第296話、のんびりと変わらぬ日常を過ごす錬金術師

リュナドさんの貴族位授与のお祭りから暫く経った。

なので当然お誘いを受けて来ていた貴族達も帰り、街には普段の日常が戻っている。らしい。


というのも、ライナから街の喧騒が戻ったと聞かされたものの、少し疑問を感じているからだ。

だってこの前買い物に行こうと市場に向かったら、相変らず人が沢山居たんだもん。


いや、市場に人が沢山なのは前からだし、相変らず荷車を避けてくれる良い人ばかりだ。

ただ道中の人の気配が以前より多く感じ、市場の人の量も増えているように感じた。

というか、市場の規模自体が大きくなっている様な?


それに依頼が有って絨毯で飛んで移動したら、竜の傍には相変わらず人で沢山だったし。

とはいえライナの言葉が嘘、なんて事は絶対無いだろうし、私の勘違いかもしれないけど。


そういえば何故か何人かのおばちゃんの店員さん達に「おめでとう」って言われたなんだよね。

祝われるような事何か有ったっけ? 早く買い物終わらせたくて詳しく聞き返せてないけど。


精霊兵隊の先輩さんも似た様な事言ってたんだよね。

リュナドさんが泊まった日の事聞かれて、素直に答えただけなんだけど。


『ん、リュナドさんがどうかしたの?』

『いやー、奴は姫さんに優しくしたのかねーっと、気になりまして』

『ふ、副隊長、失礼ですよ!』

『? リュナドさんは優しかったよ。彼は何時だって優しいし。私が恥ずかしくて動けなくなってたら、彼が謝ってくれたくらいだから。優しすぎるぐらい優しかったよ』

『成程成程。そいつぁおめでとうございます』

『副隊長!!』

『解った解った。もう言わねえよ。ったく、姫さんが怒ってねえんだからいーじゃねーか』

『そういう問題じゃありません!』


こんな会話が差し入れをした時にあった。

私は別に何も怒ってないし、リュナドさんの事なら幾らでも話すんだけどなぁ。

でもなんか駄目らしいから、その話はそれ以上話さなかったけど。


まあ、そんなこんなで日常が戻った私は、日の上り切る前の庭でのんびり寛いでいる。

庭に大きな背もたれ付きの椅子を出し、半ば転がる体勢でぽけーっと出来て心地良い。

更にその横にテーブルを置き、家精霊がお茶も用意してくれている。


「ん、ありがとう、家精霊」

『『『『『キャー!』』』』』

「わぷっ。いや、君達は何もしてないじゃない」

『『『『『キャー?』』』』』

「ああ、うん、まあ、素材集めはしてくれてるね、うん・・・」


頭を撫でてあげるとニコーッ笑う家精霊と、僕も僕もと群がってくる山精霊。

でも素材集めや道具作成は報酬も渡してるし、それとこれとは違う様な。

そもそも今のお礼はお茶のお礼だったんだけどな。

取りあえず今ここに居る子は撫でてあげていると、ふと黒塊が視界に入る。


黒塊は相変らず山精霊の塔の上で動かずに黙っている。

ただ話しかけると案外返事はしてくれるので、偶に話しかけてはいるんだ。

大体そっけない態度しかないけど、それなりに会話は成立していると思う。


まあメイラが相変らずだから、メイラが家に居ない間は機嫌が悪いんだけどね。

山精霊との仲は相変らず良いのか悪いのか良く解んない。

ただ時々黒塊を千切って外に連れて行ってる辺り、やっぱり案外仲は良いのかも?


さっきもこそっと連れて行っていた。こそっとしても完全にばれてるんだけど。私庭に居たし。

家精霊も欠片だけが出ていくのは見逃してるっぽい。でなかったら庭から出れないだろう。

以前黒塊が結界破って行ったせいか、以前より強い結界になってるらしいからね。


「んくんく・・・ぷはぁー・・・美味しい。今日はやる事も無いからのんびりだぁー・・・」


私の周りの変化はさっきの疑問ぐらいで、後は大して変わりない。

マスターの依頼を受け、領主の依頼を受け、定期的に商品を卸している。

今日はその依頼も終わらせてしまい、納品前なので新しい依頼も無い。


勿論メイラとパックの授業は有るけど、お昼までは二人とも山に向かっている。

なので二人が帰って来るまで私はやる事は無いし、本の作成も今日はお休みだ。


それに今日はフルヴァドさんもアスバちゃんも、リュナドさんも遊びに来る予定はない。

まあアスバちゃんは唐突に来るから解んないんだけど、今は誰も居ないから私一人だ。

実は家に精霊以外は私しかいないのって、祭り以降は初めてなんだよね。


フルヴァドさんは街や領主館が落ち着かないと、ちょこちょこ家に遊びに来ていた。

ついでに庭で訓練もしていて、良く剣を振っていたし、偶に模擬戦の相手もしている。

腕は上がっている様な、そうでもない様な?


勿論流石に精霊殺しを持った彼女には、接近戦では勝てそうにない。

あれは人間の規格を逸脱出来る力を持っている。

とはいえ持ち主である彼女は、相変らずな力量な事に悩んでるみたいだけど。


逆にリュナドさんは最近急激に技量が上がった気がする。

道具を使わずナイフで戦うと、流石に厳しくなって来た。

この間は10回やったら2回負けたし、もうちょっとしたら五分五分か勝ち越されそうだ。


槍の最大の利点はその間合いの広さ。リュナドさんはその利点を最大限生かしている。

ただ問題は、その利点が通用しない相手には弱いって事かなぁ。

私が久々に槍を使ってみたら、あっさり勝っちゃったし。


こっちに来てからはナイフと魔法石しか使ってないけど、私は各種武装も使える。

剣でもやってみたけど、リーチのある武器でやると全勝だった。

接近戦武器でも普通のナイフじゃなくて、武器を絡めとる系統なら同じ結果になりそう。


そういえば私が槍使った時、パックがやけに褒めてたなぁ。

もしかしてパックも槍術覚えたいのかな。もしそうなら次から教えてあげよう。

メイラは・・・ナイフも、ちょっと、危ない気がするんだよなぁ・・・。


アスバちゃんは相変らず唐突に遊びに来たり、唐突に帰って行ったり、唐突に依頼に誘いに来たり、唐突に良く解んない事言いに来たり・・・本当に何時も唐突だよね。

でもなんだか、仲が良い友達って感じがして、ちょっと嬉しい自分も居る。時々困るけど。


だから今日は久々に誰も居ない、緩い時間をのんびり過ごしている、っていう感じかな。

勿論友達が遊びに来るのは大歓迎だけど、こういうのんびりした時間だって大好きだ。


「平和だなぁ・・・」


庭に出したお昼寝用の大きな椅子の背もたれに寄りかかり、ポヤポヤした気分で呟く。

山精霊のキャーキャーと鳴く声が、余計に眠気を強くしている様な気がする。


「むにゅ・・・おやすみぃ・・・」


家精霊の少し呆れた様な笑顔を見てから、目を瞑って意識を落とした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「パック君、ここですここ」

「・・・えっと、これです、よね」

「そうですそうです。パック君も見分けがつく様になってきましたね!」

「あはは、誘導して貰って何とか、って感じですけどね」


手を胸元で組んで満面の笑みで褒めてくれる姉弟子様に、思わず苦笑しながら応える。

確かに今日は何とか見分けはついたけれど、一人で探して見つけられる自信はない薬草だ。

見分けの簡単な物は問題無いが、些細な差の見分けが必要な物はやはり難しい。


特に今日採った薬草は、物凄く似ている草の傍に生えるから余計にだろう。

尚、一応間違える可能性の有るこの草も、別の効果のある薬草とも言える。

とある製法で使うと、様々な薬草の薬効を消してしまうのだ。

なら解毒に使えるかと思えば、大半の毒草には効果が無いという扱い難い物なのだが。


ぱっと見この二つの薬草に差異は無く、ほんの僅かに葉の色付きが違う程度だろうか。

この差をほぼ悩む事なく採取する先生とメイラ様は凄まじい。

今だって精霊達の鳴き声に合わせて鼻歌を歌い、ふと視線を動かしただけで見つけたのだ。


そして何よりも僕と姉弟子様の差は、同じ物を採取した時の質の差だろう。

たとえ同じ薬草だとて、やはり個体差が有るのは当然であり摂理だ。

彼女はその差を当然の様に見分けるため、その目の良さに感服する他無い。


「でも前にも言いましたけど、私も最初の頃は薬草と野菜を間違えて採ってたんですよ?」

「今のメイラ様を見ていると信じられませんね・・・」

「でも本当なんです。家精霊さんに美味しく調理してもらいました。ねー?」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達がご機嫌に答えるという事は、彼女の言葉は真実なのだろう。

メイラ様がこの街に来てからの期間はそう長くない。

だというのにその短期間でこの目を手に入れたのだ。

やはり彼女こそが先生の、錬金術師の弟子として相応しいのだろう。


「僕は半人前にすらなれるかどうか、メイラ様を見ていると心配になって来ますよ」

「そんな事言って。物覚えはパック君の方が上じゃないですか」

「知識だけなら確かにそうかもしれませんが、有効活用できなければ知らないのと同じですよ」

「むー、パック君は何時もそう言いますけど、私にしたらその物覚えの良さの方が羨ましいんですよ。私は覚えるまで何度も間違えますし、パック君は凄いんです!」

「ふふっ、ありがとうございます」


唇を尖らしながらそう言う姉弟子様の言葉は、きっと本音なのだと言う事は解っている。

実際新しい薬物の精製手順の場合良く間違えるし、先生も良く指摘している。

そんな自分を偽る事なく弟弟子を励ます様は、彼女の人間性の良さがにじみ出ていると思う。


「・・・ねえパック君、街の噂は聞いていますか?」

「ええ、僕は基本的に街に居ますから」


採取が終わった帰り道、彼女は唐突に訊ねて来た。いや、きっと唐突ではないのだろう。

聞きたかったが何時聞こうかと悩み、けれど切っ掛けが掴めなかったに違いない。


最近の街の噂。本来ならまだ街に流れるはずのない噂が流れている事に関してだろう。

何処から情報が漏れたのか、もしくは誰かが意図的に情報を流したか。

竜を神として崇める国の者達が、近い内にこの街に来ると街で噂になっている。


ただしのその噂の中に不穏な物が有る以上、誰かがわざと流した可能性が高いが

噂の主流にはなっていない物の、先生の危険な部分の噂のせいで消える事は無さそうな噂が。

今回の祭りや竜の件で、新しい人間が多く街に居るのも原因だろうな。


「アレに関して、セレスさんは何か言っていますか?」

「むしろメイラ様が聞いていないなら、僕は何も知りませんよ」

「そうですか・・・でももし私に力になれる事が有ったら、遠慮なく言って下さいね」

「はい。その時はお願いします」


実際僕は先生から何も言われていない。だが先生は知ってはいるのだろう。

恐らく先生がリュナド殿を家に招いたのは、その先手を取る為だ。

錬金術師が精霊使いに言う事を聞かせる為の呪いをかけている、なんていうバカげた噂に。


けれどあの祭りの日、貴族位授与の日、精霊公は自ら錬金術師の家へ行っている。

領主館や自分の家に呼ぶのではなく、自身が錬金術師の家へと。

更に言えば彼の先生への接触は、彼が先生の家へというのが常なのは常識だ。

コレがもし、先生が彼に接触している、という形であればまた違ったのかもしれないな。


当時は先生の貴族達に対する牽制だと思っていたし、その効果は間違いなくあった。

貴族達は彼に女を送るのは逆効果だと判断し、彼の平穏は保たれたのだから。


だが本命は別に有ったのだ。

馬鹿な噂よりも先に、二人の仲の良い噂の方が先に走る。それこそが狙い。


敵は新しい噂をもっと広めたいのだろうに、中々広まらずに困っているに違いない。

何せ呪いの噂を口にしても、街のご婦人方には否定されてしまうのだから。

態々彼の帰宅の時間を人の目の多い時にさせたのも、確実に狙ってやっての事だろう。


まあ一番広まり難い原因は、彼が未だ当たり前の様に街の警邏をするせいだろうが。

そんな呪いのかかった大貴族が、当たり前の様に街の治安の為に出てくるものか。

飄々とした彼の様子と先生との仲の良い噂の前に、呪いの噂が勝つ事はないだろうな。

本当はかの国から『彼を救いに来る』という噂の流れにしたかったに違いない。


先生が外に余り出ない事を上手く使うつもりだったんだろうが、見通しが甘すぎる。

あの先生がそんなつまらない罠にかかるなど、有りえる訳が無い。

以前からある危険な噂を咎めないのも、こうやって逆手を取る為の布石なのだろう。


「ふふっ、精霊が情報を掴んで彼に伝えるよりも早く、というのが頼もしくも恐ろしい」


やはり先生は凄い。何処までも先を見据えている。

出来る事ならお手伝いをしたいのだが、何も言われない以上は要らないのだろう。

いや、もしくは僕が独自に動く事すらも、先生の計算の内なのかもしれないな。

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