第284話、王子に言われて頑張る錬金術師

そろそろ暑い日がちらほら増えてきた気がする今日この頃。

パックにはまた新しく教える事が増えるなぁ、なんて考えていた所にお客が来た。

久しぶりに中年の王子様がやって来て、家精霊のお茶を飲みながら満足そうに頷いている。


「うん、何時も美味いね。ありがとう、家精霊殿・・・しかし、精霊使い殿の貴族位授与か。まさかこの様な事になるとは、流石に予想出来なかった。全く、この街には驚く事ばかりだ」


彼の前に座った山精霊が、うんうんと解った風に頷いているのが少し気になる。

服装が文官の様になっているから、王子一行の一員ごっこなのかもしれない。

彼が今回やって来たのは、リュナドさんの貴族位の授与式に呼ばれたから、らしい。


『本来は国内だけで済ませる事ですが、あの方には親族が迷惑をかけておりますし、出来ればこれからも友好的にやっていきたいという願いも込めて、特別に招待させて頂きました』


王子が街にやって来た頃にパックがそう言っていたから間違いないと思う。

それも有って授与式の日程が結構先になっていたのも有るとか。

彼を迎える為の準備と、彼が余裕をもって来れる日程を組む為だったそうだ。


因みに授与式は明日だ。その前に私へ挨拶にとか何とかさっき彼が言ってた。

今日はリュナドさんが居ないけど、代わりにフルヴァドさんが一緒に来ている。

彼女が王子の護衛だと、さっき聞かされた。


だからなのか、今日は精霊殺しを持って来ている。勿論剣の状態で。

大剣だから腰じゃなく背負っているけど、精霊殺しは転移が出来るから抜剣は問題無い。

横にずらして外すタイプの鞘だから、普通にそのまま抜剣も出来るだろうだけど。


「話を聞いた時は驚いたけれど、精霊達のおかげでやり取りが凄まじく楽だったよ」

『『『『『キャー♪』』』』』


王子の言葉に精霊達が嬉しそうな声を上げ、ピシッとした服に似合わない陽気な踊りを始める。

私は知らなかったんだけど、どうやら精霊達は今回凄く仕事をしていたらしい。


パックとリュナドさんと王子の三人は、定期的に手紙のやり取りをしていると聞いた。

ただその手紙の配達を精霊達がやっていて、普通よりも早く確実に届く。

結果として国家間でのやり取りにも関わらず、あっという間に予定を立てられたと言っていた。


「それもこれも、貴女が精霊達を各地においてくれたおかげかな」

「? 私は何もしてないよ?」


王子の言葉に思わず首を傾げながら応える。だって私別に精霊達を置いた覚えは無いもん。

この子達が勝手に遊びに出て、交代でぐるぐる色んな所に行ってるだけだし。

そもそも山精霊は私を主って言ってるけど、私が自分が主と思って行動してないしなぁ。


勿論山精霊達がいけない事したら叱るけど、それは主従というより家族の感覚が近い。

人に迷惑をかけない限り、山精霊達のやりたい事を自由にしたら良いと思ってる。

だから私は山精霊にお願いはしても、基本的に命令をするつもりが無い。

それぐらいの緩い関係が良い。


「これは失言を。そうだった、申し訳ない。貴女は特に何もしていないんだったな。ふふっ」

「ん? うん」


別に謝る必要は無いと思うんだけど。何処が失言だったんだろう。

この王子はちょくちょく良く解らない事言うんだよなぁ。

まあ納得してるみたいだからそれで良いや。実際私何もしてないし。


「だが精霊達のおかげで私はこの場に素早く駆け付けられた。それはただ連絡が早く貰えたからなどではなく、我が国での彼らの働きが有ってこそ。きっと何を言っても貴方は知らないと言うのだろうが、それでも感謝の言葉を受け入れて欲しい」


良く解らないけど、精霊達が頑張ったらしい。

でもそれなら精霊達にお礼を言ってあげて欲しいかなぁ。

何も知らないと言うのだろうとか言われても、本当に何も知らないし。


「頑張ったのは私じゃないから、精霊達に言ってあげて」

「それは勿論。彼らには既に伝えた上で、彼らの主である貴女に伝えたかった。そして貴女にも彼らを労って欲しい、というのは流石に図々しいだろうか」


そっか。一応精霊達は私を主って言ってるから、主人の私にも礼って事なんだ。

実際頑張ったのは精霊達だから申し訳ない気がするけど、そういう事なら頷いておこう。


「精霊達、頑張ったんだね。お疲れ様」

『『『『『キャー♪』』』』』


頭を撫でながら労うと、嬉しそうに目を細めて鳴く精霊達。

すると僕も僕も僕だってと、他の精霊達もテーブルの上に群がって来た。

茶器の類は家精霊がさっと避難させたので無事だ。


『『『『『キャー!』』』』』


褒めて貰う為に目の前にどんどん増えていく山精霊達。

気のせいか庭の外の精霊達も続々家の中に入って来ている様な。

いや、気のせいじゃない。むしろ外に呼び掛けている子がいる。アレは呼んでる。


「・・・まあ、良いか。皆頑張ったんだろうし」


褒めるんだから雑にならない様にと思いながら、私の前に並ぶ精霊達を撫でていく。

撫でられた精霊達は嬉しそうに声を上げ、ニコーッと笑いながらピョンとテーブルから降りる。

そしてタタターっと家を出て行き、それが暫く続いた。


すると家に居る精霊達を撫で終わった頃に、庭が何時もより騒がしい事に気が付く。

何となく嫌な予感がしつつそっと庭を見ると、山精霊達がワクワクした顔で待っていた。


『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』


主が褒めてくれるって聞いたー、と大量の精霊に言われて流石にくらっと来た。

待ってまだ集まって来てるんだけど。もしかして街に居る精霊全部呼んできてない?

うう、腕もつかなぁ。でも皆頑張ったんだろうし、やるしかないかぁ。


「ふふっ、錬金術師殿が精霊達の主なのだなと、改めて思う光景だな」


王子のそんな言葉に頷くべきなのか困惑しながら、明日の筋肉痛を予感する。

明日リュナドさんの晴れ舞台なんだけど、疲労困憊で行くはめになりそう・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「では、私はこれでお暇させて頂こう。錬金術師殿、また明日」

「あ、うん、じゃあ」


精霊への労いが終わらない錬金術師に別れを告げ、緩い声で頷いたの確認してから庭を去る。

最初の頃と違い大分柔らかい対応になった物だ。

もう脅す意味がないと思われているのか、使えると思って貰えてるのか、悩む所だな。


「しかし・・・やはり今回も『知らない』と言われたか」


彼女のあの態度だけは相変らずだ。とはいえ彼女にとってはそれが一番都合が良いのだろう。

なら私は下手に口を出さず、それを受け入れるべきだ。

むしろ恩恵を受けている身としては拒否する意味がない。


精霊達のおかげで我が国の中は随分と風通しが良くなった。

彼らが国内の至る所に現れ、見聞きした事を私や私の部下に報告を入れる。

その情報の濃さは諜報員が自信を無くす程の物だ。

彼らの発言は解読に時間が多少かかるが、そんな物は些細と言える。


今まで後手に回らざるを得なかった事案や、手をこまねいているしかなかった事案。

そういった物を叩き潰せるだけの情報を彼らは大量に齎してくれた。

おかげで錬金術師に手を出した馬鹿も潰せた。まさかあんなに簡単に潰せるとは。


精霊達を我が国に撒いたのは、てっきり彼女や精霊使いが動く為の準備だと思っていた。

だが実際はどうだ。彼女は動かずして、自分に喧嘩を売った者を叩き潰したわけだ。


だが彼女は動いていないだけで、精霊達が手に入れた情報は全て把握しているだろう。

彼女が主なのだから当然だ。知らない、なんて事が有る訳が無い。

そしておそらく、彼女は国内でも同じ事をやっているはずだ。


「この国での事も彼女は『知らない』と言っているのかな?」

「・・・私が口にする事ではありませんので、どうかご容赦を」


背後を歩く聖女殿に声をかけるも、つれない返答をされてしまった。

まあ彼女は真面目な人物だし、今はただ職務を徹底しているだけなのだろう。

とはいえ今の発言は肯定に近いという事に、彼女は気が付いているのだろうか。


実際は聞くまでも無く、この国も我が国と同じ状況になりつつある事は知っている。

既に各地に精霊が散らばり、その情報がパック殿下や彼の部下に流れていく。

殿下に反逆を企てる目は徹底的に潰される事だろう。


それは同時に、彼女への恐怖を植え付ける行為でもある。

一般人には治安の面で感謝され、統治側は強大な力と監視に怯える。

まあ私とパック殿下は彼女の行動に助けられている以上、恐怖よりも感謝が先だが。


ただし私と殿下では決定的な違いが有る。

私はあくまで錬金術師の利になる行動をとる事で認められ、彼は自身が精霊に好かれている。

勿論私とて嫌われているとは思わないが、彼と私では距離感が違うのが会ってみて解った。


おそらく私が錬金術師の害になる行動をとれば即座に排除される。

だが彼がそういった行動をとった場合、精霊達は躊躇するだろう。

アレは『身内』に対する距離感であり、私には『客人』に対する距離感だ。


「全く、恐れ入るよ・・・」


元々パック殿下に無理を言う気は無かったが、あれを見せられては友好を築くしかない。

我が国とこの国の状況は似て非なる。ならば恩恵を受け続けるには彼に嫌われるのは悪手だ。

殿下は間違いなくその事を理解した上で私に声をかけている。


明確な脅しは口にしないし見せないが、解る人間には解る脅し方だ。

あの師にしてあの弟子此処に有り、といった所か。

全く末恐ろしい。彼が自分の利だけを求める人間ではないのが救いだな。


いや、そこも含めて錬金術師の思惑どおりか。

錬金術師は従う者には利益をもたらす。彼は弟子として彼女に倣っているのだろう。

その結果殿下は自国にも他国にも支持され、王としての立場を更に強める事になる。


彼女はそういった事も『知らない事』として話題に一切あげないのだろうな。

自分の成果を口にせず、だからこそ導き出される結果も他者に悟られ難い。

何処まで何を考えているのか解らない不気味さ。それが彼女の一番の武器だ。


それは対応が柔らかくなった今、尚の事思考が読み難いと感じる。

むしろ最初の頃の迫力ある受け答えの方が、解る様に伝えられていた気すらして来る程だ。

そう考えれば今の私は「解る様に言わずとも解れ」と思われているという事かな。

中々に厳しい。あれを理解するのは難解すぎる。


「さてはて、彼女の心根は何処に有るのやら」


今までの彼女への協力に打算が無かったとは言えない。

恩返しが一番の理由だったが、それでも彼女を身内に引き込めればとは思っていた。

だがもう、彼女を引き込むのは本格的に難しい。


本来なら面倒を避ける為、この街は独立に近くとも他国の保護が多少必要だった。

どれだけ力が有ると見せても、身の危険まで辿り着かねば理解出来ない馬鹿は意外と多い。

その牽制の為にも、パック殿下と私はこの街を公に認める予定、というのが少し前の状況だ。

まだ私が彼女達を引き込める可能性はゼロではなかったと思う。


だが竜の存在が状況を変えた。あれの存在は脅威ではあるが、手に入れたいとも思える力。

竜を従える彼が平民なら尚の事だ。物が見えない馬鹿は更に増えるだろう。

平民は貴族に従うべきだと、力の差も見ずに言って来る馬鹿が間違いなく出て来る。


それがどれだけ危険な事か、事実すら見ない盲目な馬鹿は面倒でしかない。

普通なら考えれば解る事が出来ない馬鹿を抑える為にも、彼の貴族位授与は必要な処置だ。

それは結果として街を単独で確たる存在とし、最早国内に引き込む事は叶わなくなった。


今まで彼女が欲しいと、あからさまに見せてきた私に、それをどこの国よりも先に告げる。

その行為を友好の証と取るか、お前も馬鹿をやるなよという注意と取るか、難しい所だ。


「現状で満足しておけ、と言う事なのかもしれないな」


その分の報酬は与えてやる。だからそこで納得しておけ。

なんて言われている気分になりながらの呟きは、聖女殿には応えて貰えなかった。

うーん、彼女と話したかったら仕事外でないと駄目そうだ。

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