面の笑みで手拭いを持ってくる家精霊。
頭を撫でてあげてから受け取り、庭に出て井戸に向かう。
既に起きている山精霊達にも挨拶をして、何故か一緒に顔を洗った。
『『『『『キャー!』』』』』
井戸のふちに一列になって顔を拭く山精霊達は、今日も今日とて意味もなく楽しそうだ。
その声に反応したのか寝ていた精霊も起き、目を擦りながら並んで顔を洗い出す。
並ぶ意味は有るんだろうか。態々井戸に木の板立てかけて坂まで作って。普段よじ登るのに。
「皆で顔を拭くのは良いけど、手拭いは後でちゃんと家精霊に渡してね」
『『『『『キャー♪』』』』』
うん、いい返事。その返事の良さと同じだけ、言った事を覚えてくれてると嬉しい。
とはいえ流石に手拭いを返すぐらいは忘れないだろう。多分。
山精霊の事は諦めて家に戻ると、既に食事の用意が出来ていた。
ありがたくその食事を貰って少しすると、庭に居た精霊達が我も我もとテーブルに群がる。
何時もの光景だなぁと、のほほんと眺めながら、もっきゅもっきゅと食べ続けた。
「・・・幸せだなぁ」
私はとても幸せだ。住みやすい家が有って、心地いい同居人が居て、毎日おいしい食事もある。
ただそれは、私がこんなに幸せ気分でいられたのは、全部彼のおかげだ。
何も知らずにのほほんとしてられたのは、私を守ってくれたリュナドさんのおかげだ。
「良し・・・!」
だから今日は、何時もの私とは違う。何も解らずにいる私じゃない。
この生活を守ろうとしてくれた彼の為に、当事者として私が私の意思で事に向かうんだ。
食後のお茶を飲んだら気合を入れて息を吐き、仮面を手に持ち立ち上がる。
「ん、来たね」
今日はとても調子がいい。彼の接近を精霊が騒ぐ前に気が付けた。
気合の入り加減に体が付いてきている。これなら敵があの竜と同格でもない限り問題無い。
今ならアスバちゃん相手でも勝てそうな気が・・・うーん、難しいかな。
まあ万が一彼女レベルが出て来た時の準備もしてあるから、逃げるぐらいは何とかなるだろう。
装備の確認をしたら家を出て、庭に入って来るリュナドさんを出迎えた。
今日のリュナドさんは完全装備だ。竜の鎧を着こんでいる。
「・・・おはよう」
あっ、気持ちだけ前に出て声が全然出てない。すっごい掠れたおはようだった。
気合が変な風にでちゃった。気合は入れても普通に挨拶するつもりだったのに。
あうう、恥ずかしい。さっきまであんなに調子が良いと思ってたのに!
「お、おはよう・・・今日は、その、朝から・・・えっと、気合入ってるな」
私が狼狽える様子を見て気まずく感じたのか、彼は視線を彷徨わせている。
口調も恐る恐るといった感じだし、これって物凄く気を遣われているよね。
さっき今日は何時もの私と違うぞって思ったのに、何時も通り過ぎて泣きそう。
いや、まだだ。今日は頑張るって決めたんだから。こんな所で心が折れちゃいけない。
深呼吸をしてから仮面を被り、彼の眼を真っ直ぐに見つめる。
「あー、えっと、出発準備は万端、って事で良いか?」
「・・・うん」
あ、駄目だ、まだちょっと恥ずかしいのが収まらない。
と、取り敢えず体を動かそう。うん、荷車を出して飛ばせばきっと落ち着くはず。
荷車を自分で取り出しに行き、彼の前に止めて乗って貰う・・・あれ?
「・・・何か、忘れてる、様な?」
「ん、忘れ物か?」
「・・・忘れ物は、無いはず、なんだけど」
『キャー!?』
「・・・あ、そうか、頭の上に居なかった」
何時も頭の上に居る山精霊が、慌てた様に駆け寄って来た。
普段は朝起きたらすぐに乗って来るから、なんか変だなと思ったんだ。
ぷりぷり怒りながら外套をよじ登り、定位置に付いても『キャー』と拗ねている。
『主の行く所には絶対付いて行くの。何で置いて行くの』
だそうだ。そうは言われても、おいて行こうと思ってた訳じゃないんだけどな。
むしろ忘れている事に気が付いたから間にあったんだし、そんなに拗ねなくても。
まあいっか。暫くしたら機嫌も直るだろう。
「・・・じゃあ、行ってくるね」
家精霊をキュッと抱きしめ、最後に頭を撫でてから荷車を飛ばす。
「セ、セレス、ちょっと待った!」
「――――っ」
ただ飛ばし始めてすぐに彼が待ったをかけ、ビクッとして急停止してしまう。
自分で止めたから私は平気だったけど、彼は荷車から転げ落ちそうになった。
慌てて精霊と一緒に掴んで何とかなったけど、二重でびっくりして心臓が煩い。
何故止めたのか問いたいんだけど声が出ず、一度深呼吸をしてからゆっくりと尋ねた。
「・・・リュナドさん、どうしたの?」
「い、いやその、一つ聞きたいんだが、セレスはどういう道順で向かうつもりなんだ?」
「・・・真っ直ぐ、向かうつもり、だけど」
「そ、それは、出来れば、勘弁して欲しいんだが・・・」
え、そ、そうなの? ご、ごめんなさい。じゃ、じゃあどう行けばいいんだろう。
思わず狼狽えていると彼は地図を出し、通って欲しい順路を説明してくれた。
どうやら以前竜と戦った砂漠に一度向かい、そこから目的地に向かって欲しいらしい。
直進だと国を二つぐらい跨いじゃうから、目的地以外の国に入りたくないそうだ。
「・・・ん、ごめん、解った」
「あ、ああ。じゃあ、その順路で頼むな」
うう、さっそく迷惑をかける所だった。気合が空回りし過ぎてて泣きそう。
今日は上手く行けそうな気がしてたけど、気がしただけだった・・・。
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今回の件を領主に説明したら、特に難色を示す事なく了承を口にした。
錬金術師が何かに気が付いたのであれば、行かせる方が得策であろうと。
当然元国王も同意見だったらしく、ただし注意を受けはした。
「一応、他の国と事を構える事はしてくれるなよ」
一応、と言う辺りが良く解っている。アイツがやると言ったら止められないんだからな。
とはいえ流石にセレスの奴が、何の考えも無しにそんな事はしないだろう。
そう思って約束通り早朝に向かうと、セレスは凄まじい威圧感を放って庭に立っていた。
「・・・おはよう」
うん、機嫌悪い。昨日の機嫌の悪さそのまま引きずってる。いやむしろもっと酷い。
昨日は機嫌悪そうだなーでまだ済ませられたが、今日はちょっと迫力がおかしい。
目の前に立ってるのが異常に怖い。最近慣れたはずなのに震えて来る。
訓練で手を合わせた時でもこんなに怖くないぞ!?
とはいえその機嫌の悪さは俺に向いていない様で、受け答えはちゃんとしてくれている。
何時かの様に一切喋らず、なんて状態じゃないだけまだマシだと考えよう。
普段から一緒の精霊を忘れたりしてて、何か様子がおかしい気もするけどきっと大丈夫だ。
と思っていたら、唐突にセレスが荷車を目的地に『真っ直ぐに』飛ばし始めた。
驚いて思わず大声で呼び止め、仕返しなのか荷車から振り落とされそうになった。
「・・・リュナドさん、どうしたの?」
落ちそうになった際に肩を掴まれ、その体勢のまま訊ねられる。
下から覗き込むようにして小首を傾げ、至近距離から睨み上げられるという体勢で。
それだけ聞くと可愛らしいが、現実は全く可愛くないから嫌になる。
距離が近すぎて、仮面ごしでも睨まれてるのがはっきり解るんだよ。
その上声が「なんだ、何か文句が有るのか?」という、言外の言葉が聞こえそうな迫力だ。
恐る恐る会話を試みると、セレスは思いっきり国をまたぐつもりだった様だ。
ただし俺の意見を聞いて行動変更をした辺り、どうしてもしたかった訳ではないらしい。
「・・・もしかしてセレス、冗談抜きで頭に血が上ってるんじゃ」
普段から怒ったら迫力は有るが、今日はやっぱり何かがおかしい。
俺の言う事は素直に聞く割に、その前の判断がやけに雑だ。
解っていてやっているって風でもない。もしわざとなら謝りはしないだろう。
「・・・リュナドさん、竜も、ついてくるの?」
「・・・は? え?」
少しセレスの様子に悩んでいたせいで、言われた内容の理解が遅れた。
顔を上げるとセレスが首を傾げていて、それにも混乱しながら精霊達と一緒に後方を確認する。
すると確かに竜が追いかけて来ていた。ちょっとまて。お前さっきまで寝てたじゃん。
「ちょ、お前何でついて来てんだよ!」
「む? 何を言っている。この身は主の僕だろう? ならば付いて行くのは当然だろう。それにここのところずっと寝ていたからな。偶には動かねば」
『『『『『キャー♪』』』』』
「うむ、共に主の為に働くとしよう」
働くとしよう、じゃねえんだよ。俺はお前連れて行くつもりはなかったんだよ。
セレス一人でも大変なのに、お前みたいな化け物の面倒まで見てられっか!
「・・・それなら、竜に運んで貰った方が、良いかな」
「え、そ、そうなのか?」
「・・・ん」
えぇ・・・セレス、本当に本気で言ってる? 俺は騒動になる予感しかないんだが。
とはいえそう言う以上、きっと連れて行った方が良いんだろう。
若干「正気か」って思わなくもないが、念の為確認しても頷いたしな。
騒動になるのは確実だろうが、きっとその上で何か考えが有るんだろう。
・・・でも本当に大丈夫かなぁ。不安しかないんだよなぁ。
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