第295話、精霊公の願いに応える錬金術師
「じゃ、じゃあ、行ってきます。セレスさん」
「・・・ん、気を付けてね」
「そ、その、リュナドさんも、ごゆっくり、どうぞ。私の事は気にしなくて良いので」
「あー・・・んー・・・まあ、うん。でも、気をつけてな」
パタンと扉が閉まるのを座ったまま見送り、振った手をにぎにぎしながら下に降ろす。
庭まで見送ろうと思ったんだけど、それも良いと言われてしまった。
昨日一日ちょっと休んだだけなのに、メイラはその分を取り戻そうと出かけてしまった。
そんなに張り切らなくて良いのになぁ。頑張り屋さん過ぎて偶に心配になる。
けど多分、あの子が頑張りたいって言うなら、止めちゃいけないんだろう。
ライナも前にそう言っていたし、私が褒めてあげれば良いって言っていた。
だからきっと、今のあの子は昔の私と同じなんだ。
認めて欲しくて、褒めて欲しくて頑張ってる。
なら、そんなに無理しなくて良いよ、って言っても喜ばないだろう。
メイラは頑張ってるねって、良い子だねって褒めてあげた方がきっと喜ぶ。
だって私がそうだったから。私のその為に頑張っていたんだから。
とはいえ。あの子は限界まで張り切る所が有る。加減がちょっと解ってない。
前にもパックの訓練に付き合って、倒れる直前まで頑張った事が有ったし。
「家精霊、メイラが無理しない様に、見ててあげてね」
私も気を付けているつもりだけど、私よりも家精霊の方がきっと先に気がつける。
あの子の為を想うなら頑張りは認めてあげて、その上で体調を気にしてあげれば良い。
そう思って見送りから戻って来た家精霊に頼むと、ニッコリと優しい笑顔で頷いてくれた。
『『『『『キャー!』』』』』
「あ、うん、お願いね」
『『『『『キャー♪』』』』』
僕達だって良く見るよ、と山精霊言われたので、この子達にもお願いしておく。
でも君達は楽しくなるとそのまま付き合いそうなんだよなぁ。
山精霊達は嬉しそうに応えるとパタパタと半数程が家を出て行った。
確かに見て欲しいとは言ったけど、今見守って欲しいという意味ではないんだよ。
まあ良いか。沢山居ればそれだけ安全だし。
「ちょっと気遣いがズレてると思うが、相変わらずいい娘だな」
「・・・ん」
彼の言葉にすぐに答えようとして、顔を見たら喉が詰まって声が出なかった。
なので慌てて頷き返しはしたけど、そのまま俯いてカップに視線を落とす。
うう、駄目だ、やっぱりまだ顔が熱い。
さっきは気合を入れて話そうと思ったから行けたけど、咄嗟だとまだ駄目そう。
いいや、ここで俯くからきっと駄目なんだ。ちょっと顔を上げよう。うん。
彼の顔をちらちら上目遣いで見つつ、大きく息を吸ってから大きく息を吐く。
よし、喉の奥につかえる様な感覚は少し取れた、この感じを保とう。
せっかく彼がのんびりしてくれてるのに、私のせいでお話し出来ないとか嫌だもん。
それに何時までも恥ずかしがってたら、彼だって何時までも気にしてしまう。
優しい彼をこんな事で何時までも困らせたくない。平常心。そう、平常心・・・。
仮面で何とかなれば楽なんだけど、あれは恐怖心しか誤魔化せないからなぁ。
「あ、あー、そ、そういえば、殿下から聞いてるかもしれないが、そう遠くないうちに竜信仰の国から客がやって来るんだが、何か気を付ける事はあるかな。あれば聞きたいんだが・・・」
ん、殿下ってどっちだろう。パックの事かな。海の王子の事かな。
どっちか解んないけど、どっちにしろその話は聞いてない。
だから気を付ける事と言われても、特に私から言えそうな事は無いんだけど。というか。
「・・・それは、私に関係あるの?」
「あー・・・成程、そうか。まあ、そりゃそうか・・・ん、解った」
「?」
何が解ったんだろう。ああ、私が何も聞いてないって事が解ったのかな。
と言う事は私には元々関係ない事だったんだろう。そりゃそうかって、そういう事だよね?
でもそれなら何で態々私に聞いたのかな。
「セレスがそう言う以上、下手に手を借りには来ない様にしておく。出来る限りは自分達でどうにかするよ。実際多少は自分で出来ないと、この先立ち行かねえだろうしな。すまなかった」
えっと、私が知らないなら私に手助けを求めない、っていう事だろうか。
でもお客さんが来るって事は対人関係で、私が力になれる事なんて無い様な気が。
あ、もしかして何か作って欲しいとか、そういう注文で来るお客さんなのかな。
私を頼るなんてそれぐらいだよね。そういう事なら幾らでも頼ってくれて良いんだけど。
むしろリュナドさんの役に立てるなら、私は俄然頑張るよ。謝る必要なんか無いよ。
ムフンと気合を入れ、彼の顔をまっすぐに・・・うう、恥ずかしいのは今は我慢。
「・・・私が手を貸せる事なら、何時でも言って。リュナドさんの頼みなら、断らないから」
「―――――解った。その時は宜しく頼む」
言いたい事をはっきり伝え、そして彼からもしっかりとした返事を貰えた。
彼が頼りにしてくれている。たったそれだけの事が嬉しくて思わず口元がにやける。
多分今の私、変な顔してそう。うう、それはそれで別の意味で恥ずかしいかも。
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メイラが出て行ったのを見送り、諦めて席について茶を啜る。
あれ絶対間違った気の使い方して出て行ったよな。
俺としてはむしろ帰るのに好都合だったのに。この空気耐えらんねえもん。
「家精霊、メイラが無理しない様に、見ててあげてね」
ただお茶を啜って窓の外を見ていると、優しい心配そうな声が耳に入って来た。
当然この場でそんな事を言うのはセレスしか居らず、相変わらず可愛がっているなと感じる。
まあ、可愛がるのも良く解る。メイラはセレスの弟子として常に努力しているしな。
命を救って貰った恩、引き取って貰った恩、何よりも生きていく術を叩きこまれている恩。
セレスの教えに全力で応える事で、その恩を少しでも返そうとしている。
あんな娘を可愛がらない奴は、悪党か性格がねじ曲がった奴だけだ。
「ちょっと気遣いがズレてると思うが、相変わらずいい娘だな」
「・・・ん」
おかげでセレスの機嫌も良くなったようだし、と心の中で思いながらの言葉だった。
が、何故か返答は機嫌の悪そうな声と、俺を見上げる睨み顔。更に大きなため息まで。
まって。ねえ待って。お前いつもそうだけど、機嫌の上下の落差が余りに激し過ぎるから。
だからと言ってそこに突っ込めない俺は、また無言でお茶を啜る。
こういう時に限って精霊達が騒がないのが余計にきつい。何時もみたいにテーブルで踊れよ!
あー、なにか、何かないか、この状況を打開できる方法は。
「あ、あー、そ、そういえば、殿下から聞いてるかもしれないが、そう遠くないうちに竜信仰の国から客やって来るんだが、何か気を付ける事はあるかな。あれば聞きたいんだが・・・」
もう何でも良いからこの無言の重圧から逃れたくて、頭に浮かんだ話題をそのまま口にする。
するとセレスは、ただでさえ寄っている眉間の皺を更に寄せて口を開いた。
「・・・それは、私に関係あるの?」
「あー・・・成程、そうか。まあ、そりゃそうか・・・ん、解った」
殿下からは聞いていない。聞いていたとして関係ない。そういう意味だろう。
当然だろうな。現状連中はセレスに関して何も言ってきていない。
知らないって訳じゃなく、わざと話題に上げてないんだとは思うがな。
なら先ず俺達で対応するのが筋で、錬金術師に頼るなって事だろう。
ま、実際正論だろう。何でもかんでもセレスに頼ってちゃ、何にも出来なくなっちまう。
これは流石に機嫌悪そうに言われても仕方ない。自ら墓穴掘ってどうすんだ俺は。
そう思って謝罪も込みで返答すると、まっすぐに顔を向けてギンッと睨まれた。
思わずビクッと固まってしまったが、口にされた内容に恐怖が吹き飛んだ。
「・・・私が手を貸せる事なら、何時でも言って。リュナドさんの頼みなら、断らないから」
最初の質問には知らないと答えながら、手を貸して欲しいなら言えと反対の事を告げられた。
低く重い声で俺に告げたその内容を咀嚼し、その意味を理解しようと頭を回す。
恐らくセレスは既に何かを掴んでいる。俺達が知らない何かの情報を。
つまりそれは、以前国王が言った『素直に傘下に入る』なんて事にならない可能性の忠告。
だから本気で困った時は助けを求めて良いと、きっとそういう事だろう。
精霊公として正式に依頼するのであればむげに断る事も無いと。
「―――――解った。その時は宜しく頼む」
気を引き締めて頷き感謝を口にすると、セレスは鋭い眼のまま口元をニヤッと歪めた。
・・・もしかして何か企んでるのかなー・・・怖いなー・・・。
つーか俺、何時頃帰って良いんだろう。もしかしてメイラが帰って来るまで帰れねえのかな。
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