第298話、精霊の劇に拍手を送る錬金術師

結局アスバちゃんは夜まで家にいて、一緒に食堂に向かう事になった。

ただ食堂の中が少々騒がしい様な気配が有り、中に入るのを躊躇してしまう。

気配を探ると複数人居る様子が有り、もしかしたらまだ店員さんが居るのかもしれない。


「何ぼーっとしてんのよ」


けれど私の躊躇などお構いなしに、アスバちゃんが扉を開いて入って行く。

ただ彼女に慌てて付いて行くと、何時も通りライナが迎えてくれた。


「いらっしゃい。アスバちゃんも一緒なのね」

「ええ・・・あら、今日は勢ぞろいじゃないの」


ただその後ろ、店内には探った通り複数人が席に付いている。

とはいえその人物を確認してほっと息を吐き、力を抜いて店内に入った。


「やあ、アスバ殿、セレス殿。それにメイラちゃん」

「先生、メイラ様、お疲れ様です」

「来たか・・・」

『『『『『キャー♪』』』』』


そこに居たのはフルヴァドさんとパック、そして疲れた様子のリュナドさんだった。

後何故かちょっとテンションの高い精霊達。何か嬉しい事でも有ったんだろうか。

友達しか居ないなら怖がる必要は無い。仮面を外して席に着く。


「パック君がここに居るなんて、珍しいですね」

「ええ。足並みをそろえる為にも今日はお邪魔しようかと」

「・・・何かあったんですか?」

「特に問題は有りませんよ。むしろ殆ど予想通りです」


心配そうなメイラの様子を見て、何かあったのかと私もパックの返答を待つ。

けれどにこやかに返すパックを見て、なら大丈夫かと結論を出した。

パックは頭の良い子だから、問題が無いと言うならきっとそうなんだと思うし。


それよりもリュナドさんがちょっと気になる。

パックが予想通りと言った辺りで、何だか困った様な顔を見せていた。

ただ申し訳ないんだけど、さっきからお腹の音が煩くて、他の事に意識を割くのが辛い。


「ま、色々話はあるでしょうけど、先に食事にしましょうか」


ライナの言葉に頷いて、既に大皿で用意された料理を小皿にとって食べる。

その間に追加の料理が運ばれ、それもモグモグと幸せ気分で食べ続けた。


「はふぅ・・・美味しかった」


全ての料理を食べ終わり、ふへぇーと気の抜けた声を出しながらお茶を啜る。

今日は精霊もテンション高くキャーキャーと食べていたせいか、終わった後が凄くまったりだ。

ぽこっと膨らんだお腹をさすりながら、というかまん丸になってコロコロと転がっている子も。


「で、何が有った訳?」


皆が食後のお茶をのんびり味わっていると、アスバちゃんがつまらなそうにそう言った。

視線はリュナドさんに向いており、彼は気まずそうな様子で私に目を向ける。

どうしたんだろうと少し首を傾げていると、彼はもそもそと口を開いた。


「えーと・・・セレスは精霊達から何も聞いてないのか?」

「え、うん、聞いてないけど・・・」

「あー、そうなのか・・・いやー、えっと、そのな・・・・」


まるで私の様に歯切れの悪い様子を見て、彼にしては珍しいなと思いながら待つ。

普段は自分が待って貰っているんだし、何時もして貰ってる事をするだけだ。


『『『『『キャー♪』』』』』

「・・・へぇー?」

「あー・・・」


ただリュナドさんが語るよりも早く、精霊達が何かを伝えたらしい。

アスバちゃんはニヤッと笑い、メイラは何か納得した様な様子だ。

何故か私には何も伝わっていない。私が主じゃないんだろうか。寂しい。

そう思っていると、メイラが通訳をしてくれた。


『リュナド、主が大好きだから、この街に居るって言ってたー!』


と、いう事らしい。それはとても嬉しい。物凄く嬉しい。

思わずニヤけちゃうぐらい嬉しいけど、なぜ彼はそれを言い難そうにしてるんだろう。


「待て、ちょっと待て、その伝え方には語弊がある。伝えるなら正確に伝えてくれ」


え、違うの? 違うのかぁ・・・嬉しかったんだけどなぁ。

いやでも彼の言い方だと、本当の言葉とはちょっと違うぐらいなのかな?

出来れば彼が私の事を好き、っていう部分は違わないと嬉しいな。


「なーによー。照れなくても良いじゃないのよー」

「照れてねえよ! そのニヤニヤ笑いを止めろ!」

「へー、ふーん、ほー?」

「こいつ・・・!」


ただアスバちゃんがニマニマとしているのが気に食わないのか、話が先に進まない。

どういう事なのか聞きたいなーと、手をお腹の下あたりでモニモニしながら待つ。


「アスバ殿、それは後にしてくれ。話が進まない」

「はいはい、後でね。くくっ」


するとフルヴァドさんが止めた事で、いったんアスバちゃんは口を閉じる。

リュナドさんはまだ文句を言いたそうだったけど、視線を彼女から切った。


「まあ、例の竜信仰の国の要求自体は予想通りだったんだが・・・」


そこからの話は私に特に関係のない、他国からのお客さんの話だった。

何か竜を従える彼を迎えに来たとか何とか。

竜神信仰の国としては、彼は特別な存在だそうだ。


単純にそれだけなら良かったんだけど、彼は訪問者の言い分が気に入らなかったらしい。

それで追い返すような事を言い、その事で相談をしに来たんだそうだ。

今後彼らとどう接していくか、そもそも彼らがどういう態度で再接触して来るかと。


だからパックとフルヴァドさんが居たんだね。ライナも相談相手なのかな。

少なくとも私は違うだろう。多分何も聞いてないアスバちゃんもそうだと思う。


・・・あれ、さっきの精霊の発言の説明は? どういう語弊かの話は?


「さっきの精霊の言葉の説明を、して貰えると、思ってたんだけど・・・」

「うっ」


思わずポソッと口にすると、彼は何故か狼狽える様な様子を見せた。

ただその様子にパックとフルヴァドさんがふっと笑い、ライナも苦笑している様に見える。

アスバちゃんはニマニマ笑っているし、メイラは何だか優しい笑みを私に向けていた。

あれ、もしかしてこれって、解ってないの私だけ・・・?


『キャー』

『キャー』

『キャー・・・!』

『『『『『キャー!』』』』』


ただ私の疑問に彼が応えるよりも早く、精霊達鳴き声を上げてテーブルで劇を始めた。

僧侶らしき格好をする精霊達と、リュナドさんの鎧姿の精霊。

そして私と同じフード姿をしている精霊と、離れた所に竜着ぐるみを着た精霊が居る。


僧侶精霊はフード精霊をペイッと捨て転がし、鎧精霊を連れて行こうとする。

けれど『キャー!』と怒って振り払い、トテトテとフード精霊を拾いに行った。

そしてフード精霊を守る様に抱えながら、また大きく『キャー!』と鳴く鎧精霊。

すると周りにいる精霊達も怒った様に鳴いて地団太を踏み始めた。


それに僧侶精霊達が何を思ったのか、フード精霊に指を差して『キャー!』と叫んだ。

けれどフード精霊は動かない。反応をしない。その代わり鎧精霊が動く。

僧侶達を捕まえると、竜着ぐるみ精霊の居る所までペイッと投げ飛ばした。


投げ飛ばされた僧侶精霊達は起き上がると、不安そうに『キャー・・・』と鳴き合っている。

ただ近くにいる竜着ぐるみ精霊に気がつくと、跪いて話しかけ始めた。

けれど竜着ぐるみ精霊は体を起こすと、つまらなそうに『キャー』と鳴く。


そこで立ち上がった僧侶精霊達がとぼとぼと去って行き、テーブルから落ちて行った。

すると鎧精霊が嬉しそうに『キャー♪』と鳴いて、フード精霊の手を取って万歳。

周りにいる普段の格好の精霊達も踊り出し、暫く踊ったら全員整列して礼をした。


どうやら劇は終わりらしい。なのでパチパチと拍手を送る。

えへへーと嬉しそうな精霊を見ていると、半分も理解出来ていない事は言い難い。

だって台詞が全部『キャー』なんだもん。解んないんだもん。

取りあえず僧侶姿が悪者だったのかな? という事は解ったけど。


「・・・いや待て。待って。ちょっと待って。お前らまさか、それ外でやってないだろうな」

『キャー?』

「もうやってんのかよ・・・! 今日の出来事だぞ・・・!?」


どうやら今の劇は街で既にやったらしく、その事に頭を抱えるリュナドさん。

自分がモデルなのが恥ずかしかったのかな。あれ間違いなく彼だもんね。


「リュナド殿、これはもう言葉を濁すだけ無駄ではないか?」

「あはは、僕達が何かをする前に、精霊達が街に広めてしまっているようですからね」


そんなリュナドさんに対し、笑顔で語るフルヴァドさんとパック。

アスバちゃんとライナは何かを納得したのか、似た方な表情で成程と口にしていた。

唯一精霊の台詞を全て理解しているメイラは劇を細かく褒めている。後で教えて貰おう。


「いや、今の劇じゃ絶対勘違いされるだろ!?」

「おそらく発言通りに聞いても、今の劇を見たのと同じ感想を持つと思うが。少なくとも私はそう思うぞ。アレをそれ以外にどう解釈しろと言うのか」

「僕もそう思います」

「えっと、リュナドさん、ごめんなさい。私も、そう思います・・・」

「メイラまで・・・!?」


愕然とした顔でメイラを見るリュナドさん。凄く珍しい反応だ。

精霊から何を聞いたのか凄く気になる。少しで良いから教えて貰えないかなぁ。


「いや、ほら、俺としては約束の話を口にしただけのつもりだったんだって。セレスがこの街に居る限り、俺を兵士として扱う限り、俺の仕事を全うするってアレを」


彼との約束。私がこの街の住民である限り、彼が兵士として守ってくれるって約束。

という事は、今の劇のフード姿はもしかして私で、知らない所で助けてくれたって事かな。

私に何かをしようとした人が居て、知らない所で私をかばってくれたって事だろうか。


なら彼が言葉を濁したのって、伝える事で私が傷付く内容だったのかな。

リュナドさんなら有りえると思う。私と違い人の考えを良く解ってる人だから。

彼は優しい人だ。何時だって優しく対応してくれる。さっきのはその優しさだったんだ。


「・・・ありがとう、リュナドさん」


今の気持ちを伝えるには言葉が足りない。けどこれ以外の言葉が出て来ない。

約束は覚えてる。忘れた事なんて無い。だって彼が助けてくれるから。


私が本気で困ってる時は、何時だって助けてくれる大好きな人。

彼との約束を忘れた事なんて無い。彼が兵士である事を忘れるつもり何てない。

たとえ彼にとっては仕事だとしても、そんな彼が大好きだっていう気持ちは変わらない。


だから言葉は上手く出ないけど、精いっぱい伝えよう。

今回だけじゃない、いつも感謝してるって気持ちを。

もう気にしなくて良いって。私にはただ感謝しかないって。


「解ってるよ、リュナドさんは約束を守ってくれるって。ありがとう」


だからもう一度口にしよう。その感謝を。信じているって事を。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


リュナドさんの説明を聞き、何となく状況が掴めて来た。

多分セレスに対し少し言葉を濁してるけど、大体解ったと思うわ。


竜神信仰。それはただ竜を神と崇める信仰ではなかったんでしょうね。

彼等が崇めるのは竜人公。竜の化身である人間。人でありながら竜である者。

人と竜、どちらの性質も持ち、だがどちらもを超越した存在。

どうも彼らはそれを『竜神』として祀り上げている。


ただリュナドさん達が求めた情報は、国の上層部が何を考えているのかという点。

故に教義内容の類を調べてなかった為、彼らが求める存在の価値を勘違いしていた。

まあ普通調べないわよね。態々教義の細かい所までなんて。


彼等が求めるのはあくまで竜。リュナドさんの存在は政治的な交渉相手。

そういう風に皆が思っていたのに、実は彼こそを求めていた。

だからあの噂なのね。アレは駆け引きの為じゃなくて、本気の狂信者の言葉だったんだ。


とはいえ気になるのは、そう信じているのが何処までの層か、って所よね。

あの噂というか、内容を考えたのが誰なのか、本気でそう思って流した話なのか。


今回やって来たのは狂信者で、明らかに上手く行かない手をそのまま実行した。

でも宗教国家だからって、全員が全員そんな考えで生きているかしら。

あの竜の存在を認めているなら尚の事、責任ある人は合理的に考えておかしくない様な。


「さっきの精霊の言葉の説明を、して貰えると、思ってたんだけど・・・」


おそらく誰もが若干納得が行かない疑問の中、それとは少しずれた疑問の声が通る。

まあそうよね。全員解ってるけど、絶対セレスだけは解ってないわよね。

明確に言葉にされてなくても、何言ったのか何となく解っちゃうんだけどなぁ。


ただそんなセレスを見て、精霊達は今日早速やったらしい劇を見せた。

領主館で起こった出来事の一幕を。これはリュナドさん、また頭抱えるだろうなぁ。

そして肝心のセレスは拍手はしてるけど、絶対内容理解してないわね。


けれどそれに気がつかないリュナドさんは、その内容を口にする。

多分それでも少し濁しているけど、言ってる事は最早同じ様な物だ。


セレスがこの街に居て、彼が兵士である限り、彼はセレスを守る。

内情を知らない人が聞けば『セレスの為に俺はここに居る』という言葉にしか聞こえない。

それは結局、さっきの劇を見たって同じ事よね。どう見てもあのフード姿はセレスだもの。


「解ってるよ、リュナドさんが約束を守ってくれたって。ありがとう」


そんな彼にセレスは満面の笑みで伝え、彼は一瞬見惚れた様に固まった。

けれどきっと二人の思考はすれ違っている。間違いなくかみ合ってない。


セレスはあくまで『良く知らないけど助けてくれた。いつもありがとう』っていうだけの事。

対する彼は『自分の発言を最初から解っていて問われたんだ』という認識でしょうね。

それは彼だけの話ではなく、恐らく私以外の全員がそう受け取っているはず。


だから彼の方針を誰も咎めない。セレスがそれで良いと認めているから。

彼女が言うならそれはきっと正解の手段なんだろうと、そう認識しているのよねぇ。

実際は絶対何にも考えてないし、状況全く理解してないのに。


「セレスは多分、ただ何時もの感謝を貴方に口にしただけよ? そうよね?」

「え、うん。いつも感謝してるよ。リュナドさんはいつもお世話になってるから。これからもきっと迷惑をかけると思うけど、助けてくれると嬉しい」

「・・・あ、ああ、解った」


解ってない。絶対解ってない。今のは解ってない返事だ。

今後も向こうから何かしらの接触が有るけどよろしく頼む、って受け取ってる返事よね。

あーもう、態々補足して、セレスも思ったままに喋ってるのに。


だからってもっと上手く言うようにって伝えても、焦って喋られなくなるだろうなぁ。

この環境がセレスにとっては良い、っていうのが余計に困り者だわ。

矯正させよう、って言う気が起きにくいのよね。無理にする必要も無いし。


まあ、良いか。これはどっちみち、今日明日でどうにかならないのは解ってるし。

どうにかなるならもうどうにかしてるのよね。何度説明しても修正できないんだもの。

今日は誤解なく行けそうな感じがしたんだけどなぁ。本当にままならないわ。


それにしても竜神信仰か。リュナドさんじゃないけど、私も気に食わないわね。

セレスは確かに悪い噂が有って仕方ないけど、先の噂は意図的に流された噂だもの。

正直私もむかっ腹が立ってるのよね。どうしたものかしら・・・。

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