第282話、竜の素材の加工に悩む錬金術師

「うわぁ・・・何これ凄い。こんな事あるんだ」


竜に指を貰った翌日、普段通りメイラとパックを見送った後に指の状態を確認しに行った。

その際思わずそんな言葉が漏れ、しばらく呆けた顔で眺めていたと思う。

だって余りにも予想外な状態なんだもん。多分誰でも驚くと思うよ。

朝に庭から軽く見た時も何かおかしいと思ったけど、まさかこうなってるとは。


「切断面が治っていってる」


指を切り落とした切断面に、目に見えて解る速度で治っている様子がある。

肉がどんどん再生して元の姿に、なんて事は流石に無いけど、それでも凄い。

この指は体から切り離されたにもかかわらず、指だけでまだ生きているんだ。

流石あれだけの強さを誇る竜というか何というか、規格外にも程が有ると思う。


「大きすぎるから保存方法は保留にしてたけど、このままでも暫く置いておけそう・・・」


流石に体から切り離されている以上、この再生力が永遠に続く事は無い。

とはいえこの感じであれば、暫くは指自身が新鮮さを保ってくれるだろう。

残った部分は氷漬けかなとか考えてたんだけど、下手にそんな事するより放置の方が良いかも。


因みに血は昨日の時点で大きな瓶に入れて確保している。

まさか指ごとくれるとか思ってなかったから、そこまで大量じゃないけど。

瓶ごと氷漬けにして氷室に入れておいたのだけど、この感じだとそれも必要無かったかな?


『『『『『キャー?』』』』』

「え、うん、食べれると思うよ。多分生臭くなったり、腐ったりも簡単にはしないだろうし」

『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達は食べる気満々らしい。竜の指だからとかそういうのは特に無い様だ。

とはいえ私も特にない。だって切り落とした時点でただの竜の指でしかないし。

これが人の肉なら流石に躊躇したとは思う。


ただ可食部分をライナにはあげられないから、私としては利用価値は低いかな。

一応持って行こうかと伝えたんだけど、断られちゃったしなぁ。


『うーん、あの竜は一応この街を守る竜ってなってる訳だから、その竜の肉を店に出すのは止めておきたいわねぇ。食材の種類を伏せて出すっていうのも、食堂としてはやりたくないし』


という事らしく、肉はまるまる私が使い切る必要が有る。

まあ山精霊達の食事量を考えれば、その内使い切れるような気もするけど。

勿論肉ばかりだと家精霊が怒るから、野菜は買うか採るかしないといけない。


野菜を育てるのも有りだとは思うけど、精霊も食べる事を考えると追いつかないしなぁ。

ただ作物関連の事はパックが何時か詳しく教えて欲しい言ってたんだよね。

だからその内小さい畑とか作って、色々やろうとは思ってる。


・・・そういえばパックと言えば、あの子何か不思議な事言ってたなぁ。


『昨夜の件は僕の耳にも届いています。やはり先生は流石ですね』


昨日の件っていうのは多分竜の事だと思う。むしろそれ以外解んない。

だから何が流石なのか良く解らなくて、私はただ竜に指を貰っただけと伝えた。


『成程。余計な事は口にしません。解っています、先生』


するとこう返されたので、それ以上は何も言えなかったんだよなぁ。

だって余計な事は言わないって言われちゃったし。言いたくないなら無理に聞けないよね。

まあ良く解んないけど、パックは楽しそうだったからそれで良いかな、と思ってる。


「それじゃあ、とりあえず鱗を取って来て貰える?」

『『『『『キャー!』』』』』


最初は全部自分でやろうかとも思ったけど、それだと手間がかかり過ぎる。

加工は流石に精霊には頼めないんだし、鱗をはがすなら頼んだ方が多分楽だ。

という訳で鱗はがしを精霊達にお願いし、私は運ばれて来た鱗の加工に専念する事にした。


精霊達も『お手伝いだー!』と喜んでいたらしいから、きっとこれで良いんだと思う。

翻訳してくれたメイラも手伝いたかったらしいけど、さすがにこれはちょっと無理かなぁ。

多分あの子じゃこの素材は手が付けられない。


『『『『『キャー! キャー! キャー!!』』』』』


精霊達が声を上げ、力を合わせて一生懸命鱗を引きがはしている。

一体一体の力は弱くとも、それでもそれなりの力が有る精霊達だ。

だというのに簡単に剥がせない辺り、肉の強度も伺える。これは頼んで正解だったかな。


『『『『『キャー!!』』』』』


あ、剥がせたみたい。取れたーという様子で掲げて喜んでる。

よっぽど嬉しいのか、その場で踊って持って来る気配が無い。

まあ良いか。満足したら持って来るだろうし、少し待ってよう。

そう思って暫く待っていると、楽しげにリズムを取りながら鱗を持って来た。


『『『『『キャー♪』』』』』

「ん、ありがとう」


たった一枚でも巨大なそれは、硬いけど弾力もあるように感じる。

試しにナイフを突き立ててみると、硬い音が響くだけで傷も付かなかった。


「そりゃそうだよね」


精霊の全力の殴打でもひびが入らなかった鱗だもん。普通のナイフが通るわけないか。

これは加工にかなり労力が要りそうだ。少なくとも私の力と普通の道具では無理だね。

鍛冶に生涯を費やしてる様な人が集団でかからないと、人力での加工はほぼ不可能だろう。


「今回も魔法石の出番だね・・・」


ならば人力以外の方法をとるしかない。私にはその手段がある。

竜との戦闘でかなり使っちゃったけど、それでもまだまだ魔法石は沢山ある。


ただ今回こそ、作り溜めていた魔法石全部使うぐらいの事になるかも。

まあそうなったらそうなったでその時かな。また作ればいいだけだし。

それに竜の素材が有れば、消費分が気にならなくなる程良い物もある。


「使い勝手が良い様にある程度の大きさに切断して、そのままだと指と同じく生きてそうだから死なせないと・・・いや、生きているならそれを逆手に取った加工をするべきかな?」


上手く加工すれば、自己再生能力のある装備になるかもしれない。

ただ問題はどう再生するのかかな。再生し過ぎると普通に使えなくなっちゃう。


「んー、今日は早速加工をしようと思ってたんだけど、色々と規格外過ぎるから止めた方が良いかもしれない。数日は実験に徹して、それから加工にした方が良さそう。いや、実験も進めて、試しに加工した物も作って経過を見てと、並行で進めるのも有りかな?」


鱗を死なせてしまえば問題無いと思うけど、それもどの程度で可能になるのかが解らない。

色々試すしかないかなぁ。リュナドさんに渡すのは少し遅くなりそう。

うーん、良い素材なのは良い事なんだけど、良すぎて逆に扱いに困る・・・。


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「・・・つまり、昨夜の一件は竜と仲違いしたとか、そういう事は一切無いと」

「ええ。セレスはあくまで、鱗と血を少し分けて貰いたかっただけらしいわよ」

「そうか、なら良かった・・・はぁ」


安堵の溜息を吐くリュナドさんを見て、思わず自分も溜息を吐いてしまう。

何でこう、セレスの噂は物騒な方向だけは回り易いのかしら。

たった一日・・・いえ、半日そこらでもう街に回りきってるんだもの。

むしろ尾ひれがつき始めてもっと凄い事になり始めちゃってるのよね。


「いや、竜の奴に聞いたら、確かに指は渡したが、あの威圧感は有無を言わせる気が無かった、とか言い出してな。万が一を考えて確認したかったんだよ」

「まあ気持ちは解るけど」


このタイミングで竜とセレスが本気で衝突とか、彼としては有ってほしくないわよね。けど。


「なら、直接セレスに確認をとりに行けばよかったんじゃないの? 多分その方が話は早かったと思うんだけど」

「うっ」


図星を刺された様な彼の呻きに、更に深いため息が漏れる。何かあるって反応ね、それ。

以前の二人なら兎も角、今の二人ならその程度の会話は出来るはずだもの。

また誤解が発生しないとは言い切れないけど、セレスより先に私から確認をするのは変だわ。


「最近貴方が遊びに来ない、ってあの子ちょっと愚痴ってたのよ。そもそもここ最近まではちょくちょく用も無いのに行ってたらしいじゃない。なのに何で今回に限って先に私の所に?」

「いや、頻繁に行っていたのは認めるが、一応用も無くじゃないんだが・・・」


あらそう。と言う事はセレスが要件を把握してないだけかしら。


「じゃあそれは良いわ。でもそれなら尚の事、急に行かなくなったのは何でなの?」

「・・・いや、なんていうか、こう、セレスのやつが何処まで殿下の意図を汲む気なのかが、ちょっと解らないのが不安というか、俺もどこまで踏み込んだ物かと・・・つい最近何度も墓穴を掘ってしまっている訳だし・・・」


言い訳をする様に、というか多分言い訳よね、これ。

しかも言われている私には察する事が出来ない様に、肝心の部分を抜いて喋ってるわね。

それはちょっとだけ腹が立つなぁと、にっこり笑って彼に問いかける。


「リュナドさん、私達、協力関係よね?」

「そ、そうだな」

「なら、私にも解る様に、誤魔化さずに喋って欲しいわ。それとも街の機密なのかしら?」

「い、いや、機密って訳じゃないんだが・・・」

「なら回りくどい言い方は止めて貰える?」

「うぐっ・・・」


彼は目を閉じて天井を仰ぎ、そのまま固まってしまう。

そうして暫くそうしていたと思ったら、深く深く溜息を吐いてから私に顔を向けた。


「殿下としては、俺とセレスが婚姻を結ぶのが一番だ、っていう考えが有るんだよ」

「なる、ほど」


ああ、そういう事。今回のセレスは師匠として、殿下の望みを叶える為に動いている。

つまりその叶える為がどこまでなのかが図れず、結婚まで話が飛ぶのが怖かったと。


「リュナドさん」

「な、なにかな」

「ヘタレ」

「うぐっ・・・」


思わず半眼になって言ってしまった。でも言っちゃうわよこんなの。

本人も自覚は有るみたいだし、仕方ないわよね?


「人と関わるのが苦手なあの子が、結婚を人の為にする訳ないじゃないの。そもそもその場合は、貴方が流されずに意思表示すればいいだけでしょ?」

「い、いや、それはそうなんだが・・・万が一セレスが殿下の意図に沿って動いた場合、断った時が怖いじゃん。なら話題にあげないのが一番平和かなーって・・・」

「ヘタレ」

「ぐうぅ・・・」

「一応忠告しておくけど、そういう事で距離あける方があの子は嫌がると思うわよ」

「うい・・・忠告痛み入ります・・・」


全くもう、この人は相変らずというか何というか。

これから大貴族になる予定の人とは思えないわね。ふふっ。


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