第294話、久々に醜態に顔が熱い錬金術師
「ふぁ~あ・・・うみゅ・・・」
部屋に差し込む朝日を感じてうっすら目を開け、すやすやと気持ちよさそうなメイラが映る。
それを起こさない様に体を起こし、そっとベッドから降りた。私に乗ってた精霊は落ちた。
「んー・・・ふわぁあ」
んー、今日も気持ちよく寝れたけど、まだちょっと眠い。
けど何か起きなきゃいけなかった様な気がする。何かが有った気がするんだ。
「取りあえず・・・顔を、洗おう・・・」
頭を起こす為にのそのそと部屋を出て、階段にポテポテと向かう。
すると凄い勢いで家精霊が上がって来て、慌てた様にパタパタと腕を動かしている。
「んみゅ・・・どうしたの家精霊、何慌ててるの・・・?」
家精霊がこんなに慌てているのは珍しい。何かあったんだろうか。
そう思い途中まで階段を下りていた足を止め、ただ階下から何かが動く気配を感じた。
けれどそれを警戒する様な気にならず、むしろ好ましい気持ちになっている。
「セレス、何かあった――――」
慌てた様子で階下に顔を見せた人物はリュナドさんで、自分の感覚に納得してしまった。
ただ彼は何故か途中で固まってしまい、目を見開いて私を見上げている。
「・・・ふえ?」
今の私は何かおかしいだろうかと、ぽやーっとした頭で考える。
視界の端には顔を抑えて天井を仰ぐ家精霊が見え、何か嘆いている様に感じた。
うーん、もしかしてまた私何かやったのかな。知らないうちに駄目な事したのかな。
あれ、ちょっとまって。私起きてすぐ顔を洗いに行こうとしたよね。
その事を思い出すと一気に頭が冷めてきて、自分の格好に気がついた。
男の人の前で寝巻のままだ・・・また彼の前にこの格好で出てしまった・・・!
「・・・あ・・・う・・・!」
自分の格好を自覚して、さらに彼に見られたと言う事に顔が熱くなるのを感じる。
思わず身を屈めて体を腕でかくし、恥ずかしさで眉を下げながら彼を見つめる。
ただ流石に何も言わずに逃げ出すのは良くないと、何とか説明をしようとお腹に力を入れた。
「・・・着替え、て、来る」
歯を食いしばって一度気合を入れたのが良かったのか、案外すっと言葉が出てくれた。
そしてそう告げたらさっと二階に戻り、部屋に戻ってすぐに着替えた。
ただ顔の熱さは中々取れず、暫く顔を抑えて蹲る。
「あうう・・・」
前に見られた時は酔っぱらってたし、その後顔を合わせるのも間が有った。
だから何とか落ち着いて話せたけど、今日はまだ下に彼が居る。
こんな状態じゃ何時も通りに話せる気がしない。どうしよう。
「うー・・・」
顔を上げると家精霊が必死にペコペコ頭を下げていた。
多分私を止められなかった事を誤っているんだろう。
「・・・気にしないで。止めようと、してくれてたんでしょ?」
私の言葉に家精霊はコクリと頷き、へこんだ様子で項垂れてしまう。
けどこの子は何も悪くない。寝ぼけてあの格好で降りて行った私が悪いんだから。
リュナドさんが居るってこと完全に忘れてたし、下からくる気配に警戒もしなかったし。
「・・・大丈夫だから、ね?」
家精霊の頭を撫で、のそのそと立ち上がる。
このまま蹲っていたら家精霊は落ち込むし、リュナドさんにも失礼だ。
まだ挨拶すらせずに逃げ出してしまったんだから。
「・・・よ、よし、いこう」
ふんすと気合を入れて下に降り、お茶を飲むリュナドさんと顔を合わせる。
彼は何故か少し緊張した様子で背筋を伸ばし、私を見つめて動かない。
私は私でさっきの事が頭に浮かび、おはようと言うはずが何も出て来なかった。
気まずい気分になりながら、取り敢えず私も席に着く。
すると家精霊がお茶を出してくれたので、一口飲んで心を落ち着ける事にした。
実際家精霊のお茶を飲むと少し心が落ち着く。今日はちょっとこれに頼ろう。
コクリとお茶を喉に通し、お腹に降りた感覚を覚えながらふぅと息を吐く。
そして恐る恐る彼の顔を窺うと、彼は困った顔で私を見ていた。
その事に思わず首を傾げる。
「・・・?」
何で彼がそんな顔をしてるんだろう。もしかして私が恥ずかしがっているからかな。
優しい彼の事だから、私の羞恥に気を遣って、反応に困ってるのかもしれない。
別に彼は何も悪くないのに。私がぼーっとしてたのが悪いのに。
そうは思うんだけど、謝ろうとするたびに顔が熱くなる。
あの姿を男性に見られた、と言う事を思わず思い出してしまう。
「・・・す、すまない」
けれど何故か彼は私に謝って来た。何で彼が私に。
私が反応出来ない状態を、自分のせいだと思ってるの?
違うよ。これは全部私が悪いんだよ。貴方は何も悪くないよ。
駄目だ。彼に謝らせたままになんか絶対駄目だ。
恥ずかしいけど、そんな事言ってられない。何も言えないなんて馬鹿を言うな。
それは大好きな人に『自分が悪いんだ』なんて気持ちにさせる程の大事か。
「・・・きに、し、ないで。リュナド、さん、は、悪くない、から」
だから必死にそう口にした。耳まで真っ赤な感覚を覚えながら、俯きながらでも。
「そ、そうか。いや、うん・・・でも、すまない・・・俺も、不用意だった」
けれど、私がそう言ったとしても、彼はそんな風に謝って来た。
本当に彼は悪くないのに。何にも悪くなんて無いのに。
やっぱり優しいなぁ。大好きだなぁ。
胸がポカポカする気分になって来て、少しだけ体の力が抜けて来たのを感じる。
けれどやっぱりまだ顔の熱は取れなくて、彼の顔をまっすぐにみる事が出来ない。
ちらちらと様子を窺いながらお茶を口にして、そこでトントンと足音が聞こえた。
「ふあ・・・おはようございま・・・あ、リュ、リュナドさん、お、おはようございます」
「あ、ああ、おはよう」
寝ぼけたメイラが下りて来て、リュナドさんを見て一気に目が覚めた様だ。
ただこの子は普通に可愛らしい寝間着だから、男の人っていう緊張からだと思うけど。
「あれ・・・えと・・・あれ? あ、わ、わたし、顔を洗ってきますね・・・」
「・・・ん」
メイラは何故か首を傾げ、慌てた様子でパタパタと外に出て行った。どうしたんだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぁ・・・あえ、せえすさんがいない・・・」
目を覚まして体を起こし、何時も隣にいる人が居ない事に気がつく。
くしくしと目をこすっていると、精霊さん達も何体か起き上がって集まって来る。
「精霊さん、おはよう。セレスさんは?」
『おはよー。下にいるよー?』
『僕落とされたー』
『でも寝てたー』
「そっか。先に降りてるんだ」
珍しい。何かお仕事でもあったのかな。基本的に私が目を覚ますまで寝てるのに。
それか家精霊さんに起こされるまで何が何でも寝てるんだけどな。
不思議に思いながら部屋を出てトテトテと下に降りる。
するとリュナドさんが居間に居て、そういえばそうだったと思いだした。
だからセレスさんは先に降りてたんだ。二人の時間を邪魔しちゃったのかな。
あれ、でも、何だか空気がおかしい様な。何だか気まずそう?
取りあえず顔を洗ってきますとその場を離れ、家精霊さんに訊ねる事にした。
「あの、何か、あったの?」
『その、主様が寝ぼけて寝間着姿のまま降りてしまい、恥ずかしさでああなっています・・・』
「あ、そ、そう、なんだ・・・」
寝間着って、いつも着てるあの服だよね。
そっか。セレスさん、あの格好見られるの恥ずかしいんだ。
てっきりリュナドさん相手なら恥ずかしくないのかと思ってた。
『お食事は出来ていますが、如何いたしますか?』
「あ、頂きます。ありがとう」
家精霊さんにお礼を言って家に戻ると、リュナドさんと視線が合った。
「メイラが起きたなら俺は邪魔だろうし、そろそろ出ていくよ。昨日は助かった」
そして彼はそう言うと席から立ち上がろうとして―――――。
「・・・邪魔なんて事、ない」
と、セレスさんが言った事で変な格好で固まってしまった。
そこで私はピンときた。多分セレスさんはリュナドさんに帰ってほしくないんだ。
けどリュナドさんは私の事を気遣って、それはセレスさんもきっと同じだろう。
私の事を考えれば引き止める事なんて出来ないだろうし、なら私の行動は決まっている。
「あ、あの、セレスさん。私昨日お休みしたから、今日は今から山に行っても良いですか?」
「・・・今から?」
あ、あう、今日のセレスさんはちょっと怖い。
ううん、多分心配してくれてるんだろう。普段と違う事言いだしてるんだから。
いや、むしろ私が気を遣っている、と言う事に気が付いているせいかな。
「だ、だめですか?」
「・・・駄目じゃ、無いけど・・・朝食は?」
「そ、それなら、家精霊さんがお弁当にしてくれるってさっき。ね?」
家精霊さんに話を振ると、一瞬ビクッとした後に慌ててコクコクと頷いてくれた。
多分私の意図を理解してくれたんだと思う。
「・・・そう・・・解った。でも、気を付けて、ね」
「は、はい!」
許可が下りたのでそそくさと二階に向かって服を着替える。
その間に家精霊さんもお弁当を用意してくれ、山精霊さんも付いて来てくれるそうだ。
「じゃ、じゃあ、行ってきます。セレスさん」
「・・・ん、気を付けてね」
「そ、その、リュナドさんも、ごゆっくり、どうぞ。私の事は気にしなくて良いので」
「あー・・・んー・・・まあ、うん。でも、気をつけてな」
ちゃんと二人に挨拶をして家を出る。
二人共普段とは違う気まずそうな様子だけど、きっと私が居るせいだと思う。
大人の事情の間に子供がいるのは気まずいって聞くし。
家精霊さんからさっき聞いた話は、聞いていない事にしておいた方がきっと良いよね。
「じゃあ家精霊さん、行って来るね」
『私はメイラ様の希望を尊重しましたが、そこまで気を遣わずとも宜しいと思いますよ?』
「そう、かな。でも良いの。私がそうしたいんだし。ね?」
『ふふっ。メイラ様はお優しいですね・・・ん、パック様が来られますね』
「え?」
家精霊さんの言葉で通路に目を向けると、その通り通路からパック君が現れた。
ただこのままだとセレスさんが出てくる可能性が有ったから、手を引いて通路に入る。
「メ、メイラ様? どうされました?」
「ごめんパック君、ちょっとだけこっちに」
『パックおはよー』
『『おはよー』』
そして通路の中央まで移動したら、私が家を早くに出た理由を告げる。
「という訳で、セレスさんはリュナドさんに居て欲しそうだから、邪魔しない様にと」
「先生なら彼の行方を知っているかと思ったのですが、成程そういう事でしたか。であれば邪魔になってはいけませんね。メイラ様はこのまま山へ?」
「はい。パック君は、今日は無理そうですか?」
「すみません。本音は付いて行きたいのですが、色々ありまして」
「謝る必要なんてないですよ。パック君の為にも、無理せず頑張ってください」
私の言葉にパック君はにっこり笑い、とても嬉しそうな声音で返す。
「・・・ええ。ありがとうございます。出来るだけ早く日常に戻る為頑張ります」
「私も待ってますね」
私も彼にニッコリ笑って応える。だってあの毎日は本当に楽しいもん。
パック君が隣で一緒に勉強していないのは、やっぱりちょっと寂しいし。
「あ、精霊兵隊さんにも、リュナドさんが暫く家にいるかもって、伝えた方が良いですよね?」
「そうですね。ではその件は僕が伝えましょう」
「ありがとうございます、パック君」
「ふふ、礼なんて結構ですよ。数少ない役に立てる場を逃したくないだけですから」
「ふふっ、そんな事ないのに。それに私だって似た様な物ですよ?」
二人でクスクスと笑いながら通路を進み、精霊兵隊さんに事情を説明した。
ただ「とうとう隊長が朝帰りを・・・!」って言ってたけど、あれは訂正しなくて良いのかな。
でも言ってた人が即座に走って行っちゃったから、訂正する暇なかったけど・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます