第287話、鎧姿に満足する錬金術師
ぼーっとしながらパックとメイラに手を引かれて歩く事暫く。
ふと視界に見慣れた顔が入った気がして、内に埋めていた意識を外に戻した。
ちゃんと確認するとやっぱり見間違いじゃなく、フルヴァドさんが優しい笑顔を向けている。
思わず私も笑顔を向けたけど、この仮面だと良く解らないかも。
でもまだ筋肉領主が居るんだよね。出来れば仮面は外したくないなぁ。
なんて考えながらぽてぽて近づくと、彼女は視線をパックに向けた。
「お待ちしておりました、殿下」
彼女が膝をついてそう言うと、パックはにっこりと笑顔を見せた。
「フルヴァド殿、やり直しです。立って下さい」
やり直し? 何の事だろう。何かやる予定だったのかな。
不思議に思っていると、フルヴァドさんが困った様に眉をひそめて立ち上がる。
「あ、いや、で、ですが殿下・・・」
そしてちらちらと筋肉領主の顔を窺い、もにょもにょと言葉を濁す。
なので筋肉領主を見ると、彼は不思議そうな顔で小さく首を傾げていた。
「彼の事はお気になさらず。聞かれても問題は有りませんよ」
「そうですか・・・そ、その、今からでも考え直しませんか」
「それを言う為に、扉の前で待っていたのですか?」
「彼と合流されては、そのまま勢いで流されてしまうのは目に見えていますから。こうやって直接お話をと。無礼は承知の上です。お許し下さいとは申しません」
「賢明です。ですが駄目です」
フルヴァドさんが少々早口にパックに言うも、パックはにっこりと笑って否定を口にした。
ただ私には内容が良く解らず、さっきからずっと首を傾げて二人を見つめている。
筋肉領主とお揃いだ。全然嬉しくないのは何でだろう。
「それは彼が私に出した条件なのですから、私に言っても仕方ありません」
「で、ですが、それは、殿下が決める事ではないですか」
「ええ。だから私は彼の要求を呑んだ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ど、どうしても、駄目ですか・・・?」
「私にではなく、条件を出したご本人にお願いします」
「その彼が問答無用だから殿下にお願いしているのです」
「では諦めて下さい、と、前にもお伝えしましたよね?」
再度にっこりと笑うパックに、フルヴァドさんは目を瞑って天井を仰いだ。
話の内容は全然解らないけども、何だか可哀想になって来る様子だ。
彼女が困ってるならどうにかしてあげられない物なのかな。
「それに先生も望んでいる。だから貴女はその格好でここに立っていたのでしょう?」
え、何、私? パックの先生って私の事だよね。私以外にも居るのかな。
でもこの格好で立っているって言っても、フルヴァドさんの今の格好って鎧姿なだけだよね?
一応この間完成した鎧を着てくれている訳だけど、それが私の望みと何の関係が有るんだろう。
その前に私の望みって何。私は彼女に対して特に何も望んでないんだけど。
あ、友達として仲良くはして欲しいかなぁ。うん、だからこそあの鎧作った訳だし。
それにしても鎧姿、思った以上に似合ってるなぁ。背筋が何時も伸びてるからかなぁ。
真っ白な鎧が本当に映える。染めるまでの過程で色々あったけど、染めて良かった。
何度染めても色が禿げるから中々困ったんだよね。
再生し続けるから当然と言えば当然なんだけど、どうにかならないかなーって。
ただまあ、最終的に彼女の分は鱗の再生能力を殺した。
どうせまだ大量に予備の材料が有る訳だし、修理は出来る。ちょっと悔しいけどね。
ただ代わりに強度が落ちたので、それを補強する為にも少し大仰なデザインにしている。
内側を割と単純な構造の装甲にして、その装甲を覆う様に大きめの装甲を外側に付けた。
スカートの様な装甲や、ショールの様な装甲、袖の様な装甲という感じだ。
途中から楽しくなった、というのも理由だったりはする。
「・・・この様な立派な物を送られては、着ない訳にはいかないではないですか」
「似合っておりますよ。そのまま社交界に出れそうな程に。まるでドレスを纏っている様です」
うん、私も似合ってると思う。
というか、実際シルエットはドレスだ。そうなる様に作った。
なので頭部もそれに見合う様に、武骨にならない様に気を付けている。
ぱっと見は前側にだけ装甲が有り、横から後ろは髪の毛に見える様な感じだ。
外側に毛皮を縫い込んだ形なので、ちゃんと後頭部まで装甲で覆われている。
なのでちょっと大き目な髪飾りにも見えない事もない。いや、さすがにそれは無理かな。
毛皮は一応魔獣素材なのでそれなりに頑丈だ。勿論竜の鱗には負けるけど。
「はったりをかますには素晴らしい装いです」
「そう真正面から言われると辛い物が在ります、殿下」
「言葉のあやですよ。説得力が有る、と言いたいだけです」
「それもそれで悲しいですね・・・まあ私には妥当な評価だと思いますが」
「・・・貴女はもう少し、自分に自信を持つべきだ。よく考えて欲しい。貴女がなぜここに居るのか。貴女が何を着ているのか。貴女が・・・誰にそれを送られたのか」
にこやかに話していたはずのパックが、唐突に静かな迫力ある声音で語った。
するとフルヴァドさんは目を見開いて一瞬固まり、その後何故か私に視線を向ける。
ただ少し困った様な表情だった彼女は、すぐに優しい笑みを見せた。
問題は解決した、のかな?
「この鎧を着た時点で、自分自身に言い訳はきかない。そう言う事ですね」
「ええ。アスバ殿も、そう言っていたのでは?」
「彼女には、弱っちいあんたにはそれぐらいガチガチで丁度良い、と言われただけですね」
「・・・そ、そうですか」
ああうん、言いそう。アスバちゃんなら言う。
まあアスバちゃんにしてみたら、今のリュナドさんでも弱いって言うだろうからなぁ。
・・・ん? 言い訳って何だろう? 自分自身だから、自分に言い訳してたのかな。
何だか逃げたい時の私みたい、と思うのは流石に失礼か。
私と同じ扱いされたらフルヴァドさんは嫌だろう。いや、多分誰でも嫌だと思う。うん。
「ふぅ~~・・・では改めて、パック殿下。少々遅かったな」
一度深く息を吐くと、フルヴァドさんは少し張った声で喋り始めた。
するとパックは満足そうに笑顔で頷き、筋肉領主もふっと笑っている。
あ、メイラも何故かクスクスと笑ってる。あれ、何か私だけ仲間外れ? 寂しい。
「ええ、お待たせして申し訳ありません」
「それは構わない。何か問題が有った訳では無いのだな?」
「あったと言えば有りましたが、先生が対処しましたので問題ありません」
「ああ、そういう事か。理解した。では中に入ると良い」
「ありがとうございます。先生、行きましょう」
仮面の奥で頬を膨らませていると、パックに手を引かれて中に入る。
部屋の中には領主とリュナドさん、後は正装しているマスターが居た。
マスターと顔を合わせるのは久しぶりな気がする。彼も呼ばれたんだね。
「ふふ、何度見ても素晴らしいですね、精霊使い殿」
「勘弁して下さいよ。鎧に着られてる気しかしませんって。今までの鎧と違い過ぎて慣れないんですよ、これ。こんな鎧今まで見た事ないですよ?」
パックはリュナドさんの鎧姿を褒めるも、本人はまだあの鎧になれないらしい。
彼はフルヴァドさんと同じく、私の作った竜の鱗の鎧を着ている。
ただしこちらは鱗を生かしたまま、そしてフルヴァドさんとは違い荒々しい形にした。
端的に言えば竜人、という感じだろうか。
大きな鱗を小さく切って重ね合わせ、竜の体の様な鎧に仕上げた。
兜も竜の頭部に見立てた物にしていて、二足歩行の竜の様な姿だ。
ちゃんと精霊が入れるポケットも作ったよ。装甲の一部が開閉出来るんだ。
久しぶりに良い仕事したと思う。ポケットの子も喜んでたしね。
ただ足元に彼と同じ格好の精霊達が居るのが気になる。
気に入ったんだろうか。でも小さい精霊達だと可愛らしくて迫力が無い。
「あれ、っていうか、何で貴方がここに?」
リュナドさんは私達の後から入って来た筋肉領主に目を向け、ちょっと驚いたように訊ねた。
一緒に来る予定じゃなかったの? 自然について来たからてっきりそういう予定なのかと。
もしかして、呼ばれてないけど来たのかな。
「これでも私も貴族のはしくれ。この様な大事に居てもおかしくはなかろう」
「あ、いえ、そういう事じゃなくて」
「はっはっは、冗談だ。解っている。まあ成り行きだ。おっと、失礼。精霊使い殿に対し、このような態度は不敬でしたな。申し訳ありませぬ」
「公の場以外では勘弁して下さい・・・」
「あっはっはっは! 貴殿は本当に、自分の成果に胸を張らんなぁ!」
あうっ、び、びっくりした。急に後ろで大声を出さないで欲しい。
ただ大きいだけじゃなくて、声に圧力が有るから怖い。
やっぱり苦手だなぁ。嫌いな訳じゃないけど苦手だ。うう。
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とうとうこの日がやって来た。もうここまで来たら逃げられねぇ。
いやもう、とっくに諦めてるけどさ。流石にもう観念してるけどさ。
は~~~~~~何でこんな事になってんだろうなぁ。って未だになるんだよ。仕方ないだろ。
・・・俺は一体誰に言い訳してるんだろうな・・・多分自分にだろうな。
あーーー、ため息が止まらない。精霊共は今日も楽しそうだなぁ。
お前等そんなにこの鎧気に入ったの? 俺はいかつ過ぎて落ち着かねえよ。
偶にこいつらになりたくなる時が有るんだけど、これは確実に危険な思考だと思う。
「気が重いのは解ってはいるが、彼女を放っておいて良いのか?」
項垂れていると心配そうな声で問われ、声の主である領主に顔を向ける。
「問題無いでしょう。彼女だってあの鎧着たんですから。何だかんだ言い訳してますけど、腹は決まってるはずですよ。そもそもそうじゃなきゃ此処に居ない」
「そう言うなら良いが・・・」
領主が心配しているのは、扉の向こうにいる彼女、フルヴァドさんの事だ。
恐らく殿下が部屋に入る前に、今回の件をもう一度話したいって所だろう。
最初の話し合いでは、混乱している間に話を纏めたからな。
あの人、ほんと騙しあいに向いてないわ。
本人もそう言ってるけど、騎士にならなくて良かったよな。
パック殿下も、彼女にこの国の騎士は向いていない、って言ってたし。
「俺は彼女の気持ちが良く解るがな。国王とグルになって事後報告で進めるなど、不満があって当たり前だろう。やってくれたな、というのが正直な気持ちだ」
「ははっ、俺はやっとマスターにやり返してやった、って気分だけどな」
マスターがここに居る理由は、彼も関係者にする為だ。
ここまで状況がでかくなってしまった以上、何時でも逃げられる立場は許さない。
あくまで仲介、何て逃げは俺達が許さないと、完全にこちらへ引きずり込んでやった訳だ。
セレスの商品を今までの様に運ぶ立場ではなく、管理する側の立場に無理やり立たせた。
これで最低限、セレスの件に関しては尽力せざるを得なくなっただろう。
何せ彼女が問題を起こせば、マスターが被害を被る事になるからな。
マスターが違うと言ったとしても、殿下が「彼がそうだ」と言えばどうしようもない。
「まったく。俺は離れた所から笑っているだけで十分だというに」
「高みの見物なんてさせるかよ。ある意味あんたが一番最初だ。なら最後まで手伝え」
「ちっ、安酒飲んで嘆いてた兄ちゃんが、随分逞しくなったものだ」
マスターは不満そうな事を言ってはいるが、この場に居る以上了承したのと同じだ。
だから今のはただの愚痴で、行動に移っているフルヴァドさんの方が問題だろうな。
・・・状況を鑑みるに、俺の平穏の為にも貴族になるのは避けられない。
その時点で平穏じゃないんだけど、それは先ず措いておこう。
けど俺一人で全部背負うのは流石に無理が有る。なので道連れを作る事にした。
つまりは『聖女様』を、国が公式に認める存在にして貰おうって話だ。
本来なら無理な話だろうが、それを言い出すなら俺への貴族位授与が無茶苦茶な話だろう。
けれどそれを通せる条件が在る。彼女もその条件に沿った人間に成って貰う。
俺達は一応上位貴族にはなるが、その権限が国に及ばない存在へと。
当たり前だ。街の独立の為の貴族だからな。だから他の貴族連中も渋々了承してるんだ。
『彼女を俺と同格にして、お互いに監視しあう立場にする。それが最低条件です』
『・・・成程。確かに、悪い手ではない。解りました。呑みましょう』
これが俺と殿下と彼女との会話で成された決定だ。
寝耳に水で貴族様になると聞かされた彼女は、目が点になって思考が止まっていたと思う。
まあこれが決まれば自分は王族と同格だからな。そりゃ驚くだろう。俺だって驚いたもん。
解っていながら彼女に咀嚼する時間を与えなかった辺り、俺も悪い奴だよな。
何ら揉める事なく、ただただその場にいた彼女だけが狼狽え、あっさりと事は決まった。
この後の貴族位授与ではお互いに監視を誓い合い、周囲の目の中牽制しあう予定だ。
実際に仲が悪い訳ではない。むしろ協力関係だ。周りから見てもそうだろう。
だがそれは、お互いが誇りを胸に、生き方を変えない誓いを守るからだと。
まあ俺に胸に誇りなんて無いけどな。在るなら彼女を騙してない。
ただこうする事で、周囲もある程度の安心を持てるはず。
彼らが一番怖いのは、俺達が戦争を始める事だ。街にある戦力を外に向ける事だ。
たとえ俺も彼女も望んでいないとしても、その恐怖は拭えない。あって当然の恐怖だ。
だからそれを誤魔化させる。俺達がお互いに、自分の理想を強要する。
その誓いを違える事が有れば、先ず始まるのは俺達同士の戦争だと、そう告げる形に。
そうなれば間違いなく、この街滅ぶと思うんだ。普通に誰でも予想がつくと思う。
いやだって、考えたら解るじゃん。絶対泥沼だよ?
彼女の攻撃シャレになってねーもん。アレに対抗しようとしたら広範囲に被害が出る。
お互いに割ととんでもない戦力持ってるから、決着がつく頃には守るべき物が壊滅だ。
そんな事になったら大損だし、流石に自分の街滅ぼしておいて正義もクソも無い。
という訳で、お互いに監視しあう状況であれば、周りは多少は安心って訳だ。
特に俺と違って、彼女は上位の貴族達も集まる場で、その力を目の前で見せている。
ある意味では俺より彼女の方が、力を見た分脅威度が有る様に感じている所が有るらしい。
まあこれは、パック殿下から教えて貰った話だけど。
俺、自分で戦う所なんて貴族に見せた事ないしな。基本精霊だよりだし。
数少ない見せた相手は、態々それを言いふらす人でもねーしなぁ。ならその印象は使える。
まあこれで絶対安全、とは思われないだろうが、何もしないよりはマシだろう。
という訳で本人がまだ不服な中そう決まった数日後、彼女の下にとある物が届いた。
『・・・リュナド殿・・・セレス殿にこんな物を渡されたのだが・・・』
困った顔で俺を訪ねに来た彼女は、大きな箱を抱えていた。
中にはすさまじく立派な鎧が有り、明らかに何かを察したとしか思えない代物。
『セレス殿は何も知らない、と言っているのだが、本当だろうか』
『俺は今回本当に俺は何も言ってないし、殿下も伝えてないと言っていたけど・・・』
『と言う事は、読んでいた、という事だろうか』
『そう、なるんだろう、な・・・まあ精霊達が言った、って可能性も有ると思う。俺はこいつらに口止めとかしてないし。多分言ってもセレスの言葉を優先するだろうしな』
『なら、君達がセレス殿に伝えたのかい?』
『『『『『キャー?』』』』』
『違うらしい、な。アイツの頭の中は本当にどうなってんだ・・・』
なんて、お互いに困惑した物だ。
俺への鎧を作っていたのは知っていた。
おそらく今回の事で、貴族達にはったりかますためだろう。
だから多分、あの白い鎧も同じ類だ。余りにタイミングが良すぎる。
そして彼女の立場の為には、余りにも的確な形の鎧過ぎる。
殿下は『流石先生です』なんて言っていたが、俺は正直怖えよ。
だって俺、これほぼ思いつきで言った事だったんだぞ、最初は。
セレスには何が見えて、何処まで解ってやってんのか、相変らず解らな過ぎて怖い。
そのアイツが、セレスがそろそろやって来る。
きっとフルヴァドさんは、セレスの想いに逆らうという考えは無いだろう。
彼女は俺と同じでセレスに恩が有る。いや、俺以上に有るだろう。
自分の命と、誇りと、家族を救って貰った。その恩に、彼女は報いたいと思っている。
なら俺が何を言う必要も無く、きっと部屋に戻って来るだろう。セレスと一緒に。
何て思っていると、扉が開いた。
「では中に入ると良い」
「ありがとうございます。先生、行きましょう」
ほらな。すっきりした顔になってやがる。
腹の底では彼女も覚悟は決まってたんだよ。上手く消化出来なかっただけでな。
ったく、本当に怖い女だよ、錬金術師様は。まったく頼りになるこった。
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