第272話、お世話になった人の事を語る錬金術師
竜の襲撃から数日が経った。あれから私自身は特に代り映えのない毎日を送っている。
とはいえ先日食料を買いに行った日は、色々と大変だったのだけど。
リュナドさんが竜を倒したーって事で、お祭りをするって事になってたらしいんだよね。
知らずに市場に向かって、いつも以上に騒がしい状況にちょっと怯んでしまった。
それにリュナドさんの活躍を聞かれたりもあって、会話の苦手な私には本当に大変だったなぁ。
「・・・でも、私の事ならともかく、リュナドさんの事だからなぁ」
逃げたいけど逃げなかったのは、ひとえに彼の事だったからだろう。
聞かれた事が自分の事だったら多分逃げていた。いや、確実に逃げていた。
けどお世話になった彼の事は、ちゃんと伝えないといけないと、そう思ったんだ。
なので話すから少し静かにして欲しいと、精霊兵隊さんにお願いした。
仮面を付けていても人の視線が集まる状況は怖いのに、騒がしい中で話せる気がしないもん。
そして荷車の中で待つ事暫くして、大量に人が居るけどもシーンとした状況が出来上がった。
ただし全員の視線が私に向いていたので、失敗したかもしれないと思ったけど。
それでも恐怖を仮面の力で抑え、意識をぼかして淡々と語る事で自分を誤魔化した。
反応とか、質問とか、何かされたかもしれないけど、そのあたり何にも答えてない。
だって意識自体は塞いでるから、何言われても解んないし。だからただ事実を語っただけかな。
『竜に突然襲われ、アスバちゃんとリュナドさんが居たから、竜を倒す事が出来た』
そういう風に話したと思う。思うというのは、実は何を話したかも若干曖昧だからだ。
だって怖かったんだもん。あんなに沢山の人がじっとこっち見てたんだもん。
凄かったんだよ。本当に凄い量の人だったんだよ。怖いよ!
ただこの件に関して、アスバちゃんが凄く満足そうにしていたので良かった。
『ふふっ、これで私の名声も上がるってもんよね! リュナドの奴に全部手柄持ってかれた時は、後で絶対嫌がらせしてやろうと思ってたけど、こういう結果なら勘弁してやるわ!』
本当に良かった。アスバちゃんの嫌がらせとか怖過ぎるもん。
勿論これに関しては、私が語ったからってだけの話じゃなかったりする。
当やら街の門の前で寝転がる竜が、人々の質問に応えていたらしい。
吟遊詩人とか舞台作家とかが、会話の出来る竜に興味津々だったそうな。
そこでリュナドさん警備の下、竜が街の人にその時の戦いを聞かせるという形になった。
他にも話せる竜という事で色々聞かれたらしいけど、その辺りの事は詳しく聞いてない。
街の噂を聞いたライナが言うには、そのせいで私への恐れ具合が上がったとか言っていたっけ。
竜が私のお母さんの事も話したらしい。多分あの毒を飲まされた話を。
ただ何でお母さんの話で私が怖がられるのか良く解んないんだよなぁ。
お母さんの事はお母さんの事で、私はお母さんとは違うのに。
ライナに『そう簡単な話じゃないのよ』っ言われてしまったんだけど、やっぱりよく解らない。
『まったく、おばさんも厄介な事を・・・』
と渋い顔をしていたっけ。お母さんがライナを困らせている事実がとても心苦しい。
特にそれが私の為という事らしいので、余計に申し訳ない気分になる。
一番申し訳ないのは、なぜライナが困ってるのか全然解んないって事なんだけど。
その事を伝えると『セレスは気にしなくて良いわ。普段通り過ごしてなさい』って言われた。
なので言われた通り普段通りの生活をしている訳だけど、やっぱりちょっと気になっちゃう。
「お母さんめ。ライナを困らせるなんて・・・」
そう口にした瞬間『あぁ? なんか言ったかい?』と言うお母さんの顔が頭に浮かんだ。
眉間に皺をよせ、文句が有るんなら言ってみろ、という威圧感を込めたお母さんが。
想像でしかないのに怖くてそれ以上言葉が出ず、むぐぅと唸りながらテーブルに突っ伏す。
そんな私をどう思ったのか、山精霊達が集まって来て頭を撫でて来た。
いや、撫でてる子もいるけど、何故か私の上に登り始めてる。
私の背中は山じゃないよ。というか君たち、本当に何かの上に登るの好きだね。
アスバちゃんの頭の上にもよく登ってるし。何時も刺してる旗って痛くないのかな。
「あ、そういえばお母さんの事、もうちょっと聞きたい事あったのに聞きそびれてた」
ふと思い出した事を口にしながら、上体を起こす。
精霊達がキャーと鳴いてばらばらと落ちて行き、何体かは背中にぷらーんとぶら下がっている。
落ちた精霊達は天井に手を伸ばした後ガクッと崩れ落ち、背中の子が悲しげにキャーと鳴いた。
・・・私の背中で演劇を繰りひろげないで欲しい。
それは兎も角として、帰ってきたら竜に聞きたかった事が有ったのを忘れていた。
竜がお母さんに会ったのが何時なのか、何処で会ったのかとか聞きたかったんだよね。
ただ竜の居る場所が街道傍の山で、顔の位置が何時も門を向いている。
結果としていつも人通りが多い場所に行く必要が有り、近づくのを躊躇ってしまった。
幸いは家とは街を挟んで反対側なので、私の家の周りは比較的静かな事かな。
本当に、びっくりするぐらい、今の街は騒がしい。暫くお外出たくない。
そう思いながらお茶を口にしようとして、手元のカップが空な事に気が付く。
「あ、家精霊、お茶のお替りお願いして良い?」
こくんと笑顔で頷いてくれた家精霊にカップを渡し、お代わりを入れて貰う。
それを一口入れて、はぁっと心地良い気分の息を吐く。家精霊のお茶は何時も美味しい。
「まあ買い物はしたし、暫くのんびりで良いよねぇ・・・」
ほへーっとした気分でそう呟くと、家精霊がカリカリと何かを書き出した。
どうしたのかと思い首を傾げていると、見せられた内容にうっと詰まった声を出してしまう。
『ライナ様へ卸す魔獣の肉は狩らなくて良いのですか?』
し、しまった、最近色々ドタバタしてたから忘れてた。ま、まだ怒られない期間だよね。
まあ魔獣狩りなら山の中だし、辛くないし、早めに狩って帰って来よう。そうしよう。
そしたら暫くはのんびり寝て過ごせる・・・よね?
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「はぁ・・・全く、人の噂なんていい加減な物よね」
「まったくだ。はぁ~~~~」
私の溜息交じりの発言に、深いため息で答えるリュナドさん。
とはいえ私と彼では、頭を悩ませている部分が違うのだけど。
私は突然増えたセレスの悪評に、彼は自分の高まり過ぎた好評に頭を抱えている。
「どうやったらセレスがリュナドさんを手玉に取る悪女になるのよ・・・」
今回の件でセレスとリュナドさんの力関係というか、立ち位置が少々変わってしまっている。
あくまで今までは『力の有る錬金術師と、彼女に求められている精霊使い』だった。
これもこれで若干間違いではあるけど、概ね間違ってはいないと言える。
けれど竜自身が『リュナドが自分を倒した』と告げた事で、彼の評価は更に急上昇。
いや、元々彼の評価は高かったんだけど、実はもっと強かったんだって話になったのよね。
今までは強いけどセレスには劣り、有用性の有る彼女に見初められているからこその立場。
そういう認識が大体の人の共通認識で、彼もその辺りは受け入れていた。
何故なら彼は、自分に大きい評価を下される事を良しとしない人間だからだ。
内心どう思っていようと、その噂に甘んじていればセレス以上の名声は受けないで済むと。
「あいつが悪いんじゃねえか・・・」
「・・・そうね」
彼がそう言うのは、市場での一件だ。
お祭り騒ぎのあの市場で、とある人物が演説をした。
それは事も有ろうかセレス本人。ただし語った内容は自分の事をほぼ除外してだ。
セレスの主観マシマシな説明は、素晴らしいまでに他の二人の活躍で彩られていた。
他の誰かが語ったなら所詮噂話で済むのに、本人が語ったのでは目も当てられない。
『私が下手を打った所を、二人が全て助けてくれた。二人が居なければ、竜を倒す事なんて不可能だった。特にリュナドさんは、何時も何時も助けて欲しい時に助けてくれる。凄い人』
そう、低い声で語るセレスの言葉を、その時市場に居た人間は全員聞いている。
つまり錬金術師本人の宣言で『精霊使いの方が凄い』と言ってしまった訳だ。
その結果噂は今までと違う方向に走り出す。いや、ある意味では今まで通りか。
『錬金術師は精霊使いの力を早いうちから気が付いていて、その力を欲して街に住み着いた。そして精霊使いこそが錬金術師に惚れ込んでおり、錬金術師は彼を手玉に取っている』
そんな噂が、街で流れ始めてしまった。
元々街に住んでいる人間は、そんな噂は勿論信じていない。
けど最近の移住者や、住み着いている訳では無い商人たちは違う。
市場での話と、好評の塊みたいなリュナドさんの噂と、悪評も結構多いセレス。
そういう下地が有ったせいで、余計にこういう結果になってしまったんだろう。
竜の語る彼女の母親像が、かなり汚い戦法を取る人物ってのも痛い。
後は多分、セレスの語り口調が怪しげだったのも影響有るだろうなぁ。
彼が助けてくれたって部分で、ふふって怪しげな声音で笑っていたらしいし。
まあ一番の問題は『本人が何を語ったか全く覚えてない』って事なんだけどね。
あの子の事だから、意識塞ぎながらボヤッとした頭で語っていたんだろうなぁ。
「とはいえ文句も言えないのが現状か。あいつは自分の悪評を上げる事で街を守っている」
「そう、らしい、わね」
この辺りは流石にちょっと私には解らないのだけど、今の評価逆転は街とっては良い事らしい。
彼が竜を配下に置く者として、街の守護者として、そして人格者として評されている。
その街での悪評をセレスが受ける事で、街と彼の立ち位置を守る事になるそうだ。
私としては少し納得いっていないけれど、元国王様がそう言っていた。
あの人、何故かわざわざこの件を私に伝えに来たのよね。
リュナドさんから私が機嫌悪いって話を聞いたって。
『不服だろうが今は呑んでおけ。貴様もこの街の住民ならばな。無論私のできる事はやらせて貰おう。今回の件で、奴には更に借りが増えておるしな』
という感じに、言いたい事を言って帰って行った。
借りってなんの事なのかしらと思い、さっき彼に聞いた所、パック殿下の話になるそうだ。
たとえ彼が国を治める位置に立てようとも、色々と面倒な状態というのは変わらない。
国内の連中は黙らせたとして、周りが黙っているとは限らない。
要らぬちょっかいを出してくる可能性はあったが、それ所ではなくなった。
結果として二重の意味で息子を助けられた借りは返さねば気持ちが悪い、という事だそうだ。
「面倒くさいわねぇ・・・」
「まったくだ・・・」
お互いに項垂れながら、予想できない未来に溜息を吐くしか出来なかった。
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