第297話、自分は大人しくしているべきだと思う錬金術師

「ったく、ざっけんじゃないわよ・・・!」


アスバちゃんがぷりぷりと怒りながら、バリボリとクッキーを食べている。

テーブルに欠片がボロボロ落ちているけど、山精霊が拾っているからきっと良いんだろう。


『『『『『キャー!』』』』』


何故か掲げて踊っているんだけど、それは良く解らない。

一回掲げてから食べる意味は有るんだろうか。多分無い気はする。

かと思ったら輪になってキャーキャー歌いながら横に回して遊んでるし。

食べ物であんまり遊んでると、家精霊に怒られるよ?


「・・・こいつら見てると気が抜けるわね」

『『『『『キャー♪』』』』』

「褒めてないわよ」


精霊達はアスバちゃんの返事などお構いなしで、テレテレと嬉しそうにしている。

多分今のは褒めてないと私でも解るけど、精霊的には褒められた事になるらしい。


でもそのおかげでアスバちゃんの機嫌も直り、私的には褒めてあげたいかな。

因みにメイラは一枚を割って、何時も一緒の子達と4等分にしていモムモム食べている。

普段から一緒だからか、その子達とは特別仲が良いよね。


「美味しいねー」

『『『キャー♪』』』


カリカリと小動物の様に食べているメイラを見ていると凄く和む。

今日はパックが用事があるらしくて来れないので、お昼以降の授業はお休みだ。

とはいえ授業が無いっていうだけで、メイラはこの後一人で自習のつもりらしいけど。

なら教えてあげたいんだけど、パックが居ない時に教えて貰うのは狡い気がするんだってさ。


「ったく、先に仕掛けて来たんだから、ちったあ脅かしてやれば良いってのよ。ねえ?」


機嫌はさっきより良くなったみたいだけど、それでも不満そうに呟くアスバちゃん。

何やら領主館にお客さんが来ているそうなんだけど、そこで彼女は追い出されたそうだ。

ただ先に向こうがって言われても、私は何も知らないんだけどなぁ。

そのお客さんに何かされたのかな。それなら怒るのも解る。


「その人達、アスバちゃんが嫌がるような事、して来たの?」

「いや、私じゃなくて・・・解ってるわよ。余計な事すんなって言いたいんでしょ。ふんっ」


ええぇ、別にそういうつもりはなかったんだけど。本当にまったく事情を知らないし。

でも今の言い方だと、アスバちゃんが何かされた、って訳じゃないのかな。

て事は領主が何かされたんだろうか。でもそれならアスバちゃんは別に怒ったりしない様な?


「まあ一番気に食わないのは、お前が居たら面倒くさい、って言ったリュナドの奴だけど」


あー・・・そっかぁ、リュナドさんに追い出されちゃったのかぁ。

彼女は時々勢いが強くて相手が喋れないから、相手に気を遣ったのかもしれない。

私も初対面の時は怖かった覚えが有るし、そそくさと逃げちゃったもんね。


と言う事はそのお客さんには、リュナドさんも対応するんだろうか。

でも彼女に何か用事があったんなら、いきなり追い出すなんて事ないと思うんだけど。


「アスバちゃん、今日は領主館に用事が有ったの?」

「特にこれと言ってないわね。あえて言うならリュナドを揶揄いに行ったぐらいかしら」

「そ、そうなんだ・・・」


用事が無いのにお客さんが来る日に来られたら、そうなっても仕方ない様な。

ライナやリュナドさんに帰ってくれって言われたら、私は大人しく帰るけどなぁ。

だって居ても絶対邪魔になるし。邪魔はしたくないし。

そもそも彼を揶揄いにって、それが追い出されちゃった理由なのでは。


「連中の目の前で魔法ぶっ放して脅かしてやろう、って言っただけなのに『もう帰れ!』って怒鳴って追い出しやがったのよ、あいつ。偉くなったからって横暴じゃない?」


それは私も怖いんだけど。というか流石にそれは危ないよ、アスバちゃん。

初対面でそんな事されちゃったら、私なら絶対敵とみなして戦闘になっちゃう。

ん、いやでも、ちょっと待とう。アスバちゃんはそんな事をする子だろうか。


確かに勢いは強いし難しい子だけど、根は優しくてとても強い尊敬出来る人だ。

私との初対面時だって、禄に返事を返せない私に攻撃なんてしてこなかった。

そんな彼女が初対面で魔法まで放つ、と言いたくなる様な相手って事だろうか。


「まー、あんたが余計な事するなって言うなら、今回は大人しくしてるけどさ」

「そうなの?」

「何よその疑問。いくら私でも、あんたの忠告無視しないわよ。今回は意地張る意味も無いし」

「そっか・・・」


い、良いのかな。私なんかの言葉で。リュナドさんの方が私より正しいと思うんだけど。

でも何だが胸のあたりがふわってする。思わず顔がにやけちゃう。

彼には申し訳ないけど、アスバちゃんが私の言う事は聞いてくれるって事が凄く嬉しい。


「つーかさ、私に動くなってのは解ったけど、あんたは今回動かないの?」

「? 私? 何か動く必要が有るの?」

「あー・・・まあそりゃそうか。それぐらいでなきゃ、泊りに来いなんて言わないわよね」


泊りに? 何の話だろう。アスバちゃんに泊っていくのか聞いた話かな。

でもそれとお客さんの話に、何の関係が有るんだろう。もしかして関係無いのかな?

単純に私が出かける予定が無いから、そういう質問をしたんだなって事かも。


「リュナドさんなら、大丈夫、です。セレスさんが信頼してる人、ですし」


ただ私が首を傾げていると、メイラがポソリと呟いた。リュナドさんなら大丈夫?

あ、もしかしてさっきの話って、リュナドさんがそのお客さんに困ってるって事?

だからアスバちゃんは手を貸そうとして、要らないって言われたから不満だったんだ。


つまり私が何かしないのかっていうのは、私が彼に手を貸さないのかっていう意味かな。

でもアスバちゃんが要らないって言われた以上、私が行っても邪魔になる未来しか見えない。

もし私の手が必要なら、きっと彼は手を貸してくれって言って来ると思うし。


そういう意味ではメイラの言う通り、私は大人しくしている方が良いだろう。

彼の事は信用も信頼もしている。だから私は余計な事はしない方が良い。それが正解だ。

そう思いウンウンと頷いていると、アスバちゃんはニヤッとした顔をメイラに向けた。


「はっ、言うじゃないの。師匠の事は弟子が良く解ってる、って事かしら?」

「す、すみません、出しゃばって」

「良いわよ別に。あんたはもうちょっと胸を張りなさい。セレスの一番弟子なんでしょ?」

「は、はい。き、気を付けます・・・」


む、胸を張れかぁ。それって師匠が出来てないんだけど、やっぱりダメなのかなぁ。

どうしても外出時は背を丸めちゃう。だってまっすぐ正面見るの苦手なんだもん。

人の目が多いし。でもやっぱり背を伸ばした方が良いのかなぁ。


「ふん、これじゃ勝手に一人でムカついてるみたいで、私が馬鹿みたいね」

「そんな事ないと思うけど・・・」


リュナドさんが困ってるのを見てそう思ったなら、それは優しい怒りじゃないかな。

彼の為に怒ったんだから、きっとそうだと思う。決してバカなんかじゃない。


「アスバちゃんの優しさは、伝わってるよ」


リュナドさんは気遣いの出来る人だ。細かい事に気がつける人だ。

ならきっと、アスバちゃんの想いだって気が付いているはず。


「・・・ふん。あっそ」


ただアスバちゃんは不満そうに唇を尖らせ、そう答えると黙ってしまった。

余計な事言っちゃったのかな。でも精霊達を撫でてるし機嫌は悪くないのかな?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「わーったわよ! 帰るわよ! 後で手を貸せって言っても貸してやんないからね!」

「あーもーうるせーな! 良いからとっとと帰れ!」

「ふん、後悔しても知らないわよ! せっかくあんたの為を想ってやったってのに!」

「今のお前がここに居る方が面倒だっつの!」


ギャーギャと喚きながら去って行くアスバに文句を言い返しながら見送る。

バァンと領主の執務室の扉を閉める様は、何も知らん奴が見たら驚いた事だろう。

偶々遊びに来たとか言ってやがったが、絶対狙って来ただろアイツ。


「彼女を帰してよかったのか? 情報を流したのは奴だろう?」

「えーまー、ほぼ間違いなく元国王陛下殿でしょうねぇ。はぁ・・・」


領主の質問に溜息を吐きながら応える。

元国王陛下殿は、今はこの領主館で文官を務めている。

しかも結構有能だから色んな仕事を任され、なら当然様々な情報を持っている。


そんな彼とアスバは定期的に接触している様子が有った。

今回の来客もそこから聞いてやって来たんだろう。

だとすれば元国王的には意味の有る事、と判断しての事ではあるんだろうが。


「相手が予想と違う動きしてきたんで、脅すのは後にしたいんですよね」


竜信仰の国の動きが、思っていた物と少し違う。

連中は先ず街の人間がセレスへの不快感を持つ様にと、明らかに悪意ある噂を流した。

だがセレスは既に先手を打っており、例の噂は消えてはいないが殆ど浸透していない。


代わりに俺が先輩達に根ほり葉ほり有りもしない事を聞かれる、という犠牲が有ったが。

まあ良い。それは措いておこう。それはまた別の話だ。


セレスにとって不快な噂を流しに来た割に、その失敗を挽回する様子が無い。

何の対処も対策も立てる様子無く、予定通りの訪問をしに来た。

普通なら余りに上手くいっていない状況を見て、訪問日をずらしてくるはずだ。


予定通りの旅なんて無い。遅れた理由は幾らでも作れる。

とはいえ国内に入った時点で精霊からの情報共有が有るし、嘘かどうかすぐ解るが。

そして解るからこそ、連中の動きが良く解らない、っていう面倒な感じになっている。


何故初手が完全な失敗だっていうのに、その後の対策を全く講じないのか。

その辺りを少々探ってから対処をしたいと思うのは普通の事だろう。

精霊達の報告は事実しか解らないから、口にしない含み部分が解んねーんだよなぁ。


「なのにアスバの奴、俺の制止なんか問答無用で魔法ぶっ放す勢いだったでしょう?」

「そうか? 普段と変わらんように見えたが」

「いや、あれちょっと切れてますよ。あいつ何だかんだ言ってセレスの事気に入ってるから」


にこやかに、初手から敵対手段を取る気満々の案を口にしやがった。

それ自体は普段も良くある事だが、目がマジだったんだよなぁ。

しかもあの様子だと『大人しくしてるなら同席は許す』なんて言っても抑えられたかどうか。

なーにが俺の為だ。てめえがムカついてただけだろうが。


「実際正面切って敵対して来るなら、アスバの案も有りなんですけどね」

「だろうな。下手に甘い態度はとらん方が良いだろう」


ただどうも様子がおかしい。

連中の要求はたった一つ。俺への目通りを願いたいという物だ。

噂の件を考えれば、俺を国に連れていきたいって事なんだろうが・・・。


「何企んでんのか、現状じゃさっぱり解りませんね」

「・・・もしくは、企みなど無いのかもしれんぞ」

「どういう事ですか?」

「さてな。とりあえず話してみれば解るだろう。待たせているのだ、そろそろ行くとしよう。ああ、連中の前ではちゃんと精霊公をやれよ。敬語は止めろ」

「・・・うっす」


完全に無意識だった。うっし、頭を切り替えろ。今から俺は精霊公だ。

目を瞑って一呼吸し、気合を入れて部屋を出る。

そして領主と共に客間に向かい、ノックをして返事を待たずに中に入った。


部屋には僧侶らしき者が三名。訪問時はもっと人数が居たが、他の者達は別室に居る。

この三人が代表という事で待って貰っていたんだが、三人とも座らず立って待っていた。

そして俺の姿を目にしたとたん、三人とも膝をついて頭を下げ、手を組んで高く上げる。


「お初にお目にかかります、竜人公様。お目通り願えた事、感謝の言葉もありません」


うん、ちょっと待て。何だその呼び名は。はじめて言われたぞそんなの。


「私は精霊公だ。その様な者は知らん」

「貴方様の貴族位は承知しております。ですが我等にとって貴方様は間違いなく竜人公であらせられる。人を超えた身体能力を持ち、竜を従える人の姿をした存在。人の姿をした竜と」

「いや、待て、私は人間だぞ」


本当にちょっと待って。いきなり何言い出すんだこの人。

いやまあ確かに、セレスのせいでちょっと人間離れした事出来るようになっちゃったけど。

それでも俺は人間だ。人間のはず・・・だよな?


「ただの人間が竜を従えるなど到底叶いませぬ。貴方様は竜神の血を持つ者。人の身でありながら竜である者。経典に書かれている竜人公様その方に間違いございませぬ」


あー・・・そう、そういうのが書かれているんだ。

経典とか一切読む気が無かったから、全然知らなかったけど。

先に調べておくべきだったかなぁ。必要ないと思ってたんだが。


「お前達が何と言おうと、私はその様な者ではない」

「ええ、そう仰られると思っておりました。竜人公様」

「いや、だからな・・・」

「ええ、ええ。お認めになられずとも構いません。それでも我等はただ貴方様を崇め奉るだけにございます。貴方様の現世への降臨に、我等一同ただ幸福な気持ちで満たされております」


やべえ、こいつら話通じねえ。どうしよう、すっげえ面倒くさい奴だ。

これ本気で言ってんのかなぁ。声のトーンとかはかなりガチなのが怖いんだけど。


「ですが不敬な事に、貴方様の降臨を信じぬものも居ります」


むしろそれが普通の思考回路なのでは。つーか本人が否定してんだって。


「奴らは我らが信ずるべき経典に書かれている事を捻じ曲げ、更に貴方様は我等を騙し操る為の邪悪とのたまう様です。ですが竜人公様は確かにここに居られる。経典にあったそのままの存在であられる。御身がご帰還されれば、そのお姿に誰もがひれ伏す事でしょう」


帰還。帰還ね。あくまで俺が帰るべきはお前らの所だって言いたい訳だ。


「それが真実ならば、何故あのような下らぬ噂を街に流した」

「失礼ながら、貴方様を迎えに行くというに、その事実をお伝え出来ぬ事を心苦しく思っておりました故。若い者を先行させ、その事実を街に流布する事で貴方様の耳に入ればと」


じゃあ訪問要請の手紙に書けよ。そんなもん何処にも書いてなかったぞ。

やる事がいちいち意味解んないんだけど。


「仮に私がその存在だとして、貴殿らが崇める存在は人の呪いに屈する様な存在なのか?」

「いいえ、まさかその様な事は」

「なれば私は違うのではないか。錬金術師が呪いをかけた私に会いに来たのであろう?」

「貴方様は慈悲深きお方。その呪いはあえて受けたに違いませぬ。でなければ早々に我らの元へ還っていたはず。優しさ故に悪しき物にも手を指し伸ばされる貴方様であるからこそ、我等は貴方様をお迎えに参ったのです」


あー、要はアレだ。これ噂の浸透とかどうでも良いんだ。

だからブレない。失敗でもなんでもない。何処までも予定通り。

帰還を邪魔する悪辣なる錬金術師の居る街へ、俺を迎えに来るためにやって来たと。


「我らの元へ、お還り下さいませ、竜人公さま」

「「お還り下さいませ」」


うわぁ・・・こいつら狂信者だ。

冗談抜きで俺の事、その経典の存在だって信じてやがる。

俺がこいつらの元に『還る』って微塵も疑ってねぇ。


どうしよう。怖い。こいつら怖い。上げた顔の目がガチ過ぎて怖い。

いや、本当にこいつらどうしよう。敵対心が無いのが逆に扱いに困る。

そもそもさっきから言葉は通じてるはずなのに、話が通じてる気がしないんだよ。


・・・・・・とはいえ、だ。


「気に食わないな」

「申し訳ありませぬ。今だこの身は修行中の未熟者故、竜人公様に不愉快な―――――」


ああ、もう良いよ。言葉が通じてるだけの通じない会話をする気は無い。

向こうが言いきる前に、その返事を聞く前に口を開く。


「貴様らにあの錬金術師の何が解る。自身の価値観しか信じない貴様らに一体彼女の何が解る。還れだと。ふざけるな。帰るべき地は『ここ』だ。アイツが守った、約束してくれた、変わらぬ居場所として未だある此処が帰る場所だ・・・!」

『『『『『キャー!』』』』』


俺と精霊の怒りを見て、三人が息を呑むのが解る。

けど知った事かよ。ちーっとばっかし腹が立ったぞこの野郎。

アイツの存在は、てめえらの願いを叶える為の悪因装置じゃねえんだよ。


ああ、あいつは善人とは言い難いよ。今までやらかした事を考えればな。

けどアイツは今までこの街を、俺を、色んな人間を救って来たんだ。

居るかどうかも解らねぇどこぞの神様じゃなく、俺を呪った錬金術師様がな!


「帰って伝えろ。貴様らが望む存在はこの街には居ないと。居たのはつまらない呪いにかかるような、ただの人間だとな!」

『『『『『キャー!』』』』


後で頭抱える事になろうが知った事か! 

あいつが居なきゃまずこの状況が成り立ってねえんだよ!

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