第300話、親友が悩んでいる様子が気になる錬金術師

頑張って謝りに行こうとは思った物の、やっぱり一人は怖すぎる。だれか付いて来てほしい。

ただ付いて来て貰うにも、相手が私を敵として見ている以上危険が無いとは言えない。


まずこの時点でライナは除外だ。戦えない彼女を敵対者の居る場所に連れていけない。

同じ理由でメイラとパックも駄目。精霊が居るとしても万が一は有る。

メイラは黒塊を使えば問題は無いと思うけど……本人が嫌がってる事させるのもなぁ。

そもそも黒塊が暴れたら、抑えるの大変だし。


次にアスバちゃんも除外だ。だって暴れそうなんだもん。さっきも戦争とか言ってたし。

私を想ってなのは嬉しいけど、謝りに行くつもりなのに暴れられるのは困る。

フルヴァドさんは行けそうではあるけど、街から離れると精霊殺しの力が弱まるので除外。


となると、やっぱり、彼にしか頼れない。

敵が居るとしても不安はなく、むしろ私を助けてくれそうな彼。

困ってる時は何時だって駆けつけてくれるリュナドさんしか居ない。


「・・・リュナドさん、付いて来て、くれる?」


恐る恐る涙目で問うと、彼は「えっ」と小さく声を漏らした。

う、や、やっぱり、駄目、なのかな。一人で行くべきなのかな。


「・・・解った。行こう」


不安になって少し俯いていると、彼は静かにそう返してくれた。

顔を上げると真剣な表情で私を見つめ、その眼の強さに嬉しくなる。


自分でも何時も驚く。彼の目が向けられる時は、全く違う感情が浮かぶ事に。

あんなにも強い目なのに、鋭い目をしているのに、目を逸らす気が起きない。

向けられる強い目がこんなに嬉しいなんて、泣きそうなほど嬉しいなんて。


ああ、やっぱり、本当に、何時でも彼は頼りになる人だ。助けてくれる人だ。

私が悪いだけの事なのに、真剣に付き合ってくれる。本当に、本当にとても大好き。


「それで、何時行くつもりなんだ?」


あ、え、えっと、謝りに行くわけだし、出来る限り早い方が良いよね。

とはいえ今日はもう遅いし、明日の朝に出発が良いかな?


「・・・明日の、朝」

「解った。何時も通り俺がそっちに行けば良いのか?」

「・・・ん、お願い」


彼の質問に頷き返し、ほっと息を吐く。彼が一緒ならきっと大丈夫だ。

きっと睨まれるのだろう。怒られるのだろう。怖い目で見られるのだろう。

けれど彼が傍に居てくれれば、言葉が出なくて謝れない、なんて事はないと思う。


「なーんで、私じゃないのよ。面白そうなのに。いっそ聖堂とかぶっ壊してやるとか」

「そういう事を言い出すからだと思うぞ、アスバ殿」

「ふんっ」


フルヴァドさんの言葉に思わず頷くと、不満そうに唇を尖らすアスバちゃん。

そしてテーブルに体を投げだし、転がっている精霊のお腹を指先でぐりぐりしはじめる。


ぐりぐりされた精霊は悲痛な声で鳴いて腕を天井に伸ばし、唐突にガクリと力尽きた。

力尽きた子の傍に他の精霊が集まり、それぞれ悲しそうな鳴き声を上げる。

そしてそっと火種石を取り出し、私が動く前にライナが取り上げた。


「今何しようとしてたの! 店が燃えるでしょ!」

『『『『『キャー!』』』』』『キャ、キャー!』


おそらく精霊達は、力尽きた演技をした精霊を火葬しようとしたんだろう。

怒られた精霊達は散り散りに逃げ出し、転がっていた子も慌てて起き上がって逃げてゆく。

あれは私も後で叱っておこう。ライナの店に被害が出る行為は見逃せない。

火に包まれてもちょっと熱い位で済むから、時々ああいう事やるんだよなぁ。


「先生、あちらには精霊達も連れて行くつもりなのですか?」


え、だってリュナドさん連れて行くわけだし、必然的にこの子達付いて来るよね。

だから当然そのつもりだったけど、もしかして連れてっちゃ駄目なのかな。


「・・・駄目なの?」

「いえ、滅相も無い。先生の判断に駄目などというつもりは有りません。ただの確認です」


そっか。なら気にしなくて良いかな。

リュナドさんには鎧とアクセサリーが有るとはいえ、精霊無しはちょっと不安だし。

精霊達が傍に居れば、彼は全方位に対応出来る。出来れば連れてはいきたい。


「お留守番は任せて下さい、セレスさん」


むふーと鼻息が聞こえそうな様子で私に告げるメイラ。

何だかやけに気合入ってるけど、お留守番って言う程遅くはならないよ?

謝ったらすぐに帰って来るつもりだし、もし良い素材が有ったとしても泊るつもりはない。

でも気合い入れてるのに水を差すのも悪いかな?


そんな感じで私が向かうという話になると、色々話していたのが嘘の様にあっさり終わった。

フルヴァドさんが「テオが待っているから」と帰り、アスバちゃんも「寝る」と言って帰る。

パックとリュナドさんも「領主に話して来る」と言って去って行き、一気に静かになった。


やっぱり私が原因だったんだなぁという考えを、この静けさが肯定している気分だ。

ただ皆が帰った後、ライナが難しい顔をして天井を仰いでいた。

様子がおかしいので何となく気になり、私はまだ店でお茶を啜っている。

そうして待つこと暫く、ライナは困ったような表情で話しかけて来た。


「んー・・・セレス、ちょっと、奥に来てくれる?」

「ん? う、うん。解った」

「メイラちゃんごめんね。セレスをちょっと借りるわね?」

「あ、はい。解りました」

『『『『『キャー』』』』』


精霊達に行ってらっしゃーいと見送られ、ライナと一緒に奥の部屋に。

メイラを置いて別室という事は、もしかして何か師匠としての注意をされちゃうのかな。

でも今回メイラを置いて行くわけだし、注意事項は助かるかも。


「セレス、多分だけど、貴女謝りに行く気、じゃない?」

「え、うん、そう、だけど・・・だってそうしないと、皆に迷惑がかかっちゃうし」

「あー・・・んー・・・いやでもなぁ・・・」


あれ、メイラの事じゃないんだ。

そう思いながら素直に頷くと、ライナは更に困った顔で唸り出した。

珍しい様子に少し不安になりつつも、彼女の次の言葉を待つ。

・・・もしかして、謝りに行くだけじゃ、何か駄目なのかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスが自分で向かうと言い出した時、何からそういう発言になったのか最初解らなかった。

皆の発言を思い出して、セレスの性格を考えて、って時に精霊が要らない事するから余計に。

おかげで話が纏まってしまい、その後に何でそんな事を言い出したのかやっと解った。


最初は敵対者として殲滅に、なんて思考になったのかとヒヤッとしてたけどね・・・。

ただ理解して思うのは、現実的な利点と感情的な難点に、何と言えば良いのかという所かな。

おかげで不安そうなセレスに、うまい言葉が返せない。


現実的な利点は二つ。

先ず一つ、セレスがリュナドさんと向かうと言う事は、精霊も一緒に向かうと言う事。

パック殿下が確認していたのも、その辺りが理由じゃないかしら。

精霊達を侵入させ、人間の諜報員では手に入らない情報を手に入れられる。


次の利点は、今のセレスは皆に迷惑をかけたくないと、そういう認識で向かう事になる事。

結果がどういう形になるかは解らないけど、暴れて帰って来る可能性は低いのよね。

うまく行けば静かに精霊達だけを置いて帰って来る、という美味しい形に落ち着くと思う。

この二つは結果的に、セレスにとっても利点になるはず。


次に感情的な難点が二つ。

まず一つ。セレス自身が向かう事で、また悪い噂が新しく出来るかもしれない。

最近は怖がられつつも尊敬される、という感じだからまだ納得する事にしている。

けれどやっぱり、余り悪い噂が増えるのは、友人として嬉しくはない。


次に、というか、これが一番利点を認められない難点。

今セレスは自分が悪いと思ってる。自分を少し責めている。

けれどそれは別にセレスが悪い訳じゃなく、この街と向うの国の都合だわ。

悪いのは自分の都合を押し付けて来た連中で、彼女が辛い思いをする必要なんてない。


そう、本来必要無いのよ。今回の件は本当に、セレスに悪い所なんて無い。

誰が悪いと言えばリュナドさんを求めた国で、無理やり悪いと言えばリュナドさんも悪い。

たしかにセレスを引き合いに出された事も理由だろうけど、自分だって行く気が無いくせに。


そういう利点と難点に都合をつける案が思いつかず、うーあーと唸ってしまう。

この態度はダメだ。セレスを不安にさせる。そう解っているのに納得できない。


「ね、ねえ、ラ、ライナ。わ、私、何か、間違えたかな」


ああ、もう、セレスが私の言葉を待てないぐらい不安になってるじゃないの。

訊ねたのは失敗だったかもしれない。少なくとも私が話さなければこんな顔にはならなかった。

まだ考えが纏まってないのに、状況と利点難点の理解と確認の為に先走ってしまったせいで。

せめてある程度結論を出してから、明日の早朝にでも話すべきだった。


「ラ、ライナはきっと、私より、色々解ってると思うから。だ、だから、その、私の為に悩んでくれてるん、だよね。解らない私が、解る様に、言葉を選んでくれて。だから、教えてくれない、かな。が、頑張るから。リュナドさんの迷惑にならない様に、私、頑張るから」


――――ああもう、本当にこの子は。こんなにも解り易くて、単純なのになぁ。


「・・・彼の為を思うなら、そうね。彼と一緒に向かって、向こうの事情を聞いてきなさい」

「え、あ、謝らなくて、い、良いの?」

「場合によっては謝るつもりで、けど先ずは、セレスとの面会を素直に応える人と会って、詳しく事情を聞いてからね。全員が全員、セレスを敵と思ってる訳じゃないと思うから」

「あ、そ、そうなんだ。それは、うん、解った。気を付けるね」


今セレスの頭の中に有るのはただ一点。たった一つな単純な答え。


『リュナドさんの為に頑張る』


自分にとっての利点がどうとか、そんな考えは一切ない。

ただひたすらに彼の為に、彼が頭を悩ませないで済むようにする為に。ただそれだけ。

なら私はその為に、セレスの望みの為に、自分の感情は押し殺そう。


「怖いと思うけど・・・無理しないようにね。仮面、忘れちゃ駄目よ」

「う、うん、ありがとう、ライナ! が、頑張って来るね!」


これで良いのか、自分でも正直解らないし、納得も出来ない。

いっそ暴れてきた方がスカッとする、なんて危ない考えの自分も居るのよね。

全く、これじゃ私もアスバちゃんの事を言えないわ。

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