第275話、弟子のお願いに悩む錬金術師

「んー・・・」


二人から送られてきた手紙を見つめ、首を傾げながら読み返している。

手紙の内容に、正確に言えばパックの手紙の内容に気になる点があったからだ。

最初は二人が帰って来るっていう一点が嬉しくて、余り気にしてなかったんだけどね。

因みにリュナドさんはまだお茶を飲んでのんびりしてる。むしろ今お代わり飲んでる。


「ふみゅ・・・」


二人の手紙には同じ内容の部分も有り、そこはお互いに情報共有がされているんだろう。

というか、向こうでの自習の内容を書いている様な感じで、ただただ微笑ましい。


その部分を抜いた場合、メイラは帰る事を楽しみにしている、っていう内容だ。

後は私が元気かなって心配と、家精霊に早く会いたいって感じかな。

・・・黒塊の事が一切書いてないのはわざとだろうなぁ。

全体的にメイラらしい、言葉をそのまま文面にした手紙になっている。


パックの手紙に目を向けると、途中まではメイラと似たような物だ。

自習内容、今後の予定、私や家精霊達の様子を気にしている感じの内容。

そして『城に留まらずとも問題無い体制が出来た』という報告が書かれている。

若干事務的な気配がしつつ、けれどパックの生真面目さを感じる文章だ。


読み返していると近くにパックとメイラがいる様で、ニヘラと顔が緩む。

二人が帰ってくるという事が尚の事嬉しくて、胸がポカポカして来る様だ。


・・・じゃなくて、そうなるとまた考えなくなるから、ちょっとその思考は横に置こう。

さっきもそうなって、疑問に思ったのにポケッと普通に読み上げちゃったんだから。

深呼吸して一旦気持ちを落ち着け、冷静な思考でその部分を読み返す。


『今までの事、そして精霊達から報告頂いた竜の件を踏まえ、そちらの領地を特別自治領とする事を決定致しました。

 これはその領地を単なる一領地ではなく、一国規模の領地として認めるという物です。一応は我が国に属したままとはなりますが、扱いとしては王家と同格の領地となります。

 おそらく他国からの干渉はこれから避けられず、ならば逐一王家に伺いを立てる事は無駄な手間でしょうし、自己判断で動ける方がリュナド殿もやり易いでしょう。


 事実上今や下手な小国よりも力を持つ領地である以上、考え無しの国内の貴族共の干渉による関係悪化は絶対に避けたいというのも理由の一つです。むしろそれが一番の理由と言っても良い程に。完全な自治領となれば王家ですら下手に口を出せなくなり、私にとってもやり易い。

 勿論反発は有りましたし、先生達を危険視する意見も有りましたが、その点は同意した上で押し通しました。危険だからこそ自由を与えねば、内から全て食い破られると脅しをかけた形で。先生達の印象を悪くしてしまう形で終えた事は、深くお詫びいたします。


 これに際し、出来ればリュナド殿に貴族位を授与したいと思っております。あの方にその様な物は本来不要でしょうし、嫌がられる事は解っております。ですが今後彼を不快にさせない為の処置であり、図々しい願いとは承知の上で、説得を先生にお願いしたく存じます。

 リュナド殿にも直接打診はするつもりですが、良い返事を頂けると思えません。どうかご一考宜しくお願い致します』


「むー・・・」


ふむ。何だかよく解らないけど、竜の一件で他国の人がこの地に来るって事だよね。

戦闘の被害は出てないと思うんだけど・・・竜の見物に来るのかな?

実際あれほど立派な竜なんてめったに見れないし、気になるのは当然かも。

本来なら危険だけど、あの竜は大人しいから見物にはもってこいだし。


色んな所から来るから、逐一王家に伺いを出すと手間がかかるって感じなんだろうね、コレ。

貴族達の干渉とかは良く解んないけど、二人がやり易いなら良い事なんだと思う。


ただ私が危険視されてるってどういう事だろう。あの城壁破壊のせいかな。

内から食い破るって、そんな事しないよう。私は寄生虫か何かじゃないんだから。

何だか変に怖がられてる気がする。私が悪いのかなぁ。悪いんだろうなぁ。

パックまで同意したみたいだし・・・謝られてるのが余計にへこむ。


まあ、そこまでは良い。単純に報告なんだろうし、聞いて欲しかったんだと思うんだ。

けど最後の『リュナドさんへのお願い』の部分にちょっと困っている。


「むぅ、パックのお願いは聞いてあげたいけど・・・」

「・・・何か、問題でもありそうなのか?」

「あ、えっと、その・・・」


あ、これ言っても良いのかな。彼は嫌がるってパックが解ってる事なんだよね。

もしかしたら言うだけで気分悪くするかもしれないし、私が怒られるんじゃないかな。

ああでも可愛い弟子のお願いだし、言うだけ言ってみるべきなのかな。

でもリュナドさんに嫌な顔されたくないなぁ。もし嫌がられたら私暫く立ち直れない。


「セ、セレス? どうした?」


あ、し、しまった、何にも答えないから催促されてしまった。

でもどうしよう。言った方が良いのか言わない方が良いのか、私には全然解んない。

ど、どうしよう、どうしよう、ああもう、どうしようしか浮かばない。


「えっと、その、殿下の手紙に何か、不快になるような事が書いてたのか?」


するとパニックになりかけている私に、彼は救いのような言葉をかけてくれた。

察しの良い彼は、彼にとって良くない事が書いている事に気が付いていたらしい。

なのに特に怒るでもなく、私の様子を窺う様に優しく聞いてくれた。


私が伝えずとも気が付いてくれた彼に感謝しつつ、慌ててこくりと頷く。

さっきのパニックが尾を引いてて上手く声が出ないんだもん。でも彼なら解ってくれるよね?


「あれだけ殿下を可愛がってるセレスがそうなるって事は、よっぽどなんだろうが・・・セレス相手だからこそ、師匠相手だからこそ書いた内容じゃないのか? 少なくとも彼がセレスに対し不用意な事を書くとは、俺には思えないんだが」


そう、なのかな。彼にお願いをして欲しいって言うのは、私だからなのかな。

弟子として、師匠を頼ってのお願い、なのか。そっか。なら私は応えないといけないよね。

リュナドさんに怒られるのはちょっと怖いけど、ちゃんとお願いをしないといけない。


師匠として頑張るって、そこは頑張るって決めたんだから。

一度深呼吸をして心を落ち着け、意を決して口を開く。


「・・・リュナドさん」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ・・・美味い・・・本当に美味いな、家精霊のお茶は」


お代わりを飲みながらそう口にすると、家精霊が何となく嬉しそうな動きをしたように見えた。

表情が見えないから実際は解らないが、山精霊達も喜んでいるから大丈夫だろう。

あ、おい、お前その飲み方はお茶こぼす・・・あーあ、こぼしちまいやがった。


『キャー♪』


アツアツのお茶のはずなんだが、何で楽しそうなんだお前。

あ、家精霊に摘ままれて窓から投げ捨てられた。

その間に他の山精霊達がテーブルを拭いているが、その拭いた物で顔を拭くな。


っていうかそれいやに汚いが、床掃除とかの雑巾じゃないのか。

あ、こいつらも投げ捨てられた。他の精霊達はバイバーイと手を振っているだけだ。

お前ら何時もそうだけど、こういう時は助け合うって行動が一切ないよな。


家精霊は俺に謝るような動作をした後、綺麗な布巾を持って来てテーブルを拭く。

別に気にしなくて良いと動作で伝えつつお茶を飲むと、セレスが唸ったのが聞こえた。


「むー・・・」


さっきまでご機嫌に手紙を読んでいたのに、段々顔が険しくなってきている。

チラッと置いてある手紙を見ると、そちらはメイラの書いた物の様だ。

ってことはあれは殿下からの手紙か。政治にかかわる何かしらの内容かもしれないな。


「むぅ、パックのお願いは聞いてあげたいけど・・・」

「・・・何か、問題でもありそうなのか?」


殿下をあれだけ可愛がっているセレスが唸るような内容なら、それはかなりの事だろう。

俺としては殿下とセレスの関係が悪化するのは好ましくない。

この街の良い状態は、セレスと殿下の関係が良好だからこそ成り立つ部分もあると思っている。

というかそうでないと面倒が絶対増える。そう思い少しフォローしておこうと思い訊ねた。


「あ、えっと、その・・・」


だがセレスは問いに応えず、それどころか段々と眉間の皺が増していく。

不味い。これは不味い。もしかしたらさっさと帰った方が良かったか。

いや、ここで帰って後で面倒になる方がよっぽど不味いか。


そう思い内容が不快な物なのかと軽く訊ねると、素直に頷き返されてしまった。

まじか。何やってんだよ殿下。勘弁してくれよ。国王になったからって父親と同じ事するなよ。

ああいや、まてまて。よく考えろ。あの殿下が何も考えずにセレスを怒らせるか?


少なくとも殿下がセレスを『先生』と呼ぶ様子は、本気の尊敬が見て取れた。

ならば不快にさせてでも伝えるべき事だったのではないだろうか。

そう思いフォローを入れたつもりだったのだが、思い切り深いため息を吐かれてしまった。

・・・不味ったかな。


「・・・リュナドさん」

「お、おう。な、何かな」


やっべえ。声がめっちゃ怖い。目茶苦茶機嫌悪い。失敗したかも。


「・・・リュナドさんの言う通り、手紙には不快になる内容が書いてる」

「そ、そうなのか。そ、それで?」

「・・・だから言うべきか言わないべきか悩んだけど、他の誰でもない貴方がそう言ってくれるなら、私は師としての務めを果たそうと思う」


・・・ん、何かおかしくないか。俺がそう言ったから?

待って、何か凄い嫌な予感がする。この先は聞かないほうが良い気がする!


「・・・パックの師として、貴方にお願いをしたい。貴方に、貴族位の授与を、受けて欲しい」

「――――――」


やっべえ。殿下をフォローするつもりで、完全に墓穴掘った。

断らせないぞ、っていう迫力乗せた声で言われた。これお願いじゃないだろ。

・・・マジでヤバい。どうしよう。

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