第270話、話が難しすぎて付いて行けない錬金術師

『キャー♪』『キャ~♪』『キャー!』『『キャー♪』』『『『『『キャー!』』』』』


街へ帰る為に荷車を飛ばす間、荷車に残った精霊達は何故かご機嫌に歌って踊り出した。

普段から良く踊ってはいるんだけど、今日は何時もよりご機嫌にくるくる回っている。

ちょっと竜の様子を窺うと、その背に乗っている精霊達もやけにはしゃいでいる様だ。


因みに荷車に残っている子達は、普段は家の庭に居る子達らしい。

竜の背中に乗らないのかと聞いたら『僕達は主と一緒に家に帰るもん』と言われて解った。

ついでに見分けが殆どついていない事に気が付かれ、少し落ち込まれてたりもしたけど。


全く見分けがつかないならともかく、見分けがつく子が居るのがダメだったらしい。

普段頭の上に居る子に手を出して拾った事で、そいつだけ狡いと言われてしまった。

その結果頭の上の子と口論になってしまい、最終的にポカポカと喧嘩が始まる事態に。

見た目は可愛いんだけど、衝撃で砂が巻き上がってちょっとした災害だったなぁ。


『ねえ、私、そろそろ帰りたいんだけど?』


ニッコリ笑顔でアスバちゃんがそう言うと、精霊達の喧嘩はすぐに収まったけど。

まあ収まるよね。あんな魔力で威圧されたら私も怖いもん。と言うか一緒に震えていた。

私はオロオロするだけだったから、助かったのは事実なんだけど・・・怖い。


ただそれも、竜に乗る子達と話している内に機嫌が直ったらしい。

むしろそこからどんどん調子が上がって行き、今最高潮に機嫌が良い様に感じる。

何を話していたのかは知らないけど、機嫌が直ったならそれで良いかな。


「何か偉くご機嫌ね、あんた達」

『キャー!』

「・・・ああ、そういう事。そう上手く行くかしらねぇ」


精霊達から理由を聞かされたらしいアスバちゃんは、片眉を上げて渋い顔を見せた。

何なんだろう。ちょっと気になる。いたずらとかじゃないと良いんだけど。


「そもそもあんた達、一番肝心な事を忘れてないかしら?」

『『『『『キャー?』』』』』


アスバちゃんの言葉を聞いた精霊達は、全員そろって首を傾げた。

その様子を見た彼女は何故かニヤッと笑い、視線を私に向ける。


「竜があんた達の味方に付いたとして、もし攻撃なんかしたら家もぐしゃっと潰れるわよ。家精霊は家の周りから動けないんだから。そんな事になったら大事な主様が怒るんじゃないの」


次の瞬間、ご機嫌だった精霊達はシーンと静まり返り、少しの間静かな時間が過ぎた。

そしてたっぷり思考の時間を得た後に、全員バタバタと慌てた様に動いて鳴き声を上げる。

突然の行動にびくっとしていると、今度は精霊達が皆私に謝り始めてしまった。

困惑しながらもそれを聞き、伝えてきた内容を纏めるとこうだろうか。


『おっきくて強い竜が味方に付いたから家の奴を見返せるぞー! でも家が壊れたら主に怒られる!? 僕達まだやってないよ! やってないから怒らないで! ごめんなさい!』


と言う事だ。なんというか、この子達は本当に勢いだけで生きているなぁ。

流石にまだやってない事まで怒る気はないけど、ちょっと注意だけはしておこう。

家精霊がそんなに簡単に負けるとは思わないけど、周囲への被害も馬鹿にならないだろうし。


「・・・あの竜が街の傍で暴れたら、迷惑がかかるから、ダメだよ」

『『『『『キャー!』』』』』


全員『はーい!』と即答はしたけど、本当に大丈夫だろうか。若干不安だ。


「やはりそ奴らは、精霊使いよりも貴様の指示の方が素直に聞くようだな」


ここまで黙って眺めていた国王の言葉に、少しビクッとしながらも頷いて返す。

とはいえこれは、群れの主が有無を言わせない指示を出している様な物だけど。

彼の場合は仲間としての信頼関係、って感じがするんだよね。


「そう警戒せずとも、今の貴様に含む所などない。ただの事実確認だ」


そ、そうなんだ。何か言われるのかと思って、ちょっと構えちゃった。

ただ私がホッとしていると、アスバちゃんが気に食わなさそうな顔になっている事に気が付く。


「これまた信用の出来ない言葉ですこと。あんた達みたいな人間の言葉、誰が信じるのよ。正直に言った方がまだ好感持てるわよ。私を引きずり下ろした貴様が嫌いだ、ってね」

「ふん、少なくとも貴様の様な小娘に信用されようとは思わん」

「それはそれはありがたいわね。私もあんたと仲良くなろうなんて気は全くないわよ」

「当然だ。貴様の様な考えの足らん人間など、こちらから願い下げだ」

「ああん!? 誰の頭が足りないって!?」


あっ、ちょっ、あ、アスバちゃん、魔力が溢れてるよ。

ここで魔法を放つのは止めてね。お願いだから本当にやめてね。


「そうやってすぐに噛みつく所が足りんと言うのだ。噛みつくならばその姿を見せた方が良い人間が居る時にやる事だな。噛みついては不味い相手に鳴りを潜めるだけでは足りん」

「はっ、じゃあ何よ! あんたの愚王っぷりもポーズって訳!?」

「そういった態度を見せねば納得せん連中が要るならば、愚王にもなろう。とはいえ私は最善に固執したが故に大失敗した本物の愚王だがな。で、認めた訳だが貴様はそれで満足か?」

「ぐっ・・・な、なんなのよ、急に良く喋る様になっちゃって!」


あ、よ、よかった。アスバちゃん、魔力を収めてくれた。びっくりしたぁ・・・。

ただ彼女の様子に怯えていた私とは違い、国王は厳しい目を彼女に向けている。

その迫力に呑まれたのか、アスバちゃんは珍しく怯んだ様子を見せた。


「この中で一番自分を理解出来ていないのは貴様だ。貴様は自分の危険性は理解している様だが、その危険性をどう見せれば効果的かの思考が足りん。もう少し考えて暴れろ。以前城で暴れたアレも、貴様の策ではないだろう。利用されたくないのであれば自分の頭をもう少し回せ」

「・・・なによ、助言のつもり?」

「言っておくが貴様の為ではないぞ。その方が面白い事になる、と思っているだけだ」

「はぁ?」


アスバちゃんが怪訝な顔をし、私も何を言ってるのかよく解らず首を傾げる。

まあ私はさっきから二人の会話が何だかよく解ってないのだけど。

そんな私達に対し、国王はお構いなしに続けた。


「それに錬金術師に含む所が無いのも本当だ。もしそれが嘘だとして、一体私に何が出来る。私の目的の為には、こ奴には絶対に逆らえん。それに出し抜ける気もせんしな」

「出し抜けないって点は同意するけど、やっぱり信じられないわね」


私を出し抜けないって、そんな事ないと思うけどなぁ。

むしろ私は誰の考えている事も良く解らないし。当然国王の目的も解らない。

後何で私には逆らえないんだろう。私何か言ったっけ?


「息子が生きていられる。錬金術師が今の位置を守っているだけで安全に繋がる。その時点で私がこ奴に害を及ぼすような真似をする意味が無い。目に見えている利を自ら潰す真似はせん」

「事実と感情は別物でしょ」

「今の私にとってはその事実が守られるなら、後の全ては些末な事だ」


ああ、成程。パックの為になんだ。私があの街に居る事でパックが安全になるのかな?

どういう理屈でそうなるのかは全然解んないけど、それならまた一つ街を出ない理由が出来た。

大事な弟子だからね。パックの為に頑張るよ。私も引き籠りたいし!


「・・・任せて。パックは、絶対に、守るよ」


気合を入れてそう伝えると、国王は一瞬目を見開いた後、静かに頷いて返した。


「解ったか小娘。こういう事だ。説得力が有るだろう」

「・・・目の前で例を出されるとムカつくわね」


え、な、何で。こういう事ってなに。何でアスバちゃん機嫌悪そうなの?

私何もおかしなこと言ってないよね!? 

あうう。やっぱり難しい話してる時は、話しかけられるまで黙っておこう・・・。


「それにしてもあんた、ほんとにパック殿下の事大事にしてるわね。その愛情を少しでも他の子供に分けてやってれば、結果は違ったんじゃないの?」

「無論放置していた訳では無い。だが常に周囲に存在する人間の与える影響と言うのは馬鹿に出来ん。余程視界を広く持てる才能でもなければ、人間は容易く偏った思考のまま成長する」


偏った思考のまま成長かぁ。私のこれもそれと同じ物なのかなぁ。

けどお母さんは私のこの性格直そうとしてたし、国王の言う事とは違うのかな。


「はっ、ただの言い訳に聞こえるんだけど。自分の力量が足りなかったがために、息子達を矯正することが出来ませんでした、って言ってるだけじゃない」

「そうだな。ただの言い訳にすぎん。私は本来、あの場所に立つだけの力が無かった人間だ」

「ちっ、少しぐらい怒ったらどうなの」

「ふん、貴様がつまらん噛みつき方しか出来んからだろう。少なくとも死人の私に、無駄な矜持を刺激する行為は無意味だ。その程度で怒る無様はとうに越えている」

「ハイハイ解りましたよ。私が悪かったですよーだ。ったく、つまんないわね」


息子達って、他の王子達の事かな。あの場所にって、父親にって事なのかな?

子育てって大変なんだなぁ。メイラもパックも良い子だから、そういう苦労は解らない。

いつか私も子供を産むんだろうか・・・全然想像つかない。と言うか育てられる気がしない。


『『『『『キャー!』』』』』


全く想像出来ない未来に頭を動かしていると、街が見えたと精霊達が鳴き声を上げる。

じゃあそろそろ操縦を代ろうとしたら、街の門の前に凄い人だかりがある事に気が付いた。

・・・なにあれ。あそこに近づくの絶対嫌なんだけど。


「うわぁ、盛大な出迎えねぇ」

「ふむ、英雄の凱旋、と言う事か。ならば邪魔をせんほうが良いだろうな」

「くくっ、そうね。セレス、私達は先に戻っておきましょ」


え、い、良いのかな。リュナドさん置いて行って。

でも確かに私が居ても邪魔か。どうせ何も話せない気がするし。

よし、彼の邪魔とかしたくないし、大人しく先に家に戻っておこう。


「精霊達、代るね」

『『『『『キャー♪』』』』』


操縦を代って荷車を家に飛ばし、近づいた所で家精霊以外に誰かが居るのが目に入った。


「ライナ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お、大きいわね」


遠くから飛んでくる大きな存在に、少し所じゃない緊張を覚える。

事前に聞いていたとはいえ、あの大きさは流石にちょっと怖い。


「ああ。流石に恐ろしいと感じる大きさだ」


それは隣に居るフルヴァドさんも同じ様で、やや緊張した声音で空を見ている。

更に隣に居るテオ君は真顔と言うか無表情と言うか、感情が全く読み取れないけど。

ただその前を飛ぶ荷車の存在に気が付き、私も彼女もほっと息を吐いた。


『『『『『キャー♪』』』』』


主の帰還に喜んでいるのか、山精霊達がご機嫌な鳴き声を上げながら手を振り出す。

それに応えるかのように荷車が此方に向って来た。


「ライナ!」


荷車から嬉しそうな声を上げるセレスに、何だか脱力した自分を自覚する。

この間の王子に魔法を撃った件も詳しく聞いてないのに、更にあんな化け物と戦ったと聞いた。

その時の私の心配なんてあの子は全く考えてないんだろうなぁ。


「・・・はぁ。まあ、無事みたいだから、良いか」


荷車を庭におろし、飛び降りて私に抱き着いて来るセレス。

そんな彼女にため息を吐きながら迎え入れ、頭をポンポンと叩いてあげた。


「ただいま、ライナ!」

「お帰り。怪我はない?」

「うん、大丈夫だよ!」

「そ。なら良かったわ」


嬉しそうに抱き着くセレスの頭を撫でながら、街の門の方に降りていく竜を眺める。

多分あの竜の説明全部彼に任せたんだろうなあ。ごめんねリュナドさん。


「家精霊もただいま。ごめんね、遅くなって」


セレスは私から片手を放すと、家精霊に向けて手を伸ばす。

次の瞬間バフッと私とセレスの間に飛び込んできて、ギューッとセレスに抱き着いた。

今日は服を着ているから、その行動の可愛らしさが良く解る。手袋が有ると大分違うわね。


「無事だと信じてはいたが、やはり無事な姿を見るとホッとするな」

「あ、ご、ごめんね、後回しみたいになっちゃって。ただいま」

「いや、構わないさ。お帰り錬金術・・・いや、セレス殿」

「あ、う、うん・・・ありがとう、えっと、フルヴァドさん」


セレスに名を呼ばれ、嬉しそうに笑うフルヴァドさん。

でも今この子、貴女の名前すっと出て来なかったわよ。目線がきょろきょろ動いてたもの。

恥ずかしがってると思われてるだろうけど、私は解るわよ。空気壊すから言わないけど。


「ふん、聖女に・・・錬金術師の友人か?」

「言っとくけど、あいつにちょっかい出さないほうが良いわよ。私もセレスも容赦しないから」

「成程。あの女が錬金術師の弱みか」

「弱みじゃないわよ。あれは逆鱗って言うのよ」

「同じ事だ。弱み故に逆鱗になりえる。使い方次第でどうにでもなる」

「あんたねぇ!」

「別に私が何をしようという話ではない。ただの事実だ」


セレスの無事に安堵して意識が向いていなかったけど、その声で荷車に視線を向ける。

そこにはアスバちゃんと、見覚えのない酷い火傷顔の男性が立っていた。

会話の内容の不穏さに少しばかり身構える。誰なのかしら、あの男。


「アスバ殿、その方は?」

「元国王陛下よ」

「・・・は?」


フルヴァドさんが尋ねると、さらっととんでもない答えを返すアスバちゃん。

元国王陛下って・・・え、いったいどういう事。全然状況が解らないんだけど。


「今は聖女と呼ばれるに至った貴様を、自分の利益の為に殺そうとした男だ。そう言えば理解できるか。従士フルヴァド」

「――――――っ」

「ふむ、私が憎いか。それはそうだろうな。ならばこの場で私を殺すか?」


ただそんな理由を聞く暇もないまま、何故か彼はフルヴァドさんを挑発した。

今まで見た事が無い様な険しい表情で睨む彼女に、精霊すらも静かに様子を窺っている。


当然私だって口を出せない。出せる訳が無い。

自分を殺そうとした人間が目の前に現れたんだもの。

恨んで当然だわ。憎んで当然だわ。そう思ってしまう以上、止める事なんてできない。


「・・・いや、ここで貴方を斬る事は無意味だ。貴方が荷車に乗っているという事は、連れて来たのはセレス殿なのだろう。ならば街の剣になると誓った私に、その誓いを破る事は出来ない」

「奴に剣を預けたか」

「剣を預けるべきは私の心だ。もう人に預けないと誓った。私はその心に従い、彼女を信じている。故にどれだけ貴方を憎もうと、恨もうと、貴方を斬る事はしない。斬るべきではない」

「そうか。なれば貴様に謝罪はせん。貴様の誇りを汚す真似は絶対にやらぬと誓う」

「・・・その誓い受け取った。私も一生、貴方を許しはしない」


その言葉の真意は、ただの一般人である私には解らない。

けれど言葉の雰囲気から、お互いがお互いを認めたのだろう事だけは解った。

緊張感は消えていないけれど、ほんの少し緩んだ空気。

そんな空気を完全にぶち壊す『ぐ~』という大きな音が鳴った。


「ら、ライナの、匂いで、お、おなか、空いたぁ・・・うぐぅ・・・」


鳴りやまないセレスのお腹の音に、この場に居る全員が脱力したのが解った。

セレス、貴女って子は、本当に空気を読むって事が出来ない子ね・・・。

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