第286話、筋肉領主に全部解決してもらう錬金術師

何故か色んな人に見られている。まったく理由は解らないけど多分睨まれている。

それが怖くて一瞬固まっていると、パックが態々私の周りをぐるりと歩いて立ち位置を変えた。

手を繋いだままなので私はその動きにつられ、メイラもパタパタと一緒に動く。

結果として少し振り向いただけの体制は、しっかりと外に体を向ける形になった。


「―――――」


何、何で、どうして後ろに向いたの。と思いつつも集まる視線で咄嗟に声が出ない。

すると後ろに居た彼らは私ではなく、パックの方に目を向けた。

あ、私に用事じゃなかったのか。よ、良かったぁ。だからパックも振り向いたんだね。


なら私はちょっと意識をぼやかしてこの場を乗り切ろう。

そう思って、ぼやーっと焦点を誤魔化しながら俯く。だって何だか皆怖い雰囲気なんだもん。

本当はこの場から去りたいけど、パックの手を握ってるからそうもいかない。

むしろ握ってる方が安心だから、私が離せないだけとも言えるけど。


「―――――――その上で我々の道を塞ぐのか、貴様は!」

「!?」


突然大声で怒鳴られ、ビクッとして慌てて意識を戻す。すると男性が私を睨みつけていた。

え、な、なに、意識を塞いでいたから全然聞いてなかったけど、何か話し掛けられてたの?

しかも何だか怒ってるよう。道、道塞ぐって、ここ退けば良いのかな。


で、でもそれならパックが既に誘導してくれたはずだし、そういう事じゃないのかも。

だって手を繋いだまんまで、全然動く気配がないんだもん。

けど怖くて話を全然聞いてなかったから、何したら良いのか全然解んない。どうしよう。


「貴様、聞いてい――」

「っ!」


どうしたら良いのか解らず固まっていると、男性は凄い剣幕で掴みかかって来た。

怖くて反射的に体が動き、彼の手を取って投げ飛ばしてしまう。

ただ意識せずにやったせいで頭から落としていて、咄嗟に腕を引いて背中から落とした。


「・・・危ない。もうちょっとで、死なせる所だった」


硬い地面の上に頭から叩きつければ、普通の人間は簡単に死ぬ。

頭の損傷か、首の損傷か、どちらにせよ致命傷だ。

怖いというだけで、もうちょっとで人を殺す所だった。

彼の動きは明らかに攻撃じゃなかったのに、一体何やってるの。これだから私は――――。


「あっはっはっはっは。相変らずだな、錬金術師殿」


自己嫌悪で落ち込んでいると、聞き覚えのある快活な声が耳に入った。

ふと顔を上げて見ると、やはり見覚えの有る人が立っている。ちょっと苦手な人だ。

えっと、名前、えっと、何だっけ。あの顔と筋肉には凄く見覚えが有るのに。


「・・・筋肉領主」


思わずポロっとそう口から出ると、彼は一瞬キョトンとした後に笑みを見せた。


「ほう、成程。言い得て妙だな。悪くない。くくっ」


あ、良いんだ、それで。じゃあ今度からそう呼ぼう。名前覚えてないし。

偉い人って名前覚えてないと怒るイメージあったけど、彼はそうでも無いんだね。

まあ私、自分の住んでる街の領主の名前も知らないんだけど。


「お久しぶりですな、殿下」

「ええ、お久しぶりです。貴方は相変らずお元気そうですね」

「はっはっは、この通り病気知らずですな。元気が有り余っているせいで部下共に嘆かれる毎日です。ま、奴らも精霊使い殿のおかげで気合を入れ直しておりますが」

「精霊使い殿のおかげ、ですか」

「ええ、彼の身の上話は当然我が領地まで届いておりますからな。田舎の平民兵士が為した立身出世の物語。彼の実力を確かに見ていた我が兵士共は、彼に憧れすら抱いている者も居る」


・・・ん、あれ、二人って知り合いなんだ。何処で知り合ったんだろう。

ああいや、パックなら領主と知り合いでもおかしくないのかも。

忘れそうになるけど、この子は王子様だもんね。


それにしてもリュナドさんの話って、他の領地にも知られているんだ。

そっかぁ、憧れられてるのかぁ、私の事じゃないのに嬉しいなぁ。


「そして、そんな彼にすら敵に回したくないと言う人物に、良く強気に出れる物だ」


彼はそう言いながらしゃがみ込み、私が投げ飛ばした男性の服を無造作に掴む。

そして片手で持ち上げてポイっと扉に固まっている人達に向けて投げた。

ただ投げつけられた彼らは受け止める事が出来ず、倒れてしまったけど。

投げられた人は無事そうだ。どうやら倒れた人達が緩衝材になったらしい。


「き、貴様、何をするか!」

「いくら貴様とて、我々にこのような事をしてタダで済むと思っているのか!?」


あ、倒れた人結構元気だ。投げられた男性を近くの人に押し付けて立ち上がった。

ただ皆かなり怒っている様で、筋肉領主に怒鳴り散らし始める。

私は展開に付いて行けずオロオロしているけど、筋肉領主は耳をほじりながら聞いていた。


その際彼が体を外に向け、私の視界は彼の背中で埋められている。

ああ、これは良いかも。これなら多少怖くない。

ただ目の前に居る人自体がちょっと苦手、というのが難点だけど。


「さあて、どうして下さるのかな。褒美でもいただけるのでしょうか」

「な、何だと!?」

「私は貴方達の命を救ったつもりですがね。もしあのまま彼女と敵対していれば命は無かった。私が割って入った事で救われた命の褒美というのであれば、謹んでお受けいたしましょう」

「な、なにをたわけた事を!」

「たわけた事を言っているのがどちらなのか、周囲の目を見ても気が付けぬかな。たった今投げ飛ばされた人物が生きているのが奇跡だと、そう理解しておいた方が宜しい。貴方達が敵対してきた相手にそうした様に、と言えば流石に理解出来ましょう」

「う・・・ぐ・・・!」


けれど筋肉領主が言葉を返すと、彼らは最終的に黙り込んだ。

ただしその内容がちょっと納得いかない。私は殺す気なんて無かった。

と思ったけど、さっき死ぬ様な攻撃仕掛けた事を思い出し、きゅっと口を閉じる。

駄目だなぁ、何で私はこう駄目なのかなぁ。そんなつもりはなかったんだけどなぁ。


「まあそれでも気に食わないと仰られるのであれば・・・私が貴様の相手になってやろう。貴様らがどう思っているのか知らんが、私は彼等に恩が有る。我が領地を滅ぼしかねなかった化け物を退治して貰った恩がな。その彼女達の敵だというのであれば、私にとっても貴様らは敵だ」


そんな風に思ってくれてたんだ。ちょっと嬉しいかも。

この人苦手だなぁ、って思ってたんだけど、もう少しは歩み寄るべきなのかな。

いやでもちょっと苦手なのは変わらないんだよねぇ。この人圧が凄いんだもん。

悪い人じゃないのはわかってるんだ。本当に解ってるんだよ?


「平和ボケした貴殿らの兵で、我々と渡り合えるか・・・見物ですな」

「ぐっ、じょ、冗談に決まっておろう。貴殿の働き、か、感謝する・・・!」

「おお、それはそれは。寛大なお言葉、有り難くお受け取り致しましょう。では殿下、そろそろ参りましょうぞ。余り主役を待たせ過ぎても何ですからな」

「そうですね・・・先生、宜しいですか?」


え、ええと、私は別に良いけど。あ、声が出ない。思ってたよりこの状況辛かったらしい。

一度しっかりと深呼吸をしてから、パックに改めて向き直る。ついでに手も握り直す。


「・・・私は、構わないよ」

「解りました。では参りましょう」


今度こそ屋敷の奥に向かって歩き出し、背後の音が遠のいていくのを感じる。

なんか無駄に疲れた気分だ。私はリュナドさんを祝いに来ただけなのに。

ああ、筋肉痛なのに変に力入れてたからプルプルしてる。力を抜こう。腕が辛い。

取りあえずリュナドさんに会うまでぼーっとしてよう。本当に疲れた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


大きく溜息を吐いて私の手を握る先生にホッとしつつ、その手を握り返してから歩を進める。

背後の気配が遠のいていくと、先生の腕の力が抜けていくのが解った。

それどころか全く力が入っておらず、だらんとした感じで僕の手を握っている。

どうやら本当に彼等への興味を無くした様だ。


「はっはっは、連中の顔は中々に傑作でしたな、殿下」


背後へ声が届くか届かないか、という距離で彼は私に楽しげにそう言った。

いや、あえて聞こえる様に嫌味を口にしたのだろうか。彼も相当溜まっていたらしい。


「貴方にああ言われたのでは、何も言い様が無いでしょう。本来なら貴方の蛮行を訴える相手であるはずの私が目の前に居ても咎めない以上、自分で貴方自身に挑むしかない。だが貴方と貴方の兵に挑んだ所で結果は見えている」


平和ボケした連中が、その中に在りながら武力を保ち続けた彼に敵うはずがない。

と言ってもむやみに武力をちらつかせれば、彼にとって損になる事も有りえる。

適度な協力関係を保つ事が彼のやり方であったが、だからこそ奴らは彼に強く出れた。


だというのに、正面切って敵対する、なんてのは予想外だっただろう。

勿論彼だって戦えば無傷ではいられないし、確実に損害は出る。

出来ればやりたくないのが本音だろうが、それでも武力を見せて行けると踏んだ。


それには幾つもの打算が有るのは解っている。

あの場で先生は彼に対し、誰も呼ばない様な名称で応えた。

それは先生と彼が悪くない関係だ、と言う事を周囲に見せつける様な行為だ。


あれで彼に経済的な制裁をしよう、等と言う馬鹿はほぼ居なくなったと言える。

もしそんな事をすれば、先生の作った物が自分の所にだけ回ってこない可能性が有るからだ。

幾ら先生の戦闘能力が怪しげだと思っていようと、彼の現実的な武力は無視出来ない。


戦う事になれば先生は彼に優先的に道具を回し、奴らへの供給を断つだろう。

そうなれば勝ち目はない。結界石の数が違うだけでどれだけの影響が出るかすぐ解る。

単純な戦力さも在るというのに、装備の差でも圧倒的な敗北となるだろう。

まあ単純に彼の威圧感に怯えた、という線もなくはないとは思うが。


「これで何人かはもう少し大人しくなるでしょう。私と彼女が近しい立場に在り、殿下がそれを認めている。となれば武力制圧など夢のまた夢ですからな。私としても辺境に理解ある殿下の手助けが出来たのであれば喜ばしい、と思っております」


確かにこれで、僕自身が王族として彼らを押さえつける、という作業が減るかもしれない。

彼は王族にすら扱い難い人物と知られている。武力をけして私利私欲に使わないからだ。


兵の練度は高く、本人も武人であり、その力を上手く使おうと賄賂を贈った者も居る。

だが彼は動かなければ民に被害が出る事以外では、けしてその力を貸しはしない。

貴族同士の権力争いに繋がる事など、彼にとっては絶対に引き受ける事ではないからな。


まあそんな彼だからこそ辺境に留まっている訳だが。

自由に扱えない人間が中央に来る事を上の連中は望まず、彼も当然面倒は望まない。

個人的には好ましいが、この街の領主とは違う意味で偏屈な人間だと思う。

先生やリュナド殿が居なければ、彼こそが独立領の領主となっていた可能性すら有るな。


「どうだか。一応貴方は表面上『助けた』という動きではありませんか。少なくとも先生の脅威を知っている人間は、先生の戦闘を抑えた事に感謝していると思いますが?」

「はっはっは、ばれていましたか」


先生があの馬鹿を投げ飛ばした後、幾らかの人間は物理的に距離を開け始めた。

もう少しで走って逃げだす所だった者も居たと思う。

おそらく城壁の被害を思い出したのだろうが、そこに前に出る人物が現れる。

その人物は疎ましい連中を投げ飛ばし、先生の怒りをあっさりとおさめた。


これで敵も出来ただろうが味方も出来た。彼の狙いはその辺りだろう。

ただ先生を助ける為に出て来た、と思う程私は純粋ではない。


「だが、恩が有る事は事実です。周り言えない恩が、ね」


彼は先ほどまでの快活な声音ではなく、静かで優し気な声でそう言った。

見ると彼の目線はメイラ様に向いており、穏やかな笑みを浮かべている。


「少女よ、元気そうで何よりだ。何も出来ぬ身ではあったが、そなたの無事は祈っていた」

「え、あ、は、はい・・・あ、ありがとう、ございます」


メイラ様は自分が話しかけられた事に驚き、先生の腕を抱える様に抱き着く。

けれど狼狽えつつも応え、その様子に彼は目を細めて頷いた。


「まあ、私はこんな事を言える身ではないがな。すまないな・・・だからこそ、彼女には感謝しているのですよ、殿下」

「・・・お察しします」


彼個人はメイラ様を助けたい。だが彼の立場では処刑が現実的な判断だ。

その板挟みを解決してくれたのは錬金術師と精霊使い。

彼にとってはそれも恩の一つ、という事なのか。


となれば先生の行動は、結果として彼の顔を立てた、という事でも有るのだろう。

もしかすると荷車で周囲を見ていたのは、彼の姿を確認する為か。

全く、先生は本当に、信用できる味方を作るのが上手い。


・・・先程の火傷顔の人物は、付いて来る気配が無かった。

てっきり彼の関係者かと思ったのだが、彼は一体何者なのだろうか。

やはり、変に、ひっかかる。いや、今はやるべき事がある。気になるが後回しだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る