第279話、弟子の事をもう少し詳しく知る錬金術師

「そしてその為にも。リュナドさん、貴方に貴族位の授与を受けて欲しい」


え、その話今するの?

だ、大丈夫かな。パック怒られないかな。リュナドさん嫌な気分じゃないかな。

二人とも心配になってしまい、ぐっと体に力が入る。


するとリュナドさんと一瞬視線が合い、彼は困った様な顔で目を逸らした。

ああ、やっぱり嫌がってるのかな。ごめんね。ごめんね。

でも私師匠だから、今回ばかりはリュナドさんの味方になれないんだ。


そ、それにリュナドさんがそれで良いって言ってくれた訳だし。

許してくれない・・・かなぁ。彼に嫌われるのは辛いなぁ。

心配と不安と悲しみ胸の中でぐるぐる渦巻いて、泣きそうになって来た。


いやダメダメ、我慢我慢。パックが頑張ってるんだから、泣いちゃダメだよね。

さっきよりもぐっと全身に力を入れ、涙がこぼれない様に目元にも力を入れる。

そうして二人の会話をハラハラしながら見守っていると、ズシンと大地が揺れた。


「ぐおおおあおああああおおあおおおおおぉぉぉぉ・・・がふぅ」


空気を揺らすような咆哮、と言うには少し気の抜けた鳴き声がビリビリと響く。

声の下へ目を向けると、竜が首を伸ばして大あくびをしている。

最後に小さく鳴くと、眠そうな目で周囲をキョロキョロと見まわし始めた。


「ああ、やっと起きたのか、アイツ」

「やっと?」


竜のせい、おかげ、どちらか悩むけど気が抜け、普通にリュナドさんに訊ねてしまった。

しまったと思ったけど、彼は特に気した様子も無く普段通り口を開く。


「ああ、セレスはあれから会ってないから知らなかったか。あいつ初日にここに来て以降ずっと寝てたんだよ。精霊達が叩こうが頭の上で踊ろうが、耳の傍で音楽鳴らそうが起きなかった」


あれから結構な日数立ってる気がするんだけど。ずっと寝てたの?

長命種故のノンビリな生態なのかな。竜って基本長生きなのが多いし。

勿論短命な竜種も要るから、ただののんびり屋なだけかもしれないけど。


『『『『『キャー!』』』』』

「む? ああ、そこに居るのか、我が主よ」


リュナドさんと一緒に居る精霊達が手を振りながら大きく鳴くと、竜は首を伸ばして家の上に顔を持って来た。

立ち上がって首を伸ばすだけで街の反対から届くのか。改めて巨大さを痛感する。


パックとメイラはちょっと怯えてる様子だったので、傍によって肩を抱いてあげた。

一瞬ビクッとした二人だったけど、私だと気づいたら安心したらしい。

二人とも体の力を抜き、メイラは私の手をキュッと握りながら竜を見上げる。


「は、話には聞いてましたけど、本当に喋るんですね」

「先生の言う事を疑うつもりではなかったんですが・・・やっぱり驚きますね」


竜の事は二人ともリュナドさんから連絡を貰っていたらしい。

それに帰って来てから私も話したから、喋れる事は知っている。

けどやっぱり初めて聞くと驚くみたい。私も驚いたから解る。


「良く寝るなー、お前。あれから何日たったと思ってんだよ」

「ふむ? 眠たくなったら寝て、起きたくなったら起きる。ただそれだけだが?」

「ああそう・・・そうだな。竜に人間の基準言っても仕方ないよな」

「うむ、物分かりの良い主人だな」


リュナドさんの項垂れた様子の言葉に、竜は満足気に頷いて応えている。

やっぱりこの竜、精霊と同じ匂いがする。凄く自由な性格してる気がする。


「おや・・・ほう、珍しい」


ただ竜はその目を彼から私達に向け、興味深そうにそう言った。

私は出会っているから除外だろう。となればパックかメイラのどっちかだね。

二人は私の腕の中でお互いに顔を見合わせ、困惑した様子を見せている。


「竜には、この子達がどう見えてるの?」

「ふむ、説明を求められると難しい物が有るな。ぐるぅぅぅ・・・神性や精霊に好かれる体質、とでも言えば良いだろうか。小さき者の身では本来不可能な呪いすら身に宿せるはずだ」


パックじゃない。メイラだ。この竜、見ただけでそんな事が解るんだ。

メイラも自分の事だと理解した様で、興味深そうに竜の話を聞いている。

いや、パックも結構真剣に聞いてるね。むしろ私より真剣かも。


神性や精霊に好かれる体質・・・そういえば黒塊が以前近しい事を言っていた気がする。

あれは黒塊や神性を有した山精霊だけじゃなく、全ての精霊が該当していたのか。

家精霊もそういう感覚が有ったって事なのかな。


と言う事は家精霊の言葉を理解出来るのって、元々の体質が理由なのかも。

てっきり黒塊を身に宿したからだと思ってたんだけど。

まあ今はもう確かめる術は無いけどね。黒塊と分離させるのは無理だろうし。


「ただどうやら、強き呪いで少々変質している様だな」

「変質!? メイラは大丈夫なの!?」


竜の言葉にメイラがビクッと震え、思わず声を荒げて問いただすように言ってしまった。

けれど竜は特に動じた様子も無く、メイラをじっと見つめながら口を開く。


「普段通りに生活する分には何も問題無いだろう。むしろ頑丈になっているんじゃないか?」

「そ、そっか・・・よかったぁ・・・・」


ホッと心の底からの安堵の息を吐く。変質と聞いて流石に焦った。

勿論メイラが黒塊との融合で変化しているのは解っていたけど、それでも思う所は有る。

でも結果としてはむしろ問題無い事がはっきりわかってよかったかな。

ああ、しまった、無意識に二人を強く抱きしめてしまっていた。


「ごめんね。痛くなかった?」

「だ、大丈夫です。その、えっと、ありがとうございます、セレスさん」


慌てて謝ると、メイラは私を見上げて凄く嬉しそうな顔で礼を言って来た。

何でお礼? お礼を言われる様な事は何もしてない様な。あれ、何でパックも嬉しそうなの?


思わず首を傾げていると、パックがずいっと前に出て竜を見つめ始めた。

竜もそれに応える様に視線を動かし、目が有った所でパックが口を開く。


「竜殿。お初にお目にかかります。私の名はパックと申します。故有って今はセレス先生の弟子としてここに立っておりますので、ただのパックとして名乗る事をお許し下さい」

「ふむ、その者の弟子。パック。覚えた」

「ありがとうございます。竜殿にお尋ねしたいのですが、メイラ様・・・彼女と同じような体質の人物というのは、他にも居られるのでしょうか」

「少なくとも私が知る限り、生きている者は居ない。この身ですら珍しいと思う程、出会う事は稀な存在だろう。これが答えで問題無いか?」

「はい。ありがとうございます、竜殿」


そっか、メイラって竜ですら珍しいんだ。

なら竜に出会えなかったら、一生知る事なかったかもしれない。

いや、もし他に精霊を見つけたら、その時に解ったのかな?


「それともう一つお尋ねしたい事があります。よろしいでしょうか」

「構わない。むしろ話すのは好きだからな。応えられる事なら何でも答えるぞ」

「ありがとうございます。では――――」


ん、リュナドさんが何故かホッとした顔してる。どうしたんだろう。

さっきまで眉間に皺が寄ってたのに・・・あ、そうだ。そうだった。

リュナドさんさっきの話怒ってないのかな。大丈夫かな。


聞くのはちょこっと怖いけど、今なら話しかけられそうな雰囲気だよね。

パックの事も出来れば怒らないであげて欲しいって、お願いしておくべきだよね。

さっきはいきなりだったから何もできなかったけど、私師匠だもんね。頑張ろう!


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竜が起きてメイラの話になったおかげで、俺の話題がどこかに飛んで行った。

とはいえ内容は気になる物だったから、しっかり聞いてはいたが。


多分パック殿下が聞きたかったのは、メイラの様な人間を兵器として使う危険性だろう。

あの呪いをまき散らす力。あれを『体質』で使えるとなれば、かなりの脅威だ。

使いこなせるかどうかは別だが、使いこなせれば一般人が勝てるはずもない。


俺は精霊達のおかげで何ともないが、普通は軍隊が一瞬で戦意喪失するみたいだからな。

そもそも初対面時の肉塊みたいなのが現れたら、普通に怖すぎて逃げ惑うと思う。

一国の王となる人間としては、その話は聞かずにはいられなかったんだろうさ。


まあ竜の発言から察するに、滅多に出会う事が無いのは確認できた訳だが。

とはいえあくまで、可能性は低い、でしか無いのが若干不安だけどな。

なにせその『珍しい体質の人間』に、俺達は出会ってしまってる訳だし。

一人いれば二人目も可能性が有る。そう思うのは自然な流れだろう。


「それともう一つお尋ねしたい事があります。よろしいでしょうか」


どうやらパック殿下の興味は完全に竜に行っている様だ。

これは貴族位どうこうお話はいったんお流れだな。良かった良かった。


「竜殿、貴方はこの国の守護者となられるつもりはありますか?」

「守護者? いいや。悪いが私は我が主との契約に従い、この街に留まっているに過ぎない。そ奴が死すれば私がこの地に何時までも居る理由は無い。勿論去る理由も特に無いがな」

「成程・・・」


あー、そうなんだ。こいつ俺が死ぬまでここに居るつもりなのか。

むしろ俺が死んだ後こそ居て欲しいんだけどな。


殿下は竜の返答を聞くと、少し悩む様に顔を伏せた。

多分俺と同じ様に、出来れば後々の方が残って欲しかった、とか考えてるのかな・・・ん?


「リュナドさん、リュナドさん」

「ん、ど、どうしたセレス」


くいくいと袖を引かれて呼ばれ、戸惑いつつセレスに体を向ける。

声音は柔らかい物だが、目が少し鋭い。これはどういう気分なんだろうか。解らん。


「怒ってない?」

「・・・へ? 俺が怒る? 何で?」

「だってリュナドさん、貴族になるの、嫌なんでしょ?」

「あー・・・まあ、そりゃ・・・正直に言えば、成りたくはないさ」


つっても何時までも逃げられる話じゃねえんだよなぁ、とは思いつつあるけどな。

現状先延ばしにしてるだけなのは解ってんだよ。

領主にもせっつかれてるし、そろそろ他国からの訪問要請も来そうだしな。

その際に俺がただの平民だと都合が悪いらしい、ってのは何となく解ってるさ。


結局これは逃げなんだろうな。我儘と言い換えても良い。

俺はこの街に平穏であって欲しいと言いながら、その為の手段を持ちたくないと言っている。

解ってるさ。何かを望むなら何かを捨てなきゃならない。それぐらい解ってる。


『俺が』街の平穏を望むならそれだけの力を持つしかない。

ただ平平凡凡に生きたいなら『自分の立場』以外の望みを捨てるしかない。

結局の所、どちらを選択するかでしかないだけなんだよ。


そうだよな。解ってんだよ、本当は。お前が俺の望まない事を嫌がってくれたのは。

だけどこれからこの街が上手くやっていくには、望まない事を受け入れるしかない。

お前は約束は守ってくれる奴だ。だから俺の言葉を聞いて、約束を破った。

もしかしてそれはお前にとって、俺に対する負い目になっているのか。


「・・・ごめんね」


なんだよその顔は。お前が俯いた沈んだ顔なんてするなよ。何時もみたいに睨み上げろよ。

お前は何時だってやるべき事をやって来ただろう。間違えなかっただろう。

今回だってお前のやってる事が正しくて、俺が自責に耐えられず逃げてるだけだ。

だから、だからお前がそんな顔するなよ。


「・・・でも、パックを怒らないであげて、欲しい」

「っ!」


いや、睨み上げろって思ってたけど、即実行されると困るわ。やっぱ怖いって。

ああくそ、ずっとその顔でいてくれたら、こんな気分にならなかったのになぁ。

それともこれもお前の計算通りか? なら大正解だよ畜生。


「はぁ~~~~~~~」


両手で顔を覆い、纏まっていない全ての感情を吐き出す様に溜息を吐く。

息を吐ききったら顔を上げ、睨み上げるセレスに視線を合わせた。

相も変わらず恐ろしい目だ。初めて会った時とちっとも変らねぇ。

ちっとも変らねえはずなのに、なーんでこうなっちまったのかなぁ。


「解った。受けるよ。身に余る位だと思うが、お前がそうして欲しいって言うならな」

「・・・え、い、良いの?」

「そうするしかないだんだろ。俺がこの街の兵士である為には」


竜の事が無ければとは思うが、そこを言っても仕方ないし、またアスバに怒られるだけだ。

なら自分を悪者にしてまで上手くやろうとしたセレスに、俺が応える番なんだろうさ。


「あ、ありがとう、ありがとうリュナドさん!」

「お、おう」


満面の笑みで礼を告げるセレスに、思わず仰け反って応える。

本気で嬉しそうだな。まあ可愛い弟子の望みが叶うんだから当たり前か。

なんて思っていたら、肩をトントンと叩かれた。


「ちゃーんと聞いてましたよ。もう撤回は受け付けませんからね」

「・・・へい」


忘れてると思いましたか、と言いたげな黒い物を感じる殿下の笑みがそこにはあった。

あれ、俺もしかして今回は師弟で組まれて嵌められた?

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