第274話、手紙を貰って喜ぶ錬金術師
「手紙?」
「ああ、精霊特急便のお手紙だよ」
ある日の昼下がり、本日の作業を終えてのんびりしていると、リュナドさんがやって来た。
手には封筒が一つ。どうやら精霊が街道を走って運んで来たらしい。
ただしその封筒には、山精霊の絵の印が付けられている。
楽しそうに踊っている精霊達の印は、私の記憶が間違ってなければ知っている物だ。
「出来てたんだ、これ」
以前貴族が手紙に印を付ける話をした時に、精霊達が面白そうと言い出した事が有った。
そしてあーでもないこーでもないと、メイラが一緒になって作っていた記憶が有る。
勉強に使ってるノートに、精霊達と一緒になって書いてたんだよね。
こっちに居た時はまだ出来てなかったし、向こうで完成させたのかもしれない。
デザインが有るなら私が掘ろうかと言ったら、それじゃ意味が無いって言われてへこんだっけ。
なのに何故かパックの手伝いは許可されてたんだよなぁ・・・何で私じゃ駄目だったんだろう。
皆で楽しそうにしてるのを見ながら拗ねてたら、ライナに叱られて泣きそうだった。
だって混ざりたかったんだもん。一緒に作りたかったんだもん。むうぅ。
「・・・セレス?」
「あ、ごめんなさい」
色々思い出してたらぽやっとしてしまった。いけない。
「これ、メイラからの手紙、だよね?」
「正確には殿下からだな。ほら、以前王家の印の手紙は全部焼くって言ってただろ。だからその説明を込めた俺当ての手紙と、お師匠様宛の手紙って訳だ」
成程。そういえば届くようにしなきゃなぁ、って言いながらまだ何もしてなかったね。
でもこれが出来たなら、もうこれで良いんじゃないかな。解り易いし可愛いし。
あ、でもメイラの作った物だから、そこはちゃんと聞いておいた方が良いかな。
「じゃ、確かに渡したからな」
「うん、ありがとう、リュナドさん・・・あれ、もう帰るの? お茶ぐらい出すけど・・・」
「あー・・・んー・・・じゃあ、頂こうか」
「ん、家精霊、お願い」
後ろに控えていた家精霊にお願いをすると、コクンと頷いて台所へ向かった。
それを見届けてから中に入り、彼も普段通り席に着く。
『『『『『『キャー♪』』』』』』
山精霊達はいそいそとテーブルに昇り、好き好きに踊り始めた。
いや、一人指揮者が居る。楽団が居ないのに指揮者だけいる。何を勘違いしたんだろう。
まあ良いか。楽しそうだし。わざわざ訂正をするほどの事でもないしね。
「・・・ここは静かだな」
「ん? うん。そうだね。静かで居心地が良いよ」
リュナドさんのしみじみとした様子の呟きが耳に入り、笑顔で頷いて応える。
精霊達の声は多少にぎやかだけど、騒がしいと感じる程でもない。
むしろ穏やかな騒がしさで、自然の音と一緒になって心を落ち着かせてくれる気がする。
「・・・そうだろうな。今なら良く解るよ」
「そうなの?」
今なら、って事は、以前はそんな事なかったって事なのかな。
何で今なら解るのかは解んないけど、彼も居心地が良いなら私は嬉しいな。
「この家に案内したのは俺だが、こうなると惜しかったな、なんて考えてしまうな」
「惜しかった?」
「あのまま住んでいれば、この静かな空間に住めたのかな、ってな」
成程。確かにその可能性も有ったんだよね。この家を私より先に見つけていたんだし。
んー、でもリュナドさんが心地いいって言うなら、別にここに住んでも良いんだけどな。
うん、良いねそれ。リュナドさんも喜んでくれるかな。
そう思った所で家精霊がお茶を持って来てくれたので、先にそっちのお礼をして受け取る。
お茶はいつも通り美味しくて、やっぱり心が穏やかな気分になる。
そんなふわふわした気持ちのまま、さっき考えていた事を言おうと口を開いた。
「居心地が良いなら、リュナドさんも、ここに住む?」
「んげふぉっ! げっほげっほ・・・! は、鼻が・・・!」
「え、リュ、リュナドさん、大丈夫!? 家精霊、な、何か拭くものを! あ、リュナドさん、もし苦しいなら我慢せず、しっかり出してしまった方が楽だよ」
飲み物が気管にでも入ったのか、リュナドさんはせき込んでお茶を噴き出した。
途中で咳を我慢しようとしてる様子だったから、我慢しない様に伝えて背中をさする。
彼はそれに従ってしっかりと咳をして、鼻から垂れたお茶も拭く。
「げほっ、けほっ・・・あー、びっくりした・・・」
「気管に入るとそうなるよね。鼻から逆流もしてたし、痛かったでしょ」
「・・・いや、そうじゃ、なくて」
「え、違った? ・・・もしかして吐き気とか有るの? 体調悪いの?」
「い、いや、そこは違ってなくて」
「んえ?」
じゃあ何が違うんだろうと思い、彼の不思議な言動に首を傾げる。
すると彼は暫く私を見た後大きくため息を吐き、カップに残ったお茶を喉に流した。
あ、あれ、何で溜息吐かれたんだろう。おかしなこと言ったかな
「・・・はぁ、何時も何一人で慌ててんだろうな、俺は」
「ふぇ? そんな事、無いと思う、けど」
むしろ慌ててるのは私の方で、リュナドさんは普段から落ち着いてると思う。
「・・・取りあえず、その答えは保留で頼む」
「そう? そっか。解った」
保留って事は、来るかもしれないって事だよね。
二階は二部屋あるけど、結局片方しか使ってない。
ならもう片方にベッドを用意しておけば、何時でもリュナドさんが住める。
今度用意しておこう。彼が住まないとしても、遊びに来たアスバちゃんが使うだろうし。
そう決めてお茶をコクっと飲むと、家精霊がそわそわしている事に気が付いた。
どうしたのかなと首を傾げて見つめると、少し恥ずかしそうに手紙を手に取る。
「あ、読みたいの?」
コクコクと頷く家精霊と、それに便乗して『キャー!』と鳴く山精霊達。
山精霊が運んできたんだから、中知ってる気がするんだけど。まあ良いか。
私も気になるし、みんなで一緒に読もうと、皆が見える様にして手紙を開く。
「・・・わぁ」
その内容に思わずにやけ、嬉しい気持ちが口から洩れる。
だって仕方ないと思う。この手紙を見て嬉しくないはずがないもん。
『近い内に帰ります』
要約すると、そういう意味の手紙が、二人分入っていたんだから。
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「そろそろ先生の所に手紙が届いた頃でしょうか」
『まかせて! 僕達なら大丈夫! 多分!』
「ふふ、頼りにしているよ」
パック君の言葉に胸を張って精霊さんが応えているけど、その言葉は自信が有るのか無いのか。
思わず苦笑しながらその様子を眺め、彼の描いた手紙を思い出す。
すると今度は苦笑じゃなくて、本当におかしくなってクスリと声を出して笑ってしまった。
「メイラ様、どうされました?」
「ふふっ、パック君の書いた手紙を思い出したら、おかしくて」
「あ、あれは・・・そ、そんなにおかしかったでしょうか」
「いいえ。きっとパック君の方が、手紙としては正しいんだと思いますよ。けど、ふふっ」
パック君の手紙は何度か書き直しており、最初の内容は物凄く文面が硬かった。
勿論尊敬するお師匠様への手紙だから、多少の固さはあって普通だとは思う。
けど、余りに硬過ぎるというか、仕事の報告書感が有ったんだよね。
するとそれを見た精霊さん達が、困った顔で彼にこう言った。
『パックの手紙、良く解んない言葉多くて、読み難いねー』
『ねー?』
彼はちょっとショックだったらしい。見るからに狼狽えていた。
そして精霊がそう言うという事は、先生も同じ様な気持ちなのでは、と悩み始める。
私としては、セレスさんの事だから読めるのは読めると思う。ただ読み難いのは確かだ。
何よりもパック君の言葉というか、気持ちや様子が掴めない文面だったと思う。
それを正直に伝えると、彼は悩みながら手紙を書き直していた。
結局硬さは取れなかったけど、それでも彼らしい手紙が出来たと思う。
その時の様子がとても可愛くて、今でも思い出すと思わず頬がにやける。
パック君は基本的に出来る人だから、ああいう面を見られた時が凄く可愛と思うなぁ
「一生懸命書いてましたし、セレスさんきっと今頃喜んでくれてると思いますよ。ふふっ」
「そ、そうだと良いのですが・・・」
照れくさそうに応える彼に笑顔を向けながら、私自身も嬉しくてソワソワしている。
だってやっと帰れるんだもん。セレスさんに任された事を、ちゃんと終えて帰る事が出来る。
まだまだ弟子としては未熟だけど、セレスさんの弟子として胸を張って帰れる。
セレスさん、褒めてくれるかなぁ。
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