第273話、訪問者を心配する錬金術師

今日も今日とて山精霊達が庭でキャーキャーと楽しそうに遊んでいる。

静かな空間が好きな私だけど、精霊達の楽しげな声は結構心地良い。

そんな風に思いながら庭でお茶を啜り、随分暖かくなった陽気に仮面の奥の目を細める。

最近は平和その物で、一つ難点を上げるならメイラ達がまだ帰ってこない事だろうか。


そんな中今日は庭にテーブルを出し、ポカポカ陽気の中でお客さんと一緒にお茶会をしている。

と言ってもただ家精霊が入れてくれたお茶を飲んで、のんびりしてるだけなんだけど。

お客さんはアスバちゃんとフルヴァドさん。そしてもう一人。


「・・・」


ちょっと前に出会った、リュナドさんの事を好きって言っていた女性だ。

確か名前は・・・ハニトラってアスバちゃんが言ってた気がする。うん、ハニトラさん。

彼女は緊張しているのか、視線がきょろきょろと落ち着きない。まるで私の様だ。


何故彼女がここに居るのかと言えば、唐突にアスバちゃんが連れて来たからだ。

フルヴァドさんは偶々近くに居たらしく、心配してついて来たと言っていた。

言われた時は何が心配なのか解らなかったけど、確かにこれは心配になると思う。


一体どうしたんだろう。もしかしてアスバちゃんが怖いのかな。

突然連れてこられたみたいだし、その可能性は高い。私もそんなの怖いもん。

そう思い取りあえず落ち着いて貰おうと、庭でお茶をする事にした。


怖い人と一緒に部屋の中ってもっと怖いからね。開けた庭の方が良いよね。

という感じでお茶を出してから暫く経つんだけど、彼女はお茶に手を出さない。

少し困った。せめて家精霊のお茶を飲めば、少しは落ち着くと思うんだけどなぁ。


「あー・・・セレス殿。彼女に話したい事があると、私は聞いているのだが、事実かな」


無言の時間が暫く続く中、フルヴァドさんが私に確認を取って来た。

実は彼女が連れてこられたのは、フルヴァドさんの言う通り私が話したかったからではある。

とはいえ無理にここに連れて来てほしい、と頼んだわけじゃないんだけどなぁ。


『この前リュナドさんの事が好きって人と会って、けどその時は色々あって禄な会話が出来なかった。機会が有れば、もう一度彼女と話してみたい』


という話を以前アスバちゃんにしたら、数日後に連れて来たというのが今の状況だ。

なので実を言うと、私も突然でどうしたら良いのかと困ってたりする。


「あんた何時まで怯えてんのよ。前は正面からセレスに突っかかったんでしょ。こいつとの対面は覚悟しての事じゃなかったの?」

「アスバ殿、その言い方は酷だろう。その件だって彼女が悪い訳では無いだろうに」

「はっ、本気で言ってんの? この女のやった事を考えれば、こうなって当然じゃないの」

「いや、確かにそうかもしれないが・・・」


突っかかったって、リュナドさんの家の前での一件の事だよね。

もしかしてアスバちゃん、それで彼女に謝らせようとして連れて来たのかな。

でもあれは私が邪魔したような物だし、後から割って入った形だ。

フルヴァドさんの言う通り、彼女は何も悪くない。


「わ、わたしを、どうする気・・・!」


アスバちゃんに促されたせいなのか、ハニトラさんは震えた声で訊ねて来た。

ただどうするのと言われても困る。別に私は貴女をどうするつもりも無いんだけど。

あえて挙げるなら、とりあえずお茶を飲んで欲しい。そしたら多分少し落ち着くから。


というか思ったんだけど、私は先ず彼女の邪魔をした件を謝るべきなのでは。

そうだ、まずはそれを伝えるべきかな。うん、ちゃんと謝らないと。


「・・・その、ごめんなさい。邪魔する気は、無かったの」

「・・・へ?」


謝罪を告げると、彼女はポカンとした顔を見せた。

そしてしばらく呆けていると思ったら、どんどん眉間に皺が寄り始める。

怒ってる・・・困ってる? どっちかちょっと解らない。何でそんな顔するんだろう。

あ、謝るべきじゃ、なかったの、かな。


「・・・アスバ殿、今回は一人で先走ってしまったのではないか? でなければセレス殿が謝るような事態にはならないだろう」

「え、な、何よ、私が悪いって訳!? 何でよ!?」

「こういった事は当人以外が無理に手を出す物ではない、という事だと私は思う」

「じゃあなんであんた付いて来たのよ! 心配だったんでしょうが!」

「ま、まあ、その・・・」

「誤魔化すんじゃないわよ! 絶対こいつが何かやらかすと思ってたんでしょ!」

「い、いや、まさか、そんな・・・」


なんでアスバちゃんの指が私に向いているんだろう。

何かやらかすって、何もしないよ? いや、やらかすのかな。

私って会話下手だし、何かやらかす予想をされて当然かもしれない。


「一人だけ言い逃れとか許さないわよ! だから私もこの女連れては来ても、そのまま放置しなかったんだから! あんたもそうでしょうが!」

「う、うう・・・そ、それは、その・・・否定はしにくいが・・・」


ああ、成程。そうならない様に二人とも心配してくれてたって事なんだ。

てっきりハニトラさんの為だと思ってたけど・・・嬉しいなぁ。いい友達だなぁ。

なんてほんわかしていると、ふとテーブルに花を持った山精霊が居る事に気が付く。

精霊はトテトテとハニトラさんに近づくと、はいっと小さな花を差し出した。


『キャー』

「え、あ、ありが、とう・・・」

『キャー♪』


受け取って貰えた精霊は嬉しそうに鳴き、ご機嫌にテーブルを降りて仲間の下へ。

それを目で追うハニトラさんは眉間の皺が消え、震えも収まっているように見えた。

山精霊達が好きなのかな。いい仕事したね、精霊達。


これでちゃんと会話出来るかな。

出来ればリュナドさんが好きな者同士、仲良くしたいんだけど。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あんたが例のハニトラ女ね。セレスがあんたと話をしたいって言ってたのよ。ついてきなさい。言っとくけど拒否権なんてないわよ。むしろ大人しく従った方があんたの為になると思いなさい。あいつ敵には容赦ないから、私が間に居る事に感謝するわよ」


街中で偶然遭遇した『逆らってはいけない人間の一人』にそう言われて拉致された。

更にもう一人聖女という逆らえない人間が追加され、完全に逃げられなくなった。

捕まる理由に心当たりは有る。錬金術師に直接突っかかった一件だ。

今更後悔しても仕方ないけれど、あれは失敗だったかもしれない。


「・・・でも流石に、あの程度で、殺されはしないわよね」


不安を口に出して否定しつつも、けれど彼女の言い方から一体何をされるのかと怖くなる。

そんな想像も出来ない事への恐怖の中歩き、本来なら一般人は入れない所に通された。

錬金術師の自宅。まさかここに連れてこられるなんて思ってもみなかった。


完全に逃げ場のない状況に震えながら、指示通り庭に用意された席に着く。

そして正面で仮面をずらしてお茶を飲む錬金術師と、横に居る化け物達に視線を彷徨わせる。

これから何が起こるのかを必死に探り、ただ聖女だけは助けてくれそうな様子を感じ取れた。


彼女達の力関係を正確に理解している訳じゃないけど、雰囲気から察するに抑え役なんだろう。

万が一錬金術師が攻撃しても、彼女は庇ってくれるのかもしれない。


その事を確認したら、意を決して当人に訊ねた。私をどうするつもりなのかと。

すると何故か謝られ、聖女達が言い合いをはじめ、機嫌を取る様に精霊から花を渡された。

一連の行動に少し呆けてしまい、ただ態々こんな事をした意図がふと頭に浮かぶ。


「貴女自身には私を害する意図はない、って事、かしら」

「・・・そんなの、有る訳、ないよ」


恐る恐る尋ねると、錬金術師は肯定の言葉を返して来た。

ただそうなると、魔法使いが有無を言わせず私を連れて来た理由が解らない。


「じゃあ何で、そこの魔法使いは、私を連れて来たの。貴女の指示・・・なんでしょ?」

「・・・私は、そんな事、頼んでないよ」


どうやらあの魔法使いの言葉は、彼女の意図する所では無かったらしい。

それを理解出来て、肩の力が少し抜けたのを自覚する。

恐怖でおかしくなった感覚が気持ち悪い。


「・・・リュナドさんの事を、一度貴女と話したい、と思ってたはいたけど」

「そう・・・何を聞かされるのかしら・・・」


それでも声音は低く、威圧をかけてきているのは変わらない。

直接手を出す様な事は今はしないのだろうけど、何をするか解らない怖さがある。

とはいえ謝罪を口にした以上、少なくとも『会話がしたい』というのは本当の事なんだろう。


「・・・貴女は、リュナドさんが好き、なんだよね」

「ええ・・・今は、本気よ」


最初は金の為で、彼を落とせば裕福な生活が約束されるだろうとは思った。

失敗しても依頼料は入る仕事だったし、好意なんて全くなかったもの。

それに男なんて大概同じだ。少し隙と好意を見せればすぐに手を出す。

守護者なんて持ち上げられている男なら、簡単に終わるだろうと思っていた。


『・・・ああもう、面倒くせぇ』


けれど彼はどれだけ近づこうとも、それこそ露骨に誘ってもそう言って何もしない。

それ所か精霊達に命令して、私を適当な所に何度も捨てる始末だ。

正直に言って傷ついた。それなりに自分に自信が有っただけに、怒りも有った。


そこからは意地になっていたと思う。どうにかして振り向かせてやれと。

結果としてそれは、いつの間にか本気になっていた自分が出来上がったのだけど。

だからもう仕事でやるのは止めた。そこからはもう仕事をしないと本人にも言った。


勿論そこに『金を持っている人だ』という認識は今も間違いなくある。

私はそれを意地汚いとは思わない。金を持っている事も魅力の一つだ。


『貴方の立場。貴方のお金。貴方自身。その全てが魅力的だと思います。ここまで安全なお財布なんて存在しませんし、安心出来る場所も無いと思いますよ。私をその隣に座らせて下さい』


そこまで正直に言わなくても良いのに、とは思われているだろう。

私はそれを失敗したとは思っていない。本気だからこそ、私はそこを誤魔化す気が無い。


金は大事だ。金が有れば大抵の事はどうにかなる。

むしろ金がないと出来ない事が多いのが世の中で、だからこそ私は金を軽視しない。

金が無くても幸せだ、なんて綺麗事は反吐が出る。


衣食住は当然、医者や薬は金が無ければどうにもならない。

金が有っても人脈が無ければ、伝手が無ければ叶わない事も多い。

彼はその辺り完璧だ。彼ほどの人間は世界中探しても見つかるかどうか。


「・・・彼から離れろという話ならお断りよ。貴女達は婚姻している訳でもない。彼に近寄るなと言われる筋合いは無いはず。違うかしら」


目の前の化け物の事は怖い。けれどそれとこれとは別の話よ。

化け物に脅されて止めるなら、もうとっくに街を出て逃げているわ。

それに彼の立場であれば、最悪妾だって許される。簡単に諦める気は無い。


「・・・そんな事は言わないよ。言う訳が無い。好きにして、良いと思う」


けれど覚悟を決めた私への返答は、予想外な許可の言葉だった。

言葉の意図が読めず、理解出来るまで聞きに徹するほうが良いと判断する。

すると少しの無言の後、彼女はゆっくりと口を開いた。


「・・・私も、彼の事、好き。だからこそ、貴方と話したかった。邪魔したく、ないし」


ああ、そう、そういう事。貴女の意図を理解したわ、錬金術師。

つまりこれは『女』としての勝負を、正々堂々やろうという話。

圧力をかける気は無い。下手な邪魔をする気も無い。堂々と女の戦いをやろうと。

良いわ。むしろ私にとってはありがたい話でしかないもの。


「・・・ただ貴女が、リュナドさんに嫌がられてるのが、少し心苦しいのも、有るけど」


私と違って自分は気に入られている、って言ってる訳?

ええ確かにそれは否定しないわ。貴女が一番気に入られてるんでしょうね。

でもそんな牽制をかけて来るって事は、貴方もまだまだ自信がないって事じゃないの?


「それはお気遣いどうも。でも私には私のやり方が有るの」

「・・・そう・・・そっか」

「ええ。でも感謝はするわ。そんな風に言って貰えるなんて思ってなかったから」

「・・・そっか。なら、良いの、かな」


何が良いのか知らないけど、彼女はそう言うと小さくため息を吐いた。

そして私を見つめる仮面の奥の目が、静かに細められた事に気が付く。


「じゃあ、今後も、よろしく、ね」

「―――――、ええ、よろしくお願いするわ」


そこまでの重苦しい声とは一転、穏やかな声に一瞬面食らって反応が遅れた。

今後・・・今後、ね。つまりこれからも好きにすれば良い、って事かしらね。

正妻の余裕って奴かしら? 上等じゃない。むしろその挑発に有り難く乗らせてもらうわ。


「・・・二人とも、アレのどこが良いのかしら。私には全然理解出来ないわ」

「アスバ殿も、大きくなったら解るさ」

「子供扱いすんじゃないわよ!」

「えぇ、都合の悪い時は大人扱いから逃げるじゃないか・・・しかし彼も次から次へと苦労が絶えないな。まさか知らぬ所でこんな話になっているとは夢にも思うまい」

「これでも気を使ったつもりだったんですけどね! 余計なお世話ばかりで全員に迷惑かけて申し訳ありませんね! ふんっ!」

「いや、そんなに露骨に拗ねなくても・・・別に嫌味のつもりは無かったのだが・・・」


・・・この魔法使いだけは噂のままの人物だったわね。

取りあえず、同じ事しない様に注意しておいて欲しいわ。

ここに連れてこられた時は寿命が縮まるかと思ったもの。


さあて精霊使い様、錬金術師様の許可が下りた以上、今まで以上でいかせて貰うわよ。

むしろここまで正面切って、丁寧に私の所まで下りてきて喧嘩売られたのよ。

こうなった以上、簡単に引ける訳ないじゃないの・・・!

恐怖なんか全部吹っ飛んじゃったわ。っていうかムカつく! 絶対ほえ面かかせてやる!

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