第269話、疲れて話を聞いていなかった錬金術師

うーん。流石に色々疲れて頭がぼーっとしてる。

あんなに緊張する戦闘なんて滅多にないし、その後の精霊の相手もあって気が抜けた。

大量に使った分の魔法石も補充しなきゃだけど、今日は帰ったらゆっくり寝よう。

それにしても二人とも難しい顔してるなぁ。アスバちゃんは何だか楽しそうだけど。


なんて会話内容を全く頭に入れず、ぼーっと皆の様子を眺めていた。

すると少しして何故か皆が私の方を向き、突然集まった視線に思わず固まる。

慌てて目だけを動かして状況を把握しようとしていると、リュナドさんと目が合った。


「お、俺は絶対嫌だぞ、そんなの・・・!」


え、な、何が。わ、私何も聞いてなかったんだけど。

私何かリュナドさんに嫌がられる事した!?

良く解らない状況に慌てて応えられないでいると、国王がリュナドさんに向けて口を開く。


「貴様の意思など関係無い。貴様がどれだけ拒否しようが、否定しようが、目の前の事実に対し人はそれぞれ好きに判断する。それは錬金術師の隣に居る貴様ならば良く知る事ではないか」

「そ、それは、そうだが・・・」


私の隣に居るから? 私の隣に居るせいで彼にとって嫌な事が起きるの?

全然話を聞いてなかったから、何を言われているのか何時も以上に解らない。

でも内容が解らなくても、リュナドさんにとって迷惑なら・・・我慢しないと、だよね。


「・・・迷惑、だったら、隣じゃなくて、良いよ」


言葉は本心だ。嘘は吐いていない。リュナドさんの嫌な事はしたくない。

けど、出来れば傍に居て欲しい気持ちが、声音を暗くしてしまった。


「――――――っ、い、いや、迷惑っていうか、そ、そうじゃなくて、いや、えっと」


すると彼はしどろもどろとした様子で応え、けれど迷惑だという言葉は否定して貰えた。

その事が嬉しくてホッとしていると、彼の慌てた様子を見る余裕が出て来る。


リュナドさんって基本落ち着いてるんだけど、ときどき私みたいになるんだよね。

大丈夫だよ。ちゃんと言いたい事が纏まるまで待つから。慌てないで良いんだよ。

なんて、ライナに言われる様な事を思いながら、彼の言葉を待つ。


「や、約束しただろう。俺は街の兵士だって。セレスはその街の住人だって。セレスが俺をどう思ってるのか知らないが、俺はそれ以上の事を望んでないんだよ」


約束・・・私が街の住民である限り、リュナドさんが傍にいてくれるってやつだよね。

それに関しては私だって嬉しいし、それ以上に望む事なんて特にないんだけど。


「・・・勿論、私も、そうだよ」

「そう、なのか?」

「・・・ん」


何で問い返されたのか解らないけど、しっかりと頷き返しておく。

私はライナやリュナドさんが居る限りずっとあの街に居るつもりだもん。

それにアスバちゃんや従士さんっていう友達もいるし、ほかに望む様な事なんてないよ。


あ、でも、リュナドさんが兵士である限り、って言うのも条件だっけ。

しまった。そうなるとそれ以上を望む事になってしまうのかも。

彼とはずっと友達でいたい。その場合約束を破っちゃう事になるのかな。


どうしよう。言ったら怒られるかな。

でも言わないでリュナドさんが何処かに行っちゃうのも嫌だなぁ。

これはちゃんと言っておいた方が良いのかな。言っても怒られないよね?


「・・・ただ、リュナドさんが、兵士じゃなくなったら、どうする、の?」


窺う様にそう口にすると、リュナドさんはビシッっと固まって動かなくなった。

あ、あれ、やっぱりダメだった? お、怒っちゃったのかな。

ただそこでアスバちゃんが手をパンパンと叩き、彼も私もびくっとして視線を彼女に向ける。


「ハイハイ、とりあえず現状の把握は出来たんだから、対策は帰ってからにしてよ。さっきから日差しが痛いのよ。せめて荷車の中に入らせてくれない?」


聞いておきながら、私が頷き返す前に荷車に乗り込んでいくアスバちゃん。

国王も『それもそうだな』と言って乗り込み、リュナドさんもため息を吐きながら乗り込んだ。

それを見て私も乗り込もうとして、精霊達が後ろに控えている事に気が付いた。

期待した顔で待ってるけど、流石にちょっと困る。


「いや、えっと、この数は無理だよ?」

『『『『『『『『『『キャー!?』』』』』』』』』』


いや、何でって言われても。この数が入ったら、幌の中ぎゅうぎゅう詰めになっちゃうし。


「お前らは先に帰ってくれないか。それで竜が街の近くに来る事を領主に知らせて欲しい。こっちは出来るだけゆっくり帰るから、その間に街全体に情報を行き渡らせて欲しいんだ。あの街はお前らの件も有るから、お前らがちゃんと伝えたって事実が有れば混乱は小さいだろう」


どうしようかと困っていると、リュナドさんが助け舟を出してくれた。

いや、単純にお仕事をさせてるだけなのかな。街の人が驚かない様に。

ただそこで何か気になったのか、国王がリュナドさんの肩を掴んだ。


「待て、精霊使い。全て行かせる気か」

「ん、そのつもりだけど、何か不味い事が?」

「最低でも半分は残らせろ。そして竜に乗せておけ」

「竜に?」

「そうだ。いくら口で安全と言おうとも、はっきりと見て理解できる要素が無ければ人は怯える物だ。精霊共はその見た目から許容されるだろうが、この竜の巨体ではそうはいくまい」


確かにこんな竜が近づいてきたら警戒するよね。少なくとも私はすると思う。

現状がどうあれ、最初は問答前で襲い掛かって来た事を考えると、安全とは言い難いと思うし。


「あー・・・成程。精霊達を竜に乗せることで、視覚的安心をか」

「そうだ。街を守護する精霊と共に歩める者として、誰もが見て解る状況を作っておけ」


つまり精霊達の方が竜より上位存在だ、と誤認させるってことかな。実際は逆だけど。

確かに街を守る精霊の言う事を聞くなら、街の人達にとっては安心だろう。

けど良いのかな、それ。嘘つくことにならないかな。それに・・・。


「・・・竜が言う事聞く相手は、リュナドさん、だよね」


思わずそう口にすると、国王がにやりと口の端を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「どうしてこうなった・・・」


強風を身に受けながら、ぼそりと呟く。前方にはセレス達の乗る荷車が飛んでいる。


「どうした、私の背は乗り心地が悪いか?」

「・・・いや、思ってたより、案外悪くない」

『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』

「そうかそうか。同朋も楽しそうで何よりだ」


俺はいま、竜の発言通りその背中に乗っている。原因はセレスの発言で間違いない。

確かに言わんとする所は間違っていないし、効果的ではあると思う。

つまり街に到着した時、俺がここに居る事で住人を安心させようという訳だ。


竜は精霊達の言う事を聞く。精霊達は俺の言う事を聞く。だから安全だと。

取りあえずこの件に関しては、そのラインで手を打った。あくまで竜は精霊の言う事を聞くと。

くれぐれも俺の事を上に置くような扱いは止めるように言い含めてある。

ただ了承されたのはそれだけで、俺の想像できない範囲では何を考えているのか。


「はー・・・やっぱこういう時、あいつの考えがぜんっぜん解んねぇ・・・」


迷惑かと低い声で凄まれ少し怯んじまったが、流石に今回は言いたい事を言わせて貰った。

だってそりゃそうだろう。俺が国王とか意味が解らなすぎる。勘弁してくれ。

その想いをぶちまける様に伝えると、セレスは『それでいい』という返事をくれた。


正直ちょっと拍子抜けしていたと思う。だってそれはセレスの策を潰す言葉だ。

少なくともある程度丸く事を収めるには、俺がセレスの策に乗る方が早いのは解っている。

だから妥協して貰えるとしても、俺にも妥協点を求めてくると思っていた。


まあ、その結果、拒否出来ない妥協点がこれだ、って事なのかもしれないが。

とはいえこの案を蹴るという選択肢は俺にはなかった。街を混乱させるのは本意じゃないしな。

ただ気になるのは、セレスがその前に言っていた事だ。

低い声音で聞こえ難いぼそりとした呟きだったが、凄まじく不穏な事を口にしていた。


『・・・ただ、リュナドさんが、兵士じゃなくなったら、どうする、の?』


いやいやいや。兵士じゃなくなったらって何だよ。一体何するつもりだよ。

色々嫌な想像が頭を駆け巡って、その場で問い返せなかったじゃねーか。

ホントああいう所が解らないし怖いんだよなぁ。


「俺の意図とか全く関係ない所で事は動く、って言われた気分だ」


いや、気分じゃなく、間違いなくそうなんだろう。

事態は俺のあずかり知らぬ所でどんどん動いて行くに違いない。

セレスはそれを把握しているだろうが、俺が把握できるかと言えば否だ。


ただその内容を問おうと思っても、セレスは荷車に居るので話も聞けない。

そういう現状も含めて、さっきの発言が余りにも意味深で不安になる。


「『『『『『『『『『『キャー! キャー! キャーーーー!!』』』』』』』』』』


・・・背後がさっきから煩くて、真面目に考えてるの馬鹿らしくなる。

ほんとお前らは楽しそうだなぁ。羨ましいよ。

っていうかよくこの状況で飛び跳ねて落ちないな。

俺は怖くて立ち上がる事も出来ないってのに。


「・・・まあ、解らない事を悩んでいても仕方ないか。到着したら聞くとしよう」


流石に色々と予想の範囲外過ぎる事が多い。この状況で悩んでも無駄だろう。

セレスの真意は解らないが、あいつが俺に害をなす事はないという点は信じている。

ただしそのやり方が色々俺の心情を考えていないから、そこをきちんと聞いておかねば。


「・・・なぁにあれ」


取りあえずの結論を出し、街が見えて来た所でおかしなものを目にする。

門の外に凄い量の人が居るんだが。気のせいかめっちゃこっち向いて騒いでるんだが。

おい、精霊達、先行して何を言った。ちゃんと俺の言った通りに説明したのか!?


「ふむ、ここが同朋の住む山か。どの辺りに降りたら良い?」

「あ、ああ、そうだな。山に下りる訳だし、精霊達の指示を聞いてくれ」

『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』

「ふむ、ならばあの辺りに降りるとするか」


竜が着地場所を探して旋回し始めたので、後は任せて再度町の観察に戻る。

ちょっと高くてはっきりと見えないので、久しぶりにアクセサリーを起動させ視力を強化。

するとニマニマした領主が、人の山の先頭で待ち構えている事に気が付く。


「あ、あのオッサン・・・!」


これ幸いに俺の名声をでっちあげるつもりだ!

俺は領主になる気はないって言っただろうに!


「着地はちょっとまってくれ!」

「む、そうか、むぅ・・・」

「ど、どうしたんだ?」

「いやなに、既に着地準備に入っていてな。ここから軌道を変えるとなると、小さき者に被害が出るなと・・・良いのか?」

「・・・着地してくれ」

「そうか、解った」


いやまだだ。まだ良い訳が聞くはずだ。だってセレスが居るんだぞ。

あの街の住民ならセレスが今まで何をやって来たか知っている。

こいつを連れて来た一件は、セレスがやったって話に持っていければ―――――。


「・・・あれ、セレスの荷車は?」

『キャー』

「え゛」


ポケットの精霊の答えに、思わず変な声が出た。

アイツ俺を置いて先に自宅に戻りやがった! さっきの発言はこういう事かよ!

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