第268話、母の足跡に助けられたと感じる錬金術師
どういう理屈か知らないけど、竜はリュナドさんを勝者と認めたそうだ。
これなら彼の望み通り大人しくしてくれるかな。配下になるつもりみたいだし。
「いや、ちょっと待ってくれ。明らかに俺は何の役にも立ってなかっただろう」
けど彼は慌てた様にその言葉を否定してしまった。
私も竜の判断基準は良く解らないけど、否定する必要は無いと思う。
だって否定してまた暴れられたら面倒だし。でも彼の事だから考えが有るのかな?
「何を言っている。あれはお前の一撃が決定打だ。誰が勝利者かと問えば、お前以外にはおるまい。私はこの背を地に付け敗北した。敗北の理を私に与えたのはお前だ」
「え、敗北の、理?」
「そうだ。この背中を地に付ける。それが小さき知恵ある者の、今の世の敗北であろう?」
・・・ああ、そういう事か。つまり地面に落ちたあの時点で、この竜にとっては敗北なのか。
そしてそれは私の魔法ではなく、精霊達の一撃が一番の要因。
何よりもそれを指示したリュナドさんが戦いの勝者、という事なんだろう。
ただあの言い方から察するに、過去誰かに敗北基準を教えられたんじゃないかな。
「そ、そういうルールも、確かに無いとは言えないが・・・」
「ふむ。以前戦った小さき者は私にそう説明していたが、この地では違うのか?」
「以前戦った? そいつに教えられたのか?」
「ああ、そこの小さき者と同じ匂いをしたメスだ。名を・・・プリスと言ったか」
「・・・え、お母さん?」
教えたの、まさかのお母さんだった。ああ、でも納得出来る。
多分お母さんはこの竜に真面に勝つのを面倒と思ったんだろう。
流石にこの竜は強すぎる。だから口で言いくるめてしまったんじゃないかな。
そういう意味では、今回はお母さんのおかげで助かった、って事になるのかも。
もしこの竜がルール無用で襲ってきたら、本当に大変な事になってたかもしれない。
「なによ、まーたセレスの母親の知り合いな訳? あんたの母親何なのよ。普通の知り合いとか居ないの? 王族の次は竜とか、わけ解んないんだけど」
「私に言われても・・・」
お母さんの知り合いとか、家には全然訪ねて来なかったもん。
いや、全くって言うほどじゃないけど、親しそうな人とか見た事ないし。
そもそもこの竜と相対した話なんか聞いてないもん。
「ふむ、成程親子か。道理で良く似た匂いをしている訳だ。だが奴の様に毒は使わんのだな。奴は私に毒入りの酒をたらふく飲ませてから戦いを始め、私は満足に戦えなかった」
「・・・ああ、お母さんらしい」
何となく掴めて来た。多分お母さんは私達と違い、自ら挑んだ口なんだ。
だから事前に必ず勝てる準備をして、勝てるルールを作って、それから竜と戦ったんだろう。
話の通じる竜だった、というのがこの竜の不運だったんだろうなぁ。
お母さんは、勝つ為には私以上に手段選ばない。
勝てない相手とはなるべく戦わない。絶対勝てる状況を出来る限り作り上げてから動く。
それがお母さんの戦い方だし、立ち回りの基本だ。
勿論それは、お母さん一人だけの時の話で、私を連れてる時は違ったと思う。
まだお荷物だった頃の私を、お母さんは絶対見捨てなかった。
私がへまをしても、お母さんは必ず助けてくれた。たとえ自分が怪我をしても。
そういうお母さんだから、私はお母さんが好きだし尊敬してる。
ただ危険な目に合った大半が、お母さんが「行け」って言った事だったけど。
そのおかげで今の私が有る訳だし、良い経験にもなったので恨み言もない・・・とは言えない。
幾つかお母さん相手でも言いたい文句は有る。有るけど怒られるの怖いから無理。
「あ奴の戦い方はとことん嫌な所をついて来る戦い方で、初めての経験ばかりだった」
わかる。お母さんは相手の嫌な事するのが本当上手い。
真正面から正々堂々なら私もお母さんに勝つ自信あるけど、絶対そんな事しないもんね。
やりたい事をやらせてくれない。とことんこっちの出鼻を挫いて来るんだ。
そもそも私はお母さん相手だと躊躇するけど、お母さんは平気で毒も使って来るんだよなぁ。
訓練前の朝食に毒混ぜて、自分だけ解毒剤飲んでるとか良くあったし。
まあ朝食とかは、私に毒の種類の把握と対策をさせる訓練でもあった訳だけど。
とはいえ、その教えを受けた身としては、事前準備有りなら同じ手段取ったとは思う。
真面にやって勝てる気がしないもん。毒でも何でも使って弱らせないと無理だよ、この竜は。
ただ今回はこの竜に効くと確信出来る毒や量が無かったから、魔法石の樽にしたんだけど。
「だがそれでも敗北は敗北だ。それに満足に戦えない状況での戦闘というのも、中々に体験出来る物ではない。あれはあれで満足出来た故、報酬に鱗や血を渡すと嬉しそうに去って行った」
ああ、目に浮かぶ。この竜の血と鱗なら、絶対良い物が作れるもん。
柔軟性が有るのに頑丈なあの鱗は、防具としては当然優秀な物になると思う。
そして魔法道具の媒体としては、優秀なんて言葉では片づけられないレベルだ。
私も貰えないかな。あの鱗が有ればリュナドさんを強く出来そうだし。
「そもそもあんた、何でセレスの母親と戦う事になったのよ。話を聞く限り、今回みたいに自分から喧嘩吹っ掛けたって感じじゃないのよね?」
「当時は長居した場所が有り、そこにあ奴がやって来たのだ。そうして戦いの理を私に説明し、稀に見る強さの精霊と共に奴は私を打倒した。そして敗者として勝者の言葉に従ったのだ。私が居る事で怖がっている者が居るという話を聞き、出ていく様に説得を頼まれたと言っていたな」
私が依頼で受けるみたいに、どこかで依頼を受けてたのかな。
でもあのお母さんの事だから、倒せる強さなら普通に倒していたと思う。
多分倒すのが面倒過ぎると判断して、色々自分の都合の良い事だけを言ったんだろうなぁ。
それにしてもアイツと一緒でも倒せないって判断したんだ。やっぱりこの竜強すぎる。
「私は別に何をする気も無かったんだがな。小さき者が木を植えてくれるので、良い頃合いになった物を頂いてはいたが。何やらそれが迷惑だと言われ、困惑した物だ。初めてその地の小さき者と会った時は、お好きなだけどうぞと言われ感謝していたのだがなぁ」
多分それ、商売の為に育てていた木だったんじゃないかな。
けどこんな強そうな竜に敵対出来なくて、仕方なく食べさせていただけでは。
「・・・そういう事なら、街の近くは貴方には過ごし易いかも」
「ほう、そうなのか?」
「ん。精霊達が山の木の成長を促してるから、いっぱい食べても大丈夫だよ」
「ほう、それはありがたいな」
実際には鉱石の為なんだろうけど、植物にも影響が出ているから間違いではない。
「ただ、精霊達が良いなら、だけど」
『『『『『『『『『『キャー♪』』』』』』』』』』
「ふふ、そうか同朋か。ならばありがたく頂くとしよう」
君たち何だか一気に仲良くなってるね。さっきまで戦っていたのに。
・・・もしかしてこの竜、喋り方で騙されそうだけど、山精霊と同じぐらい能天気なのでは。
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「・・・あれは戦いが終わった、と判断して良いか」
竜が戦闘を止め、錬金術師共と会話しているように見える。
流石に声は聞こえんが、雰囲気から険悪では無い様子だけは判断できた。
『『キャー?』』
「何を言っているのか全く解らんな。とりあえず安全なら下ろせ」
『『・・・キャー』』
精霊に命令を出すと、不満そうな顔で鳴き返された。面倒だな。
「ふん、何が不満なのか知らんが、降ろさねば貴様らだけ仲間外れにされるぞ」
『『キャー!?』』
だがここまでの行動で、こ奴らの性格は大体把握出来た。こう言えば動くだろう。
思惑通り精霊達は慌てて荷車を下降させ、錬金術師たちの下へと向かわせる。
「終わったようだな、錬金術師」
「・・・ん」
錬金術師が頷き返したのならば、事は完全に終わったという事だろう。
あの女が半端な状況で済ませるとは思えん。となれば竜が生きている事にも理由が有ろう。
とはいえ問わずとも見当はついているが。全く、利用出来る物は何でも利用する女だな。
襲われた事は不測の事態だろうが、それを有用に使う為の判断が早い。
私はこんな化け物に喧嘩を打っていたのだな。全く、冷静になれば勝てる気がせん。
そう思いつつ軽く事情を聞き、今後の精霊使いの存在価値を理解した。
「ふん、竜が配下か。これで先ず、一国は貴様の街を認めるだろうな」
「・・・は? え、何言ってんだ?」
視線を精霊使いに向けて語るも、理解できないという顔で返してきた。
精霊使いは気が付いていなかったか。小娘もきょとんとした顔をしているな。
そうか、こ奴ら他国の宗教には余り詳しくないのか。小娘は神を信じていなさそうだしな。
「この砂漠はどういう場所か、知っているか、精霊使い」
「え、ええと・・・確か、複数の国境が存在する砂漠、だったかなとは」
「そうだ。この砂漠はまるで作物が育たん。その結果、どの国も手を出す事を諦めた土地だ。だからと言って他国が有する事を良しとは思えないのが為政者だ。結果この地を複数の国がそれぞれ所有するという形に落ち着き、幾つもの国境が存在する奇妙な土地に成った」
「はぁ・・・それが、どうかしたのか? まあこれから面倒が有る事は解っているけど」
ここまで言って気が付かんのか。案外鈍い男だな。
「この地は自国でもあるが他国でもある。先の戦いが見られていないと思うのか。この戦いの勝利者は貴様になったのだろう、隣接する国には竜を神と崇める国が有る。おあつらえ向きに、人語を解する竜神様のな。喋る竜の主が貴様となれば、あの国はどういう反応をするか」
「・・・え」
精霊使いの表情が変わった。やっと理解したようだな。
私が錬金術師に判断の確認をした際、奴は頷いて返した。
あの時点で奴はその国への対処を考えていたはずだ。
たとえこの竜が喋らぬとしても、崇める神と同族の存在。
それを殺す所を見た場合どう動くのか、その対処を考える必要が有った。
武力で攻めてくるなら話は簡単だが、おそらくそんな事はしてこないだろう。
ねちねちと面倒な手をまわして来る可能性が有ったそれを、竜を味方に付けて解決させた。
しかも自分の支配下に置くのではなく、あの街を守る『精霊使い』の配下にだ。
竜自身がその事を口にしてしまえば、あの国は黙るしかない。いや、黙るだけで済むかどうか。
「あれだけの大規模戦闘だ。複数の国が観測しているだろう。そして戦いの勝者が神を配下に置いている、などと誰かが語れば・・・排除か、吸収か、従順か、どう動くかは解らんが、騒がしくなる事は確実。そしてその中心人物は、この戦いの勝者である貴様になる訳だ」
「・・・え、ちょ、まさか」
証拠が無ければまだ眉唾な噂話で済みかねんだろうが、竜が街に住めば流石無視出来んさ。
奴の言葉に従順に従う巨大竜の存在がどこまで影響を与えるか、見物だな。
「喜べ。あの街一つで『国』と周辺国に認められる可能性が出来た。貴様を王としてな。むしろ竜を崇める国は、貴様の傘下に下るかもな」
「――――――」
息をのむ精霊使いと違い、錬金術師は動揺の気配も無い。やはり予定通りか。
貴様ではなく、この男こそが人の上に立たせる人間だと、そう思っている訳だな。
実際こやつには何かあるのだろう。精霊を従え、竜すらも従える才が。
しかし今回の件で錬金術師の存在が少々霞む。
あんな化け物を打倒したのがこの男となれば当然だ。
だがそこで錬金術師を軽視する者は、貴様に上手く転がされるのであろうな。
本当の支配者が誰か。そこに気付けねばバクンと食われるという訳だ。
くく、面白い。良いだろう。どうせ死んだ身だ。貴様の遊びに付き合ってやるとするか。
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