第283話、竜素材の加工方法を確立する錬金術師
竜の素材の実験を重ねて暫く経ち、それなりに特性を理解し始めて来た。
まだまだ完璧とは言い難いけれど、取り敢えず鎧を作るには問題無さそう。
という訳で本格的に加工に入り、設計図もきちっと作っておく。
先ずはいつも通り精霊に鱗を取って来て貰い、それをある程度の大きさに分断する。
限界まで圧縮した水の刃。これなら竜の鱗も通せる事が解った。
当然普通の道具では不可能なので、複数の魔法石による魔法を一点に集中させて。
一応他の切断方法も見つけたんだけど、これが一番楽だった。
それでもスパッと切れるような事は無く、削る様に切っている訳だけど。
本当に頑丈過ぎる、この鱗。まあ防具の素材としてはとても良いかな。
そうして切り分けた部品のふちに、金属を薄く覆わせる。
これも今回は魔法で制御し、赤く熱を放つ金属を均等に伸ばしていく。
けれど鱗はそんな熱にも全く焦げる事なく、問題無くふちを覆い終わった。
そしたら今度は冷水を当て、冷やして固まるのを待つ。
「・・・ん、よしよし、上手く出来た」
何度か実験をした結果、鱗単品の再生能力にはちょっとした性質が有った。
鱗は切り分けると元の姿に戻ろうとふちが再生していくが、何かで覆うとそれに癒着する。
そしてそこから膨張する事も無く、まるでそれが本来の形という様に安定した。
つまり何らかの素材で覆ってしまえば、それ以上の再生はしないと言う事だ。
勿論表面に付いた傷などは再生するから、再生能力自体が消えた訳じゃない。
ただこれは何年もかけた実験じゃないから、年単位だとどうなるか解んないけど。
とはいえ、たった一日で目に見えて再生が解る素材を調べての結果だ。
この状態で3日放置で変化が無かったのだから、一応安定したと言えると思う。
「まあ、問題はこの後なんだけど」
部品の切り分けと安定化の次は、その部品に穴を開けて繋ぎ合わせていく。
これの困った所は、その作業を一斉にやれない事だろうか。
どうやら横に広がる再生を止めると、今度は表面の再生能力が上がるらしい。
なので穴を開けると凄い速度で再生する。ふちが再生する速度より遥かに速くだ。
まるでかさぶたが出来るかの速度で塞がって行く様子にはびっくりした。
つまり全ての部品に穴を開けてから作業をすると、途中で幾つかは穴が無くなっている訳だ。
だからって大きめに穴を開けると、予想外のふさがり方をして穴の位置がずれる。
一個づつ穴を開けて繋げないといけないから、ちょっと面倒くさい。
「本当にこの再生能力おかしい・・・」
指の方も相変わらず再生する気配が有るし、余りにも規格外が過ぎる。
あの竜本当に私の知ってる竜なんだろうか。竜の姿をした別の生き物じゃないの?
「さて、じゃあ残りも全部同じ様に・・・ん?」
次の鱗を手に取った所で、通路向こうで精霊の声が騒がしい事に気が付いた。
久々にリュナドさんが来たのかなと思い、手を止めて通路に目を向ける。
すると来たのは彼ではなく、アスバちゃんとフルヴァドさんだった。
「だーかーらー、顔には張り付くな!」
『キャー♪』
顔に張り付いた精霊を投げ飛ばし、私に近づて来るアスバちゃん。
フルヴァドさんはその後ろを笑顔で付いて行く。
投げ飛ばされた精霊は楽し気な鳴き声を上げて庭の外の草むらに落ちて行った。
「いらっしゃい、二人とも。遊びに来たの?」
「まあ、そんなもんよ」
「いや、アスバ殿、一応ちゃんとした用事があって来たんだが」
「知らない。私は了承して無いもの。クソ爺の要件なんか知らないわ」
「アスバ殿・・・」
クソ爺? 誰の事だろう。でもフルヴァドさんはちゃんと用事が在るらしい。
と言う事は話が長くなるかな。そうなると鱗の再生で形が変わっちゃう。
「えっと、ごめんね、二人とも。今やってる作業だけ、待って貰っても良いかな」
「ああ、勿論だ。構わないさ」
「とっとと終わらせなさいよー。あ、家精霊、私お茶濃いめに頂戴。山精霊達はとっとと椅子とテーブル持ってきなさい。ああ、菓子はお茶と一緒に持って来てくれたら良いわよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
アスバちゃんは何時も通りに精霊達が用意した席に着き、家精霊のお茶を待つ。
自分の家の様に振舞う彼女にフルヴァドさんも慣れているので、そのまま一緒に席についた。
精霊達も特に疑問も不快も無く従ってるから、私も別に良いかと思っている。
「・・・そうだ、素材余ってるんだし、フルヴァドさんの鎧も作ろうかな」
鎧姿の彼女を見て、ふとそんな事を考えた。
あの鎧はそこまで良い物じゃない。それにフルヴァドさんは、あんまり強くない。
ならもっと良い素材で全身鎧を作ってあげれば、彼女の安全を守れると思う。
勿論精霊殺しが居るから、元々の彼女よりは強くはなってる。
けどそれは精霊殺しが手元にある時限定で、彼女の力自体は変わっていない。
普段からいつも一緒な訳じゃないし、それなら防具は有って困らないよね
どういうのが良いかなぁ。リュナドさんと違うデザインの方が良いよね。
彼女の鎧は白いし、白く塗装した方が良いかな。あとスカート状の腰の防具とかも。
うん、ちょっと楽しくなって来た。後でデザイン画を描いてゆっくり考えよう。
「さて、じゃあ取りあえず安定化だけは手早く終わらせよう・・・」
本当は一個ずつやるつもりだったけど、余り二人を待たせたくはない。
ちょこっとだけ大変だけど、出来る限り一気に終わらせよう。
魔法石を大量に手元に集め、一気に発動させる。
流石にこの量の使用はちょーっと集中が要るなぁ。
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魔法石。セレスの戦闘の要という道具。
それをバカスカ使って素材を加工する様は、ある意味芸術を見ている様に感じる。
「・・・この光景をその辺の魔法使いが見たら、確実に発狂するわね」
家精霊が淹れてくれたお茶を飲みながら、思わずそんな言葉が口から洩れる。
ただその呟きをどう取ったのか、フルヴァドが至極真剣な表情を向けて来た。
「そんなに凄いのかい? いや、勿論あれだけ魔法を放っている事は凄いとは思うけれど」
「少なくとも、私以外で同じ事が出来る奴は知らないわ」
「ふむ、そうなのか」
納得してる言葉だけど、全く解ってない顔してるわね、こいつ。
ま、フルヴァドに解る訳ないか。こいつは魔法使いじゃないんだし。
目に見えて大魔法、って感じゃないと一般人には解んないでしょーね。
「簡単に言えば、あいつが加工の為に使っている魔法の一つ一つが、街を吹き飛ばしかねない様な大魔法と同じ力が有って、それを複数同時に使いまくってると考えれば良いわ」
「成程、それは凄い。流石セレス殿だな」
「全く分かってないバカみたいな返答ねぇ」
「ぐっ、わ、解らないんだから仕方ないじゃないか」
まあ解ってないでしょうねぇ。あれを見てそんな感想しか出ないんだから。
この光景は本来、そんな簡単な話じゃないもの。
そう、そんな簡単な、技じゃない。
「・・・私も解っていたつもり、だったんだけどね。あいつの実力は」
セレスが今やってる事は、ただ大魔法をぶっ放すなんて力技じゃない。
半端な魔法使いには決して出来ない、繊細な魔力操作が有るからこそ成せる魔法。
むしろ広域魔法を大威力でぶっ放す方がよっぽど簡単だわ。
アイツの魔力操作が繊細だって事は解ってた。
威力のある魔法を放った際の制御は、理想と言っても良い程に完璧だもの。
一切の無駄なく力に変換され、一切のブレなく狙い通りに魔法を放つ。
本来は不可能に近い程の理想の魔法を、さも当たり前の様に。
勿論あの魔法石という道具を作り、それを重ねる事で可能な事だと解っているわ。
けど、いいえ、だからこそね。道具を使っての事だからこそ、私は・・・。
「アスバ殿がそう言う程、と言う事は理解出来た」
やけに真剣な声が耳に入り、視線をフルヴァドに向ける。
そこでコイツの視線はセレスじゃなく、私に向いている事に気が付いた。
「私が知る限り、アスバ殿は魔法に関しては誰にも負けないという自負があり、そう口に出来るだけの大魔法使いだ。その貴女がそんな顔をしている。つまりはそれ程の事なのだろう」
「はぁ?」
眉間に皺を寄せながら片眉を上げると、ブルヴァドはふっと笑った。
その態度が気に食わなくて、けれど続けられた言葉に文句が口から出なかった。
「悔しそうな顔をしていたよ」
「っ!」
けして顔には出してないつもりだった。
そんな気持ちを表に出してしまえば、それこそ悔しくて堪らない。
誰にも負けないと、負ける訳にはいかないと豪語している私が少しでも悔しいなんて。
そんな事言える訳が無いし、言う訳が無い。悔しがる事ですら自分を許せない。
「何いってんの? 悔しくなんてないわよ」
だから私の答えは否定しかない。認める訳にはいかない。
セレスと同じ事が出来ない可能性が有る、なんて事絶対に認められない。
精霊と同じ事が出来ないのは良い。アレは存在としての物が違う。
人には不可能な力を有している存在だから、それが出来なくても仕方ない。
けれどセレスは人間だ。そして魔法石は人間が、セレスが作った道具だ。
なら私はけして、けしてそれに劣る訳にはいかない。
他の何で負けても良い。けれど魔法だけは、これだけは絶対に負けを認められない。
「・・・そうか。それはすまない。思い違いをしていた様だ」
「はっ、まったくよ。勘違いも甚だしいわね!」
フンと鼻を鳴らしながら茶を飲むと、ふっと笑いながら視線をセレスに戻すフルヴァド。
その「解っているよ」って顔がムカつくわね。一発ぶん殴ってやろうかしら。
なんて思っているとセレスの作業がひと段落したのか、汗を拭きながらこっちにやって来た。
「えと、二人とも、待たせてごめんね」
「いや、気にする必要は無いさ。今日の私はただの伝令役の様な物だ」
「・・・伝令役?」
「リュナドの奴の貴族位授与式の日程が正式に決まったから、お手紙を持って来たのよ。一応形式上、正式な招待状を、大事な大事な錬金術師様にね」
フルヴァドの言葉に首を傾げるセレスへと説明し、その招待状を突き出す。
その印は威を見せる竜と、それに交差する様に置かれた槍。
竜を従える、閃槍の精霊使いの為に作られた印の押された手紙を。
「それがリュナドの家の印になるらしいわよ」
「あ、そうなんだ。じゃあこれは、ちゃんと覚えておかないと」
相変らず、受け取る手紙は選んでんのね。まあ当然かしらね。
こいつにちょっかい出してくる人間を全部相手なんて、面倒この上ないでしょうし。
「二人とも、ありがとう」
「なに、礼を言われる程の事ではないさ」
「はっ、この大魔法使いアスバ様を使いッパシリにしたんだから、もっと感謝なさい」
「アスバ殿・・・」
なによ。実際使いッパシリじゃないの。大体私はまだ納得してないからね。
あのクソ爺が偉そうに命令してきたから文句言ってたのに、あんたが割って入ったんだから。
やっぱりあの爺は気に食わない。元国王陛下なんて知った事じゃないわ。
帰ったらあの爺とはもう一戦やるわよ。私と爺の力の差を叩き込んでやるわ。
「うん、ありがとう、アスバちゃん」
「・・・ふんっ」
その感情を込めた八つ当たりにすぎなかった言葉に、セレスは素直に頷いて礼を口にした。
文句の一つでも言われると思っていたから、次の言葉が思い付かなかったじゃないの。
「ふふっ、自分で言っておいて、いざ礼を告げられたら照れているじゃないか」
「うっさいわね! 照れてないわよ!」
「なるほど、そうか。ならば礼が足りないと?」
「ふんっ、さてね」
なによ。会話で私のペースに持って行けるな、とでも言いたい訳?
そう思って気に食わない感情をそのまま視線に乗せてセレスに向け――――。
「えと、アスバちゃんには、色々助けて貰ってるから、沢山感謝してるよ。竜との一戦だって、アスバちゃんが居なかったらどうなってたか。あんな大魔法を自力で単独で短時間で無詠唱なんて、アスバちゃん以外に出来る人見た事ないもん。本当に凄いよね。何時もありがとう」
「――――――っ」
満面の笑みでそう言われて、息が詰まったのを感じた。
けど私は照れてない。絶対照れてない。私は照れてなんかないわよ!
ああもうムカつくわねコイツ!
「顔が真っ赤じゃないか」
「うっさい!」
ギロリとフルヴァドを睨むも、視線を逸らしながらくくっと笑いやがった。
この女、日に日に私への態度がでかくなってるわね。一度シメてやろうかし――――。
「アスバちゃんは私が初めて会った、本物の魔法使い。心から尊敬しているし、友達になれて嬉しいと思ってる。魔法に関しては、アスバちゃん以上は想像出来ないし、出来る気もしない」
―――――ああもう、何なのよあんた。さっきの私の心の声でも聞こえてた訳?
いえ、あんたなら解っていたのかもしれないわね。普段の私の言動から予測してたんでしょ。
そうよ、あんたの魔法石の制御に見惚れてたわよ。この私が、他人の魔法に、目を奪われたわ。
けどあんたはそんな私に、そう言うのね。お前はそうじゃないだろうと。
『お前が魔法の事で弱腰になる姿は認めない。魔法に関してはお前が上だ。それがセレスという人間が友と認めた、横に立ち並べる力を持った大魔法使いアスバという人間だ』
言ってる事はそういう事だわ。私が私である事に揺らぐなって文句よね。
はっ、上等じゃない。そうよ。私は魔法に関しては誰にも負けない。負けちゃいけない。
「あったり前じゃない。私を誰だと思ってんの。最強の大魔法使い、アスバ様よ。私が魔法で誰かに後れを取るなんて事、絶対に有る訳ないじゃないの!」
ならどこまでも強気に、どこまでも自身たっぷりに、これだけは言い放ってやるわ。
私の魔法に勝てると思うなと、あんたの望み通り私であり続けてやる。
だからこの感謝は口にしない。悔しいからしてやらない。
・・・あんたに変わらず認めて貰えてる事が嬉しいなんて、絶対に言ってやらないんだから。
ああもう、フルヴァドの笑顔がムカつく! やっぱりこいつ後でシメる!
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