第276話、弟子を喜んで出迎える錬金術師

「・・・うぅ」

『『『『『キャ~♪』』』』』

「・・・うぅ」

『『『『『キャ~♪』』』』』


変な唸り声を上げながら庭をうろうろする私と、何故か楽しげについて来る山精霊達。

そんな私をクスクスと笑い、微笑ましい物を見る目を向ける家精霊。

落ち着きが無いのもみっともないのも解っているけど、じっとしていられないんだもん。

だって今日は二人が、パックとメイラが帰って来る日なのだから。


先日また精霊がお手紙を持って来てくれて、帰る日が確定したと書かれていた。

その日が近づくにつれて落ち着かなくなり、当日である今は何も手が付かない程になっている。


結果として庭で何時までもウロウロする変な人が出来上がった。

ただ精霊達は遊んでるだけだと思う。


「竜はちゃんと大人しくしてるかな・・・」


二人は行きと同じく絨毯で帰ってくる予定なので、念の為竜にその事を伝えている。

だって言っておかないと、あの竜二人を追いかけまわしそうなんだもん。


とはいえメイラの絨毯の速度を考えると、多分大丈夫だとは思うんだけど。

だって今日到着予定な訳で、その場合既に竜の感知範囲に入っているはず。

なのに竜が飛び立たないという事は、きっと気が付いて放置しているんだろうとは思う。


「リュナドさんにもお願いしておいたのが良かったのかな?」


最初は精霊にこの件を伝えて貰えるようにお願いして、翌日リュナドさんにもお願いした。

だって精霊達だと、実際に竜が飛んだ際に楽し気に鳴いて付いて行きそうなんだもん。

いや、絶対この子達は楽しさを優先すると思う。それで後で謝って来る。何時もそうだし。


「でも遅いなぁ・・・もうお昼回ってるんだけどなぁ・・・」


昼食も用意して待っているから、二人がお腹空いているならすぐに食べさせてあげられる。

まあ用意したのは私じゃなくて、殆ど家精霊だけど。あ、でも今日は私も手伝ったよ。

仕事は全然出来なかったけど、二人の為の事だと不思議と出来たんだよね。


「まだかなー?」

『『『『『キャー?』』』』』

「まだかなぁ・・・」

『『『『『キャー・・・』』』』』


・・・気のせいかな。段々後ろの精霊達が、私と同じ動きをしている様な。

いやまあ別に良いんだけどさ。でも自分の行動を見せられると、ちょっと恥ずかしいかも。

そんな風に思っていると、精霊達が一斉に空に視線を向けた。


『『『『『『『『『『キャー!』』』』』』』』』』


庭に居る全ての精霊達が大きく鳴き、皆同じ方向を向いている。

ぴょんぴょんと跳ねている子も要れば、大きく両手を振っている子も。


その様子に私も視線を向けるも、そこには普通の空があるだけだ。

ただ精霊達が楽し気な様子からきっと悪い物ではないだろうし、心配する必要は無いだろう。

いや、むしろ、これはきっと――――――。


「――――あ!」


見えた。小さな豆粒の様な物が見え、それが近づくにつれ段々と何か解る様になって来る。


「帰って来た!」

『『『『『『『『『『『キャー!!』』』』』』』』』』


私が歓喜の声を上げると、精霊達も更なる大声で二人を迎える。

見えるようになるとあっという間で、絨毯は庭の上空に辿り着いた。

乗っている精霊達は嬉しそうに鳴いて手を振っているけど、メイラはそうはいかないらしい。


真剣な様子で絨毯を下降させ、途中から精霊達も静かになった。

気が付くと私も山精霊も家精霊も手をぎゅっと握り、ゆっくりと下降する絨毯を見守っている。

そうして地面に辿り着くと、メイラは深い深い息を吐いてから顔を上げた。


「ただいま、ただいま帰りました、セレスさん!」

「うん、うん! お帰り、メイラ!」


にっこりと、満面の笑みで帰還を告げるメイラに、同じく満面の笑みで返す。

そしてどちらともなくパタパタと近づき、ぎゅっと抱きしめあった。

ああ、久しぶりのメイラだー。やっとメイラが帰って来たー。


「えへへー」

「えへへー」


何だか同じような顔で、同じような声を出しながら笑いあってしまう。

今すごく嬉しい。メイラも同じ様な気持ちで笑ってるなら嬉しいなぁ。

・・・あ、そ、そうだ、メイラばっかりじゃなく、パックもちゃんと迎えてあげないと!


「パックも、お帰り!」


片手を広げてパックに告げると、パックは驚いたような顔を見せる。

あれ、何で驚いてるんだろう。あ、私が珍しく大声出したからかな。

ごめんね。二人が帰って来た事が嬉しくて。本当にごめんね。


「え、あ、は、はい、ただいま帰りました、先生」


・・・パックは慌てて応えてくれたけど、こっちに来てくれない。

何でだろう、先にメイラだけ大歓迎したのが悪かったのかな。

そう思っていると、パックの手をメイラが引っ張った。


「わぷっ!?」

「えへへ、二人とも、帰りました!」


パックはその勢いで私に抱き着く形になり、メイラはパックと私を抱きしめてそう言った。

何だか胸の奥がむずむずしてきて、抑えきれずに同じ様に二人を抱きしめ返す。


「お帰り。二人とも」

「えへへ、ただいまです」

「・・・はい。ありがとうございます。ただいま、帰還しました、先生」


パックもぎゅっと抱きしめ返してくれた事に喜びを感じながら、暫く二人を抱きしめる。

そうして満足するまで抱きしめたら、今度は家精霊がメイラに飛びついた。


「ただいま、家精霊さん!」


嬉しそうに抱き着く二人に、私も嬉しくなってしまう。

そしてまたもパックはメイラに引っ張られ、家精霊に抱きしめられた。


『『『『『キャー♪』』』』』

『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』


山精霊達は山精霊達でハイタッチをしあい、それぞれ帰還を歓迎しているようだ。

これで何時もの日常が戻って来る。メイラもパックも無事に帰って来て、凄く嬉しい。

あ、そうだ、パックには帰って来たら、リュナドさんの事伝えておこうと思ってたんだった。


「ねえ、パック」

「はい、何でしょう先生」


パックは家精霊に抱きしめられながら私に振り向く。

ただそれに気が付いた家精霊は、すっと彼を放した。


「リュナドさんに貴族位の授与の事話しておいたよ」

「え、も、もうしてくれたんですか!? リュナドさんは、何と?」

「えっと、前向きに考えるけど、即答は待って欲しい、って言ってたよ」


あの話をした後、彼は物凄く悩んでる様子だった。

パックの言う通りきっと嫌だったんだろう。

怒られるのかなと不安になりながら待っていると、彼は落ち着いた声で保留を口にした。

私としては最終判断は彼に任せる気なので、ほっとしながら頷いたという結果だ。


「ありがとうございます。先生」

「え、うん、どういたしまして」


笑顔でお礼を言うパックに、師匠としての務めを果たせた事にほっとする。

良かった。リュナドさんが言ってくれなかったら、パックに悪い事をする所だった。

・・・一応その事は、パックに謝っておこうかなぁ。これからも頑張るねって事も。うん。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねえ、パック」

「はい、何でしょう先生」

「リュナドさんに貴族位の授与の事話しておいたよ」

「え、も、もうしてくれたんですか!?」


少し予想外だ。まさか僕が帰る前にその話をしているとは思わなかった。

帰って来てからもう一度、改めて先生に彼への説得の席に同席して貰うつもりだったのだが。


「リュナドさんは、何と?」

「えっと、前向きに考えるけど、即答は待って欲しい、って言ってたよ」


上等だ。流石先生だ。もし先生以外の誰かであれば、確実に即答で断られていただろう。

彼に貴族位を授与して貰うには、先生の説得が最優先だと思っていたが、これはまさかだ。

正直な気持ちを言えば、先生が頷いてくれるかも怪しいと思っていたのだから。


「ありがとうございます。先生」

「え、うん、どういたしまして」


本当にありがたい。こんな軽い感謝の言葉では済ませられない程に。

けれど先生はさして気にする風でもなく、その感謝をさらっと流してしまった。

何も気にするな。気を使う必要は無い。そう言われた様で、余計に感謝の念が募る。


お二人の関係はどちらが上、等という言葉では表せない複雑な関係だと思っている。

表面上は先生の方が上だろうし、実際に実力も先生の方が遥かに上なのだろう。

だがふとした拍子に先生が見せる、彼への信頼を込めた眼差し。

あれをただの上下関係と片付けるには早計が過ぎる。


何よりも先生は、普段の発言から彼への好意と信頼がある様に思う。

彼の嫌がる事はしたくない、という発言をした旨も聞いた事があった。

だからといって先生は絶対に彼の為に動く訳ではなく、彼の嫌がる事もやって来ている。


それはきっと必要な事なのだろう。彼にとっても、先生にとっても。

だから今回の件は悩んだ部分もある。とはいえ勿論手紙に書いた事は嘘じゃない。

嘘じゃないが、先生が承諾しかねるのであれば、きっと上手くは行かない予感があった。

もし先生がこの件を拒否するのであれば、それは不必要と判断されたという事なのだから。


「・・・良かった」


先生は必要であれば行動に移すが、きっと不必要な事の為に彼を不快にはさせないだろう。

僕は先生の弟子だが、だからと言って彼より先生に近い、などと自惚れていない。

先生が信頼を寄せるような人相手の事を、まだまだ未熟な僕が優先される訳など無いのだから。

ひとまずは自分の考えが間違ってなかった、という事に安堵の息を吐ける。


「・・・パック、ごめんね」

「え、な、何がですか!?」


ホッとしていると唐突に謝られ、慌てて顔を上げて問い返す。

すると先生は困ったような顔で僕を見つめた後、少し目を伏せた。


「私は最初、リュナドさんにお願いをするべきかどうか、悩んだんだ。だから、ごめんね」

「―――――」


先生が伝えるべきか悩んだ。その些細な言葉に、大きな動揺を隠せなかった。

人間である以上、悩むのは普通の事だろう。先生だって何が最良か考えて当然だ。

けれどそれは、悩んだ部分が何処なのかによって、意味がまるで違って来る。


「でも、私はパックの師匠だから。ちゃんと師匠として、弟子の願いをしっかり伝えておいたから。ごめんね、迷って。師としての務めを果たさないといけないよね、やっぱり」


その言葉に、即座に返答が出来なかった。意味を理解したら返せる訳が無かった。

つまりそれは、必要不要で悩んだのではなく、彼に伝える事自体を悩んだという事だ。

心臓が煩い。胸が苦しい。変に体に力が入る。


―――――――――――私は、間違えた。


先生は私の判断を『不必要』として、けれど僕が弟子だからその案を捨てなかった。

今のは、そういう事だ。弟子の失敗の尻拭いをしてくれたと、優しくそう言われたんだ。

何て馬鹿な。何をホッとしていた。僕は先生の優しさを見誤っていた大馬鹿者じゃないか。


『たとえそれで彼との仲に不和が出来ても、面倒を見ると決めた者の不手際の責任は取る』


今のはそう言われたに等しい言葉だ。

ああくそ、本当に、本当に僕は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

これで彼は誰に対し不快な感情を持つ。僕か? 違う、先生にだ。


必要の無い事を実行したいと言い出し、そして先生はその為に悪役になった。

それが事実だ。それが全てだ。なのに先生は今も、今も僕に申し訳なさそうな顔を向ける。

先生が僕の『師』である事を一瞬でも全う出来なかったと、そんな事を恥じて謝っている。

それに比べてこの弟子はどうだ。師のそんな優しさすら思考に含めなかった!


「す―――――」


違う、謝るな。師が態々謝罪を口にしているのに、その顔に更に泥を塗る気か。

何処まで馬鹿なんだこいつは。違うだろう。お前が口にするべきはそうじゃないだろう。

歯を食いしばって言葉を止め、言うべき言葉を頭に浮かべる。謝罪よりも優先すべき言葉を。


「――――ありがとう、ございます。僕は、先生を師に持てて、本当に幸運です」

「え、う、うん・・・そっか、良かった」


先生は一瞬目を見開き、けれど答えた僕に笑顔を向けてくれた。

きっと謝ると思っていたんだろう。寸前で踏み止まれて良かった。

先生の弟子として、最後の最後まで甘え通すような馬鹿をやらずに済んだ。


「これからも、これからもどうか、宜しくお願い致します」

「うん、私も、頑張るね」


――――ああ、帰って来て、本当に良かった。

僕はまだ、この人の弟子で居たい。学ばせて欲しい。

この強くて厳しくて、何よりも優しい師匠に出会えて、本当に、本当に良かった。


僕はまだ足りない。私にはまだ足りない。のうのうと上に立つ者になる訳にはいかない。

ただ優しく微笑みを向けてくれる師に、思う所が有るであろうに語らぬ師に、何時か報いる為に。

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