第285話、御呼ばれして領主館に向かう錬金術師

リュナドさんの貴族位の授与式当日。なのだけど私はまだ家に居る。

別に行く気が無いんじゃなくて、お迎えが来るからそれまで待つ様に言われてるからだ。

メイラも一緒に行く予定だから、今日のお勉強は自習も含めてお休みにしている。


「・・・メイラ、どうしたの?」

「あ、え、えっと」


ただそのメイラはさっきから少し様子が変だ。ソワソワと落ち着かない様子が見える。

不思議に思って訊ねると、メイラはワタワタとした様子で私に顔を向けた。

普通に話しかけたつもりだったんだけど、なぜか驚かせてしまったみたい・・・。


「ごめん」

「え、な、何でセレスさんが謝るんですか!?」

「驚かせたみたいだから」

「ち、違います、ちょ、ちょっと恥ずかしかっただけで、その、セレスさんは悪くないです!」

「そうなの?」

「そうです!」


良かった。でもそれなら何が恥ずかしかったんだろう。

そう思って首を傾げていると、メイラは胸元で指をイジイジしながら口を開いた。


「えっと、その、自分の事じゃないのに、何だか緊張してしまって・・・凄い事に御呼ばれしてるなぁって思うと、余計に・・・え、えへへ、何してるんでしょうね」


緊張。そっか。リュナドさんに呼ばれるのも、まだ緊張しちゃうんだね。

それはやっぱり仕方ないのかなぁ。慣れたとはいえ、彼は男性だし。

いやでも庭では大分普通になって来たし、外で会うのがまだ慣れないのかな。


「メイラ、こっちにおいで」

「え、あ、はい」


メイラを呼ぶと、トテトテと近づいて来る。

その手を取って優しく引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


「私が傍に居るから」

「は、はい。えへへ・・・」


緊張をほぐしてあげようと、安心させてあげようと優しく頭を撫でる。

するとメイラは嬉しそうに目を細め、その様子に私も嬉しくなる。

気が付くと私の方がメイラのおかげで胸の奥がほんわかしていた。


「・・・? セレスさん、腕がプルプルしてませんか?」

「ん、ああ、昨日のでちょっと筋肉痛。そんなに酷くは無いけど」

「ああ・・・」


昨日の精霊を褒める作業は、後半は腕をプルプルさせながら終わらせた。

精霊がもうちょっと大きければ良いんだけど、小さいから変に力が入っちゃって。

普段使わない様な力の使い方を延々続けたせいで、普段なら痛まない所が痛い。


おかげで力を入れない動きは良いけど、力が必要な事には力加減が出来ないんだよね。

特に握る開くが駄目だ。全力で握るか力をほぼ入れないかの二択しかない。


「お薬塗らないんですか?」

「んー、あんまり酷い様なら塗るけど、耐えられない程じゃないし」


今日も作業する気なら当然薬を塗ったけど、今日は一日のんびりお休みだ。

リュナドさんの授与式には行くけど、それ以外にやる事は無い。

なら体の回復力に任せてゆったり休んでようと思ってる。


『『『『『キャー!』』』』』

「そっか。なら頑張ってよかったかな」


精霊達の嬉しかったーという声に、くすっと笑いながら応える。

けれどそんな精霊達に、メイラと家精霊はちょっとだけ厳しい目をした。


「でも精霊さん達、今度はああいう事しちゃ駄目だよ?」

『『『『『キャー・・・』』』』』


御免なさいと、多分謝っているんだろう。実際は実行されなかったから別に良いんだけどな。

何の事かといえば、実は昨日精霊達は延々私に撫でられるつもりだった様だ。

私が見分けがついていないのを良い事に、一度去ってから後に並び直していたらしい。

それに家精霊が気が付き、帰って来たメイラが問い正した事で散開して逃げ出したんだよね。


わらわらと居た精霊達が一瞬で消えて行く様はちょっとおもしろかった。

因みに逃げ遅れて家精霊に捕まった子が説教を受け、その事を他の子にも伝えているそうな。

普段から庭に居る子達は恐る恐る返って来て、後でメイラに叱られたらしい。


「嬉しいのは解るけど、セレスさんが辛いのは嫌でしょ?」

『『『『『キャー』』』』』

「うん、じゃあ今度から気を付けようね」

『『『『『キャー!』』』』』


はーいと素直に答える精霊達を見て、メイラもうんうんと満足そうに頷いていた。

その光景にメイラの方がよっぽど主っぽいなぁ、なんて思ってしまう。


「・・・ん、お迎えかな?」

「そう、みたいですね。えっと、副隊長さんが来たみたいです」


庭の精霊達がキャーキャーと騒がしくなり、メイラの肯定を聞いて立ち上がる。

副隊長というと、先輩さんだよね。彼がお迎えに来たのか。

念の為、私もメイラも仮面を付けてから外に出た。


「お迎えに上がりました、お姫様」


この人は相変らず私をお姫様と呼ぶ。少し恥ずかしい。

訂正してもお姫さまって呼ぶからもう諦めている。


「では精霊様、お姫様達をお願い致します」

『『『『『キャー♪』』』』』


先輩さんはいつもと違う口調で精霊達にお願いし、精霊達はご機嫌に荷車を持って来る。

私達に乗る様に促す精霊達に従い、さっと荷車に乗り込んだ。

そのまま荷車に揺られる・・・事はなく、低く飛びながら領主館まで向かう。


「・・・何だか外が凄く騒がしいね」

「ですね・・・」


最近外に出ると何時も騒がしかったけど、今日は何時も以上に騒がしい気がする。

まるでお祭りの様な騒ぎだ。いや、もしかして実際お祭りになってるのかな?


「メイラ、大丈夫?」

「はい。仮面が有りますし、奥に居れば大丈夫ですよ」

「そっか」


私も仮面と荷車の幌のおかげで特に問題は無い。

ただメイラは私よりも怖がりだから、ちょっと心配だった。

まあ問題無いならそれで良い。のんびりと到着まで待つ。

暫くして荷車が止まり、精霊達が『キャー!』と到着を告げた。


「先生、お手をどうぞ」


荷車を降りようとすると、待ち構えていたらしいパックが手を差し出して来た。

でも普段から乗り降りしてるし、別に手を貸して貰わなくてもいいんだけど。

ああいや、メイラをお願いしよう。そう思いメイラの背中をトンと軽く押す。


「え、えっと、よ、よろしくお願い、します?」

「ふふっ、はい、メイラ様」


戸惑い気味に手を出すメイラに対し、クスクスと笑いながらその手を握るパック。

そして下りるメイラをサポートしている間に、私もピョンと飛び降り―――――。


「っ!?」


――――――ようとして、固まってしまった。

待って、待って待って。何でこんなに人が沢山居るの。何でこんなに注目されてるの!?

思わず荷車の端で固まってしまい、ただでさえ力加減の上手く出来ない手に全力が入る。


ていうか、何かみんな私見てボソボソ言ってる。

結構な人が眉間に皺が寄ってて怖い。怖いから内容は聞きたくない。

幸い聞こうと思わなければ聞こえない距離だし、意識的に耳を塞ぐ。


「先生、お手をどうぞ」

「・・・ん」


ただパックの声が聞こえた所でハッとメイラの事を思い出し、慌てて視線を向ける。

すると案の定少し怖がっている様子が見え、慌ててパックの手を取り荷車を降りた。

そして空いた手でメイラの手を握ると少しホッとした様子が見え、私もホッと息を吐く。


こうやって手を握っていると、私も少しだけ気が安らぐ気がする。

メイラを安心させようとしてやったことだけど、私も助けられちゃったかもしれない。


反対側にはパックも居るし、これなら多少の視線は気にならない・・・かな?

いや、気になるけど我慢は出来そう。うん、いけるいける。多分。怖いけど。


「せ、先生?」

「・・・何?」

「あ、い、いえ、何でもないです。どうぞ、先生、こちらに」


パックの言葉に従い、手を引かれる形でメイラと一緒に領主館に入る。

中に入ると当然視線が切れ、ほっとして体の力を抜いた。

ちょっとだけ足を止めて深呼吸をし、申し訳ないけど心を落ち着けるのを待って貰う。


けれどそれも束の間で、さっきの人達が屋敷の中に入って来る気配を感じる。

ならそのまま進んでしまえば良いのに、反射的に振り向いてしまった。

自分に対して何してるのって言いたいけどもう遅い。背後の状況を目で確認してしまう。

あ、あうう、なんか何人かに睨まれてるよう。パ、パック、あの人達なんか怖いよ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「アレが例の錬金術師か?」

「なんだあの怪しげな仮面は」

「ただでさえ我らが呼び出されるなど異例というに、あの様な怪しげな者をこの場に・・・」

「まったく、不気味この上ない。本当にアレに力を持たせて大丈夫なのか」

「竜を従えるあの男は致し方ないとはいえ、何処の者とも知れぬ小娘にへりくだるなど」


メイラ様の手を取り彼女を下した所で、そんな言葉が耳に入って来る。

顔を上げると御者台の所に先生が立ち、仮面の奥の目が周囲を睨んでいるのが見えた。

ただこれは僕の位置だから見えただけで、口にした連中は見れていないだろう。


「・・・馬鹿どもが」


先生をまだ舐めている連中を炙り出すまでも無く、自ら墓穴を掘ってくれた。

むしろその為に先生はメイラ様を先に下ろし、目立つ様に立って見せたのだろう。


あの様な事を言っているのは、普段はどいつもこいつも自分の領地に引っ込んでいる連中だ。

リュナド殿や先生の力を見た事が無く、情報を聞いても信じようとしない馬鹿ども。

貴族である事に胡坐をかき、貴族の力が有れば何とかなると、まだ勘違いしている。


「ここに至ってもまだそんな事が言えるとは、予想以上だな・・・」


勿論、予想以上の馬鹿だった、という意味だが。

本来貴族位の授与などという物は、王が臣下に対し与える褒美だ。

なれば臣下が城に呼び出され、王と他の貴族に膝をついた上で王城で行われるもの。


つまり今回の様に与える側が領地に赴くなど、古い連中には不快この上ない様子だった。

個人の意見としては『来たくないなら来るな』と言いたくなるが、そうもいかない。

リュナド殿と先生の立ち位置を確たる物にする為にも、連中にも危険を認識させる必要が有る。

貴族家の頭首以外の古株連中にも、彼という存在を認知させなければいけない。


呼び出しの際もかなりごねた連中だが、街の傍の竜を見てやっと現状を把握したらしい。

故にリュナド殿に対しては表立って言わなくなったが、その分を先生にぶつけた様だ。

城であれだけの事が有ったというのに、その報告を聞いても先生を舐めている。本物の馬鹿だ。

先生のおかげで黙らせないと困る相手は黙らせたが、未だにああいう連中が残っている。


そもそもその竜を下した、という噂が既に街であるのに、なぜ頭に入っていないのか。

こうやってあの手の連中を相手にしていると、父がどれだけ苦労をしていたのか良く解る。

とはいえ私は先生のおかげで、いざとなれば力尽くで連中を黙らせる事が出来る訳だが。

本当に、どれだけ恩を返しても返しきれないと思う。


「先生、お手をどうぞ」


その気持ちを込めて今度こそ先生に手を取って貰い、荷車から降りる補助をさせて頂く。

とはいえ身軽な先生にそんな必要はほぼ無く、ひらりと飛び降りてしまわれたが。

そして少々人目に気圧されているメイラ様の手を取り・・・なぜか僕の手を放して貰えない。


「せ、先生?」

「・・・何?」

「あ、い、いえ、何でもないです。どうぞ、先生、こちらに」


どういう事かと問いかけると、久々に低く迫力ある声音で返されてしまった。

となれば『聞くな』と言う事だろうと判断し、手を取ったまま予定通り案内をする。

今の先生は先生ではなく、あくまで『この街の錬金術師』と言う事だろう。


「王太子自ら案内など」

「何様のつもりなのだあの女は」

「奴め、高い位置から我々を見下すだけとは、どういうつもりだ」

「我々にも王族に対しても礼も取らぬ女、いや、礼儀も知らぬ女が・・・!」


先生の危険性を知る人間から距離を置かれている事にも気が付かんのか、あいつらは。

態々聞こえる様に不満を口にする連中を無視し、先生の手を引いて歩く。

すると屋敷に入って扉を通り過ぎた所で、なぜか先生は足を止める。

そして深い溜息を吐いたと思ったら、屋敷の扉が開かれると同時に後ろを向いた。


「なっ・・・?」

「な、なぜ止まって」

「い、いったい何だ!?」


先生が通路の真ん中で、彼らを通さぬように立つ様子に、誰もが困惑した様子を見せる。

正直に言えば僕も困惑しているけれど、表情に出すわけにはいかない。

顔に出せば先生の思惑の邪魔になる。あたかも最初から知っていた様にすました顔で並ぶ。


「どういうつもりですかな、殿下」

「さて、どういうつもりなのだろうな」


先生ではなく、僕に問う言葉にふっと笑いながら応える。

まあどういう事なのか僕もさっぱり解っていないのだが。

そんな僕にイラっとした様子を隠さず、今度は先生を睨み据える男。


「我々無しで儀式を終えられると思っているのか。我々の邪魔をすると言う事は、奴の貴族位など誰も認めていない事になるのだぞ。その上で我々の道を塞ぐのか、貴様は!」


俯いているせいで先生の目が見えないからか、これでもかという程に強気に叫ぶ。

内心殴ってやりたいぐらいイラっとするが、黙って先生の判断を待つ。


すると先生の握る手から、小刻みに震えが伝わって来たからだ。

僕の手を傷めない為か握り込んではいないが、腕に力を籠めた特有の震え。

怒りを我慢しているのか、攻撃に移る為の準備か、どちらにせよ怒っている事は間違いない。


けれどそんな先生を見て無視されたと思ったのか、馬鹿は先生に掴みかかろうと手を伸ばした。


「貴様、聞いてい――」


だがその手は先生に届かず、言葉も途中で途切れ、ただ盛大な衝撃音が響く。

何をしたのか解らない程の一瞬の早業で、男が先生に床に叩きつけられたせいで。

手を放している事に気が付かなかったら、僕も何が起こったのか理解が遅れただろう。


「・・・危ない。もうちょっとで、死なせる所だった」


低くかすれるようなその言葉に、その場にいた全員がそくりとした物を感じたはずだ。

何より今の先生の言葉の真意を多少でも理解すれば、戦えない連中は黙るしかない。


『今のは加減してやった。次は殺す』


そう言われているに等しく、何よりも貴族という立場がまるで通じないという事実。

精霊使いの庇護が有るからではなく、自分が強いからここに居るのだという証明。

態々自分の身に降りかかってやっと理解できる辺りが救えない。


連中は所詮この為だけに呼ばれたのだ。ここに居る時点で逆らう事はもう叶わない。

逃げる事すら、許されない。そんな当たり前の事実に今更気が付くなど。

そして用が済めば貴様らが死のうがどうなろうが知った事かと、この僕が思っている事を。


僕の目指す統治に貴様ら無能は要らない。

今は必要が有るからまだ残しているだけだ。要らなくなれば容赦はしない。

貴様らがまだ貴族で在れる理由がそれだけだと解らない時点でその決定は覆らない。


先生はそんな私の意志も解る様に、連中に現実を文字通り叩きつけた。

良いからお前らは黙って仕事をしろと、それしかもう出来ない事を理解しろと。

僕が精霊達に頼むのではなく、先生自身が動くからこそ効果のある行為だ。


何せ僕は先生側に居る。けれど僕は先生を守らない。守る意味がない。見ればわかる事だ。

勿論最初から判っている点中は、馬鹿どもから距離を置いた位置から見つめているが。

だけれどそんな緊張感の有る空気の中、唐突に大きな笑い声が響く。


「あっはっはっはっは。相変らずだな、錬金術師殿」


我が国で一番頼りになる戦力。そしてリュナド殿が信用していると口にした男。

父が先生を討てと命を告げた際、のらりくらりとかわし続けた領主。

メイラ様の保護に協力をしてくれた人物が、楽しそうな笑顔で前に出て来た。


「・・・筋肉領主」

「ほう、成程。言い得て妙だな。悪くない。くくっ」


けれど僕は彼よりも、その隣にいる人物に意識が行ってしまう。やけど顔の、おそらく男性。

何故、だろうか。その人物から、何故か、目が離せない。

火傷の酷さが気になるから、ではないと思う。何か、何かが引っかかる。

彼は、いったい・・・。

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