第278話、弟子と友人の会談を無言で見守る錬金術師
「いやぁ、結論は解りましたけど・・・その前の『セレスが学舎で人に教える』なんて事、そう簡単に了承しないのは解ってたでしょうに・・・」
リュナドさんの若干呆れた声音の発言に、ウンウンと頷きながらお茶を喉に流す。
ただし会話相手の視線は彼に向っているため、私の行動は誰も見ていないけど。
あ、家精霊が見てた。あれ、何で溜息吐いてるんだろう。どうしたの?
「勿論先生の性格は承知の上での提案です。だからこそ先生が認める人間だけ、という前提条件を付けました。これに関してはメイラ様とも相談した事です」
「は、はい。ちゃんと、真剣に、考えてでした」
何の話をしているかと言えば、先日の学び舎の件の事だ。
私が教える事は断ったけど、その案件自体は二人のやりたいようにすれば良いと伝えている。
なので未定とはいえ行う前提であれば、リュナドさんに話を通しておくべきだという事らしい。
という訳で精霊に連絡をお願いして、都合の良い日に来て貰った。
「言っちゃ何ですが、セレスがどれだけ人を寄せ付けない様にしてるか知っているでしょう。むしろ今までのセレスを見て、何でその案を受けて貰えると思ったのかの方が不思議ですよ」
流石リュナドさん解ってる! 凄く解ってる! やっぱりリュナドさん大好き!
「それにセレスの知識は下手に広めて良い物じゃない。違いますか、殿下」
あれ、そうなの? そんな事言われた覚えは・・・そういえば前にちょっと注意されたっけ。
危ない物は作らない様にーって言われてるけど、私の判断だと叱られるんだよなぁ。
「だからこそ、です。だからこそ、先生が認めた人間だけ、なんです」
「・・・ああ、成程。確かにセレスが認めた相手なら、問題無い、のか?」
んむ、良いの? さっき駄目って言ったのに。
でも認めた相手って言われてもなぁ。特に制限かけてるつもりはないんだけど。
単純に私が知らない人と話すのが苦手で、二人が根気よく付き合ってくれてるだけだし。
そもそもパックの件だって色々あって弟子って事になったけど、最初は取る気なかったもん。
気が付いたら何故か一緒に教える事になってて、何となくそのままって感じだったし。
けどパックはこんな私に慣れるまで付き合ってくれて、本当に頑張り屋の良い子だと思う。
「それに、まだまだ学び始めたばかりと言って良い身ではありますが、そんな身だからこそ、この案に至ったのです。僕も、メイラ様も。他の方からは情けないと言われるかもしれませんが」
「情けない?」
「リュナドさん、えっと、これ、ぱらーっとで良いので読んでくれますか?」
「ん、ああ・・・」
パックの言葉に首を傾げたリュナドさんへ、一冊の本を差し出すメイラ。
彼は不思議そうな顔で受け取ると、言われた通りぱららーっと軽く目を通した。
「えーっと、これは・・・」
「それ、何日ぐらいで頭に叩き込めますか?」
「・・・一年かかっても叩き籠める気がしねぇ」
え、嘘、あれそんなに難しい内容じゃないよ?
知る限りの鉱物の事だけで、配合とか熱による反応とか、細かい部分は書いてないのに。
先ずは素材を覚えるのが先だと思って、素材の種類と見分け方しか書いて無いはずだよ。
「先生はそれを全て覚えているんです。メモ書きも何もなく、全て頭に叩き込んでいるんです。でなければこの速度でこの量の本など出来ません。そしてその著述作業を未だ続けています」
うん、そうだね。せっかくだし全部書き出しちゃおうと思ってるね。
流石に作業量が多いから、まだまだ終わる気がしないけど。
「そのレベルの内容が、更にもっと難しい内容の物がまだまだ有るんです。僕達は弟子としてやれる限りをやり抜く所存ですが・・・一生かけても一人前になれる気がしないんですよ」
「あー・・・成程。セレスの教えを自分達で失うような真似をしたくなかった。けれど自分達では覚えきれない危機感を覚え、弟子が増えればまだ何とかなると思った、って事ですか」
別にそんな事気にしなくても良いのに。二人にとって役に立つ事だけ覚えれば良いんだけどな。
それに最近は覚えられなくても良い様に、忘れた時用に本を書いてる様な物だし。
ライナに言われたからね。普通は私みたいには覚えられないって。
実際その辺りは若干身に覚えも有る。何となく昔の事を思い出すと、そうだったのかなって。
私が教えられてない事をやった時、お母さんは物凄く驚いていたから。
やっぱり私は『錬金術』に関してだけは、本当に才能が有るんだろう。
出来れば人付き合いの才能の方が欲しかったけど。一割でも良いからこっちに欲しかった。
「それに僕は立場的にも、先生の知識は失うべきではないと思っています。この知識が失われる事は有ってはいけない。ここまでの知識を有している人間などこの国には絶対に居ない。無制限に広める気など有りませんが、先生の知識は絶対に失伝して良い様な物ではない」
「は、はぁ・・・」
力強く若干迫力のある目で語るパックに、リュナドさんが押されている。
こころなしかメイラも若干気圧されているように見えるのは気のせいなのかな。
そこまで言ってくれるのは嬉しいけど、失ったって特に問題は無いと思うけどなぁ。
だって私がこの国に来る前から、この国はちゃんと回ってたんだし。
居ても居なくても大して変わんないと思うよ。うん。
「という訳で、僕達も真剣に考えた上での事です。特に僕は実技に関して難があります」
「私はむしろ実技の方が得意、ですけど・・・それでも細かい細工とかはまだ苦手で」
「そう。先生の教えは知識だけではありません。技量も求められる。だから凡人である僕達二人が真剣に考えた結論です」
「は、はい、ただ思いついたからじゃなく、ちゃんと、何度も、話し合い、ました」
・・・そっか。そうなんだ。
何だか横で話を聞いていると、物凄く申し訳な気分になって来る。
二人が何度も真剣に放して出した結論を、私は人づきあいが怖いと断った。
それは師匠として正しい事、だったんだろうか。駄目だったんじゃないのかな・・・。
「けれど・・・断られて、少し嬉しい自分が居たのも、事実なんですけどね」
「あ、パック君も、そうだったん、ですね」
「フフッ、メイラ様もでしたか」
けれど二人の少し嬉しそうな言葉を聞いて、落ち込む気持ちよりも疑問が勝った。
見ればリュナドさんも私と同じように、キョトンとした顔で二人を見ている。
「先生は『弟子は二人だけだ』と、そう言ってくれました。僕達が先生の弟子だと、そう言ってくれたんです。僕達に叩きこんでくれると、そう言ってくれたんです」
「はい。セレスさんが教える弟子は、私達だけって言われて・・・嬉しかった」
! そ、そっか、良かったぁ・・・そっかそっか。二人が喜んでるならそれで良いや。
えへへ~。二人が嬉しそうだと、私もにやけちゃう。
ん、家精霊、どうしたの。何でさっきより深そうな溜息を吐く動きしてるの?
「勿論『今は』と言われた事も解っていますけど」
「はい。でもそう言ってくれるセレスさんに、ちゃんと応えるつもりです!」
ぷにっとした腕にぐっと力を籠め、むんと気合を入れるメイラが可愛らしい。
そんな二人の発言を聞いた後、リュナドさんは何故か私に視線を向けた。
けれどそれはほんの一瞬で、ふっと笑って二人に視線を戻す。
今のは何の笑いだったんだろう。私何か笑われるような所あった?
『『『『『キャー?』』』』』
その疑問を問おうと思ったら、二人の話を割と静かに聞いていた山精霊達が声を上げた。
パックとメイラの服の裾を引っ張りながら、コテンと首を傾げて鳴いている。
「あ、勿論、精霊達が手伝ってくれるのは大歓迎だよ」
『『『『『キャー!』』』』』
「ふふっ、よろしくね、精霊さん達」
ああ、自分達も仲間に入れて欲しかったんだ。
二人の返事を聞いた精霊達は、キャーキャーと楽し気に鳴いて跳ねだした。
一部の精霊は学者っぽい格好になっているけど、多分格好だけだと思う。
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自分の弟子は二人だけ、か。解っちゃいたが、本当に可愛がってるよな、お前。
弟子の二人が語るの姿を見つめる視線は、ただの師と言うには余りにも優しく柔らかい。
人嫌いなのも確かな理由だろうが、それ以外の理由も確かに有るって事か。
まあ俺としてはセレスが納得の上なら、殿下の望みに否という理由も無い。
彼女に話を通した上での事であれば、きちんと考えあっての事だろうしな。
精霊達も協力的なようだし、滅多な事にはならないだろう。
そう思い殿下に了承の旨を伝えようと思ったら、殿下の語りはまだ終わっていなかった。
「それにこれは、リュナドさんには無関係ではありません」
「え、俺に? 何故?」
「この街が存続していく為には、この街に後々も錬金術師が残らねばならないからです」
「あー・・・」
言われてみれば確かにそうだ。今はセレスが居るから回っている様な物だしな。
いつかセレスが死んだ後、力を継いだ錬金術師が居なければ不都合が生じるだろう。
それは俺も同じだ。人間である以上いつかは死ぬ。その時次の世代が街を守れるのか。
勿論山精霊達がある程度は守ってくれるだろう。でもそれは制御する人間が居るからだ。
次の世代を任せるには、最低でも山精霊に主と認められる、強い人間の存在が不可欠。
となればセレスの教えを受けた人間が該当し、一番はメイラって事になるだろう。
けどその次はどうする。さらにその次もだ。
そして金銭的な事でも同じ事が言える。セレスはありていに言って金の生る木だ。
彼女の力で発展したこの街は、きっと今後も彼女の力を必要とするだろう。
勿論完全に頼り切りなどではないが、それでもどこかで頼っているのは間違いない。
セレスの力と知識と知恵、どれもが失うには痛過ぎる物だ。
「僕は何時かは正式に国王になる人間です。本来はこの街に肩入れするのは間違っている。けれど僕は、何よりも先生の弟子である事を優先したい。この街に、先生に、貴方に感謝をしているのだから。僕は、せめて最低限の恩は、返したい・・・!」
「街と俺・・・恩・・・」
ああ、そうか。この街に錬金術を学ぶ所を作るのは、自分達の為だけじゃなかったのか。
それはきっと知識の流出の危険も有り、他国を豊かにする危険も有る。
けれど知識を求めて人が集えば、この街は知の最先端を行く場所になるだろう。
ならセレス程の逸材が生まれずとも、この街は後世も存続していけるかもしれない。
少なくとも俺達の孫やひ孫ぐらいまでは滅ぶ事は無いだろう。
俺の守りたい街を守ろうとする為の案でも有った、って事か。
流石国王様だ。俺なんかより遥かに先を見ておられる事で。
それを考えればセレスの「弟子は二人だけ」は、別の意味もありそうに聞こえるな。
自分が現役の間は気にするな。そう弟子達に優しい想いを告げた様にも感じる。
「そしてその為にも。リュナドさん、貴方に貴族位の授与を受けて欲しい」
「・・・へぁ?」
え、ちょ、ここでその話になんの?
びっくりして変な声出でたんだが。少し恥ずかしい。
「貴方の実績と実力、そこに『立場』が付けば、貴方が学び舎の責任者に相応しい者になる。そうすれば国内外問わず下手な手出しはそうそうしないでしょうし、後々に貴方の後継者を、貴方の意志で作る事も出来る。どうか、受けて頂けませんか。貴方の望みの為にも」
まじかー。それとこれ話繋がるのかー。俺貴族にってそういう意味もあったのかー。
ってふざけたいんだけど、殿下の目がマジ過ぎて困る。どうしよう。
メイラもぐっと手を握って俺の返事まってるし。いやでも俺に貴族なん――――――。
「っ!?」
視界の端に見えた物にビクッとし、そろーっと視線をそちらに向ける。
するとついさっきまでニコニコしてたくせに、射殺す眼光で俺を睨むセレスの姿が。
おい、待って、勘弁してくれ。こんなの罠だろ。断らせる気ねえじゃん。
あー、でもアイツ言ってたもんなぁ。殿下の味方するって。
知らなかったとはいえ、そうしろって言ったの俺なんだよなぁ。
何この自分で自分の首絞めてる感じ。辛い。
「たとえ貴族になったとて、貴方が貴方である限り義務は存在しません。その肩書は貴方の為にしかならない。何故なら貴方は既に、貴族の義務を果たしているに等しいのだから」
セレスの圧に若干怯えながら困っていると、殿下は不思議な事を言い出した。
俺が貴族の義務を果たしてる? 何の話だ? 何かした覚えなんてないんだが。
「貴方はそれこそおとぎ話に出てくる様な貴族だ。ただひたすらに街を、民を守る為に生きる強き兵士。見返りを多く望まず、民の平穏を愛する。そんな貴方が貴族でなくて何が貴族か」
『『『『『キャー///』』』』
何故か知らないが山精霊達が照れはじめた。何でお前らが照れてるんだよ。
よく見ると照れてるの、俺の傍に良くいる奴だけだな。
もしかして俺とセットで褒められてるつもりだろうか。こういう所は未だ良く解らん。
ていうか殿下、すっげえ評価してくれてるのは解るんですよ。熱が籠ってるのも解る。
けどね、それ俺にとっては物凄く「受けます」って言い難い方向に進んでるから。
目茶苦茶恥ずかしいんですよ。俺そこまで強い想いで兵士やってないって。いや本当に。
「何よりも、先生が信頼している。それ以上の信用に値する事柄は無い。お願いします」
いえ、それが一番信用出来ないと思います。よく見て殿下。横を見てくれ。
めっちゃ俺の事睨んでるから。あれ信用してるから受けろって顔じゃないから。
いやー・・・これ、応えるまで帰さねぇ、って感じがするんだが・・・マジでどうしよう。
『『『『『キャー!』』』』』
おい待て。今の任せろとかそういうニュアンスで応えただろ。勝手に応えるな!
ああもう味方が居ねぇ。やっぱ殿下には領主館に来て貰うんだったぁ。
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